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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (9)

  • 不要不急の唇 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしたちは必要なものを買いに行くふりをして外出した。わたしと彼の給与の財源はともに税金である。だからわたしたちは行儀よくしていなくてはならない。そうでないと職場に苦情がいく。 近所にはわたしと彼の職業の詳細を知る人が幾人もいる。だからわたしは「市民感情」において満点をたたき出す役人でいなければならず、彼は「生徒の模範となる」教師のようにふるまわなければならない。いつも。わたしたちの素性を知る人の目があるところでは、二十四時間、いつでも。 わたしたちはガーゼマスクをつける。わたしたちは手をつながず、あまりくっつきすぎないように気をつけながら歩く。わたしたちは公共の場で失礼にならない程度の、しかし華美ではない服を着ている。どこの家庭にも必要な買い出しのためだけに外出していると、誰が見てもそう思ってくれるだろう。 でもわたし

    不要不急の唇 - 傘をひらいて、空を
  • 嘘つきサキちゃんの不払い大冒険 - 傘をひらいて、空を

    サキちゃんは小さいころから嘘つきでした。妹と口裏を合わせて凝った嘘をつくので、近所の人々から「あの嘘つき姉妹」と呼ばれていました。 嘘つきには、自分がついた嘘を嘘だとわかっている嘘つきと、自分がついた嘘をそのうちほんとうだと思いこむ嘘つきがいます。サキちゃんは後者でした。完全にほんとうだと思いこむと嘘がばれないように操作することができません。サキちゃんはそのさじ加減が絶妙でした。嘘を嘘と自覚しながら意識の中ではほんとうと思い込む。サキちゃんはそういうタイプの嘘つきでした。 サキちゃんの妹はやがて、それほど派手な嘘をつかなくなりました。姉妹が中学生のときのことでした。嘘つき姉妹は解散し、嘘つきサキちゃんだけが残りました。サキちゃんは妹を軽蔑しました。正直になった妹は地味で、ださい連中と一緒にいて、いつだってキラキラのすてきなグループにいたサキちゃんとは格が違っていたからです。 サキちゃんは大

    嘘つきサキちゃんの不払い大冒険 - 傘をひらいて、空を
  • お正月に帰る - 傘をひらいて、空を

    あー疲れた、まじ疲れた。盆と正月ほんと嫌い。きみたちは俺の心のオアシスだよ、まあ飲んでくれ。正月だろうと何だろうといつも通りぼけっと過ごしているきみたちは最高だ。 盆と正月はの実家に行くんですよ、一日ずつ。泊まりだと耐えられないから、この数年は日帰り。子どもに手がかかるっていう言い訳をしてるんだけど、ほんとは俺の心が保たないからなの。俺の実家は、すごく遠いし、親もべつに正月に来てほしがるタイプじゃないから、適当な時期に子ども連れていけば、それでいいんだよね、だからスケジュールがきついわけでもないんだ、拘束されるのは元旦だけだから。 でもそのたった一日がものすごく疲れる。もうびっくりするくらい疲れる。いや、何もしないよ、の実家でこき使われるみたいなことはない。逆に何もしない。上座に座らされて飲みいしてるだけ。子どもの面倒はが見る。俺はなにもしない。そうでないとの実家の連中の機嫌が悪

    お正月に帰る - 傘をひらいて、空を
    mizuwariwde
    mizuwariwde 2018/01/02
    自分も親戚づきあい的なのは物凄く苦手。
  • 好都合な不自由 - 傘をひらいて、空を

    もう誰か決めてよお、わたしに向いてる仕事、勝手に決めてくれていいから、すごいAIとかが決めてくれたら、その仕事、大人しくやるからさあ。彼女はそう言い、みんなが笑った。私はあんまり笑えずに、いやいやいや、と冗談めかして発言した。それ地獄だから、SF映画とかでさんざん描かれてきた人類最悪の未来だから。 ぜんぜん最悪じゃないしわたしには最高ですよ。彼女はそう言う。私の半分弱の年齢の大学生である。私は母校に依頼され、卒業生として学生たちの就職相談に乗った。母校の企画の趣旨により、その場にいるのは女子学生と女の卒業生ばかりだった。終わってから非公式のお茶会に流れて、出てきたせりふが「誰か仕事決めてほしい」。就職活動に疲れたのはわかったけれども、その発想はないだろう、と思う。 人生は自由を勝ち取る戦いの連続であり、職業選択の自由なんて自由のなかでもいちばん基的なやつだ。誰かに職を決めつけられるくらい

    好都合な不自由 - 傘をひらいて、空を
    mizuwariwde
    mizuwariwde 2017/10/10
    AIに支配される日は近いです。
  • 世界に残された新しい部分 - 傘をひらいて、空を

    ちょっとした手当や雑収入が年間十万円ばかりある。ふだんの予算に組みこんでいないので、ただ口座にたまる。このお金貯金なんかしない。年に一度、それまでしたことのない体験をするのに使う。どうしてそのように思いついたのかは覚えていない。物を買ってはいけないのではないが、目的はあくまで体験でなければならない。体験の質は問わない。気になっていたこと、やろうかやるまいか迷っていたこと、ばかばかしいけどやってみたいこと、なんでもかまわない。ただ「したことがない」かつ「してみたい」という条件はどうしても満たさなければならない。 若く貧しかったころ、この十万円は私の聖域で、ふだん堅実に暮らしていても、年に一度ばかみたいなことにぱーっと遣って気を晴らしたものだった。はじめて一人で海外に出たのも、ドレスアップしてオペラを観たのも、自分の意思と自分の財布で星つきのレストランに行ったのも、英会話のプライベートレッス

