話題の『東京の生活史』ですが、当店には流通関係諸々の都合により10/1あたりに入荷予定です。なお、事前予約で5冊を取次(問屋)に頼んでいましたが、入荷するのは2冊のみで、ギリギリ客注分が確保できる数なので、店頭には並びません。ご了承くださいませ。
1216頁に織り込まれた 150万字の生活史の海。 いまを生きる人びとの膨大な語りを 一冊に収録した、 かつてないスケールで 編まれたインタビュー集。 ……人生とは、あるいは生活史とは、要するにそれはそのつどの行為選択の連鎖である。そのつどその場所で私たちは、なんとかしてより良く生きようと、懸命になって選択を続ける。ひとつの行為は次の行為を生み、ひとつの選択は次の選択に結びついていく。こうしてひとつの、必然としか言いようのない、「人生」というものが連なっていくのだ。(……) そしてまた、都市というもの自体も、偶然と必然のあいだで存在している。たったいまちょうどここで出会い、すれ違い、行き交う人びとは、おたがい何の関係もない。その出会いには必然性もなく、意味もない。私たちはこの街に、ただの偶然で、一時的に集まっているにすぎない。しかしその一人ひとりが居ることには意味があり、必然性がある。ひと
ほとんど奇跡のように存在し、なかば事故のように分厚いこの書物を先ほど読み終えた。読み終えた、という言い方が正しいかどうかさえ、正直よく分からない。ある意味では「聞き終えた」とも言えるし、「語り終えた」とさえ言えるかもしれない。 それどころか、150人の聞き手を公募し、約480人もの応募のなかから抽選などで絞り込みを行い、それぞれの聞き手が東京に住んでいる人、住んだことのある人などから生活史の聞き取りを行い、50000字や60000字に及ぶそれぞれの語りを文字に起こし、10000字以内に編集をかけ、それを一冊の本にまとめ上げたという途方もない舞台裏を「あとがき」を通して知ってしまうと、いや、自分はこの本を最後まで読み終えることで、本当の意味でこの本を「作り終えた」んじゃないかという気さえしてくるのだ。 そんな途方もない本にどのような評が可能なのかさっぱり分からないままこの文章をとりあえずは書
2021.10.26インタビュー・対談 対談 岸政彦×林雄司 聞いたそのままが面白い――いまなぜ生活史か 文學界11月号 出典 : #文學界 ジャンル : #ノンフィクション 150人の声を集めた『東京の生活史』が刊行された。無名の人々が語る人生を記録する「生活史」はなぜ面白いのか? 編著者と「デイリーポータルZ」編集長がその謎を語り合った。 「文學界 11月号」(文藝春秋 編) ■作らない、ただ聞く 林 聞き手として参加しておいて言うのも何ですが、すげえデカい本が送られてきてびっくりしました。 岸 『東京の生活史』(筑摩書房)って、面白い本で、厚ければ厚いほどちっぽけになるんです。ひとりの人に二、三時間話を聞けば、五、六万字にはなるけど、一人一万字までにしてもらって、一五〇人で二段組み一二〇〇ページを超える厚さになった。でも、東京の昼間人口は一五〇〇万人ですから、全員の話を聞こうと思った
荻上チキさんのラジオ番組「Session」に出演する社会学者の岸政彦さん。著書の執筆に加えて、近年はメディアへの登場も増えている=東京都港区のTBSラジオで2021年8月27日、長谷川直亮撮影 研究も文学も自分の目に映ったありのままの姿を著してきた。大阪に暮らす社会学者で立命館大大学院教授の岸政彦さん(54)は、市井の人の視点に合わせて社会を描く。その文章には意味付けや、派手な展開は存在しない。 岸さんは8月27日、東京都内で複数の取材や打ち合わせをこなす合間に、TBSラジオの情報番組「荻上チキ・Session」にゲスト出演した。リスナーから出口の見えない新型コロナウイルス禍について意見が寄せられると、営業時間の短縮などによって打撃を受けている飲食店経営者の立場を憂えた。 「飲食業の経営者になることは他人に雇われずに自分たちだけで生きていこうとする、ものすごく大きな選択肢だった。だから、自
