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タイムラインにいつでもいつもいるあの人が、いなくなっちゃうのってさみしい。 岸田奈美が最近あんまり話せてないあの人に「どないしてますのん?」と、近況をおたずねする勢いで雑談をしかけるTwitter Space配信。 配信の音声も、全部聴けます。 >Youtube >Spotify podcast >Apple podcast 雑談のお相手は、病理医ヤンデル先生。 本当にやばいとき、冷や汗ではなく血が流れる岸田 お医者さんの学会って、えらい人ほど『素人質問で恐縮ですが』って腰を低〜くして入ってくるって本当ですか? ヤンデル 半分本当で、半分ウソですね 岸田 ウソ? ヤンデル そう。あのね、中途半端にえらい人は、すごくえらそうに発言します。でも本当にね、本当に、きら星のようなごく一部のマジのえらい人がさ。 岸田 きら星のような……? ヤンデル そういう人が低姿勢で入ってくるときは、もう、背中に
ラーメン屋の行列に並んでいた。 京都の自宅へ遊びにきた母が 「ラーメン食べとうて、しゃあない」 と、眼をかっ広げて言うのである。 母はたまに、そういう猛烈な天啓が下る。 車いすなので、こぢんまりした店にはひとりでフラッと入れないからだ。 ならば、どうしても食べさせたいラーメンがある!京都の名店! 麺屋猪一! いつ来ても行列で、ミシュランにも載り、外国のお客でごった返してる。 おっ。 本店近くの“離れ”なら、今日は20分ぐらいで入れそう。 天啓!!! というわけで、並んだ。 待ってる間に、メニュー表を見る。 「1400円!?!?!?!!」 ビビった。 2年前に初めて食べたときは、900円。 昨年は、1000円だったのに。 つ、強気ィ! 原材料の高騰で値上げするのは、まあめずらしくもないけど、なかなかにウッとなる金額である。 観光で来た人、それも外国からなら、ぜんぜん出せるか。そっか。え〜〜〜
スタジオジブリ『君たちはどう生きるか』を観た。 これだけを伝えたくて書いてるようなもんだけど、 なんも読まんといて。 なんも聞かんといて。 楽しみたいならば、今すぐチケットを買って、映画館へお行きなすって。 ツイッターも映画.comも、開くんじゃない! ネタバレがどうとかいう次元ではなく、映画にまつわる、どんな人のどんなささいな言葉も、なんぼの点数の星も、あなたの体験を汚してしまう。 子どものころに図書室で、だれにもなにも言われず、手にとった本がある。まっさらな心を掴んで引きずり込んで離さなかった、そんな本がある。 あるでしょうよ。 あれです。 あのときと同じ。 あなたは今、本棚の前に、ひとりで立ってる。 おもしろかったらとか、つまんなかったらとか、考えたらあかん。子どもを連れて行って楽しめるかも、どうでもいい。 楽しんでもいいじゃん。寝てもいいじゃん。 体験のほうがだいじ。何十年か先で、
子どものころ、大人気のお歌があった。 「奈美ちゃん、奈美ちゃん、どっこですか〜♪」 先生が歌えば、 「ここでっす、ここでっす、ここにいます〜っ♪」 子どもらは大喜びで、返事をする。 母が歌う。 「良太くん、良太くん、どっこですか〜♪」 弟はいつもどこかにいたけど、それは絶対に、ここではなかった。 ジッとしてられない弟だった。 だまってられない弟だった。 保育園でも、小学校でも、歩道でも、公園でも、どこでも無尽蔵に跳ねまわっていた。軌道がまったく読めないので、スーパーボールみたいだ。 捕まえられるのは、母だけ。 母が弟を取り押さえるときの爆発的な初速は、ご近所の間で「神戸市北区のフローレンス・グリフィス・ジョイナー」と褒め称えられていた。 小学校へ入学すると、弟はさらに速く、そして給食によって重くなり、体当たりでしか止められなくなった。 母はまもなく「神戸市北区のリーチマイケル」の称号も得た
