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円安とは
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4月26 小泉悠『オホーツク核要塞』(朝日新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 世の中には知っておいたほうが良い知識と、知らなくてもおそらく大きな問題はない知識があると思いますが、本書が扱っているのは後者だと思います。 もちろん、日本の安全保障を考える上でSLBMを搭載したロシアの原子力潜水艦の存在は外せないことではありますが、一般の人にとって本書に書かれているほどの知識は必要ないでしょう。 ただ、それにもかかわらず本書は面白いです。 これは著者のオタク的な知識とわかりやすい語り口のなせる技だと思いますが、海の中で繰り広げ荒れていた米ソの軍拡競争、ソ連崩壊後のロシア海軍の凋落、凋落後の核戦略の練り直し、そしてウクライナ戦争が極東の海に与える影響など、非常に面白く読めます。 テーマ的には新書で出すようなものではないかもしれませんが、それが1冊の面白い新書に仕上がっています。 目次は以下の通
4月10 田原史起『中国農村の現在』(中公新書) 9点 カテゴリ:社会9点 中国農村へのフィールドワークによって中国農村の姿を明らかにしようとした本。非常に貴重な記録で抜群に面白いです。 中国の農村と都市の格差については、NHKスペシャルなどで熱心に農民工の問題をとり上げていたので知っている人も多いと思います。彼らが村に帰ると、そこは都市部に比べて圧倒的に貧しく、お金を稼げそうな仕事もないわけですが、そうした中で農民たちの不満は爆発しないのか? と思った人もいるのではないでしょうか。 また、中国の農村は日本の農村のような地縁による強固な共同体ではなく非常に流動性が高いといった説明がなされますが、「農村」という言葉を日本の農村でイメージする私たちにとって、なかなか流動性の高い農村というイメージはつかみにくいと思います。 こうしたさまざまな疑問に答えてくれるのが本書です。詳しくはこのあと書いて
3月28 中野博文『暴力とポピュリズムのアメリカ史』(岩波新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 副題は「ミリシアがもたらす分断」。「ミリシア」と言っても多くの人にはピンとこないかもしれませんが、これは「民兵」と訳される事が多い言葉です。ただし、アメリカでは州軍も「ミリシア」と呼ばれています。 本書はアメリカにおける2つの「ミリシア」について説明しながら、人民武装の歴史と、それが2021年の連邦議会襲撃事件につながっているさまを描き出しています。 州軍に関する歴史的な説明が中心であるため、もう少し近年の民兵の動きについても知りたいという人もいるかもしれませんが、州軍の歴史を追うだけでもアメリカという国の特殊性が十分に見えてきて面白いと思います。 目次は以下の通り。はじめに第1章 現代アメリカの暴力文化――2021年米国連邦議会襲撃事件の背景第2章 人民の軍隊――合衆国憲法が定める軍のかた
2月28 鈴木真弥『カーストとは何か』(中公新書) 9点 カテゴリ:社会9点 インド社会の特徴としてあげられるのが「カースト制度」です。このカースト制度のもとで「ダリト(不可触民)」と呼ばれる被差別民がいるということも知られていると思います。 ただし、このカースト制度というのはかなり複雑です。学校などではバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラという4つのヴァルナ(種姓)があるということを習うかもしれませんが、実際はもっと複雑で外部からはそう簡単には理解できないものになっています。 本書はそうしたカースト制度の実態を教えてくれるだけではなく、差別されている不可触民(ダリト)へのインタビューなどを通じて、どのように差別され、どのような生活を送り、差別についてどのように感じてるのかというとを教えてくれます。 差別というのは非常にデリケートな事柄であり、なかなか外部からは見えにくいことで
2月1 家永真幸『台湾のアイデンティティ』(文春新書) 8点 カテゴリ:社会8点 年明けの総統選で民進党の賴清德が勝利した台湾。本書は昨年の11月に出た本であり、総統選を見据えて台湾の現在の状況について解説した本になります。 台湾の政治の構図というと「独立派」の民進党と「親中派」の国民党といった対立軸で紹介されることが多いですが、歴史的に見れば、中華人民共和国の共産党と対立していたのは何と言っても蔣介石の国民党だったはずです。 本書は、このような台湾の歴史にあるいくつものねじれを解きほぐしてくれます。 さらに本書の面白さは、台湾の歴史や台湾のアイデンティティのあり方をたどることで、日本の戦後史も見えてくるところです。 本書のあとがきに、「かつての日本社会の「左翼」的な台湾観を疑問に感じ、台湾のことを学び直したいと思っている人を主要な読者の一人に想定した」(251p)とありますが、イデオロギ
