第二次大戦について本をいくつか読むうちに自分が想像していたものと実際はずいぶん違っていたと思うようになりました。以前は、軍部に影響された政府が嫌がる国民や反対するメディアを押し切って戦争に引き摺り込んだというイメージをもっていました。
印度洋一郎 Yoichiro Indo @ven12665 そういえば、BBCの第二次大戦の各国指導者の人物像を比較検討するドキュメンタリーを書籍化した本を読んだころがあるが、英米ソ独伊を一通りやった後、最後に日本があり、「この国の奇妙なところは、誰が最高指導者なのかわからないというところ。わからないのに戦争を遂行しているのもわからない」と 2022-04-24 23:55:44 印度洋一郎 Yoichiro Indo @ven12665 「指導者という個人ではなく、集団主義の国民全体が自発的に戦争を遂行していると思われるが、我々の価値観とは非常に異質である」みたいな困惑気味のまとめ方だった。 2022-04-24 23:57:37 印度洋一郎 Yoichiro Indo @ven12665 多くのリツイート、いいねを頂き、ありがとうございます。 この本は、地元の図書館で偶々見つけた「ウォ
抑圧された生きづらい社会を生き抜いて活躍した女性たちの姿を見ると、勇気づけられるものだ。だが女性という「性別」だけにとらわれ、残した功績の裏側にある歴史を見落とすことは本末転倒なのではないか──男性優位の写真の分野で活躍した日本人女性、笹本恒子の作品が展示されたことを受け、歴史家が米紙「ワシントン・ポスト」に寄稿している。 2021年7月2日~10月3日にかけて、「カメラの背面に立つ新しい女性(The New Woman Behind the Camera)」と銘打った特別展がニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)で開催された(現在はワシントンのナショナル・ギャラリーに巡回中。会期は2022年1月30日まで)。これは、20世紀前半に活躍した重要な女性写真家の作品を紹介した写真展になる。 ニューオーリンズの黒人コミュニティで写真スタジオを開いて成功した女性写真家たちをはじめ、世界各地で
というNBER論文をローレンス・ボールらが上げている(H/T タイラー・コーエン)。原題は「Did the U.S. Really Grow Out of Its World War II Debt?」で、著者はJulien Acalin(ジョンズ・ホプキンズ大)、Laurence M. Ball(同)。 以下はungated版の結論部。 This paper investigates the factors behind the behavior of the U.S. debt/GDP ratio since 1946, both the large decline in the ratio from 1946 to 1974 and the large increase since then. We seek to decompose the movements of debt/GD
1945年5月8日、ドイツの無条件降伏が発効したことを祝う米軍兵士たち。ソ連を率いていたスターリンはこの翌日に2回目の降伏調印式を行わせた。(PHOTOGRAPH BY HULTON-DEUTSCH COLLECTION, CORBIS/GETTY) 1945年5月7日、ドイツはフランスのランスで連合国に対して無条件降伏し、第三帝国は終焉のときを迎えた。 それとも、終焉のときは5月9日のベルリンだったのか? それはどちらも事実だ。対立するイデオロギー、ソ連と他の連合国との軋轢、そして第一次世界大戦後に残った禍根によって、ドイツは実際に2回降伏した。 ヒトラーの死と最初の降伏 1944年から45年にかけて、連合国の勝利がますます確実になり、米国、ソ連、フランス、英国はドイツ降伏の条件について検討を重ねていた。しかし、1945年4月30日にアドルフ・ヒトラーがベルリンの地下壕で自殺して独裁に終