生まれてはじめて、スタジアムでサッカー観戦をすることになった。 ことの始まりは、ワールドカップである。 ド深夜、煌々と光る液晶の向こうで、次々と強豪をブチ破っていく日本代表に感動し、エイヤでツイッターを開いた。 4年後のために、われわれニワカは何が…何ができるんだ…何かやらせてくれ… — 岸田奈美|Nami Kishida (@namikishida) December 5, 2022 書いたら、バズった。 バズらせたのは、Jリーグのサポーターたちだ。 「選手たちを育てた地元クラブをぜひ応援してください!」 「お金を払えば、なんと試合が観れてしまうので実質無料です!」 「将来の日本代表選手を、その目で見極めましょう!」 カッパの子たちが、沼の底から次々と飛び出し、手を引くかのよう。勢いに…勢いに飲まれてしまう……! 数日後、レギュラーコメンテーターをやらせてもろとる『newsおかえり』に出
「うちの子は、良太くんみたいにはなれへんと思うから……」 先週はるばる山を越えてサイン会に来てくれた友人が、ポロッとこぼした一言が突き刺さった。 良太とはわたしの弟だ。ダウン症で知的障害がある。友人の3歳になる娘さんも同じだった。 「良太が3歳やったときより、ずっとお利口さんに見えるで」 それでも、友人の顔は曇ったままだ。 「この子な、人にあんまり興味がないねん。おしゃべりもほとんどない。わたしにとってはカワイイけど、わたしがおらんところで、誰からも愛してもらわれへんかったらどないしようって想像すると、怖くなる……」 困らせてごめんと泣きそうに謝る友人を見て、わたしはうまい返事がとうとう見当たらなかった。 彼女に手を引かれる娘さんは、じっと窓の外を走る電車を見つめる瞳は、あんなにも愛しかったのに。 弟との日々を書くことは楽しく、読んでくれる人がいるのは嬉しい。いつか弟がひとりで生きていくか
ダウン症の弟が、いっそう流暢にしゃべりはじめた。 半年前までは 「あー、ええ、おうですね、あい」 だったのが 「あーあ、また雨や。東京は雪やって。いやんなるわ」 になった。 26歳にして魅せる急激な成長に喜ぶ一方、逃げ出したオウムが知らん言葉を大量に覚えて戻ってきた時の怖さもある。 理由は言わずもがな、春からグループホームで暮らしはじめたからだ。 実家の和室をアジトに、悠々自適をかましていた弟にとって、はじめての共同生活。同居人にマナーを注意され、ベソかいて電話をしてきた夜もあった。 そんな弟にも、大切な友だちができた。 彼もまた知的障害があるのでお互いうまく話せないが、一発ギャグを交えつつ、楽しんでいるらしい。 いま最もアツいギャグは、ダンディ坂野の「ゲッツ!」なのは置いといて。彼がいちばん好きなものは野球だという。 「あんな、野球、いきたいねん」 ある日、大谷翔平選手の形態模写をしなが
2023年2月3日、日付が変わるギリギリで思い出した豆をひとりで、鬼のお面をしながら、四方八方にまき散らしていたときでした。鬼みずから。少子化。 「岸田奈美さんのエッセイが、難関中学の今日の入試問題に出ました!」 なんですって! 調べたところ、東京の筑波大学附属駒場中学校だった。都内……偏差値……1位……!? 昨年は、京都大学医学部の入試でミャンマー行きのエッセイを、灘中学校の模試でバズった母のエッセイを使ってもらった。偏差値が、偏差値が軽々とスキップでわたしの頭を飛び越えていく。 出題されたのは、光村図書「飛ぶ教室 第65号(2021年4月発行)」に寄稿し、「ベスト・エッセイ2022(2022年8月発行)」に転載されたエッセイ。 ダウン症の弟が、ガラスを割った罪を、近所の子どもからなすりつけられそうになったときのこと。なつかしい。 設問も一緒に、読ませてもらったから、解こうとした。 結果