先日の『東京の生活史』の流通に関する当店の問題提起に対して、版元の筑摩書房さん並びに取次を担当した子どもの文化普及協会さんより、丁寧な経緯説明をいただきました。以下はその報告と、それを受けての再度の意見表明です。 ※本来ならば10/5に開催された「独立系書店の新刊予約また既刊本の《これからの》流通を語る討論会」の前に公開したかったのですが、諸々あって間に合わずでした。この報告書ではイベント内で議論されたものに関してはあまり触れません。アーカイブも公開されているようなので、そちらでご確認ください。↓ まず、SNS上での問題提起というある種の強制力のある手法で問題提起をしたにもかかわらず、早急かつ真剣に対応をしていただいた筑摩さん並びに子どもの文化さんに感謝を申し上げます。この「注文した本が満数入らない」という類の問題は、その詳細に様々なバリエーションがあるとはいえ出版業界の長年の課題だと考え
前年の秋に誕生し越冬を終えた女王バチは,4月から6月にかけて,順次出現する.すぐには営巣活動を開始せず,2~4週間かけて樹液やアブラムシの甘露などを舐めて体力を回復した後,営巣場所を求めてあちこち飛び回り,営巣場所が決まると晴天の暖かな日を選んで単独で巣作りを開始する. 最初の働きバチが羽化するまでの約1ヶ月間は,女王バチが狩りや巣材集めなどの外役活動と子育てを行う(単独営巣期).そのためコロニーの存続にとって最も厳しい時期にあたり,女王バチの死亡により廃巣にる割合は極めて高いと考えらている. 働きバチの羽化後は外役活動の回数はしだいに少なくなる(共同営巣期). 6月から7月にかけて働きバチの羽化が本格化すると,女王バチは外役活動を行わず産卵に専念するようになる(分業期).次々に羽化する働きバチは,巣材集めや幼虫の餌集めに忙しく働き,巣は急速に大きくなる. 秋にオスバチと新女王バチの幼虫が
もうずっと前、10年以上前のこと。当時勤めていた大学の学生たちを連れて、神戸の某所で、阪神大震災で被災した語り部の方のお話を伺ったことがある。 まだ若い女性の方で、静かな、穏やかな声で、瓦礫に埋まった近所の小さな子どもの手をずっと握っていた話をされた。その手がだんだん冷たくなっていったんです。 学生たちも泣いたし、私も泣いた。終わってからその方に、こんな辛いお話を大勢の人びとの前でなんども何度もするのは、ご自身が辛くありませんか、と聞いたら、すこしきょとんとしていた。そんな感じがした。とにかく、この話をひとりでも多くのひとに語らなければならない、と思っていたのかもしれない。その話をするときに、自分がしんどいかどうかなんて、考えたこともなかったのかもしれない。 次の年に、またおなじところで、またその年の学生たちを連れて、震災の語り部の方のお話を伺った。 その方は年配の男性の方だったのだが、個
まえがき 岸政彦 あの時の東京はね、お店の正面に「沖縄者お断り」って書いてあったんだよ。野蛮人と言ってから 聞き手=安里優子(五七) 語り手=母・池原春子(八四) 「おい、比嘉君ね、これからが僕らの時代だよ」って言うんだよ 聞き手=安里百合香(六一) 語り手=安里繁雄(九一) おじー必ず、運転したいって言ってさ、どうしても運転したいって 聞き手=東春奈(三六) 語り手=父(七二) 爆弾の破片とか、買いに来る業者がいたわけ。家にね。そこの業者さんに売ったりしてた。小遣い稼ぎ。一キロ売ったらいくらだよということで 聞き手=安谷屋佑磨(二九) 語り手=父(六二) 耕運機買うのも、吉本家が初めて。開墾するのも、吉本が初め。みんなやらないわけよ、こんなの 聞き手=荒井聡(三九) 語り手=吉本良子(九七) なんでないのって聞いたら一番上の兄が(給料を)そっくり持っていってあるわけよ 聞き手=新川真奈美