日々報じられるニュースの陰で暗躍している諜報機関──彼らの動きを知ることで、世界情勢を多角的に捉えることができるだろう。国際情勢とインテリジェンスに詳しい山田敏弘氏が旬のニュースを読み解く本連載。今回取り上げるのは、オーストラリア情報機関のトップがソロモン諸島を訪問したことについて。重要な人物が二人も出てきた背景にあるのは、中国の影だった。 オーストラリアの「スパイのトップ」が訪問 いま、南太平洋に浮かぶソロモン諸島が揺れている。 ソロモン諸島はオーストラリアの北東に位置し、大小992の島々でできている国家だ。そのソロモン諸島に先日、オーストラリアのスパイ機関トップらが上陸したとして話題になった。 豪TV「ABCニュース」は次のように報じている。 「オーストラリアのインテリジェンス機関のトップ2人が静かにソロモン諸島を訪問し、同国のマナセ・ソガバレ首相と会談した。スパイのトップ2人はソガバ
Daphne Leprince-Ringuet (Special to ZDNET.com) 翻訳校正: 石橋啓一郎 2020-11-02 06:30 ブレッチリーパークは、第二次大戦中に英国の暗号解読の拠点だった場所だ。ここで行われた仕事は、単なる歴史上の出来事ではなく、現代のコンピューティング業界にも影響を与えて続けている。Facebookの技術的なブレークスルーの幾つかは、当時極秘とされていた暗号解読機「ボンベ(Bombe)」が生まれたこの場所にまで、そのルーツをさかのぼることができる。 ロンドンの北約50マイル(約80km)のミルトンケインズにあるブレッチリーパークでは、当時、英国の政府暗号学校に所属する数千人の男女が働いていた(その多くは女性だった。現在のブレッチリーパークは博物館になっている)。 英国の数学者Alan Turing氏と同氏が率いるチームは、この場所で専用の目的で
「すべての訪問者は、日本軍兵士がいかに勇気があり命をささげたかを語るべきだ」…第二次大戦のニミッツ提督の言葉が残る日米の激戦地・ペリリューに「いま米軍が今戻ってきている理由」 G7広島サミット直後の5月22日、米国は、パプアニューギニアと防衛協力協定に署名した。 パプアニューギニアのニューブリテン島には、第二次世界大戦中、米軍の西進を長く食い止めた旧日本軍のラバウル航空基地があった。中国も最近、太平洋島しょ諸国の戦略的価値に注目し、パプアニューギニアのお隣のソロモン諸島と安全保障協定を結ぶなど、情勢が活発に動いている。 この同じ太平洋島しょ地域、パプアニューギニアの近くに、太平洋戦争の最終盤において日米両軍の激戦地となった島、ペリリューがある。現在、ここに米軍が戻ってきている。 現地ルポを前編『「日本軍『全滅必至の戦い』が米軍の『日本本土進攻作戦』の決行を食い止めた」…米中のかけひきが激し
アメリカの南東アラバマ州にある戦艦アラバマ(USS Alabama)を見学してきました。第2次世界大戦で実際に使用されていた戦艦の内部をじっくり見て回ることができます。その様子を写真と共に紹介していきます。 戦艦アラバマメモリアルパーク(USS Alabama Battleship Memorial Park) 入場料 戦艦アラバマ(USS Alabama)とは メモリアルパークの展示 戦艦アラバマの見学 まとめ 戦艦アラバマメモリアルパーク(USS Alabama Battleship Memorial Park) 戦艦アラバマが見学できるのは、アラバマ州にあるUSS Alabama Battleship Memorial Parkです。Google Mapからも海に浮かぶ戦艦のシルエットが確認できます。この公園では、戦艦だけでなく、潜水艦、戦闘機、戦車なども展示されており、見ごたえ抜群
1945年3月、ヨーロッパでナチスの敗戦が濃厚になっていた頃、フランス領インドシナで日本の恐怖政治が始まった。数千人のフランス人が拷問を受け、虐殺されたというが、この事実はフランスではほとんど知られていない。 この隠された歴史をたどり、著書『憲兵隊の檻』(未邦訳)にまとめたフランス人ジャーナリスト、ギヨーム・ゼレールに話を聞いた。 ──ゼレールさんがこの『憲兵隊の檻』という本を書こうと決めた理由を教えてください。この本にはどんな事件が描かれているのですか。 1945年3月9日、ヨーロッパではナチスの敗北がほぼ確実になっていましたが、この日、日本がフランス領インドシナに攻撃を仕掛けたのです。 当時、インドシナには約4万人のフランス人が暮らしており、真珠湾攻撃以降は完全に孤立した状態になっていました。3月9日からの約半年で、軍人と民間人を合わせて約3000人のフランス人が虐殺されました。 当時