1月23 飯田泰之『財政・金融政策の転換点』(中公新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 先進国では1980年代に退治したと思われていたインフレが復活し、景気対策は金融政策中心で財政政策は最低限度で良いとされていたスタンスがゆるぎ財政出動が叫ばれるなど、近年のマクロ経済政策は大きく揺れました。 本書のはしがきに「常識はそれが「常識」になった時点から崩壊が始まる」(ii p)とありますが、まさにここ最近のマクロ経済学ではさまざまな常識が書き換えられてきたのです(例えば、ブランシャール『21世紀の財政政策』における、かなりの規模の財政赤字を問題なしとする立場など)。 本書は、まずは財政政策と金融政策の標準的な理解を押さえながら、財政政策と金融政策の融合、「高圧経済論」といった新しい潮流を探っています。 メディアなどで見かける著者のイメージからすると、中公新書ということもあって「やや硬め」かもし
12月25 2023年の新書 カテゴリ:その他 去年の「2022年の新書」のエントリーからここまで50冊の新書を読んできたようです。 というわけで、恒例の「2023年の新書」といきたいと思います。 まず、全体としては、去年に引き続き今年の前半もやや低調に思えたちくま新書が後半になって良い本を出してきたと思います。「毎月6冊出す体制が無理になってきたのでは?」とも思いましたが、立て直してきた感じです。 あとは岩波新書が価格を上げてきました。講談社現代新書と同じく、基本、1000円超えという価格設定になってきました。さまざまな費用の値上がりとかを考えると仕方のないことかもしれませんが、こうなると岩波では少ないとはいえ、厚めの新書を出すのは難しくなるのでは? とも思います。税込みで15000円近くになってくると「高い」と感じる人も多いのではないでしょうか。 あとは、角川新書が過去の単行本などを新
12月21 児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』(ちくま新書) カテゴリ:社会8点 相模原障害者施設殺傷事件、京都ALS嘱託殺人事件、そして映画『PLAN 75』など、日本でもたびたび安楽死が話題になることがあります。 安楽死については当然ながら賛成派と反対派がいますが、賛成派の1つの論拠としてあるのは「海外ではすでに行われている」ということでしょう。 著者は以前からこの安楽死問題について情報を発信してきた人物ですが、著者が情報発信を始めた2007年頃において、安楽死が合法化されていたのは、米オレゴン州、ベルギー、オランダの3か所、それとスイスが自殺幇助を認めていました。 それが、ルクセンブルク、コロンビア、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア(一部を除く)、スペイン、ポルトガルに広がり、米国でもさまざまな州に広がっています。 では、そういった国で実際に何が起こっているのか?
11月23 野矢茂樹『言語哲学が始まる』(岩波新書) 8点 カテゴリ:思想・心理8点 「なぜ、私たちは無限に文を生み出せるのか?」 本書の出発点になっているのはこの問いです。例えば、「ウォンバットが「原宿イヤホイ」にあわせて踊ってる」という文章は、これを書きながら僕が思いついた文章で、おそらく世界で初めて書かれた文章ではないかと思いますが、このような初めて書かれた文も、「ウォンバット」や「原宿イヤホイ」が何かわかっていれば了解できます(「原宿イヤホイ」はきゃりーぱみゅぱみゅが歌っている曲です)。 こう説明すると、ここの単語の意味がわかれば、それを無限に組み合わせることができる、だから無限に運を生み出すことができる、と説明できそうですが、本書によればこの考えは間違ってます。 本書は、フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインの3人の考えをたどりながら、言語の謎に迫っていきます。 この3人の考え
