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中東情勢
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5月16 藤原正範『罪を犯した人々を支える』(岩波新書) 7点 カテゴリ:社会7点 副題は「刑事司法と福祉のはざまで」。長年、家庭裁判所調査官の仕事をしていた著者が、刑事事件の傍聴などを通じて、刑事司法と福祉の関係について考えた本になります。 元国会議員の山本譲司『累犯障害者』(2006)が出て以来、刑務所に服役しているかなりの数の人がケアを必要とする障害者であったり、高齢者であったりという事実が知られるようになりましたが、本書はそうした問題を刑事裁判の場を中心に考えたものになります。 近年、犯罪の原因を社会に求めるような議論は退潮しており、本書の記述についても反発を感じる人もいるかもしれませんが、本書を読むことで、犯罪者、特に小さな犯罪を繰り返す犯罪者たちのイメージが変わってくるのではないでしょうか。 また、こうした犯罪者のイメージが変われば、今までの司法のままでよいのか? という疑問
5月11 池上俊一『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書) 8点 カテゴリ:歴史・宗教8点 魔女狩りについての新書と言えば、岩波新書の青版に森島恒雄『魔女狩り』があって、魔女狩りが行われたのは中世ではなく近世が中心だったことや、魔女狩りの残酷な実態に驚かされたものですが、それから50年以上経って新しい魔女狩りの新書が登場しました。 何か今までのイメージを覆すような考えが披露されているわけではないですが、今まで数々の新書を書いてきた著者だけあって、あまり煩雑にならないようにしつつも、さまざまな史料や研究成果を紹介しながら、魔女狩りの実態を改めて多角的に検討しています。 「魔女狩り」というと、熱狂や狂気と結び付けられることが多いですが、それにしては魔女狩りは長期、そして広範囲に及んでいます。本書は、「熱狂」では片付けられない魔女狩りの要因を丁寧にときほぐす内容になっています。 目次は以下の通り。
2月6 本田由紀・内藤朝雄・後藤和智『「ニート」って言うな!』(光文社新書) 6点 カテゴリ:社会6点 「ニート」なる概念の曖昧さや、「無気力なやつは何でもニート」的な言説は確かに問題ではありますが、それはそれを指摘すればすむことであって、別に「ニート」という言葉を否定するまでもないと思う、というのが正直な感想。 確かに第1章で本田由紀の指摘するように、問題はニートだけではなく、むしろフリーターなど働く意志はあるのに正社員になれない若者にあるというのはその通りだと思うし、ニートに対する「甘えるな」という言説が労働需要の問題を隠してしまうというのはその通りでしょう。 ただ、「ニート」という言葉にもいくらか意味はあったと思うわけで、この本はやや感情的すぎる面があり、特に第2章の内藤朝雄の書いたところなんかは,道徳主義を否定する裏返しの道徳主義みたいになってしまっています。 本田由紀・内藤朝雄・
5月3 川名晋史『在日米軍基地』(中公新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 副題は「米軍と国連軍、「2つの顔」の80年史」。この副題が本書のポイントになります。 日本にある米軍基地は1952年に締結された日米安全保障条約を根拠にして使用されています。これにそれこそ中学や高校でも習うことですが、それに対して本書は実はもう1つの根拠があるのだと指摘します。 それが朝鮮戦争のときに結成された「国連軍」の基地としての役割で、実際にその後方司令部は横田にあり、国連軍後方基地として横田・座間・横須賀・佐世保・嘉手納・普天間・ホワイトビーチの7ヶ所が指定されています。 あくまでもこれは形式的なものだろうとも思いますが、本書を読むと、国連軍基地であることはアメリカにとっては都合が良く、それを密かに維持してこようとした歴史が見えてきます。 日本における米軍は日米地位協定のおかげでNATO国内の基地などより
4月26 小泉悠『オホーツク核要塞』(朝日新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 世の中には知っておいたほうが良い知識と、知らなくてもおそらく大きな問題はない知識があると思いますが、本書が扱っているのは後者だと思います。 もちろん、日本の安全保障を考える上でSLBMを搭載したロシアの原子力潜水艦の存在は外せないことではありますが、一般の人にとって本書に書かれているほどの知識は必要ないでしょう。 ただ、それにもかかわらず本書は面白いです。 これは著者のオタク的な知識とわかりやすい語り口のなせる技だと思いますが、海の中で繰り広げ荒れていた米ソの軍拡競争、ソ連崩壊後のロシア海軍の凋落、凋落後の核戦略の練り直し、そしてウクライナ戦争が極東の海に与える影響など、非常に面白く読めます。 テーマ的には新書で出すようなものではないかもしれませんが、それが1冊の面白い新書に仕上がっています。 目次は以下の通