(前回の記事へ) 中間の秩序をどう作るか 千葉 僕は普段からツイッターで細かな気付きをメモし、それをもとに執筆に取り掛かることが多いのですが、ひとつのツイートの字数が上限140字に制限されていることが書きやすさをもたらしてくれる要因になっている。これもフレームの一種だと思うんです。事実や取材に基づいて執筆することもそうですね。何もない白紙の状態でいまから自由に書きますよ、と意気込んでもなかなか上手くいかない。書くための技法として捉えると、有限の字数設定をすることと具体的な土地について書くんだと問題設定することは、よく似ている。だから実話ベースって書きやすいんですよ。 岸 確かに僕も、小説の中でこれは完全にフィクションのエピソードやなと思って書いているとき、自分が何か意図的に話を作っているというより、そのエピソードに従って書き写しているという感覚の方が近いかもしれない。こちらは流れてくるもの
一般公募した「聞き手」150人が、語り手をひとり選び生活史を聞く。それぞれが持ち寄った生活史150人分が、解説も説明もなく並ぶ。150万字、1216ページにも及ぶ『東京の生活史』は今までにないインタビュー集だ。編者で社会学者の岸政彦さんに話を聞いた。 取材・文/山本ぽてと 少し距離があった東京 ——なぜ「東京」を選んだのかについてお聞きしたいです。このお話は何度も聞かれているかもしれませんが。 じゃあ、ちょっと思い出話をします。いままで一度もしゃべったことのない話です(笑)。 東京に生まれてはじめて自分の意志で行ったのは、高校1年生のゴールデンウィークだったんですよ。それまでも、親に連れられて、筑波の科学万博に行って、ロケット乗った記憶があるかな。その時、親が儲かっていたので、けっこいいホテル、高輪プリンスホテルかどっかに泊まったんだけど、誰も風呂の使い方が分からなくて(笑)。 とにかく、
1280頁に折り込まれた150万字の生活史の海。 いまを生きるひとびとの膨大な語りを一冊に収録した、 かつてないスケールで編まれたインタビュー集。 こういう話はどこにでもあるものだろう。でもやっぱり、大阪だな、と思う。 この街に三五年以上住んで、やっぱりここがいちばん良い街だと思っている。 もちろん、どの街も、それぞれが世界でいちばん良い街だ。 それはちょうど、飼ってる猫が世界でいちばんかわいい、ということに似ている。ほかの子を飼っていたら、もちろんその子が世界でいちばんかわいい猫ということになる。世界中の猫が、それぞれ、世界でいちばんかわいいのだ。 だから、大阪が世界でいちばん良い街だ、ということと、それぞれどの街も世界でいちばん良い街だ、ということは、矛盾しない。 だが同時に、大阪がどうしても合わず、嫌になって出ていくひとも多い。そういうひとにとって大阪は、世界でいちばん合わない、嫌な
沖縄戦「まだ終わっていない」 「占領」で自治意識形成―生活史調査25年・岸教授 2022年05月16日07時04分 インタビューに答える立命館大大学院教授の岸政彦さん=4月5日、大阪市 1972年の沖縄本土復帰から15日で50年。沖縄の生活史調査を25年続けてきた岸政彦・立命館大大学院教授(54)は、基地問題などを背景に「人々の間では沖縄戦はまだ終わっていない」と感じている。 〔写真特集〕戦争の記憶~沖縄戦 20代で初めて行った沖縄旅行をきっかけに、沖縄に恋い焦がれる「沖縄病」にかかった。大学院博士課程で沖縄を研究対象にし、現地で聞き取り調査を始めた。観光客が訪れない町や村にも足を運び、「出稼ぎの話を教えてほしいと言っても、なかなか理解されなくて大変だったこともあった」と当時の苦労を振り返る。毎年沖縄を訪れ、25年で数百人の生活史を聞き取った。一人ひとりの話にじっくりと耳を傾けてきた。 戦