週刊少年ジャンプの『友情・努力・勝利』だけでは、どうやらどうにもならないことがあると知ったのは、大人になってからだ。 苦境から一歩を進むために、わたしがひとつ足すとすれば『時間』である。 映画『THE FIRST SLAM DUNK』に、緻密な『時間』の物語をみた。 原作・脚本・監督の井上雄彦さんは『時間』を表現する境地にたどりついた漫画家だ。人間の本質を描こうとするほど『時間』の表現が自然と組み込まれていくのかもしれない。 漫画が視線の創作だとすれば、映画は時間の創作。 物語の体験速度をコントロールするのは、漫画ならページをめくる読み手にも委ねられるが、映画では完全に作り手だ。 映画の制作資料集の では、たった一秒か二秒のワンカットに対して、井上さんが「一瞬うれしさこみあげる」「落ちながら目線はリング方向、球と脚を伸ばすのは同時」「喜びで眉をわずかに動かす」と、納得するまで何度も直してい
あなたの“あかん”は、どこから? わたしは、2週間から! なんかなあ、と思いはじめたのは、母の入院から1週間すぎた頃だった。 母は総胆管結石の手術が終わって、あともう1週間もすれば帰ってこられるだろうということで、わたしが実家の番をしていた。 パソコンと減らず口さえありゃどこでもできる仕事で、よかった。 犬の梅吉の世話と、隔週の土日にはグループホームから弟が帰ってくる。 梅吉は留守番ができず、散歩も吠えまくって苦手なので、わたしたちは家にずっといた。広いお庭で走り回らせてくれる犬の幼稚園があって、そこで週2回の朝から夕方まで、梅吉を預けた。 お迎えのカゴに入れられて 「なんでや!ワシがなにをしたんや!おい!説明せえ!」 という目で見てくる梅吉に「すまん」と謝り、わたしはルンルンで街に出かけた。わざわざめかしこんで、わざわざ百貨店のエルメスに並んで、わざわざ一番安い4,000円の爪やすりを買
『いたいよー』 入院している母からのLINEだ。 早朝、朝、昼、晩、深夜。時報のように送られてくる。 『いたい、なんもできない、つらいー』 開腹手術を受けて、一週間。まだ傷がじくじく痛むという。 『わたしがいま一番やりたいこと、わかる?』 『わからん』 『寝返り』 ごろんごろんもできず、車いすにも乗れず、ひたすら腹の痛みを耐える母。 『起きるのもしんどい、ごはんも見たくない。ずっといたい。ちょっとでも気を抜いたら病む』 病んでるから入院しとるんやで。お見舞いも禁止されている今、わたしにできることは『そうかあ』『かわいそに』と、相槌を打つぐらいだ。 それぐらいしか。 相槌すらもバリエーションが枯渇しはじめた。励ますために新しいLINEスタンプを買ってみた。根気よく励ます方も、なかなかしんどい。 そんなある日。 入院先の病院の厨房に、緊急の修理が入った。 ただでさえ、そうそう美味しいとは言えな
キレ散らしてる人の声を“聞く”のは嫌いだが、“読む”のは嫌いじゃない。 なぜか惹かれてしまうこともあった。人に誇る衝動では、絶対に無いが。 病気にかかる家族が多かったせいで、あちこちの病院にわたしもよく付き添ってきた。 待ち時間が長いと、暇つぶしに院内をうろつく。 廊下に 『患者様のお声コーナー』 があると、必ず足を止める。 患者が自由に要望を投書し、病院がそれに答えたものが張り出されている掲示板だ。そこで何分も、何十分も、わたしは釘付けになる。 これこれ。これが読めるから、付き添いはやめられんのよ。 似たような掲示板はスーパーなんかにもあるけど、病院のは飛び抜けて、感情の剥き出し具合がエグい。 剥き出しで言えば、縁切りで有名な安井金比羅宮の絵馬置き場もえげつない。感情どころか呪いたい不倫相手の勤め先住所まで剥き出しになっていた。眺めてるだけで得体の知れない高熱が出そうだったので、早々に立