4月10 田原史起『中国農村の現在』(中公新書) 9点 カテゴリ:社会9点 中国農村へのフィールドワークによって中国農村の姿を明らかにしようとした本。非常に貴重な記録で抜群に面白いです。 中国の農村と都市の格差については、NHKスペシャルなどで熱心に農民工の問題をとり上げていたので知っている人も多いと思います。彼らが村に帰ると、そこは都市部に比べて圧倒的に貧しく、お金を稼げそうな仕事もないわけですが、そうした中で農民たちの不満は爆発しないのか? と思った人もいるのではないでしょうか。 また、中国の農村は日本の農村のような地縁による強固な共同体ではなく非常に流動性が高いといった説明がなされますが、「農村」という言葉を日本の農村でイメージする私たちにとって、なかなか流動性の高い農村というイメージはつかみにくいと思います。 こうしたさまざまな疑問に答えてくれるのが本書です。詳しくはこのあと書いて
4月3 萬代悠『三井大坂両替店』(中公新書) 8点 カテゴリ:歴史・宗教8点 副題は「銀行業の先駆け、その技術と挑戦」。書名と副題だけではそれほど面白そうだとは思わない人も多いかもしれませんが、三井に残された金を貸す際に行った信用調査の記録をもとに三井のビジネスモデルと当時の大坂の町人のあり方を掘り起こした本というと、「それは面白そうだ」と思う人もいるでしょうし、実際面白いです。 本書と同じ中公新書の小島庸平『サラ金の歴史』や青木雄二『ナニワ金融道』などを読んだ人であれば、金貸し業にとっていかに貸金を回収するかが重要だということはわかっていると思いますが、これについては江戸時代の金貸しも同じです。 特に信用情報のデータベースがない、司法制度が不十分という中で江戸時代の金貸しはうまく立ち回る必要がありました。 本書を読むと、三井は幕府から認められた特権と、人を使った地道な信用調査によってこの
3月28 中野博文『暴力とポピュリズムのアメリカ史』(岩波新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 副題は「ミリシアがもたらす分断」。「ミリシア」と言っても多くの人にはピンとこないかもしれませんが、これは「民兵」と訳される事が多い言葉です。ただし、アメリカでは州軍も「ミリシア」と呼ばれています。 本書はアメリカにおける2つの「ミリシア」について説明しながら、人民武装の歴史と、それが2021年の連邦議会襲撃事件につながっているさまを描き出しています。 州軍に関する歴史的な説明が中心であるため、もう少し近年の民兵の動きについても知りたいという人もいるかもしれませんが、州軍の歴史を追うだけでもアメリカという国の特殊性が十分に見えてきて面白いと思います。 目次は以下の通り。はじめに第1章 現代アメリカの暴力文化――2021年米国連邦議会襲撃事件の背景第2章 人民の軍隊――合衆国憲法が定める軍のかた
3月21 橋本陽子『労働法はフリーランスを守れるか』(ちくま新書) 7点 カテゴリ:社会7点 ウーバーイーツやAmazonの配達員など、近年になってギグワーカーとも呼ばれるアプリなどで仕事を請け負って働く人が増えています。 法律的に、彼らは労働者ではなく自営業者に近い位置づけなのですが、実際に彼らの働く様子などを聞くと、自営業者にあるような意思決定の自由がないことも見えてきます。 本書は、こうしたギグワーカーを始めとしたフリーランスを、労働法においてどう捉えるべきなのか? どのように保護していくべきなのか? ということを主にヨーロッパの状況と比較しながら論じた本になります。 著者は労働法の研究者であり、タイトルからくる印象よりも硬めの本で、第2章が「労働法とは何か」となっているようにそもそも的な部分から説き起こしており、やや読むのが骨が折れるところもあるかもしれませんが、本書を読むことで
3月5 森村進『正義とは何か』(講談社現代新書) 7点 カテゴリ:思想・心理7点 同タイトルの新書が中公新書からもでていますが(神島裕子『正義とは何か』)、その分析対象は大きくずれています。 神島本も本書もロールズによって「正義論」が復権したと考えていますが、神島本がロールズ以後の展開を追っているのに対して、本書はプラトンからロールズに至る正義論を見ていきます。 ただし、ご存じの方も多いと思いますが、著者はリバタリアニズムの立場をとる法哲学者であり、本書も「正義論の歴史をたどる」といったものではないです。 一定の立場から、古典的な思想家の正義論を分類、検討したものになります。 ただし、著者が一定のスタンスで批判的に検討していることによって、それぞれの思想家の問題点や曖昧な部分もクリアーになっており、哲学について一通りの知識がある人にとっても面白い本になっていると思います。 「ホッブズは「社
