今年(2021年)1月9日夜、かつて太平洋戦争で戦った一人の元戦闘機乗りが世を去った。 笠井智一(ともかず)さん(享年94)。大戦末期、零戦や紫電改を駆って圧倒的多数の米軍機と渡り合い、予科練同期の戦闘機搭乗員の約8割が戦死する激戦をくぐり抜け、何機も撃墜して生き抜いた、歴史の生き証人だった。16歳で海軍に身を投じ、19歳で終戦を迎えた少年パイロットが体験した「あの戦争」とは——。 17歳で実戦部隊に配属された少年飛行兵 太平洋戦争の開戦初頭、「無敵」を謳われた零戦も、次第にその神通力を失っていった大戦末期。 敗勢が誰の目にも明らかだった戦局のなかで、日本海軍戦闘機隊の中核を担って戦ったのは、開戦後に大量に採用され、急速養成の課程を終えたばかりの、二十歳前後の若者たちだった。 なかでも甲種飛行予科練習生(甲飛)十期生は、甲飛としてはじめて千名を超える大量養成となり、しかもその第一線配備が昭