これまで信じてきた自国の「歴史」が切り刻まれるとき、人はどのような反応を示すのだろうか? ハンガリー人の平和学研究者バラージ・コヴァックは、アジア各国の学生を集め、自国の歴史教科書に国の起源や第2次世界大戦がどのように書かれているかをプレゼンさせる授業をおこなった。 日本の植民地政策や慰安婦問題といったセンシティブなトピックは、どのように記述されているのか? 学生たちが議論の果てに見出した、歴史教育の真実とは? Balazs Aron Kovacs バラージ・A・コヴァックス(右) 1976年、ハンガリー生まれ。社会科学者、平和学研究者。米国の老舗人権NGO「フリーダム・ハウス」を経て、2007年から13年まで国連平和大学で教鞭をとる。2017年にオーストラリアのニューイングランド大学で博士号を取得。現在はウェブスター大学タイ校で教鞭をとる。 アジア8ヵ国の歴史教育に切り込む 社会科学者で
人には人生を決定づける出来事、体験がある。しかし、寡黙な人は真実を語りたがらないものだ。オードリー・ヘプバーンもそうだった。オランダ貴族直系の家系に生まれ、彗星の如くハリウッドにデビューし、妖精スターとしての道を極める一方で、いつも家庭の幸せを模索していた人。そして、晩年を悲願でもあったユニセフ親善大使として慈善活動に捧げた人。それらは、あまりにも語り尽くされて来たライフストーリーだ。だが、オードリーの人生に最も強い影響を与えたのは、実はオランダでの戦争体験だったことが、次男、ルカ・ドッティによって明かされた。以下は、今年5月、かつて母オードリーと共に暮らしたローマの自宅に住まうドッティを訪ねた際の貴重なインタビューである。 ーーあなたの著書"オードリー at Home"に記されているレシピ集の中でも、特にお母さまのスパゲティ・アル・ポモドーロの部分が印象的ですね。 ドッティ 母が色んな国
と題したエントリ(原題は「How economics took a wrong turn post World War II and an alternative theoretical framework for economics」)でMostly Economicsが、Meir Kohnダートマス大教授がケイトー研究所のCato Journal秋号に掲載した論文「An Alternative Theoretical Framework for Economics」を紹介している。以下はその論文の冒頭。 As a profession, economics is thriving. The number of economists is large and growing. The volume of their output is exploding—more articles ar
JaLC IRDB Crossref DataCite NDL NDL-Digital RUDA JDCat NINJAL CiNii Articles CiNii Books CiNii Dissertations DBpedia Nikkei BP KAKEN Integbio MDR PubMed LSDB Archive 極地研ADS 極地研学術DB 公共データカタログ ムーンショット型研究開発事業