2月28 鈴木真弥『カーストとは何か』(中公新書) 9点 カテゴリ:社会9点 インド社会の特徴としてあげられるのが「カースト制度」です。このカースト制度のもとで「ダリト(不可触民)」と呼ばれる被差別民がいるということも知られていると思います。 ただし、このカースト制度というのはかなり複雑です。学校などではバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラという4つのヴァルナ(種姓)があるということを習うかもしれませんが、実際はもっと複雑で外部からはそう簡単には理解できないものになっています。 本書はそうしたカースト制度の実態を教えてくれるだけではなく、差別されている不可触民(ダリト)へのインタビューなどを通じて、どのように差別され、どのような生活を送り、差別についてどのように感じてるのかというとを教えてくれます。 差別というのは非常にデリケートな事柄であり、なかなか外部からは見えにくいことで
2月14 榎村寛之『謎の平安前期』(中公新書) 8点 カテゴリ:歴史・宗教8点 これは歴史好きにとっては惹かれるタイトルではないでしょうか? 平安時代といえば794年〜鎌倉幕府の成立(成立年は諸説あり)の約400年を指し、イメージとして強いのはちょうど「光る君へ」でもやっている藤原道長や紫式部の時代です。 ただし、藤原道長は966年に生まれ1027年に亡くなっているので、ちょうど平安時代中頃の人物になります。 「じゃあ、その前の時代はどうだったの?」と言われると意外とイメージがないのではないでしょうか? もちろん、平安京をつくった桓武天皇や最澄や空海など平安時代初期についてはそれなりのイメージがあるでしょうが、その後となると、日本史の教科書では「藤原北家の台頭」というストーリーで語られることが多いでしょう。 調べてみれば結果としてそうなっただけであって、例えば薬子の変も応天門の変も藤原北家
2月7 筒井淳也『未婚と少子化』(PHP新書) 8点 カテゴリ:社会8点 『仕事と家族』(中公新書)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書)などで、日本の家族の問題を論じてきた社会学者が、少子化問題にフォーカスして現在の日本の抱える課題を整理した本。 今までの本でも少子化問題を論じてきましたが、本書では少子化に絞ってコンパクトに論じてます。 そして、本書の特徴の1つがタイトルに「未婚と」とあるように、少子化問題の大きな要因を未婚ん問題として議論を進めている点です。 「少子化問題への対策」→「育休の充実や保育園の整備といった子育て支援」となりやすいですが、多くの人が結婚してから出産する日本において、これはすでに結婚している人に効く政策です。ところが、現在の日本の少子化の一番の要因は未婚化・晩婚化です。 このあたりのズレを指摘しながら、既存の少子化対策を問い直していくような内容になっています(
2月1 家永真幸『台湾のアイデンティティ』(文春新書) 8点 カテゴリ:社会8点 年明けの総統選で民進党の賴清德が勝利した台湾。本書は昨年の11月に出た本であり、総統選を見据えて台湾の現在の状況について解説した本になります。 台湾の政治の構図というと「独立派」の民進党と「親中派」の国民党といった対立軸で紹介されることが多いですが、歴史的に見れば、中華人民共和国の共産党と対立していたのは何と言っても蔣介石の国民党だったはずです。 本書は、このような台湾の歴史にあるいくつものねじれを解きほぐしてくれます。 さらに本書の面白さは、台湾の歴史や台湾のアイデンティティのあり方をたどることで、日本の戦後史も見えてくるところです。 本書のあとがきに、「かつての日本社会の「左翼」的な台湾観を疑問に感じ、台湾のことを学び直したいと思っている人を主要な読者の一人に想定した」(251p)とありますが、イデオロギ
1月23 飯田泰之『財政・金融政策の転換点』(中公新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 先進国では1980年代に退治したと思われていたインフレが復活し、景気対策は金融政策中心で財政政策は最低限度で良いとされていたスタンスがゆるぎ財政出動が叫ばれるなど、近年のマクロ経済政策は大きく揺れました。 本書のはしがきに「常識はそれが「常識」になった時点から崩壊が始まる」(ii p)とありますが、まさにここ最近のマクロ経済学ではさまざまな常識が書き換えられてきたのです(例えば、ブランシャール『21世紀の財政政策』における、かなりの規模の財政赤字を問題なしとする立場など)。 本書は、まずは財政政策と金融政策の標準的な理解を押さえながら、財政政策と金融政策の融合、「高圧経済論」といった新しい潮流を探っています。 メディアなどで見かける著者のイメージからすると、中公新書ということもあって「やや硬め」かもし