幡野広志さんへ。 この間は、写真の撮り方を教えてくださって、ありがとうございました。 幡野さんと、高校生と、三人で京都を歩いているだけでも、笑いっぱなしで楽しかったです。 京都はあいにく、秋冷えする雨でしたね。わたしは一族きっての晴れ女なので、大切な予定の日に雨が降るという慣れない無念さにズゥゥゥンと沈んでいましたが、幡野さんは気にも留めませんでした。 「雨が降った日に歩いたんだから、雨が降ってる写真がいいんだよ」 ビッチャビチャの参道、ドロドロの枯山水、グジュグジュの靴などを想像してしまいましたが、幡野さんが言った意味を知るのは、もう少し後のことです。 わたしは幡野さんに、ズバッと教わりたいことがありました。 “写真って、なんのために撮るんだろう?” わたしはこの頃、写真を撮りたいというより、写真を撮らされているような気がするんです。 スーパーマーケットの入り口で、たまに、屋台が出ていま
今日、たぶん、神様に会った。 よく澄んで晴れた、秋の午後だった。 総胆管結石で入院している母からLINEで連絡があった。 「退院、来週明けやって」 もともとは何週間か入院するかもと聞いてたので「あらま!」と弾んだ返信を打っていたら。 「肝臓が回復したらすぐに、また入院やって」 わたしは「あらま!」を「あらま…」にサッと打ち直した。 3日前に内視鏡での手術を終えたばかりの母だったが、結石が大きく、取り去れなかった。年内にもできるだけ早く、お腹を開く手術を受ける。この病気では、よりにもよって一番難しい手術だ。 「命にかかわるようなことはないんやって」 母の連絡を受けて、わたしはまず、年末の旅行のキャンセルに取りかかった。母が行きたいと願った場所だった。 レンタカー、飛行機、ホテル、次々と予約を取り消す。キャンセル料で3万円ほど引かれた。母からは、ドラえもんが天を仰いで大泣きしているスタンプだけ
ジブリパークの凄みは、どこにあるのか? 2022年11月1日、愛・地球博記念公園のなかにオープンした「ジブリパーク」へ、弟と行ってきましたレポート。 オープン初日のチケットを、運良く買うことができまして。 入場できたのは「ジブリの大倉庫」エリアのみでしたが、とてつもなく大切で切ない何かを、ドドドと怒涛のように受け取り、たまらなくなってしまったので、言葉にしておきます。 「ジブリパーク」のちゃんとした案内や魅力は、ほかの人がエエ感じの写真とともに沢山シェアされてるので、そちらを頼ってください! ここにあるのは、創作とジブリに救われて育ったがゆえに、感情を地球投げされ、深読みしすぎながら勝手に泣いている、わたしのド感想です。 徹夜で書いたら、13,000文字になりました。どうかしている……。 【だいたい書いてあること】 ●都合により規模は小さいが、雑さがなく、宮崎吾朗監督が丁寧に愛を込めて作っ
弟はかつて、ガラスを割った罪をなすりつけられたことがある。 弟が14歳のときだった。 中学校が終わっても、弟がちっとも帰ってこない。 「ちょっと見てきたって」 母に言われ、わたしはしぶしぶ靴を履いた。マンションのエレベーターに乗って、一階エントランスで降りたら。 制服を着た弟の背中が見えた。 おるんかい! でも、なにやら様子がおかしい。 弟が立っているのは、ちょうどエントランスのインターホンと、オートロックの自動ドアがあるところだ。 弟と対峙しているのは、小学生くらいの男の子が二人。それと、マンションの管理人をしているおじいさん。 エレベーターから降りて、ギョッとした。 自動ドアのガラスが、派手に割れている。 なんや、なんや。なにごとや。 弟は顔を真っ赤にし、両目に涙をためて、歯を食いしばり立っていた。 普段はボーッとして温厚な弟が織り成すダイナミックな感情表現に、わたしは固まってしまう。
キナリ★マガジンで5ヶ月間、10万文字にわたって連載してきた「姉のはなむけ日記」を、9000文字にギュッとして書いた総集編です。全文、無料で読めます。 ゾッとした。 この二年間で、ばあちゃんは認知症になって施設で暮らしはじめ、車いすに乗っている母は心内膜炎で死にかけ、わたしは会社をやめて作家業についた。 ダウン症で4歳下の弟だけは、実家で暮らし、福祉作業所へ通って手仕事をし、マイペースを貫いていた。 ふと立ち止まって、ゾッとしたのは。 この先、わたしや母の身になにかあれば、弟がひとりぼっちになるということ。 わたしですら、ばあちゃんの介護がはじまったとき、役所で福祉の手続きをしたらあまりに面倒でややこしく、泡吹いて倒れそうになったのだ。 障害があってうまく話せない弟は、ちゃんと頼れるんだろうか。 いざというときに頼れる先は、多いほうがいい。弟は26歳。いい人間関係ををつくるには時間がいるの
