タグ

津波に関するkonstantinosのブックマーク (15)

  • 「また再建しましょう」のおじいちゃん、9月中旬に亡くなっていた : 腹筋崩壊ニュース

    1 : ジャングルキャット(西日):2012/10/24(水) 21:26:47.51 ID:+xQTm1gc0 ?BRZ(10101) ポイント特典 夫の遺志 旅館再建 被災した場所…「これで良かったか」  東日大震災の津波で被災した岩手県大船渡市の旅館が再建された。只野八百子(やおこ)さん(80)は、再建を見届けて病死した夫昭雄(てるお)さん=享年(83)=の遺志を継いで、復興工事の関係者らの寝を支える。ただ、再建したのは流されたのと同じ場所。「当にこれで良かったのか」との思いを拭えないでいる。 (立石智保)  しゃしゃしゃしゃっ-。昨年三月十一日、砂利を巻き込んで進む波の音を聞いた八百子さんと昭雄さんは、海から約八百メートルにある只野旅館最上階の三階に逃げた。三階への階段まで海水が迫ってきた。  三日目の朝に救助された。テレビ局の取材に「再建しましょう」と答え、昭雄さんは「再

  • 横並びの計画、市街地の復興を阻む壁:日経ビジネスオンライン

    東北沿岸の被災地を回ると、震災廃棄物の撤去はほぼ終えたものの、復興事業はまったく手つかずという印象を受ける。復興計画はとっくにできたはずなのに、どうして現場は動かないのだろうか。 国土交通省は青森県から千葉県まで43市町村で市街地復興パターン概略検討調査を実施し、各自治体に職員を派遣して復興計画策定を支援した。その結果、今年の6月末までに43市町村中41市町村が復興計画を策定済みとなっている。その代表例をいくつか紹介しながら、津波防御や被災地域の未来像がどう計画されているかを批判してみたい。 異なる復興の制約条件 仙台市の復興計画 東北唯一の100万人都市(政令指定都市)である仙台市が昨年11月に策定した「仙台市復興計画」は、文56ページの復興計画である。 仙台港の南の沿岸部は平野が広がっており、津波を遮るものがほとんどなかったことから、堤防を越えた津波が数キロ内陸の仙台東部道路まで達し

    横並びの計画、市街地の復興を阻む壁:日経ビジネスオンライン
  • 宮城県のカキが異常な速さで成長しました 【あれ】 : 2ろぐちゃんねる

    2012年01月20日20:54 カテゴリその他ニュース速報 宮城県のカキが異常な速さで成長しました 【あれ】 この記事のコメント( 0 ) 1: 伝説のアフィブロガー(WiMAX):2012/01/20(金) 19:44:30.16 ID:5b3FfdzT0 例年の2倍、カキ成長早まる 出荷開始 気仙沼 通常より早く成長しているカキ。出荷に向け殻むきをする地区の人たち=19日午前8時10分ごろ、気仙沼市唐桑町の舞根漁港 東日大震災後、宮城県気仙沼市の沿岸部で、通常よりもカキの成長が早まる現象が起きている。例年の2倍のスピードで大きくなっているといい、一部の漁業者は出荷を始めた。 関係者は「津波は水産施設を壊滅させたが、回復のスピードもすごい」と話している。 気仙沼市唐桑町舞根地区で養殖業を営む畠山哲さん(40)は、カキの成長に驚いている。昨年6月ごろ、1、2センチの大きさで仕