記事:じんぶん堂企画室 「紀伊國屋じんぶん大賞2022」大賞に選ばれた『東京の生活史』の編者・岸政彦さん 書籍情報はこちら 「紀伊國屋じんぶん大賞2022 読者と選ぶ人文書ベスト30」は、一般読者からのアンケートをもとに、出版社や書店員による推薦も交えて事務局が集計し、ベスト30を選定。今回で12回目を迎えました。 大賞に選ばれた岸政彦編『東京の生活史』(筑摩書房)は、東京出身や在住の人、東京にやってきた人など150人の語りを聞き手150人がまとめた膨大なインタビュー集です。語り手のプロフィールも説明もなく、ただ人生の語りがあるのみ。多様な背景を持つ人々の声から、東京という都市の姿が浮かび上がってきます。 岸さんは贈呈式で、「たいへんな本を作ったなと自分でも思っています。語り手150人の方、参加いただいた聞き手150人の方に心からお礼を申し上げます」と述べ、歴史学者から昔聞いたという話を交
記事:筑摩書房 大学院での研究のため聞き取りをする齋藤さん 書籍情報はこちら 齋藤あおいさんが聞き手をつとめた内容見本はこちら(本文より冒頭部分抜粋) 溢れ出る思いをただ受け止める ――普段は大学院で社会学の研究をされているんですよね。 中国の上海をフィールドに、「坐月子(ツオユエツ)」という産後ケアの研究をしています。学部生の時に上海に留学し、そこで仲良くしてくれた方から産後養生のことを聞いて興味を持ちました。コロナで渡航できなくなるまでは、毎年上海に行って、産後ケアを経験した女性たちに聞き取りを行っていました。 ――今回の語り手にインタビューするのは初めてですか? 初めてです。友人として普通のおしゃべりしかしたことがありませんでした。自分が聞き取りをするなら中国の方がいいなとは思っていて、仲良くしてもらっている彼の顔が浮かびました。 ――研究としてやってきた聞き取りと、今回の生活史の聞
人生の語りを聞く。 10人の社会学者による 生活史の語りに基づく論文を収録した 社会学的質的調査の最前線。 ●著者紹介 岸 政彦 立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。社会学。専門は沖縄、生活史、社会調査方法論。『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社)、『はじめての沖縄』(新曜社)、『マンゴーと手榴弾』(勁草書房)、『地元を生きる』(打越正行・上原健太郎・上間陽子と共著、ナカニシヤ出版)、『東京の生活史』(編著、筑摩書房)など。 * 石岡丈昇 日本大学文理学部教授。社会学。専門は身体文化論、都市エスノグラフィー研究。主な著書に『ローカルボクサーと貧困世界――マニラのボクシングジムにみる身体文化』(世界思想社)、『質的社会調査の方法──他者の合理性の理解社会学』(岸政彦・丸山里美と共著、有斐閣) など。 金菱 清 関西学院大学社
顔にアザや傷など目立つ何かがある人(ユニークフェイス当事者)の インタビューを始めます 当事者の体験の聞き書きです。 その取材協力者を募集します。 1999年にユニークフェイス活動を初めて25年。 書籍をいくつか書いてきました。 しかし、私以外の当事者が体験談を書く、この数がきわめて少ない、というのがずっと気になっていました。 専業の物書きだった時期に、100人の当事者をインタビューして書籍にしようと構想したことがあります。2-3人インタビューしたら、フリーライター業が忙しくなって中断。その後NPO法人ユニークフェイスをつくってその活動で時間を取られたことと、代表という立場で、当事者のインタビューをすると、配慮が働いて、きちんとした話が聞けない、と判断。そのまま20年以上の歳月が過ぎてしまいました。 昨年夏に、障害学の立岩真也さんが亡くなられました。 最近、その著作を読んでいるのですが、
