ミャンマー問題について、「『ミャンマー国民和解日本政府代表の笹川』は何故ミャンマー国軍を批判しないのか」と、にわかミャンマー専門家やSNS上で批判を受けている。私は人を批判する人より批判される人になりたいと努力してきたので、誤りのある発言も多くあるが反論はしない。正直のところ痛痒も感じていない。スカンジナビア・ニッポン・ササカワ財団の初代理事長でスウェーデンの名外交官といわれたグンナー・ヤリング氏はかつて国連特使として中東和平に尽力された。ヤング氏が困難な問題解決には「沈黙の外交」が必要だと述べられていたことを思い出している。 太平洋戦争(正式には大東亜戦争)中の昭和20年3月10日、当時6歳だった私は、アメリカ軍による東京空襲の中、高熱で寝込んでいた母の手を引き、雨のように降り注ぐ焼夷弾で大火災が発生し、熱風が吹き荒れ、逃げまどう町内の人々のほとんどが焼死する中、奇跡的に生き残った。多く
あまりテレビを見ないので、恥ずかしながら、SMAPというグループについて、よく知らなかった。そのSMAPが、国民的アイドルとしていかに影響力をもつ存在であるかを知らされたのは、2020年東京パラリンピック大会を盛り上げる活動を通じてである。 日本財団は2015年5月、パラリンピック競技団体(28団体)の体制整備やパラリンピックスポーツの普及啓発を目的に「日本財団パラリンピックサポートセンター」(パラサポ)を設立した。SMAPは、そのパラサポの活動を、じつに精力的に支援してくれたのだ。例えば、2015年11月、東京・駒沢オリンピック公園で行われた「パラ駅伝 in TOKYO 2015」にはSMAPのメンバー5人がそろって参加してくれ、障害のあるランナーと健常者ランナーがたすきをつなぐレースやブラインドサッカーの体験などに汗を流してくれた。この数日間のイベントは入場券が一万数千枚で札止めの盛況
私は創立記念日自体にはあまり意義は感じておらず、未来志向で仕事をしていかなければと思っています。このような組織ができたのは多くの先人たちの努力の賜物です。興味のある人は、書籍や資料を読んでみてください。 皆さん自身、自覚を持っているかわかりませんが、日本財団は、世界で唯一の組織です。世界中には日本財団よりも歴史の古い財団が数多くあります。それら財団には多くの資金があり、その資金を必要とする社会活動をしている方々に分配することが仕事です。 しかし私は、25年ほど前に、日本の社会にない組織もつくらなければならないと考えました。当時は大変な批判を受けましたが、今はどうでしょうか。世界中の財団は、日本財団のように自らも仕事をする必要がある時代になっています。 少子高齢化については今から30年も前に既にわかっていました。例えばなぜ笹川スポーツ財団をつくったかというと、競技スポーツ一辺倒のスポーツ界の
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