本文中の写真は友人の仁科勝介(かつお)くんが撮ってくれました しゃべりが、達者になった。 週末、実家へ帰るごとに、おどろいてしまう。弟のしゃべりが、目を見張るほど達者になっているのだ。 弟との会話を文章にするときは、読んでる人がわかりやすいように、少し翻訳をして書いているが、実際はもっとわかりづらかった。 「こんにちは」は、本当は「おんいいわ」に聞こえる。 母とわたしでも、三割も聞き取れていないと思う。何日も、何日も、弟の同じ説明を繰り返して聞いて「なあんだ、そういうことね」とようやくわかる。それを何年も繰り返してきた。 ところが。 母とわたしと弟の三人で、夕飯をかこんでいるとき。 「いややわ……打田さんとこの漬物、めっちゃ美味しいやないの」 「漬物とお茶で締めはじめたら老婆のはじまりやと思ってたけど、全然いけるわ。むしろ漬物とお茶だけでええわ」 「あんたがこっちの世界に来てくれて、ママは
弟がグループホームへ本入居する、前日。 今までは二泊三日、三泊四日と、少しずつグループホームへ泊まる日を増やしていたけど、これからは平日の間、ずっと泊まることになる。 「泊まる」から「暮らす」へ、変わるのだ。 土日はこれまで通り、神戸の実家で母とわたしと弟と犬の梅吉がそろうので、そこまで大げさな旅立ちではないのだが。 どうしてだか焦って、今のうちしかできない(ような気がするが、実際はそんなこともない)ことを、片っぱしから探した。 弟と三宮の町へ繰り出し、やたらと忙しい一日がはじまる。 まずは、パスポートを申請しに行った。 母は「あんた、いまパスポートなんか取っても、海外に行けるご時世やないんやし……」と困惑していた。 今までみたいに、平日、わたしと弟は自由に出歩けなくなる。日曜も車で送っていくし、疲れてるかもしれない。 そうなると、役所に行きづらくなる。 人間は!自立すると!役所に!行くの
渋谷パルコの『ほぼ日曜日』イベントで、写真家の幡野広志さんとお話した。 幡野さんは、奥さんと、息子さんの優くんへあてた48通の手紙をまとめた『ラブレター』という本を出されたばかり。 そんなラブレターにも収録されている写真と文章が、息をするように並べんだり、浮かんだりしている展覧会場に、たくさんの人たちが集まってくれた。 お話するテーマは『family』なので、わたしは母をつれて、familyで参加した。たぶん、幡野さんが思うfamliyと、ウチは似てるんじゃないかと思った。似てたらいいなとも思った。 これがマフィアにおけるfamilyだったらまったく別の意味になるし、わたしもまったく別の人を連れてきたので、言葉は意味よりも、だれが言うかが重要なのだ。 イベントのはじまりが19時だったので、早めにパルコへ着いたわたしと母は、ご飯を食べることにした。 たまたま「13歳からの地政学」というとても
一ヶ月間の、弟のグループホーム体験入居が終わった。 「良太。ほんまに、あそこで暮らせそう?」 母には「うん」と答えたらしいが、何度かたずねると、たまに「うーん」と首をひねっている。そりゃそうだ。生活が大きく変わる、人生の節目。 弟とふたりで話してほしい、と母から頼まれた。 「良太はな、奈美ちゃんといるときはめっちゃ笑うねん」 そんなアホな。 しかし、母が自撮りして送ってくるツーショットでは、弟はいつも仏頂面である。 「体験入居中、良太が夜中の二時とか三時とかに電話かけてきたやろ?」 「うん」 「あれな、わたしも叱ったんやけど、良太が言うには」 良太が言うには? 「週末に奈美ちゃんと遊べるのが楽しみで、寝られへんかってんて。スマホのカレンダーにも、奈美ちゃん、って登録してたみたいよ」 「……」 ふう〜〜〜ん。 土曜日、帰ってきた弟をマクドへ誘った。 三宮センター街のマクド。高校生のときから、
