所有物は制限せず、男女の交際は自由。出会いの場は院内のディスコ――。カギと鉄格子の閉鎖病棟に患者を閉じ込めるのが当たり前だった日本の精神科医療にあって、50年余り前に、患者本位の治療を打ち出す開かれた精神科病院をつくろうとした医師がいた。その挑戦と挫折とは。 1968年5月、群馬県太田市の小高い丘に新しい病院が開院した。私立の三枚橋病院。24時間施錠され鉄格子の窓で入院患者を閉じ込める閉鎖病棟をもたない、全開放型の精神科病院だ。 院長の石川信義医師(1930~2020)はこう宣言した。「従来の精神病院のもろもろの慣習(しきたり)、制度のうち治療を阻害していると考えられるすべてを、まず、とっぱらってみる。そこから生まれるであろう新しい状況のなかから、精神病院の正しい医療のあり方を考えていく」 閉鎖病棟をなくしただけではない。外泊は「なるべく早期に、頻回に、単独で」許した。男女の交際を自由にし