    konstantinos
    konstantinos 2012/01/21
    まぁ、海が栄養で溢れてんだろうな。
  • 打ち上げ船保存に反発…被災者「見ると悔しさ」 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    東日大震災の津波で壊滅的被害を受けた宮城県気仙沼市の鹿折(ししおり)地区で、市街地に残る大型漁船を保存する市の計画に住民から反発が出ている。 市は後世に伝える意義を強調するが、船に自宅を押しつぶされる様子を見た被災者らは「記憶がよみがえる」と撤去を訴える。被災自治体には、被災者の心情に配慮しながら風化を防ぐ取り組みを進めるという難しいかじ取りが求められている。 港から約800メートルのJR鹿折唐桑駅前にあるのは全長約60メートルの「第18共徳丸」(総トン数約330トン)。福島県いわき市の「儀助漁業」所有で、震災時は定期検査で寄港していた。 市によると、市内に打ち上げられた100総トン以上の大型船は17隻。共徳丸以外は海に戻されたり、解体されたりした。移動には高額な費用がかかるため、共徳丸も解体予定だったが、市は6月、津波被害を象徴する船として残したいと所有会社に申し出、管理下に置いた。国

  • 世界一残酷だった“引き波”と“滝つぼ現象”の破壊力被災地を見た地震学者が語る津波から生き延びる方法

    1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。 「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史 震災から5ヵ月以上が経った今、私たちはそろそろ震災がもたらした「生と死の現実」について、真正面から向き合ってみてもよいのではなかろうか。被災者、遺族、検死医、消防団員、教師、看護士――。ジャーナリストとして震災の「生き証人」たちを詳しく取材し続けた筆者が、様々な立場から語られた「真実」を基に、再び訪れるともわからない災害への教訓を綴る。 バックナンバー一覧 3月11日、震災当日の夜から、多くの

  • Expired

    Expired:掲載期限切れです この記事は,産経デジタル との契約の掲載期限(6ヶ月間)を過ぎましたのでサーバから削除しました。 このページは20秒後にBusiness Media 誠 トップページに自動的に切り替わります。

  • asahi.com(朝日新聞社):津波で教習生25人死亡 遺族が自動車学校を提訴 - 社会

    印刷 仙台地裁前に集まった遺族たち=14日午前10時54分、仙台市青葉区、小宮路勝撮影常磐山元自動車学校の送迎車のルート  東日大震災の津波で宮城県山元町の常磐山元自動車学校の教習生25人(18〜19歳)が死亡した事故で、遺族が14日、学校を経営する会社と経営者ら10人を相手取り、計約19億円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。大津波が予見できたのに、海に近い校内に教習生を約1時間待機させたなどと主張している。  東日大震災の遺族が学校などの管理責任について起こした損害賠償請求訴訟は、同県石巻市の幼稚園の送迎バスに乗っていた園児5人が死亡した事故に続き2件目。  訴えたのは25人全員の遺族46人。訴状によると、3月11日の震災後、学校側は教習生を敷地内に待機させ、教習再開を協議した。約1時間後、停電したため教習中止が決まり、教習生約40人が送迎車7台に分乗して順に出発した。うち

    konstantinos
    konstantinos 2011/10/14
    どれだけのデータがその場にあったのか、というのが問題だろう。仮に揃っていても、できるのはせいぜい避難の提案程度だろうと思われるが。
  • 津波、静岡で海抜36メートル超到達か 室町時代の地震 - 日本経済新聞

    室町時代の1498年に発生した大地震「明応東海地震」で、古文書の記録や伝承から、静岡県沼津市で津波が斜面を駆け上り海抜36メートルを超える地点まで達していた可能性があることが16日までに、東京大学地震研究所などの調査で分かった。東日大震災では、岩手県宮古市の斜面を39.7メートルまで津波がさかのぼったとする調査報告がある。静岡県は東海地震の津波被害の想定として1854年の安政東海地震を目安と

    津波、静岡で海抜36メートル超到達か 室町時代の地震 - 日本経済新聞
    konstantinos
    konstantinos 2011/09/19
    当時の海抜はいくらなのかね。
  • 東日本大震災:定説覆したM9地震 高密度観測網すり抜け - 毎日jp(毎日新聞)

