1995年は村山内閣の年である。1月には阪神淡路大震災、3月には地下鉄サリン事件が起こり、11月にウィンドウズ95が発売された。 この年の暮れも押し迫ったころ、大林正英は神谷町のオフィスでマッキントッシュLC630[※1]に向かってキーボードを打っていた。元々汗っかきの大林だが、額にはじっとりと重い汗が浮かんでいる。暑いからではない。あぶら汗の原因は後ろで見守る佐野、山口、吉村の視線だ。三人とも手練の技術者で、そろって気が短いときているので、控え目に言ってもこれはかなり同情すべき状況である。こんなときに唯一優しい言葉をかけてくれる白橋はいない。 入力に失敗すると舌打ちが暗いオフィスに響き、余計指先に力が入る。よせばいいのにつまらないツールをインストールしてあったためだろうが、セーブしようとした瞬間LC630がまたフリーズした。吉村はゴミ箱を蹴飛ばし、佐野は資料を破り捨て、山口は黙って席を立