1月31 宮下規久朗『食べる西洋美術史』(光文社新書) 9点 カテゴリ:芸術・文学8点 「食事」、「食卓」、「食材」をテーマにした西洋絵画に焦点を当て、その歴史を追った本なのですが、これがなかなか面白い! パンやワインに象徴的意味をもたせるキリスト教文化の中で、いかに食事が描かれ、そこにいかなる意味がこめられていたのかという解説も面白いですし、そしてなによりもこの本で取り上げている食事風景の絵がどれも魅力的です。 著者自らも「B級グルメ」の人(なにせラーメン屋「二郎」にハマっていたとのことですから)のせいもあってか、ヴィンチェンツォ・カンピ「リコッタチーズを食べる人々」、アンニーバレ・カラッチ「豆を食べる男」など、本当に「食事」というものを見事に捉えた絵が紹介されています。 また、迫力のある構図のレンブラント「皮を剥がれた牛」、宗教的な静謐さをもつスルバランの静物画など、「食材」についての
12月25 2023年の新書 カテゴリ:その他 去年の「2022年の新書」のエントリーからここまで50冊の新書を読んできたようです。 というわけで、恒例の「2023年の新書」といきたいと思います。 まず、全体としては、去年に引き続き今年の前半もやや低調に思えたちくま新書が後半になって良い本を出してきたと思います。「毎月6冊出す体制が無理になってきたのでは?」とも思いましたが、立て直してきた感じです。 あとは岩波新書が価格を上げてきました。講談社現代新書と同じく、基本、1000円超えという価格設定になってきました。さまざまな費用の値上がりとかを考えると仕方のないことかもしれませんが、こうなると岩波では少ないとはいえ、厚めの新書を出すのは難しくなるのでは? とも思います。税込みで15000円近くになってくると「高い」と感じる人も多いのではないでしょうか。 あとは、角川新書が過去の単行本などを新
11月3 平田陽一郎『隋―「流星王朝」の光芒』(中公新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 五胡十六国時代〜南北朝時代の中国の分裂に終止符を打ちながら、建国から40年も満たずして滅亡してしまった隋を扱った本。 同じ中公新書の会田大輔『南北朝時代』と森部豊『唐』に挟まれていますが、両書に比べて扱う時代が短いのが特徴です。多くの本では「隋唐」という形でまとめられ、唐の前身みたいな扱いをされる隋を単独で切り出して論じています。 その分、特に煬帝の事蹟や正確についてはかなり詳細に論じられています。 一方、森部豊『唐』に共通するのが、「中国の歴史」という視点だけではなく、北方の遊牧民族の動きをまじえながら、遊牧民に対しても君臨した国として隋を描いている点です。 本書を読むと、北魏が西魏と東魏に分裂し、西魏のあとをついだ北周から隋が生まれてくる過程は、突厥などの遊牧民の動きを無視しては語れないことが
12月8 伊藤宣広『ケインズ』(岩波新書) 6点 カテゴリ:政治・経済6点 同じ岩波新書に伊東光晴『ケインズ』があるにもかかわらず、同タイトルで重ねてくるというチャレンジングな企画。 内容としては、対独賠償問題、イギリスの金本位制復帰、大恐慌といった問題と、それに対してケインズがどのように考え、提言を行ったのかということをたどるものになっています。 個人的には勉強になる部分も多かったですが、タイトルはズバリ『ケインズ』ではなく、『時代と闘うケインズ』みたいなものがよかったかもしれません。なぜなら、本書は必ずしもケインズの考えをわかりやすく解説するものではないからです。 本書には「合成の誤謬」という概念を軸にしており、その叙述がわかりにくいということはないのですが、例えば、本書を読むと、「乗数効果」をケインズがいつ頃からとり入れたのかはわかりますが、「乗数効果」がどのようなものかはよくわ
12月21 児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』(ちくま新書) カテゴリ:社会8点 相模原障害者施設殺傷事件、京都ALS嘱託殺人事件、そして映画『PLAN 75』など、日本でもたびたび安楽死が話題になることがあります。 安楽死については当然ながら賛成派と反対派がいますが、賛成派の1つの論拠としてあるのは「海外ではすでに行われている」ということでしょう。 著者は以前からこの安楽死問題について情報を発信してきた人物ですが、著者が情報発信を始めた2007年頃において、安楽死が合法化されていたのは、米オレゴン州、ベルギー、オランダの3か所、それとスイスが自殺幇助を認めていました。 それが、ルクセンブルク、コロンビア、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア(一部を除く)、スペイン、ポルトガルに広がり、米国でもさまざまな州に広がっています。 では、そういった国で実際に何が起こっているのか?