沖縄県で発行されている日刊紙を発行する新聞社。戦時中の唯一の新聞「沖縄新報」の編集同人を中心に1948年7月1日、那覇市で創刊。「鉄の暴風」と表現された熾烈な沖縄戦など戦争の反省に立ち、県民とともに平和希求の沖縄再建を目指したのが出発点になった。27年間に及んだ米軍統治下では自治権の拡大や復帰運動で、住民の立場から主張を展開した。1972年の日本復帰後も、在日米軍専用施設面積の7割以上が沖縄に集中することによる過重負担や、基地があるゆえに起きる事件・事故、騒音などの被害、日米地位協定の問題などを追及する。また、県民生活に寄り添い、子どもの貧困問題の解決などに向けた論陣を張る。2023年に創刊75年を迎えた。 1941年、台湾宜蘭市生まれ、沖縄県那覇市首里出身。沖縄国際大学名誉教授。沖縄の生活史、戦争体験などの研究。主著は『虐殺の島――皇軍と臣民の末路』(晩聲社、1978)。『大密貿易の時代
今日は朝からこれを見た。 www.nhk-ondemand.jp 岸政彦さんが編集した「東京の生活史」についての特集。本の概要はこちら。 www.chikumashobo.co.jp Twitterで知って、本屋で実物を見て、厚さと値段に慄き、まだ購入できていない。そうしているうちに、あれよあれよと言う間に重版がかかり、もう3刷だそうだ。すごい。 ETV特集、録画しておいて、楽しみにしておいたものをじっくりと見た。 朝から広々とした気持ちになった。番組の中で岸さんご自身がおっしゃっているけれども、膨大な語りを通して、なにか結論めいたことがあるわけではなく、「だから何?」なのだけれども、「だから何?」だからこそ、そこにしかない温度があって、今朝のわたしはその温度に助けられた。 わたしも、東京に生きる人間のひとりだ。ここで生まれ育ったわけでもないし、友達だって全然いない。地域の人と交流があるわ
五輪の話題もようやく落ち着いた。会場となった大都市「東京」の実像について、考えてみるのも良いだろう。 150人の聞き手が150人の「東京にいる人、いた人、いたことのある人」に聞いた人生が1216ページの『東京の生活史』になった。聞き手は公募、語り手は誰だかわからない場合も多く、読み手は何の情報もないまま読み始める。年齢も性別も2人の関係性もわからないが、何か「東京」に関係があることは徐々に明かされていく。こんな途方もない試みの本なのに、一切退屈せずに読み終えた。 1人目は終戦で上海から帰国した年配の婦人で、都内などでピアノとともに生活した日々を語る。近所の人なら間違いなく誰だかわかるだろう。 戦後生まれで材木屋から俳優になった人、反差別運動をやっていた両親を持つ1980年代生まれの女性と差別問題、祖母の縁で中国からやってきて中華料理屋を営む男性の幸福感など、どの人の語りもドラマのようだ。
application/pdf 一九七七年に刊行された『口述の生活史 - 或る女の愛と呪いの日本近代』は、中野卓の最初の生活史研究である。この本において、中野は話者の主体性を最大限に尊重するという調査法を提示しその有効性を実例をもって示そうとした。中野の提唱した新しい調査法は、若手研究者の一都に強く支持され、その後の社会学における生活史研究の興隆のきっかけとなった。しかし、この方法を採用したからといって、ただちに優れた生活史研究が生み出されるという保証はない。では、良い生活史を生み出す話者の側の条件とはどのようなものか。インタビューにおける話者の主体性の尊重がなぜ優れた生活史の前提条件となるのか。本稿では、この二つの問題を『口述の生活史』の再検討によって明らかにしたい。中野卓がこの生活史の語り手と出会う四〇年前に、彼女は一通の長い手紙を書いている。それは、中野が聞き取った口述生活史の原型と
記事:筑摩書房 撮影: 岸政彦 書籍情報はこちら 自分はこれまで誰かの人生をこんなふうに聞きとったことがあっただろうか。『東京の生活史』を読み終えて、かつて感じたことのない気分に圧倒されているとそんな疑問が浮かんでくる。考えてみたら肉親や友人でも、生まれてこの方どんな生活を送ってきたのかをよく知らない。それがどうだろう、この本ときたら! なにしろ東京にゆかりのある150人の人びとの、文字通り唯一無二の細部に満ちた人生が1200ページにわたって畳み込まれているのだ。 書名にある「生活史」とは、社会学や人類学で用いられる調査の手法のこと。「ライフヒストリー」ともいう。詳しくは本書の編者で、自身も社会学者として生活史を実践してきた岸政彦の『マンゴーと手榴弾――生活史の理論』(勁草書房)などをお読みいただくとして、ここでは個人の人生を語りやその他の資料によって捉えようとする試みと大まかに理解してお