    計2万人を超す戦後最大の死者・行方不明者を出した東日大震災で、これまでの災害想定や地震学の常識は大きく覆された。幾多の地震や津波にさらされ、備えを固め、世界に例をみない高密度の地震観測網が整備されたこの国で、なぜ「想定外」は起きたのか。超巨大地震とそれに伴う津波が生じた仕組み、招いた被害から何を学べるか。全国の海域では従来の地震想定の見直しが始まった。次の大災害はいつ起きてもおかしくない。古代からの歴史も振り返りながら、これからの日の防災を考えたい。 ◇阪神の1450倍、同規模未体験 学界、甘い想定 東日大震災をもたらしたのは、発生が予測されていなかったマグニチュード(M)9・0の超巨大地震だった。規模は阪神大震災(M7・3)のおよそ1450倍。世界では過去に発生していたM9級の地震をなぜ想定できなかったのか。背景に学術的な固定観念に縛られた地震学者たちの「思考停止」があった。 地球

    konstantinos
    konstantinos 2011/08/31
    演繹的思考からは逃れ難い。それを「神話」だとか「定説が」崩れたとか言っても意味がない。また再構成したらもっとよくなるな。
  • 河北新報 東北のニュース/津波にのまれたドイツ人一家救助 命の恩人見つかる

    津波にのまれたドイツ人一家救助 命の恩人見つかる 津波から救出したドイツ人一家の消息を伝える河北新報の記事に目を通す庄司さん=東松島市 宮城県多賀城市内で東日大震災の津波にのまれたドイツ人一家が、救助してくれた人を探しているとの記事が17日付河北新報朝刊に掲載され、この人は東松島市の自営業庄司武志さん(38)と分かった。自らも車ごと津波に流されたが、冷静な判断と機転で一家を救った。庄司さんは「当然のことをしただけ」と話している。  ドイツ人一家はユルゲン・シュピールベルクさん(72)、(67)、娘(33)の3人。3月11日の震災当日は国内を旅行中で、多賀城市内で乗っていたタクシーごと津波に巻き込まれた。  庄司さんはあの日、仕事先の仙台市内で地震に遭った。自宅に帰ろうと、多賀城市内の国道45号を運転中に津波に巻き込まれた。  幸い、トラックと電柱に挟まれて車が停止。近くのアパートに避難

  • 走り出す人 (ガイガーカウンター製作ワークショップat円盤) | 油断するなここは戦場だ

    しばらく前に筑波大学の「バイオ e-カフェ」で、「デマを信じる心理について考える」という企画の講師をした。 グループ別にテーブルディスカッションをしていただいたあとで、自分がどんなデマを信じたか、という発表をしている最中に一人の方が、「今回の震災は人工的に引き起こされた地震だ」というデマを信じたという話をされた。これには驚いて、どうしてですか、と聞くと「津波がくるのをテレビでずっとみていて、あり得ないことが起こったと思った、そしてこれだけあり得ないことが起こるのなら、何が起こっても不思議ではないような気がした」、とおっしゃったのである。 会場にいた人に「津波画像をテレビでみたか」と聞くとほとんどの人が見たといい、感想を聞くと「何かしなければいけないと思った」「すごく落ち込んだ」「不安になった」「とても興奮した」。。と様々ながら、みな強い影響を受けたことが感じられた。ホワイトボードの中心に、

    走り出す人 (ガイガーカウンター製作ワークショップat円盤) | 油断するなここは戦場だ
  • asahi.com(朝日新聞社):「ピロティ住宅」津波に耐えた 1階は柱、波の力受けず - 社会

    印刷 1階が柱のみのピロティ式住宅。3メートル近い津波は床の下を流れていった=宮城県気仙沼市  東日大震災の津波で多くの建物が流失した中、1階部分が柱のみの「ピロティ式」の建物は津波に強かったことが、日建築学会東北支部長の田中礼治・東北工業大学教授らの調査で分かった。建物の構造によって津波から身を守れるのでは、と期待されている。  田中教授らは5月、仙台市若林区荒浜の約1200棟の建物を調査。4メートル以上の高さの津波が襲った地区では建物913棟がほぼ壊滅する一方、4メートル未満の波だった地区では301棟のうち289棟は屋根や柱などが残っていた。  このため、4メートル未満の波が襲った地区では建物の構造によって損壊状況に違いが出ると判断。青森県八戸市から宮城県山元町までの33カ所で、4メートル未満だった地域の建物を調べたところ、1階部分が鉄筋コンクリート(RC)の柱のみとなっているピロ