    世界に残された新しい部分 - 傘をひらいて、空を
    mizuwariwde
    mizuwariwde 2017/10/03
    脳ドックお勧めします。色々な音がして楽しいですよ。ただし、閉所でなければですけれど。
  • 結婚の損得 - 傘をひらいて、空を

    お母さん、どうしてお父さんと結婚したの。上の子が訊くので、わたしはつくづくと彼女の顔を見た。どちらかというと現実的で早熟な子だと思っていたけれども、まだ十五ではあるのだから、結婚の動機は取り繕ってあげたほうがいいのかな、と思った。つまり、愛していたからだ、とか、そういうふうに。 でもやめた。彼女はわたしの子である。今年で十五である。クリスマスに白いおひげのサンタクロースがうちに来たのではないと認めてから十年ちかく経っている。嘘をつくことを、わたしはあまりしない。めんどくさいからだ。嘘をついたらその嘘について覚えていて、整合性のとれた発言を心がけなければならない。そんなのめんどくさい。たしか芥川に「彼女は特別に嘘が上手かった。なにしろ今までついた嘘をひとつ残らず覚えているのである」という一節があって、なんというマメな女かと感心した覚えがある。 そんなわけでわたしは率直に、あなたを妊娠したから

    結婚の損得 - 傘をひらいて、空を
    mizuwariwde
    mizuwariwde 2017/07/11
    何も言う事はありません・・・
  • 彼女の失敗した結婚 - 傘をひらいて、空を

    わたしの結婚はねえ、と彼女は言った。失敗だったわよ。なくてもよかったものだったのよ。仕事だってそう。わたしはちょっと美容院をやって景気のいいときに土地を転がしただけよ。かれはかれにしかできない仕事をしたから、わたしよりはましね、でもたいして変わらない。 彼女はそのように言う。そのように言う人がもしも中年以下であれば、私は返答を検討せざるを得ないし、どうかすると不快に感じたかもしれない。けれども彼女は七十で、ひどく陽気で安定していて、だから私は、そうですかと軽く頷くことができるのだった。どのような反応をしても、それが正直なものであれば、彼女が気を悪くすることはない。隠蔽と追唱を彼女は憎み、その気配を敏感に嗅ぎつける。 彼女は背筋の伸びた、顔の小さい元バレーボール選手で、染めていない髪をいつ会っても同じ軽くカールしたショートカットに整え、三十歳年下の私と同じだけの事をぺろりと平らげる。容赦な

    彼女の失敗した結婚 - 傘をひらいて、空を
  • 愛がなくては住むところもない - 傘をひらいて、空を

    また拾ったの。私のその発言は質問ではない。確認だ。友人が相続した細長い建物の、その一階は元工場で、いまの季節は事務室だった空間に灯油ストーブを常時稼働させてようやく適温になる。居住性が高いとはいえない。その一階に友人が布団を出して寝泊まりしているときは、誰かが二階に住んでいる。またっていうほどじゃない、と友人はこたえる。たまにだよ、こないだから何年も経ってるよ。 二度も三度も拾えばじゅうぶん「また」だと思う。犬やじゃないのだ。人を拾う人間はそんなにいない。けれども私は彼女のそのようなふるまいを嫌いではない。「よぶんな部屋があって、住むところがない人がいるから、住んでもよい」という動機の、その単純さが、なんだか好きなのだ。考えてみればどうして自宅に赤の他人を置いてはいけないのか。どうして人が人を拾ってはいけないのか。 もちろん人は犬やじゃない、と彼女は言う。人のほうがここにいる時間がずっ

    愛がなくては住むところもない - 傘をひらいて、空を
  • 愛と希望が救えないこと - 傘をひらいて、空を

    わたしは愛と希望で満たされている、のだそうだ。たぶん息子ふたり、夫(むかしは恋人)、あと両親と妹を指しているんだと思う。あるいは仕事があるという意味かもしれない。 今、ぜんぶ、どうでもいい。 わたしたち夫婦はどちらかになにかあっても子を育てられると思っている。そうでなければ結婚しない。一生恋人をやっていればいい。でもわたしはもう夫に恋をしていない。ほかの誰かに恋をするつもりもない。恋は強烈に「生きてる」感を与えるけどわりとすぐ消える。まったく永遠ではない。夫を信頼しているし、信頼されていると思う。けれども信頼は気力のブースターとしては出力が低い。そのうえ他人だから苛つくこともある。当たり前だ。 子は命だというのはかなり嘘だ。わたしは息子たちになにかあったらあやういけど息子たちはわたしがいなくてもどうにかなる。だいたいもう小学生だ。いちばんたいへんな時期は終わった。彼らは自分で着替えるし歯磨

    愛と希望が救えないこと - 傘をひらいて、空を
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