150人の聞き手が「東京にいる人、いた人、いたことのある人」150人の語り手から話を聞き、それぞれ一万字にまとめて本を作る。上下二段組、1216ページ、重さ1425グラム。前代未聞の試みだ。 聞き手が誰かはクレジットされているが語り手の多くは不明。読み進めていくと性別、年齢、聞き手との関係性が少しずつ判明していく。家族、親族、友人、仕事場の同僚など間柄が分かる場合もあるが、最後まで不明も多い。 語り手は喋りたいことを喋り、聞き手は促すだけ。本書のために募集された聞き手は、どれくらい「積極的に受動的」になれるか?という研修を受けたようだ。YES/NOチャートのように単純な問いを投げ、語り手の言葉を受け入れ「問わず語り」に徹する。 収録の順番にも法則性はない。男女比も曖昧だ。経験値が全く違うから、最初はジャンルの違う短編小説をひたすら読んでいるような気になる。個人的な体験で似ているのは公募の短
社会学者で作家の岸政彦さんたちが書籍『東京の生活史』で試みた、たくさんの人々が聞き、たくさんの人々が語る生活史のプロジェクトを、世田谷区の“駒沢”で実施します。 「生活史」は一個人の生きた歴史で、郷土史とは異なります。ある人が、どのように生まれ育ち、周囲とかかわりながら、そこでどう生きてきたかを聞き、文章にして、同じ時代を生きる人々と共有します。 駒沢では、その生活史づくりを100名ほどの方々と実現したいと考えています。それぞれ一人づつ駒沢界隈の話し手を選び、聞かせてもらった話を「駒沢の生活史」としてウェブサイトに公開してゆくこのプロジェクトは、駒沢大学駅前にオープン予定の商業ビルに関連した取り組みの一つとして実施されます。 アイデアや形式やタイトルは、筑摩書房および岸政彦さんの了解をいただいて、同じようになぞらえます。違うところは、 ・出版を目的としていない ・ファシリテーターを西村佳哲
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記事:筑摩書房 語り手である祖母が料理教室をしている自宅のダイニングで話を聞いた 書籍情報はこちら 毛利マナさんが聞き手をつとめた内容見本はこちら(本文より冒頭部分抜粋) 社会学とはどういうものなのか ――今回『東京の生活史』に聞き手として参加したきっかけを教えてください。 以前、通っている高校に岸先生が講演をしに来たことがあって、「つながること1人になること」っていうテーマで話してくださったんです。その時のお話がすごく面白くて、今でも覚えているんです。その後、母が Twitterで岸先生をフォローするようになり、「こんな募集をしてるよ」って教えてくれて。 ――応募されたのは、社会学に興味があったんでしょうか。 ありましたね。その岸先生の話がすごく面白かったので。進路をどうするかすごくいろいろ言われている時期でもあったので「実際の社会学ってどういうものなのかな」という思いもありました。 ―
JaLC IRDB Crossref DataCite NDL NDL-Digital RUDA JDCat NINJAL CiNii Articles CiNii Books CiNii Dissertations DBpedia Nikkei BP KAKEN Integbio MDR PubMed LSDB Archive 極地研ADS 極地研学術DB 公共データカタログ ムーンショット型研究開発事業