  • これはすごい。神社が、大津波の浸水域に沿って見事に建てられ、警告していた事を示すドキュメンタリー : 座間宮ガレイの世界

    8月20日にTBS「報道特集」で放送された特集です。神社が津波の浸水域に沿って建てられていることが説明されています。過去の大津波の際の被害を伝えるために、神社が津波の危険レベルを示すモニュメントとなっていたことを示しています。私たちの先祖が津波に対して様々な方法で警鐘を鳴らして、後世に伝えていたことがわかる貴重なドキュメンタリーです。 この動画は、このブログの「情報提供エントリー」のコメント欄にて教えていただきました。ありがとうございました。みなさまもどしどし情報をお寄せください。 動画 20110820 原発建設 警告は無視された? 投稿者 PMG5 いかがでしたでしょうか。私は胸を打たれました。惨たらしい大量死を回避するために、過去の賢人たちがあみ出した方法が、神社を浸水域に沿って移設することだったのです。これは「知恵」や「教訓」といったレベルのものではなく、藩をあげての具体的な災害対

    これはすごい。神社が、大津波の浸水域に沿って見事に建てられ、警告していた事を示すドキュメンタリー : 座間宮ガレイの世界
    konstantinos
    konstantinos 2011/08/28
    神社が平地に立つのはよっぽどの理由がないとないからなぁ。/追記:方法論としては優秀。歴史的建造物は歴史が安全を保証している。もちろん鎌倉期以前とかじゃない限りあんまり意味ないけど。
  • 「三陸海岸になぜ家造った」と発言した市長が話題に

    ■編集元:ニュース速報板より「「三陸海岸になぜ家造った」と発言した市長が話題に」 1 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) :2011/08/27(土) 13:14:58.25 ID:5M0NZ4fK0 ?BRZ(10001) ポイント特典 「三陸海岸になぜ家造った」 蒲郡市長、津波被害で発言 愛知県蒲郡市の金原久雄市長は26日の定例会見で、東日大震災で津波被害に遭った三陸海岸について「歴史的に津波被害(の記録)が残っている所に、どうして家を造ったのか不思議だ」と話した。被災地では今も多くの住民が避難生活を強いられており、物議を醸しそうだ。 金原市長は会見後、記者団から発言の趣旨を問われ「三陸は歴史的にも被害が散見され、明治、昭和にも津波があった。先人たちも造るなと言ってきたのに、家が立っているほうがおかしい」と繰り返した。 東海、東南海地震で想定される蒲郡市の津波にも触れ

    konstantinos
    konstantinos 2011/08/28
    そりゃ天然の良港だからだろ・・・。
  • 東日本大震災:先人は知っていた 「歴史街道」浸水せず - 毎日jp(毎日新聞)

    東日大震災に伴う津波で大きな被害を受けた仙台平野で、浸水域の先端が、江戸時代の街道と宿場町の手前に沿って止まっていることが、東北大の平川新教授(江戸時代史)の調査で確認された。仙台平野は400~500年おきに大津波に見舞われており、街道は過去の浸水域を避けて整備された可能性が高いという。平川教授は「先人は災害の歴史に極めて謙虚だった」と話し、今後の復旧計画にも教訓を生かすべきだと提言する。 国土地理院が作製した東日大震災の浸水図に、平野を縦断する奥州街道と浜街道を重ねたところ、道筋の大部分と宿場町が浸水域の先端部からわずかに外れていたことが分かった。宿場町の整備後に仙台平野を襲った慶長津波(1611年)では、伊達領で1783人が死亡したとの記録が残る。平川教授は「慶長津波を受けて宿場町を今の位置に移したとも推察できるが、今回の浸水域と比べると見事なほどに被害を免れる場所を選んでいる。津

  • 1