ばあちゃんと、会うことになった。 怖い。 なんせ、ばあちゃんと会うのは4ヶ月ぶりである。 それまでは、毎日朝から晩までリビングを陣取り、クリストファー・ノーラン『ダンケルク』IMAX上映とタメ張れるほどの迫力轟音でテレビをつけ、手をたたいてヒャーッヒャッヒャッと笑うばあちゃんと、毎日、顔をあわせていたのに。 隣の部屋にいても、山田くんが座布団持っていく足音が聞こえた。客席がウケるたびに爆撃のような音。笑点で「頼むから誰もウケるな」と願っていた家族はたぶん、日本中探してもうちだけ。 ばあちゃんは今、認知症の人たちが集まるグループホームで、暮らしている。 会おうと思ったら、いつでも会いに行けたのだが。 「そのまま家へ帰れるもんだと思い込んじゃって、暴れる人も多いですから」 施設の職員さんのアドバイスで、ばあちゃんが慣れるまで、顔を見に行くのをやめた。 本当は、わたしも、母も、ホッとしていた。
課題がポンポコと出てくる新しいグループホームに、弟を送り出してよいものか。 どんだけ悩んだって、朝はやってくるのである。 別府の朝だ。 ところで、別府の夜に巻き戻すと、こんな感じだった。 日本中のキッズたちを別府へと駆り立てる!夢の楽園! 杉乃井ホテルだ! その設備のワンダーランド具合からそこそこお値段が張るのであるが、キナリ★マガジンの購読料をブッ込ませてもらった。やっててよかったキナリ★マガジン。腹が減っては車は買えぬ。 このブッフェの目玉は、カニ食べ放題。あまりの出血大サービスに、カニだって勘弁してくれと願ってる。 800席近い巨大なブッフェ会場には、どこもかしこも、家族たちが目を血走らせてカニを食べている。カニ以外のものを腹に入れてなるものかという己に課した制約すら見える。言っちゃ悪いけど、あんたらは本当にそこまでしてカニが食べたいのか。 「お食事中、すみませ〜ん!ちょっとお写真、
近隣住民の人に、管理責任者である中谷のとっつぁんが早速、話を聞きに行ってくれた。 「車、いつ乗れるんかなあ」 そんな緊迫した状況はつゆ知らず、弟は別府の温泉でホクホクになっていたのだった。 ポペンッ。 スマホの通知が鳴る。中谷のとっつぁんからだった。障害者は気持ち悪い、という言葉が蘇ってボディーブローをくらったような心地になったわたしは、スマホを触るまで一度えずいた。グエェ。 「事情を聞いてきて、まあ、ひとまず、反対されている理由がわかりました」 中谷のとっつぁんが教えてくれたことには。 なんと、障害のある人が、先にあちらのご自宅を訪れていたというのだ。 わたしはてっきり、会ったこともない入居者たちに「気持ち悪い」とイチャモンをつけているんだと思っていたので、びっくりした。 グループホームは、入居を希望する人のために、見学の時間を設けている。 弟が中谷さんと初めて会う、少し前。 その日も、
送迎車のためならエンヤコラと大分県別府市の車屋さんまで行ったら、なんと、ほぼ新車のセレナと出会えたのだった! 車屋の馬〆さんから、くわしい仕様や納期の説明を受けていると。 電話が鳴った。 グループホームの責任者、中谷のとっつぁんからだ。ちょうどよかった。セレナを入手できたって言おう。喜ぶぞォ。 「もしもし、お姉さんですか」 「はーい!ちょっと聞いてくださいよ、中谷さん。ありましたよ!車!セレナ!ほぼ新車!7人乗り!」 「えっ、はっ……ええ……!?」 興奮のあまりたたみかけてしまった。しかし、中谷のとっつぁんの反応が予想と違う。ここは「ええっ!?」ではないのか。 いやな予感がした。 「あの、それはもう、本当に、ありがとうございます……そんないい車を……」 「どうしました?」 「ええ、あのですね、お姉さんのお耳に入れておきたいことが」 基本的にわたしのお耳には普段、右から左に抜けていくザルの役