はじめに ヒストリーというものは政治、軍事など、社会的に重大なことやメインカルチャー、ハイカルチャーを中心に書かれる。一方でサブカルチャーや些事にわたる生活史は書かれづらいし、書きづらい。業界史でも、経営規模の大きい会社は社史が出る。規模が小さくなればなるほど書かれなくなる。これも当たり前ではあろう。けれど、私が普段、物を買ったり、ちょっと立ち寄ったりする場所は、それこそ個々の小さな商店であった。では、自分が子ども時代に通ったあの店、その店の歴史を知りたいと思ったら、何をどのように調べたら、調べたことになるだろうか? ■模型店ピンバイス(1977〜2023)を事例として 自分はたまたま試験に受かったので日本国、というか立法府に奉職したが、親はブルーカラーで出発し、途中「脱サラ」して小商店主で一生を終えた。そこで、ここでは私の親がやっていた模型店「ピンバイス」【図11-1】を題材に、どんな資
アーティスト、パフォーマー、作家、アニメーター……クリエイティブ労働と呼ばれる職種に従事する人々のなかには、「やりたいこと」を生業として「自己実現」を達成しようと熱心に仕事に打ち込む人が数多くいます。 しかし、創作活動を生業とする職業は自己実現に繋がりやすいものの、その代償として不安定な生活に陥りやすい構造もあります。絶え間なくクリエイティビティを求められる仕事で生計を立てていく過酷な労働環境や、一握りの“売れている”人以外はキャリア形成が難しいという問題などは、創作活動に従事する人々を不安や苦境に陥れます。 こうしたクリエイティブ労働の問題に焦点を当てて、とりわけ「バンドマン」を対象に研究するのが、文化社会学・音楽社会学を専門にする立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程の新山大河さんです。 「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」──デサイロではこの観点から人文・社会科学分
2022年 2月 4日 国立研究開発法人海洋研究開発機構 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 国立研究開発法人水産研究・教育機構 1. 発表のポイント ◆魚の眼球中の水晶体は、木の年輪と同じく、魚の生活史を記録している。 ◆水晶体の主成分であるアミノ酸の窒素同位体比分析を用いて、対象の魚の分布海域や採餌履歴を解析する方法を開発した。本手法は、世界で最も高時間解像度で魚の生活史「いつ、どの海にいたのか」を復元するツールとなる。 ◆また、本手法はほぼ全ての海洋生物に適用可能であることから、今後、海洋生態学的研究や産地判別など水産資源管理おいて重要な役割を果たすと期待される。 2. 概要 国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)海洋機能利用部門生物地球化学センターの原田洋太ポストドクトラル研究員及び大河内直彦センター長らは、東京大学大気海洋研究所の伊藤
横浜を舞台にした天地真理さん主演の映画「虹をわたって」(前田陽一監督)が今年、1972年の劇場公開以来初めてDVD化される。船上で暮らす水上生活者と裕福な少女が偶然の出会いを経て交流する物語。異なる背景を持つ住民が近接する、横浜の貴重な生活史が映し出される。 舞台は同市内の中村川に浮かぶ労働者向けのだるま船。天地さん演じる裕福な家の少女マリが家出をして船に紛れ込み、そこを寝床とする水上生活者たちとさまざまな騒動に巻き込まれる喜劇だ。沢田研二さん、萩原健一さん、岸部シローさんら豪華キャストが彩る本作は天地さんの映画初出演作で、天真らんまんな歌唱シーンも見どころの一つ。 横浜の地域階層表現 映画「虹をわたって」(C)1972松竹株式会社 [写真番号:1135709] この写真に関するお問い合わせ 映画「虹をわたって」(C)1972松竹株式会社 [写真番号:1135710] この写真に関するお問
