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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (5)

  • 強者と強者の恋 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために外で人と事をするのはたいそう不自由になった。夜中まで自由にお酒を飲むといった、かつてありふれていた遊びは、ずいぶん難しいものになった。 しかしそれは「大半の人にとって」という但し書きのつく事象であるようだった。なんとなれば私の目の前にいる女は涼しい顔で繊細な杯をかたむけ、「二軒目までつきあってもらいますから」と言うのだ。疫病前とまるきり同じである。ここはきっと、特段のコネクションと割高な料金をもって疫病前の当たり前の夜を体験させる店なのだ。 彼女は私よりずっと若く、私よりずっと収入が多い。結婚相手はさらに羽振りがよいのだそうで、つまりはたいそう裕福なのだ。たいそう裕福だから私と割り勘で事はしたくないという。それで私はときどき彼女に呼ばれ、飲みいしてふんふんいって帰ってくる係をやっている。 私がのこのこ出か

    強者と強者の恋 - 傘をひらいて、空を
    papilio17
    papilio17 2022/02/23
    “一対一という約束をつきつけないと自分の好きな人をそばに置けない、そういう弱い立場にあるんだもの。だから同じように弱い相手と約束しあう。とても自然なことですよ。対等は弱者の戦略。”
  • わたしたちは隔てられている - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。大学入試は要で急ということになったようで、わたしの勤務先でも大学入学共通テストが実施された。 わたしは研究助手として母校で働いている。この「助手」というのは教職ではなくて、助手としての仕事をもっぱらにする立場である。わたしの職場の助手は卒業生が多く、いろいろな意味で事務方・教員と学生の間に立つような仕事だ。 わたしの最初の就職先が妊娠した女性社員に嫌がらせをするところで(当時はさほど珍しくなかった)、大きなおなかを抱えて伝手をたどり、出産後半年で今の仕事に就いた。そのとき乳児だった娘は高校三年生になった。共通テストに付き添ってやりたかったが、わたしも仕事だからしかたない。 娘に激励LINEを送ってからスマートフォンの電源を切る。電子機器はすべて控え室に置くのがきまりで、試験中に着信が鳴ったら悪いので電源ごと切るのが習慣だ

    わたしたちは隔てられている - 傘をひらいて、空を
    papilio17
    papilio17 2021/01/20
    “あのね僕らもう大量の仕切りが顔の前にあるからね、空気、薄いの、がんばっていっぱい息しないと、死ぬよ。”
  • 夜の社交場 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。とくに槍玉に挙げられたのが夜の繁華街である。「夜の街」というタイトルでホストやホステスのいる店が感染源であるかのように扱われた。 わたしは個人的にそうした接待を受けるのが好きではないので、接待する人と身を寄せあって話したりすることはないのだが、友人知人と飲みに行くことはけっこうあった。知らない人と話すのも好きで、行きつけというほどではないが、近所のバーにもときどき行っていた。 それもこれも疫病流行前の話である。そうして疫病前の生活が戻ってくることはおそらくない。世界はすっかり変わった。変わって、元どおりになることはきっとない。そこには夜の繁華街で気軽にちょっとした友人知人や知らない人と話すという選択肢はなくなった。もちろん、その選択肢を「自己判断」「自己責任」で設置して実行する人もいる。しかし、わたしはその判断をしない。

    夜の社交場 - 傘をひらいて、空を
    papilio17
    papilio17 2020/09/30
    “利害関係のない、重要な他者でない、何かの役割をはさまない他人と些末な話ができる。それがだいじなことだなんて思ったこともなかったんだ。それがないと奇妙な憂鬱が少しずつ溜まっていくなんて、知らなかった”
  • 世界を試す - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから長い時間が経ち、世界はすっかり変わってしまった。そのためにわたしは無意味な賭けごとがしたいという気持ちでいっぱいになっている。 学生の時分に何度か酔っぱらって路上で寝た。文字通りの睡眠ではないが、つぶれていたことはたしかである。そのころわたしは若い女であり、特段に身を守る能力もなかったから、どう考えても危険だ。 酒が好きでつぶれるまで飲んでいたのではない。今となっては若い自分の考えていたことはよくわからないが(日記を読んでも「どちらさまですか」「たいへんそうですね」と思う)、少なくとも酒自体を好んでいたのではなかった。若いころから飲む機会がなければ飲まなかったし、今でもそうだ。事とともに二杯か三杯がせいぜいである。 そんなだから、若いころのわたしはたぶん、飲みたかったのではなく、酔いつぶれたかったのである。もっ

    世界を試す - 傘をひらいて、空を
    papilio17
    papilio17 2020/07/22
    “若かったころの無茶な自分は、いなくなったのではない。彼女はわたしの中にいて、わたしが世界に耐えられなくなったときに出てくるのである。”
  • 記念写真の日 - 傘をひらいて、空を

    息子が卒園式でスピーチをすることになった。どうして選ばれたか知らない。保育園は学校ではない。成績とかはない。息子は引っ込み思案ではないが、人前に出ることを好むタイプでもない。発話能力だってとくに早熟なほうではない。だからたぶんてきとうに指名されたんだと思う。 親が子のスピーチの原稿を作るのはどうかとは思うが、六歳児にゼロからお任せというわけにはいかない。わたしは息子の話を聞き、ホワイトボード(うちには脚のついた、まあまあ大きなホワイトボードがある。家族会議や落書きに使用する)に書き留めた。もちろんさりげなく、というか、かなりあからさまに枝葉末節を切り、誘導し、穏当なところに落ち着けた。最初からわたしが書いたほうがどんなにか早いかわからない。しかしながらわたしは家族と感情を交換するときの手抜きはできるだけしない。そのぶん炊事の手はがんがん抜く。昨夜は一昨日の鍋の残り汁にうどんをぶちこんだだけ

    記念写真の日 - 傘をひらいて、空を
    papilio17
    papilio17 2019/03/12
    うつくしい、門出の言祝ぎだ
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