12月15 小笠原弘幸『ケマル・アタテュルク』(中公新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 『オスマン帝国』(中公新書)で、オスマン帝国600年以上の歴史を新書に収めめてみせた著者によるトルコ建国の父・ケマル・アタテュルクの評伝。ケマルという人間とその周囲の人間に焦点を当てた比較的オーソドックスな評伝になります。 本書を読むと、オスマン帝国という巨大な帝国が欧米列強によって食い荒らされていく中で、「トルコ」というアイデンティティによって国家を作り上げたケマルの手腕は卓越していますし、激動に満ちた時代を追体験することができます。 一方、ケマルという人間に関しては本書を読んでも良くわからないところも残りました。このあたりはトルコ国内においてケマル・アタテュルクに対する批判が法律で禁じられているという影響もあるのかもしれません。 それでも、終章ではケマルの死後から現在のエルドアン政権を見通すよ
11月29 鈴木均『自動車の世界史』(中公新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 副題は「T型フォードからEV、自動運転まで」。タイトル通り、自動車の歴史を辿った本なのですが、著者は政治学を学び、外務省経済局などにも務めていたこともある人物。奥付にある著者略歴に『複数のヨーロッパ』や『現代ドイツ政治外交史』といった著作(共著)が並んでいるのを見ると、「なぜこの人が自動車の歴史を?」と思う人もいるでしょう。 実際に読んでみると、著者が車大好き人間であり、さらにはけっこうな映画好きであることがわかります。 時代を代表する車、スーパーカー、個性的な車などさまざまな車がとり上げられており、さらに映画のスクリーンを彩った車も紹介されています。コラムとして各国の公用車が紹介されているなど、政治学者っぽいところあり、さまざまなネタが得られます。 また、特に80年代以降については、自動車を通じて国際関係
11月23 野矢茂樹『言語哲学が始まる』(岩波新書) 8点 カテゴリ:思想・心理8点 「なぜ、私たちは無限に文を生み出せるのか?」 本書の出発点になっているのはこの問いです。例えば、「ウォンバットが「原宿イヤホイ」にあわせて踊ってる」という文章は、これを書きながら僕が思いついた文章で、おそらく世界で初めて書かれた文章ではないかと思いますが、このような初めて書かれた文も、「ウォンバット」や「原宿イヤホイ」が何かわかっていれば了解できます(「原宿イヤホイ」はきゃりーぱみゅぱみゅが歌っている曲です)。 こう説明すると、ここの単語の意味がわかれば、それを無限に組み合わせることができる、だから無限に運を生み出すことができる、と説明できそうですが、本書によればこの考えは間違ってます。 本書は、フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインの3人の考えをたどりながら、言語の謎に迫っていきます。 この3人の考え
11月8 丹治信春『実践! クリティカル・シンキング』(ちくま新書) 8点 カテゴリ:思想・心理8点 著者は『言語と認識のダイナミズム』や『クワイン』などの著作で知られる分析哲学者ですが、本書はそんな著者が大学1年生向けに行っていた「クリティカル・シンキング」の授業をもとにしたものになります。 基本的には、推論を構造化しながら読み解いていくというもので、本書をよめば、その推論が正しいのかどうかがわかってくるような構成になっています。 分析哲学者の手によるものということで、かなり論理学よりのものを想像する人もいるかも知れませんが、例えば、似た感じの本である野矢茂樹『論理トレーニング』と比べても、バリバリの論理学的な説明は抑えられていると思います。 代わりに本書が重視しているのが日常の言語の分析で、比較的自然な日常言語の中で行われる推論について、その隠された前提や、言葉のイメージなどから犯して
10月26 近藤正規『インド―グローバル・サウスの超大国』(中公新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 意外となかったインドについての新書、今年になってから相次いで刊行されていますが、中公新書というレーベルの力もあって本書が本命というイメージですかね。 著者はアジア開発銀行や世界銀行で働いていたこともある経済畑の人ですが、インドの経済だけでなく内政・外交と幅広く論じています。特に外交に関しては、「日本から見たインド」だけではなく「インドからみた国際社会」という視点もきちんと入っており面白いです(オープンになっている情報だけでなく、関係者の間で言われている憶測もまじえているところも面白い)。 300ページ弱の本文の中に、インドの政治と経済に関する基本的な情報と近年の動向が盛り込まれており、インドの政治、経済分野の基本を理解するには十分な1冊ではないかと思います。 モディ政権の近年の強権ぶり