[沖縄の生活史~語り、聞く復帰50年]第2部(74) 語り手 津嘉山善栄さん(下) 聞き手 井筒形さん(59)※前編から続き -(演奏を聴きに来る)マリーン(海兵隊)の客はおとなしく聴いてました? バンバン踊ってたよ。ビール瓶が飛んできたのは復帰して民間のキャバレーに入ってからだけど。 ■キャバレー続々 -民間っていうのは、基地じゃないってことですか? そう。Aサインもその頃は廃れていったから、キャバレーがたくさんできてね。僕が入ったのは復帰前にできたよ。復帰1カ月前にオープンして、最初の1カ月だけドルで給料。復帰したら、200ドルの給料がいくらになったと思う? 6万1千円。少ないよな。あの頃の沖縄は便乗値上げで(1ドル)400円とかになったよ。僕らの給与は305円換算。貯金してる人は復帰特別措置で360円。 -復帰前後でかなり変わった? バブルの時の方がすごいですよ。会社のパーティーがホ
2021.10.26インタビュー・対談 対談 岸政彦×林雄司 聞いたそのままが面白い――いまなぜ生活史か 文學界11月号 出典 : #文學界 ジャンル : #ノンフィクション 150人の声を集めた『東京の生活史』が刊行された。無名の人々が語る人生を記録する「生活史」はなぜ面白いのか? 編著者と「デイリーポータルZ」編集長がその謎を語り合った。 「文學界 11月号」(文藝春秋 編) ■作らない、ただ聞く 林 聞き手として参加しておいて言うのも何ですが、すげえデカい本が送られてきてびっくりしました。 岸 『東京の生活史』(筑摩書房)って、面白い本で、厚ければ厚いほどちっぽけになるんです。ひとりの人に二、三時間話を聞けば、五、六万字にはなるけど、一人一万字までにしてもらって、一五〇人で二段組み一二〇〇ページを超える厚さになった。でも、東京の昼間人口は一五〇〇万人ですから、全員の話を聞こうと思った
1960(昭和35)年4月に入居を開始した常盤平団地(約5,000戸)は、今年4月に60周年を迎えました。 常盤平団地は、日本住宅公団(現在のUR都市再生機構)が建設した初期の代表的な団地の一つです。「50万坪の新都市 常盤平誕生」と名付けられたパンフレットに、ガス・電気・下水道などの施設が整った「田園に生まれた衛星住宅都市TOKIWADAIRA NEW TOWN」と宣伝しています。その建設の様子は記録映画『新しい都市』として撮影され、海外紹介用の英語版も作られました。当初の入居者は若い夫婦が中心で、世帯主の多くは東京都区部に勤める20代から30代のサラリーマンでしたが、現在の入居者は高齢化し、一人暮らしが増加しています。そのような状況に対して、自治会を中心に高齢の居住者への見守り活動や集いの場所「いきいきサロン」の運営などが活発に行われています。 市立博物館では、団地居住者の皆さんと「常
編集者としての歩み ――柴山さんの編集者としての出発点を教えてください。 2010年に新卒で太田出版に入社しました。この頃はタレントさんの本からマンガ、写真集までいろいろなジャンルを担当していました。なかでも季刊誌「atプラス」での仕事が今の自分と繋がっているのかもしれません。 「atプラス」の編集長を務めていた2016年、岸政彦さんの編集協力で「生活史」の特集を組み、この号がきっかけで上間陽子さんの『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』という本も編集しました。 ――その後、太田出版から筑摩書房に移られます。 筑摩書房に入社後は第一編集部という単行本と文庫の部署に配属されました。ここで3年ほど主に単行本を担当していましたが、去年の4月に異動があり、今は新書・選書を作る第二編集部の所属です。 ――単行本の部署から新書に移られて仕事の内容は変わりましたか? うまく言えないんですが、単行本には
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