批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。 一つ前の記事「蚕と日本語学習と松平忠固」のコメント欄で、renqingさんから以下のようなコメントをいただいた。 renqing 手許の「数字でみる日本の百年」改訂第6版(日本国勢図会)のp.333に、「戦前の主要輸出品」の表があります。生糸が、1900年(M33)第1位なのは当然として、1920年、1930年、1940年(S15)まで、輸出額第1位です。つまり戦前経済を一貫して外貨的に支え、輸出競争力があったのは生糸だった、ということになります。この点、松平忠固は、渋沢栄一に匹敵する日本資本主義の功労者です。現代日本人は、現代日本経済の途轍もない工業競争力を当然とみていて、そのイメージを戦前日本経済に投影して、既に戦前から欧米に伍する近代産業経済があったように錯覚していますが、第2次産
ウサギの島の毒ガス工場、引き揚げ女性の極秘堕胎施設……。第二次大戦で消された記録<前編> FNSドキュメンタリー大賞2019 第二次世界大戦が終わって、70年あまり。広島と長崎に投下された原爆。東京や福岡での大規模な空襲。そして、敗戦後の大陸からの引き揚げ――。それぞれの日本人が異なる場所で体験した「忘れ得ぬ記憶」は、戦争体験者の心の奥底に今もこびりつき、いびつなわだちとなって固まっている。 アメリカ兵捕虜の生体解剖に関わった医師、極秘の堕胎施設で働いていた看護師、中国大陸で使用する毒ガスを砲弾に詰めていた男性、アメリカまで飛ばす風船爆弾を作っていた女生徒……。彼、彼女たちは、確かな罪の手触りを感じながら人生を歩んできた。 その証言にある“消えない真実”から見えてくるのは、日本における「被害の歴史」、そして「加害の歴史」だ。 前編では、広島県にあった毒ガス工場、福岡県にあった堕胎施設をめぐ
第二次大戦史で無視されてきた周辺国の兵士たち 第二次世界大戦において、一体どれだけの兵士が戦ったのか? 信頼に足る公式統計が全ての国で揃っているわけではなく、専門家による概算でも数字に多少の開きがありますが、多数の著作を持つイギリスの戦史家ジョン・エリスが1993年に上梓した“World War II: The Encyclopedia of Facts and Figures”(The Military Book Club)によれば、主な参戦国の従軍兵士の数は次のようなものでした。 ソ連:約3,000万人。ドイツ:約1,790万人。フランス:約460万人。この三大国だけで、すでに5,250万人に達しています。アメリカとイギリスは、それぞれ約1,635万人と約590万人ですが、これはヨーロッパとアジア/太平洋、大西洋の各戦域を合わせた数です。イタリアは、この本では「不明」となっています。
アメリカ兵捕虜への人体実験や残虐な山狩りも。第二次大戦で消された記録<後編> FNSドキュメンタリー大賞2019 第二次世界大戦が終わって、70年あまり。広島と長崎に投下された原爆。東京や福岡での大規模な空襲。そして、敗戦後の大陸からの引き揚げ――。それぞれの日本人が異なる場所で体験した「忘れ得ぬ記憶」は、戦争体験者の心の奥底に今もこびりつき、いびつなわだちとなって固まっている。 アメリカ兵捕虜の生体解剖に関わった医師、極秘の堕胎施設で働いていた看護師、中国大陸で使用する毒ガスを砲弾に詰めていた男性、アメリカまで飛ばす風船爆弾を作っていた女生徒……。彼、彼女たちは、確かな罪の手触りを感じながら人生を歩んできた。 その証言にある“消えない真実”から見えてくるのは、日本における「被害の歴史」、そして「加害の歴史」だ。 後編では、福島県にあった風船爆弾の工場、大分県に墜落したB29のアメリカ兵捕
タグ A-10ミサイルベラルーシヘリコプターペリリュー島ベルギーヘルメットポーランドマレーシアメキシコベトナム戦争モンゴルラトビアラファールリトアニアリビアルーマニアレーザー兵器レーザー銃ベネズエラベトナムロシアパキスタントルコナイジェリアナチスニュージーランドネイビーシールズネパールノルウェーノルマンディー上陸パレスチナブルパップパワードスーツハンガリーバンドオブブラザースフィリピンフィンランドブラジルフランスブルガリアレバノンロボットドイツ自衛隊第一次世界大戦第二次世界大戦米宇宙軍米海兵隊米海軍米空軍米軍米陸軍航空機珍銃航空自衛隊艦船警察車軽機関銃近衛兵陸上自衛隊韓国空母潜水艦ワグネル宇宙世界の迷彩中国中東写真北朝鮮台湾太平洋戦争女性兵士対テロ戦争漫画戦争博物館戦車戦闘車手榴弾書籍朝鮮戦争海上保安庁海上自衛隊ドラグノフデンマークAKSVChPMCSASSMGSOCOMSu-34Su-3