8月30 佐藤雄基『御成敗式目』(中公新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 帯には「日本の歴史上「最も有名な法」の知られざる実像」とあります。御成敗式目が「最も有名」かどうかはわかりませんが、中学校の歴史にも登場する有名な法であることは間違いないです。 一方、聖徳太子によるものとされる「憲法十七条」の内容を多くの人が知っているに対して、御成敗式目の内容を「知っている」と言える人は少ないかもしれません。高校の日本史でも御成敗式目を使った史料問題はあまり見たことがないです。 本書は、このように知名度の割に中身が知られていない御成敗式目について、その誕生の経緯、性格、内容、後世への影響や御成敗式目の語られ方をまとめたものになります。 ありそうでなかった本であり(御成敗式目の英訳はあるが、日本語の現代語訳はなく、内容に踏み込んで解説した一般書は山本七平『日本的革命の哲学』くらいしかないとのこと)
10月18 間永次郎『ガンディーの真実』(ちくま新書) 9点 カテゴリ:歴史・宗教9点 今までのガンディーのイメージを書き換える非常に刺激的な本です。ガンディーの生涯について書かれていますが、以下の目次を見ると、この本が普通の評伝ではないこともわかると思います。 はじめに――非暴力思想とは何か第1章 集団的不服従――日常実践の意義第2章 食の真実――味覚の脱植民地化第3章 衣服の真実――本当の美しさを求めて第4章 性の真実――カリスマ性の根源第5章 宗教の真実――善意が悪になる時第6章 家族の真実――偉大なる魂と病める魂終章 真実と非暴力 第1章の「集団的不服従」はわかりますし、第3章の「衣服の真実」もガンディーがイギリス製品のボイコットを呼びかけ、チャルカーと呼ばれる糸車が運動の象徴になったことを考えれば理解できます。 一方、「食の真実」、「性の真実」と言われても、それはガンディーにとっ
10月11 三牧聖子『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 ちょっと前から話題になっていたにもかかわらず、「若い世代がアメリカを変える」みたいな話であれば読まなくてもいいかなと思っていたのですが、先日行われた日本政治学会で著者の報告を聞いて、単純にそういう本でもないのだということがわかったので読んでみました。 読んだ感想としては、今のアメリカの政治や外交の行き詰まりを非常にわかりやすく指摘している本というもので、アメリカ国内の分極化や、アメリカ外交における後ろ向きな姿勢の背景を理解するのに役立つと思います。 「世代論」のように読もうとすると、もう少し細かいデータや分析が欲しくなりますが、現在のアメリカ社会の見取り図としては十分なのではないかと思います。 対テロ戦争や米中対立から、カマラ・ハリスの不人気の要因まで触れられており、来年のアメリカ大統領選挙に向けた
10月3 浜忠雄『ハイチ革命の世界史』(岩波新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 BLM運動が起きたことなどによって、黒人の歴史、奴隷の歴史というものに注目が集まっていますが、そうした黒人奴隷の歴史の中でも特筆すべき出来事が1791年に起きたハイチ革命です。 この革命によって西半球ではアメリカ合衆国につぐ2番目の独立国になり、1806年には世界初の黒人共和国が誕生しました。このようにはハイチは輝かしい歴史を持つ国です。 しかし、同時に現在のハイチは貧困と治安の悪化に悩まされており、日本の外務省も危険情報でレベル4の退避勧告を出しているほどです(2022年10月に引き上げられた)。人間開発指数で見ても193カ国中163位で最貧国と言っていいレベルです。 なぜ、このようになってしまったのか? 本書はハイチ革命だけではなく、その後のハイチを明らかにしていきます。 フランスから請求された多額の賠
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