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ブックマーク / cabanon.exblog.jp (5)

  • 名無しの海 | 藤崎圭一郎の雑思録

    なぜ、名無しの模倣者たちは模倣を嫌うのか。 匿名のネットの住民たちは、どんなに必死に書き込みをしようとも、一人ひとりにオリジナリティがないことを彼ら・彼女ら自身が一番認識しているのではないか。 他の匿名者の書き込みを加速させる意見のみにすり寄っていくだけ。敵を叩くためなら誹謗中傷やコピペはやり放題。正義をかざして正義じゃないことをやっていることも認識している。 彼ら・彼女らはただそういうカタチでしか世に意見を言えない。そういうやり方でしか世の中を動かすドライブ感を得られない。名無しの無法の模倣者であることから脱け出すことができない。居心地のよいその立場から脱け出す必要もない。 それを自覚しているからこそ、名無しの模倣者たちは、有名人や権威のある組織に属する者が、自分たちと同じ無法な模倣というで方法で金儲けしたりスターになっていくことを許さない。 模倣をするなら私たち模倣者の仲間になれ、パク

    名無しの海 | 藤崎圭一郎の雑思録
    misaquo
    misaquo 2015/09/03
  • デザインとアートの方法論について | 藤崎圭一郎の雑思録

    デザイン思考やスペキュラティブデザインといった方法論がいかに現代アートの方法論と重なり合うか──。以下の重なり合う方法論を見ていただきたい。依頼主がいるからデザインだとか、自由な自己表現がアートだとか、単純に切り分けられる時代ではなくなっています。 1)リサーチや観察を重ねて、見えない文脈を読みとり、やるべき課題を選択する。 2)関わることで問題を引き出す→たとえば、地域社会を巻き込むプロジェクト型。エスノグラフィの方法論の導入。 3)「作り手と受け手」「作品と人」「道具・空間・環境・人」の関係性(インタクラション)を問い直す。 4)従来の受け手だった人を作品制作プロセスに積極的に巻き込む。 5)スピーディーなプロトタイピングで、多くの人とつくるプロセスを共有し検証を繰り返す。 →ちなみに、つくるプロセスの可視化や共有化は、逆に「その人」しか出来ない、交換不能の領域を浮き立たせる。結果的に

    デザインとアートの方法論について | 藤崎圭一郎の雑思録
    misaquo
    misaquo 2014/12/06
    “依頼主がいるからデザインだとか、自由な自己表現がアートだとか、単純に切り分けられる時代ではなくなっています。”
  • ポジショニング | 藤崎圭一郎の雑思録

    どんなに個性的な表現でも、どんなに超絶技巧の作品でも、どんなに斬新な切り口でも、自分が作ったものが、歴史という縦軸、同時代性での横軸の上で、どこに位置しているかというポジショニング感覚がないと、一発芸で消費されるか、セルフコピーの繰り返しで生き延びることになっていまう。 いつでも創造的な姿勢を貫きとおすためには、それぞれの表現分野の歴史はもちろん、関連するさまざまな分野の歴史を学び、同時代の作品を知り、同時代の言説に耳を傾けて、批評的思考を習得し、感覚的でも直観的でもいいから、ポジショニングを身につける必要がある。 自分の作ったものがどういうポジションに立つのかを考えることは、社会の中での作品の存在意義、マーケットの中で位置、会社のビジネスの中での意味などを考えることといえる。つまりポジショニングはブランディングに非常に近い。組織や商品群が「何をなすかものか」を明快に整理して、外部にも内部

    ポジショニング | 藤崎圭一郎の雑思録
    misaquo
    misaquo 2012/11/26
    「デザインするな」の藤崎さんのブログ記事。「ブランディングという言葉があまり好きじゃない人も、「歴史と同時代性のなかのポジショニングを常に考えろ」と言われれば、すっと理解できるものがあると思う。」
  • 変身の弁証法 | 藤崎圭一郎の雑思録

    変身とは何か カフカの『変身』の主人公グレーゴル・ザムザは朝起きたとき、虫に変身する。それは一回限りの変身である。ザムザは苦悩し、結局元に戻れない。正義のために闘うTVヒーローたちの変身はそうではなかった。元に戻れる。変身には可逆な変身/不可逆な変身の二種類がある。 まずは、稿で語る「変身」を定義づけてみよう。 【変身】 身体の外観・形態・構造・能力が短期間に劇的に変わること。非生命体であっても、それが人間や動物を連想させる身体をもつ場合(たとえばロボット)、その形態の変容を変身と呼ぶことがある。 補遺1:化粧や服装によって外見を変えることも、それが人格の変化まで伴うように見える場合、その変装は変身の亜種とみなす。 補遺2:短期間とは通常の生命体の成長・老化より著しく速いということを意味する。昆虫の変態は、幼虫と成虫の間で劇的に体を構成する組織が変化するので、変身である。擬態はカメレオン

    変身の弁証法 | 藤崎圭一郎の雑思録
    misaquo
    misaquo 2011/12/20
    カフカの『変身』に始まり水戸黄門とプリキュアを経由しまどか☆マギカに落ちる。見事な着地でした。
  • 適正価格の空洞化──「ふつう」の背景 | 藤崎圭一郎の雑思録

    11月6日に産経新聞関西版夕刊に寄稿した記事「適正価格の空洞化」を少しばかり加筆してアップします。 ************* 40年前の1969年、ラーメンは80円だった。では、今ラーメンの値段はいくらかと問われればちょっと答えに困る。総務省統計局の東京都区部での調査では588円。しかし300〜400円台でべられる大手チェーンもある。名の知られたラーメン専門店なら500円台でべられれば安い。700円台でも高いと思わない。価格が二極化して、適正価格が空洞化しはじめている。 同じことは、そばやコーヒーにも衣料品にもいえる。1969年コーヒー1杯100円だが、今はスタバで飲むか、マックで飲むか、街角の喫茶店で飲むかで、しゃれたカフェで飲むかで、値段が違う。街角の喫茶店の数が減ってきている。どこで飲むかかどこで買うかによって適正価格が左右されて、平均的な価格で商売するふつうのお店が街から少し

    適正価格の空洞化──「ふつう」の背景 | 藤崎圭一郎の雑思録
    misaquo
    misaquo 2009/11/14
    これはみんな読んだら良いと思う。
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