武藤貞一の著作はGHQに嫌われ、国会図書館においても全著作がネット公開されていない 武藤貞一という人物は今ではほとんど知られていないと思うのだが、戦前の昭和十一年から「大阪朝日新聞」の論説委員となり、「天声人語」欄を執筆。昭和十四年に「報知新聞」の主筆となり、戦中の昭和十七年に読売新聞社編集局顧問となっている。戦後は「自由新聞」を創刊し、動向社を設立して軍事外交評論に筆を奮ったのだが、彼が戦前戦中に発刊した三十二点の書籍のうち約四割にあたる十三点がGHQに焚書処分を受けている。これほど多くの著書が高い確率で焚書処分されているケースは珍しいのだが、彼の著作に関しては、GHQに焚書処分された本もされなかった本も、戦後の著作も含めて彼のすべての著作が、「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されていないのである。 武藤の没年は昭和58年(1983年)で著作権保護期間中ではあるのだが、文
戦争は最後は武力によって勝敗が決まるものだが、武力に優位性がある方が戦争に勝利するとはかぎらない。もし他国から思想戦、宣伝戦、情報戦等が仕掛けられて国民が分断されたり国民の戦意が乏しくなっていては、そもそも勝てるはずがないのだ。そのような工作は古くから存在し、特に動画に音声を吹き込まれるようになってからは、映画が国民の啓蒙や、他国に対する工作に積極的に用いられるようになった。今回は津村英夫著『映画戦』(朝日新選書 ; 13)という本を紹介したい。 平和な時代に思想戦の武器として映画が用いられるようになった 第一次世界大戦および第二次世界大戦に於いて、思想戦・情報戦がいかに行われたかについて『映画戦』には次のように記されている。 前大戦(第一次世界大戦)では公然の思想戦武器として最も活躍したのは新聞紙および通信事業であり、雑誌による政治評論などであったが、当時の英国は有名なる海底電線網を世界
沖縄戦で学徒看護隊に編成された女性、米軍基地で働くアメリカ人女性と日本人女性、米兵との恋愛結婚を夢見る日本人女性、アイデンティティに悩む「アメラジアン」、出稼ぎにきたフィリピン人女性、基地反対を訴える活動家……。 沖縄に生きるさまざまな立場の女性たちの話を、日系アメリカ人4世の作家・ジャーナリスト、アケミ・ジョンソン氏が聞き歩いたノンフィクション『アメリカンビレッジの夜 基地の町・沖縄に生きる女たち』(紀伊國屋書店)が各所で大きな話題を集めている。 ここでは、同書の一部を抜粋。1927年に渡嘉敷で生まれ育った女性・宮城幸子さんの体験を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む) ◆◆◆ 野戦病院で見る兵士の姿に身がすくんだ 1945年3月27日の夜、幸子と学友はこれからの活動の場となる人工壕のナゲーラ壕、第62師団野戦病院の外に集まると、急ごしらえの卒業式に参加した。式場は草の生えた一画にろう
80年間守られた秘密 パリに住むクラレチアン宣教会のスペイン人コミュニティは、80年間、沈黙を守ってきた。ナチスの支配下にあったフランスで、1940年から1944年までにユダヤ人155名の命を救ったことを秘密にしてきたのだ。 エッフェル塔から30分ほど歩いたところにある、ポンプ通りという狭い通りの51番地に、このスペイン系カトリック修道会の教会がある。この教会の小さな戸棚には、偽造された洗礼証明書が数多く保管されている。 これらは、この修道会に属する4名の司祭が、数十のユダヤ人家族を親独ヴィシー政府から守るために、署名つきで作成したものだ。 埃っぽい臭いがしみ込んだこれらの文書は、ジルベルト・ヴァルティエラ神父、ホアキン・アジェル神父、エミリオ・マルティン神父、イグナチオ・トゥリリャス神父という4名の司祭の手によるものだ。 彼らはユダヤ人家族を出迎え、命の危険をおかしてこれらの洗礼証明書を
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く