11月8 丹治信春『実践! クリティカル・シンキング』(ちくま新書) 8点 カテゴリ:思想・心理8点 著者は『言語と認識のダイナミズム』や『クワイン』などの著作で知られる分析哲学者ですが、本書はそんな著者が大学1年生向けに行っていた「クリティカル・シンキング」の授業をもとにしたものになります。 基本的には、推論を構造化しながら読み解いていくというもので、本書をよめば、その推論が正しいのかどうかがわかってくるような構成になっています。 分析哲学者の手によるものということで、かなり論理学よりのものを想像する人もいるかも知れませんが、例えば、似た感じの本である野矢茂樹『論理トレーニング』と比べても、バリバリの論理学的な説明は抑えられていると思います。 代わりに本書が重視しているのが日常の言語の分析で、比較的自然な日常言語の中で行われる推論について、その隠された前提や、言葉のイメージなどから犯して
10月18 間永次郎『ガンディーの真実』(ちくま新書) 9点 カテゴリ:歴史・宗教9点 今までのガンディーのイメージを書き換える非常に刺激的な本です。ガンディーの生涯について書かれていますが、以下の目次を見ると、この本が普通の評伝ではないこともわかると思います。 はじめに――非暴力思想とは何か第1章 集団的不服従――日常実践の意義第2章 食の真実――味覚の脱植民地化第3章 衣服の真実――本当の美しさを求めて第4章 性の真実――カリスマ性の根源第5章 宗教の真実――善意が悪になる時第6章 家族の真実――偉大なる魂と病める魂終章 真実と非暴力 第1章の「集団的不服従」はわかりますし、第3章の「衣服の真実」もガンディーがイギリス製品のボイコットを呼びかけ、チャルカーと呼ばれる糸車が運動の象徴になったことを考えれば理解できます。 一方、「食の真実」、「性の真実」と言われても、それはガンディーにとっ
10月11 三牧聖子『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 ちょっと前から話題になっていたにもかかわらず、「若い世代がアメリカを変える」みたいな話であれば読まなくてもいいかなと思っていたのですが、先日行われた日本政治学会で著者の報告を聞いて、単純にそういう本でもないのだということがわかったので読んでみました。 読んだ感想としては、今のアメリカの政治や外交の行き詰まりを非常にわかりやすく指摘している本というもので、アメリカ国内の分極化や、アメリカ外交における後ろ向きな姿勢の背景を理解するのに役立つと思います。 「世代論」のように読もうとすると、もう少し細かいデータや分析が欲しくなりますが、現在のアメリカ社会の見取り図としては十分なのではないかと思います。 対テロ戦争や米中対立から、カマラ・ハリスの不人気の要因まで触れられており、来年のアメリカ大統領選挙に向けた
10月3 浜忠雄『ハイチ革命の世界史』(岩波新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 BLM運動が起きたことなどによって、黒人の歴史、奴隷の歴史というものに注目が集まっていますが、そうした黒人奴隷の歴史の中でも特筆すべき出来事が1791年に起きたハイチ革命です。 この革命によって西半球ではアメリカ合衆国につぐ2番目の独立国になり、1806年には世界初の黒人共和国が誕生しました。このようにはハイチは輝かしい歴史を持つ国です。 しかし、同時に現在のハイチは貧困と治安の悪化に悩まされており、日本の外務省も危険情報でレベル4の退避勧告を出しているほどです(2022年10月に引き上げられた)。人間開発指数で見ても193カ国中163位で最貧国と言っていいレベルです。 なぜ、このようになってしまったのか? 本書はハイチ革命だけではなく、その後のハイチを明らかにしていきます。 フランスから請求された多額の賠
9月20 牧野百恵『ジェンダー格差』(中公新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 このところずっと話題になっているジェンダー格差の問題ですが、では、その解決方法は? というと一筋縄ではいきません。 別に男女問わずの競争をしているはずなのに、東大には男子学生が多いですし、政治家は男性ばかりです。 もちろん、東大に入ったり政治家になるのが「良いこと」なのかという根本的な問題はありますが、とりあえず、そこには女性にとって何らかな不利な状況があると考えられます。 本書は、実証経済学で行われてきたさまざまな研究を紹介することによって、このジェンダー格差の問題に迫っていきます。 「女性の労働参加が何をもたらすか」「学歴と結婚や出産の関係」「出産などについて女性が決める権利を持つことが何をもたらすか」など興味深いトピックについてのさまざまな研究が紹介されています。 中には、意外な結果となっているものもあ
