フランスの免疫学者ジャック・ベンベニスト(Jacques Benveniste)は分子が一つもなくなるレベルにまで希釈した抗体溶液(つまり、ただの水!*1 )が白血球に作用して脱顆粒という現象を誘発するとする論文を発表した*2。この論文は、同様の極端に希釈した溶液を治療に用いる*3ホメオパシーを裏付ける実験結果として発表されたが、後の詳細な調査でこの実験結果は幻であったと結論づけられた*4 *5。 なお、この業績によりベンベニストは面白おかしい研究に与えられるノーベル賞のパロディー、イグノーベル賞の第一回化学賞を受賞している*6。 ベンベニストの論文の掲載先は、一流の科学雑誌Natureだった。このNature誌にこのような胡散臭い論文が掲載されたことに対してはそれなりの反響があったようで、その一部は同誌の誌面でも紹介されている。寄せられた投書の内容は、論文を通してしまった編集部を批判する
文学作品における称号 イギリスの小説や演劇、詩には実に多くの貴族が登場するが、ここでは十九世紀イギリスの作家で、自分の属する階級の人々を鋭い目で観察し、「風習喜劇」とも言えるような小説を書いた、ジェイン・オースティン(1775〜1817)の例を見てみたい。 彼女のもっとも有名で人気のある作品は、おそらく1813年に出版された『自負と偏見』だろう。舞台はイングランド南部の村で、今ならば「アッパー・ミドル・クラス」と呼ばれる、オースティン自身が属していた階級の人々がおもな登場人物だ。主人公エリザベス・ベネットの父親は、称号はないが年収二千ポンドの地主であり、「紳士」である。しかし、当然跡取りとなる息子が生まれるだろうという根拠のない楽天主義ゆえに、特に倹約もせず、貯金もしてこなかった。娘が五人生まれた後でも希望を捨てなかったベネット夫人だったが、とうとうあきらめざるを得なくなった頃には、倹約や
差別って、いったい何だろう 京都部落史研究所月報『こぺる』165号、1991年9月 考えるようになったきっかけ 京都部落史研究所の灘本と申します。今日は、『ちびくろサンボ』を題材に差別問題について考えていこうということで提起をさせていただきます。新聞などで見ておられると思いますけれども、長い間、日本で子どもたちに非常に人気のある絵本として読み継がれてきた『ちびくろサンボ』が、人種差別絵本であるということで、絶版になっており、現在、本屋さんでは買えない状態になっています。私は、今回の『ちびくろサンボ』が批判され、絶版にされていく過程に、現在の差別問題の扱われ方がよく表れており、よくないことであると思っています。「差別」というレッテルが貼られた途端、皆が議論しなくなって、何が本質かわからない間に、出版物が消えていく。消えていったら、それでおしまい。こういうことが本当に差別問題の解決につながるの
E・М・フォースター(1879-1970)の「機械が止まる(The Machine Stops)」の初出は『オクスフォード・アンド・ケンブリッジ・レヴュー』の1909年秋学期号で、その後短篇集『永遠の瞬間』(1928)に収録された。1947年に編まれた『短篇集』の序文で、著者はこの作品を「H・G・ウェルズの初期のさまざまな楽天的世界への反動」であると注記している*1。『モダン・ユートピア』(1905)などでウェルズが描いた、技術革新による新たな文明世界の理想像に対置して、フォースターは機械文明が人間に災禍をもたらす、ネガティヴな未来像を提示してみせる。この短篇ファンタジーは、ディストピアという二十世紀に典型的な文学ジャンルのほぼ出発点に立つ。 『短篇集』のなかではこれが最も長い作品(1万2千語強)で、「飛行船 (The Air-Ship)」、「修理装置 (The Mending Appar
女たちの英文学――個と、集合性と ジェイン・オースティンにヴァージニア・ウルフ――世界的に知られる女性作家を生んだ「英文学」。同時にそれは、無数の女性たちによって読み継がれ、支えられてきました。女性作家研究だけではない、多様なアプローチの研究によって再発見された女性たちの姿をご紹介します。【選者:中井亜佐子(なかい・あさこ:1966-:一橋大学教授)】 小説・文学(2814) 心に響く(1239) 信念を感じる(437)
海外の熱いフェミニズム作品を私たちに紹介してくれる翻訳家たちは(いつもありがとうございます!)、お仕事以外にどんなフェミ本を読んでいるのだろう? 読書リレーエッセイ第1回は、フランス語翻訳の相川千尋さん! 詩というと、むずかしいもののような気がして私などは構えてしまうけれど、1960〜70年代のアメリカのフェミニストたちはそうではなかった。 最近、『私は爆弾を運んでいます 言葉という名の爆弾です』というアメリカのフェミニズム運動と詩にかんする本を読んだ。(1) この本の最初に収録されているジャン・クラウゼンの1982年のエッセイ「詩人たちの運動:詩とフェミニズムについての考察」によれば、アメリカの第二波フェミニズムの運動で詩はとても大きな役割を果たし、よく知られた活動家の中にも詩を書く人がたくさんいたということだ。 なぜ詩だったのか。上記のエッセイによれば、フェミニストたちが詩を書くように
推理小説(ミステリ)は、大衆小説の一ジャンルとして。最も広く親しまれているものである。その推理小説の読み方と愉しみ方を、具体的な実例を通して考えてみたい。 推理小説の代表的な例となると、「ミステリの女王」とも呼ばれる、アガサ・クリスティーの作品を選ぶことに異論は出ないだろう。世界中のミステリ愛読者から今なお愛されつづけている、クリスティーの数多い作品群の中から、ここでは有名な『オリエント急行の殺人』(一九三四)を取り上げて考察することにする。古典的探偵小説に属するこの名作は、雪で動かなくなった国際寝台列車の中で殺人事件が発生し、世界各国からやってきた乗客の中に混じっていた名探偵エルキュール・ポアロがその謎を解くという筋書きである。この講義では真相を完全に明らかにすることはしないが、かなり内容に立ち入った話をするので、必ず『オリエント急行の殺人』を読み終わってから講義を読んでほしい。 なお、
称号の複雑さ 「ロード」、「サー」、「レイディ」の称号が名前につくのか、名字なのか、結婚後はどうなのかなどによって、その人物が貴族のどの爵位なのか、長男なのか、次男以下なのか、妻なのか、未亡人なのか、または離婚した妻なのかといったことがある程度わかるのは、以前にも書いたとおりである。特に二十世紀以降、離婚が増えると、先妻と後妻を区別する必要が出てくる。たとえば二十世紀の作家で、イギリスのアッパー・ミドル・クラスの世界を穏やかなユーモアをもって描写し、ジェイン・オースティンと比較されることも多い、バーバラ・ピム(1913〜80)という小説家がいる。その作品『不適切な愛情』(1963年執筆、1982年出版)には、レイディ・セルヴィッジという准男爵の妻が登場する。彼女は夫の浮気が原因で離婚し、さらに夫が再婚したので、いまや彼女への手紙の宛名(封筒の宛名も)は「レイディ・(ミュリエル・)セルヴィッ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く