朝日新聞社さんが2022年5月5日の子どもの日に発行する『未来空想新聞』で「家族の未来」をテーマに、エッセイを書かせてもらいました。 紙面には「家族を愛する、距離を愛する」と題して1,000文字で載っていますが、みなさんすでにお察しのとおり、性懲りもなく3,000文字近く書いてしまったため、ノーカット版を公開します。 ユニークな機会に感謝するとともに、新聞をきっかけにみんなで話してみようね〜という企画なので、みなさんが考える家族の過去や未来も、どこかで語ってみてくらはい。 おかしい。 5年ぶりに顔をつきあわせた友人と話しこみ、30分後に首をかしげた。 うだつの上がらないわたしが 「生まれてはじめて手作りした味噌をウッキウキで舐めたら、なんの味もしなくて膝から崩れ落ちた」 という悩みをぶちまけると、友人は 「混ぜ加減が甘かったのは?」「引っ越しのとき、新幹線で味噌壺を運んだのがまずかったので
「文章を書くのが苦手なんですが、練習して上手くなった方がいいですか?」 よく聞かれるので、そのたびに答える。 わっかんねえ。 いや、実際にはなんか、もうちょっとモゴモゴと当たり障りないこと言う。練習できるなら、した方がいいんじゃない。使うところいっぱいあるし。仕事でも役立つしさ。モゴモゴ。 でも、結局は。 わっかんねえ。 知らねえ。 上手い文章って、なんだろうね。 数行読んだだけで、直感的に「この文章、うんメェェェ〜!?!?」って、丘の上で咽び鳴くヒツジみたいになることは、ある。どうでもいいけど、気になって調べたら、メェーって鳴くのはヤギだった。ヒツジはバァーって鳴いてた。豆知識。 試しに検索してみたら、上手い文章◯ヶ条なる情報が出てきた。 「一文にはひとつの意味しか書かない」「結論から簡潔に述べる」とあり、ヤギだとかヒツジだとか思いついたことをグダグダ垂れ流すのは論外だった。 自分が、文
ばあちゃんの耳が、日に日に遠いところへ行っている。 たぶんもう青函トンネルとあちら側とこちら側くらいの距離がある。 「ごちそうさま」の代わりに「お地蔵様」と言っても気づかなかった。 高い音が聞き取りづらいらしく、声域がソプラノ〜アルトの岸田家ではできるだけ低い声で話さないとなんの連絡もできないので、ヤクザのタマの取り合いみたいなドス声が飛び交う家になってしまった。ヴオオィ、ゴルァ、風呂わいとるでワレェ……! さて。 また、介護保険の認定調査の季節が巡ってきた。 介護が必要な人のところに、調査員が参上し、暮らしぶりをちょっと見たり、質問をしたりして、その結果をもとに「要支援1」とか「要介護2」とかの度合いを決めてもらうやつ。 「あんたはわりと大丈夫そうやね」 となると、度合いは下がり 「あんたはかなり大変そうやね」 となると、度合いは上がる。 人間誰しも健やかでありたいので「大丈夫そうやね」
※メンタルが弱っている現在のことです。そんなにどぎつい書き方はしてないと思うんですが、つられてしんどくなってしまう人はご注意ください。 ※医師や専門家のお話を交えつつ書いていますが、いち個人の、しかも特殊な職業のわたしの話であることをご了承ください。 前回のnoteに引き続き、わたしの心が疲労骨折した話なのだが。 そもそも、なんで疲労骨折したねん。 好きなことを仕事にして、寝不足の翌日は泥のように寝て、夜型だから朝はなんも予定を入れないようにして、家族の心配ごともひとつずつ解決して。 わたしにしては、順調オーライだったはずなのでは。 だって一年前は、母、死にかけてましたし。じいちゃん、死にましたし。あれに比べると、まあ、全然。 完全に昼夜逆転してしまったから? 誤解で保健所に通報されたから? 深夜の打ち合わせがあったから? 二週間くらい集中が必要な仕事を受けたから? 取材やテレビ出演などの
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