8月25 濱口桂一郎『家政婦の歴史』(文春新書) 8点 カテゴリ:社会8点 『新しい労働社会』や『ジョブ型雇用社会とは何か』(ともに岩波新書)などで、日本の雇用システムの歴史や問題点をえぐり出してきた著者ですが、今回は「家政婦の歴史」というかなり小さな話を扱った本になります。 ところが、「家政婦」という1つの職業の変転の中に、日本の労働政策の大きな転換とそこで隠されてしまった矛盾点が見えてくるのが本書の面白さでしょう。 女中と家政婦、似たようなことをしているように見えてその出自は違い、しかし、その出自の違いはGHQの占領政策によって見えなくなってしまう…、このように書くとミステリーのようですが、本書はそうしたミステリーとしても楽しめると思います。 目次は以下の通り。 序章 ある過労死裁判から第1章 派出婦会の誕生と法規制の試み第2章 女中とその職業紹介第3章 労務供給請負業第4章 労
7月31 八鍬友広『読み書きの日本史』(岩波新書) 9点 カテゴリ:歴史・宗教9点 江戸時代にやってきた外国人、例えばゴローヴニン事件で捕らえられたゴローヴニンや、漂流民を装って日本にやってきて森山栄之助に英語を教えることになったラナルド・マクドナルド、あるいはイギリスの初代駐日公使のオールコックは、日本人の読み書きの能力に驚いています。 こうしたことから、当時の日本は世界一の識字率だったというような主張もあります。 ただし、ここでいう「識字率」とは一体どのようなものなのでしょうか? 活字に囲まれた現代に生きる私たちは、漢字を除き、一定の訓練を受ければ提示された文章をどんどん読めるし、自分の思ったことを書けるようになると考えがちです。 ところが、近世までの日本において、話し言葉と書き言葉は分離しており、ひらがなを覚えたからといって自分の思ったことが「書ける」ようになるわけではありませんし、
7月26 保坂三四郎『諜報国家ロシア』(中公新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 面白いけど、読んでいくとロシアに関係する人がすべて信じられなくなってしまいそうな厄介な本でもあります。 プーチンがKGB(国家保安委員会)出身であり、ロシアの前身であるソ連がさまざまなスパイ活動を行っていたことはよく知られていることですが、本書を読むと、ロシアが単なるスパイ大国というだけではなく、巨大な情報期間が国家のあらゆる部分に浸透している「防諜国家」であることがわかります。 本書はソ連の秘密警察の歴史から説き起こし、情報機関という枠には収まらないソ連・ロシアの諜報機関の姿とそのさまざまな手口、さらに情報機関が国の中心に存在するロシアに広がる世界観を明らかにしています。 そして、こうした世界観と国家体質がウクライナへの侵攻をもたらしたことを明らかにするのです。 目次は以下の通り。第1章 歴史・組織・要
7月18 今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』(中公新書) 9点 カテゴリ:思想・心理9点 もしも「日本の本質」というタイトルの新書があったら、「ずいぶん大げさなタイトルだな」とも思いますが、「言語の本質」というのもそれに匹敵する、あるいは上回るような大げさなタイトルだと思います。言語は人間のコミュニケーションだけではなく、認識にとっても鍵になるものだからです。 ところが、本書はその大げさなタイトルに十分に応える内容になっています。 本書はオノマトペと言語がいかに現実とつながっているかという「記号接地問題」を軸にして、まさに言語の本質に迫っていくのです。 前半のオノマトペの役割や、世界のオノマトペとその共通点といった話題でも十分に1冊の新書として成り立つ面白さがありますが、さらにそこから子どもがいかにして言語を学ぶのかという問題、そして言語の本質へと肉薄していきます。 言語哲学をかじった人に
5月9 駒村圭吾『主権者を疑う』(ちくま新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 安倍元首相は憲法改正について「最終的に決めるのは、主権者たる国民の皆様であります」(23p)と言いました。 このときの「主権者」とは一体何者で、いかなるときに国民は「主権者」としてたち現れるのか? そもそも「主権」とは何なのか? 現代の政治においてこの「主権」をどのように考えればよいのか? といったことを探っているのが本書です。 著者は憲法学者ですが、政治と法の対立関係を意識した上で、東浩紀や鈴木健や成田悠輔の議論なども引用しながら、法と政治の問題を探っていきます。 主権についての議論には昔からピンとこない点もあり、本書についても疑問に思う点もあるのですが、憲法学者でありながらかなり越境して政治を論じており、憲法学者からの現代政治論とも言うべき本で多くの興味深い点を持っています。 目次は以下の通り。序章 見取り
4月18 中畑正志『アリストテレスの哲学』(岩波新書) 8点 カテゴリ:思想・心理8点 「アリストテレスは死んでない」は、マイケル・サンデルの「ハーバート白熱教室」のサブタイトルにあった言葉ですが、サンデルを含めたコミュタリアンの台頭もあってアリストテレスの倫理学が再注目された印象はありました。 とは言っても、それはあくまでも倫理学の分野の話で、それ以外のアリストテレスの哲学については古色蒼然とした印象を持っている人も多いかもしれません。 そんな中で本書は、倫理学などのアリストテレス哲学の一部分を切り出して評価するのではなく、アリストテレス哲学の全体を紹介しながら、それを今なお通用する思想として評価していくものとなっています。 そして、これが「意外にも」と言っては失礼かもしれませんが、面白いのです。サンデル流のアリストテレス思想はともかくとして(本書もアリストテレスの倫理学をそんなに推して
4月11 篠田謙一『人類の起源』(中公新書) 8点 カテゴリ:歴史・宗教8点 2022年の新書大賞でも2位になった本です。読み逃していましたが、今年度世界史も担当することになったので遅ればせながら読みました。 人類の起源と広がりをDNAの解析を通じて辿ろうとする研究を紹介した本で、タイトルは「人類の起源」ですが、さすがに猿人や原人のDNA解析は今の技術や資料の制約もあって難しいので「現生人類の起源」という内容になっています。 それでも、現生人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人やデニソワ人との交雑、現生人類のアフリカでの移動と出アフリカ、ヨーロッパ人に大きな影響を与えたヤムナヤ文化集団、日本人の起源など興味深いトピックが満載で評判通りの面白さですね。 「歴史」というと過去の確定した事象を学ぶというイメージがあるかもしれませんが、本書ではリアルタイムで塗り替えられつつある「歴史」に触れ
3月21 東大作『ウクライナ戦争をどう終わらせるか』(岩波新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 タイトルを聞くと「そう簡単には終わらないよ」と反射的に言いたくなる状況ですが、それでも多くの犠牲者が出ている中で常に和平は模索されるべきですし、困難だからといって最初からあきらめるべきものではありません。 本書はそんな困難な課題に、NHKのディレクターから研究の世界に入り、同時に国連のアフガニスタン支援ミッションなどにも参加した著者が挑んだものになります。 もちろん、戦争が終わらせる秘策が披露されているわけではありませんが、開戦1月後の2022年3月ごろにはトルコの仲介で停戦合意に近づいていたのも事実であり、このあたりから双方が妥協できそうなラインを探っています。 後半では、ウクライナ難民支援の現場の状況や、ウクライナ戦争に限定されない日本の国際支援のあり方が論じられています。興味深い部分も
2月8 藪田貫『大塩平八郎の乱』(中公新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 大塩平八郎の乱の名前は中学の歴史の教科書にも載っているので多くの人が知っていると思います。大坂奉行所の元与力が起こした反乱は、泰平の世、そして幕藩体制を揺るがす先駆けとなった出来事として位置づけられています。 ただし、乱自体は一日で鎮圧されているものの、大塩は大筒を持ち出して大坂の町に大規模な火災を起こしており、蔵書を売って貧民救済をはかろうとした聖人的な部分と、蜂起に踏み切って行ったことの間に乖離を感じるのも事実です。 本書はそういった乖離を大塩という人物を史料によって再構成しながら埋めていきます。特に大塩が乱後も一月近く潜伏していたのはなぜなのか? という疑問については本書を読んで納得しましたし、大塩の人物像も随分とクリアーになります。 新しい史料の発見とそこで明らかになった大塩像を合わせて説明しており、歴史
2月14 五十嵐彰、迫田さやか『不倫―実証分析が示す全貌』(中公新書) 8点 カテゴリ:社会8点 お堅いイメージの強い中公新書とは思えぬテーマですが、カバーの見返しにある次の内容紹介を見れば、本書がどんな本かよく分かると思います。 配偶者以外との性交渉を指す「不倫」。毎週のように有名人がスクープされる関心事である一方、客観的な情報は乏しい。経済学者と社会学者が総合調査を敢行し、海外での研究もふまえて全体像を明らかにした。何%が経験者か、どんな人が何を求めてどんな相手とするか、どの程度の期間続いてなぜ終わるか、家族にどんな影響があるか、バッシングするのはどんな人か。イメージが先行しがちなテーマに実証的に迫る。 ただし、不倫のような世間的によくないとされていることを調べようとすると大きな問題に突き当たります。 例えば、周囲の知り合いの既婚者に「不倫したことある?」と聞いて回って、結果として不倫
1月25 斎藤環『「自傷的自己愛」の精神分析』(角川新書) 7点 カテゴリ:思想・心理7点 「自傷的自己愛」とはちょっとわかりにくい言葉かもしれません。「自傷」とは自らを傷つけることであり、自分を愛することが「自己愛」だとすると、この2つの言葉は両立しないようにも思えるからです。 一方、帯には「自分をディスり続ける人たち」との語句がありますが、これはわかりやすいかもしれません。近年の通り魔的な犯行を行った若い人々の多くに「自分は何をやってもダメ」という強い確信のようなものがうかがえます。また、本書では『進撃の巨人』の作者の諫山創氏がとり上げられていますが、成功しているにもかかわらず「自分の自信のなさ」について語り続ける人もいます。 この自己への批判の根源に一種の「自己愛」があるというのが本書の主張になります。 この「自己愛」とは精神医学の中ではあまり良いイメージのない言葉ですが、著者は「自
1月5 小泉悠『ウクライナ戦争』(ちくま新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、テレビなどで引っ張りだこになり、2021年6月に出た『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)もベストセラーになった著者による待望の書。 今なお進行中の出来事を扱っており、なおかつ、かなりの突貫工事での出版だったと思いますが、さすがに侵攻前からこの問題をウォッチしてきただけあって内容は充実しています。 「ロシアとウクライナの対立はどのような経緯をたどっていたのか?」、「なぜ、プーチンは武力行使を決断したのか?」、「当初のロシアの狙いはどのようなものだったのか?」、「ウクライナが善戦できた要因は何か?」、「東部で主導権を取り返すかと思われたロシアが再び劣勢に追い込まれたのはなぜか?」、「これからどうなるのか?」など、誰もが疑問に思う問題について現在分かる範囲で著者が分析
12月25 2022年の新書 カテゴリ:その他 去年の「2021年の新書」のエントリーからここまで51冊の新書を紹介してきたようです。 今年は中公と岩波の2強という感じで、ちくまが例年に比べてやや弱かった印象です。他のレーベルについてもそれほど目立ったものはなく、特に自分が好んで読む社会科学や歴史系の新書に関しては中公と岩波にほぼ尽きる感じでした。 相変わらず、過去の書籍を新書としてパケージし直す動きは結構見られて、角川新書などはそれを精力的にやっている印象があります。 また、価格に関しては講談社現代新書が明らかに上げてきている感じで、他社が税込み1000円以内にできるだけ収めようとしている印象なのに対して、講談社現代新書はそういったラインを引いていない用に見えます。今年の後半から刊行されはじめた100ページ程度で思想家を紹介するシリーズも特に価格は安くないですしね。 新書価格の上昇と新書
12月15 石山永一郎『ドゥテルテ』(角川新書) カテゴリ:政治・経済7点 政治においてアウトサイダーが大きな期待を集めて政権を獲得し、結局その期待に応えられずに支持率を落として政権後半はグダグダになる。これは民主主義においてよく起こることですし、例えば、フィリピンでもエストラーダ大統領などはそのパターンでした。 本書の主役であるドゥテルテ大統領も、なんとなくこのようなパターンをとるのではないかと思っていましたが、高い支持率を保ったまま今年大統領を退任しました。しかも、コロナの影響で経済が大きく低迷した時期を経験したにもかかわらずです。 本書は、そんなドゥテルテ大統領の人気の秘密と、フィリピンという国の現状を探った本になります。著者は共同通信でフィリピン支局勤務などを務めたジャーナリストで、マルコス時代のフィリピンから取材している人物になります。 評価としては「ドゥテルテびいき」ではあると
12月1 渡辺努『世界インフレの謎』(講談社現代新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 今年の1月に講談社選書メチエから出た『物価とは何か』は、今年の経済書の中でもトップクラスの面白さだったと思いますが、本書は同じ著者による新書になります。 最初は、「このくらいのスパンだと焼き直しにしかならないのでは?」と思ったのですが、読んでみたら面白いですね。ここ最近、世界的に起きているインフレの謎を中心に、欧米各国と日本の違い、どのような処方箋があり得るのか? など、『物価とは何か』よりもアクチュアルな問題が論じられていて、新たな発見があります。 『物価とは何か』を読んだ人でも十分に楽しめる本であり、ここ最近のインフレの問題を考える上で必読の本と言えます。 目次は以下の通り。第1章 なぜ世界はインフレになったのか――大きな誤解と2つの謎第2章 ウイルスはいかにして世界経済と経済学者を翻弄したか第3章
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