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ブックマーク / huyukiitoichi.hatenadiary.jp (46)

  • ヒューゴー、ネビュラ、ローカスと主要SF賞を総なめにした、エモーショナルな往復書簡時間SF──『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』 - 基本読書

    こうしてあなたたちは時間戦争に負ける (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) 作者:アマル・エル=モータル,マックス・グラッドストン早川書房Amazonこの『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』は、アマル・エル=モータル、マックス・グラッドスト二人の共作による、詩的な時間SFである。英語圏における小説の長さの基準的にはノヴェラ(中編)で、書も240ページほどとコンパクトだ。 エモエモ往復書簡時間SF 作がぱっと見で凄いのは、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞と賞的な評価が異様に高いところにある。賞の評価がどれほど高かろうが作品の中身の質の保証にはならないわけだけれども、それなりに期待して読み始めたら、これがたしかにおもしろかった。あらすじとしては、《エージェンシー》と《ガーデン》という二大勢力が時空の覇権をかけて争う──といった感じで、何の新鮮味もない。 だが、実際には

    ヒューゴー、ネビュラ、ローカスと主要SF賞を総なめにした、エモーショナルな往復書簡時間SF──『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』 - 基本読書
  • 七つの作中作を通して殺人ミステリを数学的に定義しようと試みる本格ミステリ──『第八の探偵』 - 基本読書

    第八の探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 作者:アレックス パヴェージ発売日: 2021/04/14メディア: Kindle版この『第八の探偵』は、7つもの作中作が入り乱れるイギリス作家による格ミステリである。著者アレックス・パヴェージは書がデビュー作となるが、異様に凝った作りの作品であり、こんな才能がどうやったら突然出てくるんだ、と驚いてしまった。 殺人ミステリを数学的に定義する 書の中で展開される作中作はすべてグラント・マカリスターという作家が書いた作品なのだけれども、グラントによればこの短篇はすべて、彼が1937年に書いた研究論文に沿って生まれた作品なのだという。論文のタイトルは『探偵小説の順列』といい、その目的は「殺人ミステリを数学的に定義することだった」と語られている。 「でも、どうやってです? 文学の概念を定義するのに、数学をどう使うんです?」 「もっともな疑問だな。では、

    七つの作中作を通して殺人ミステリを数学的に定義しようと試みる本格ミステリ──『第八の探偵』 - 基本読書
    axkotomum
    axkotomum 2021/05/24
  • あり得たかもしれない宇宙開発史を描き出す、主要SF賞総なめの話題作──『宇宙へ』 - 基本読書

    宇宙【そら】へ 上 (ハヤカワ文庫SF) 作者:メアリ ロビネット コワル発売日: 2020/08/20メディア: Kindle版宇宙【そら】へ 下 (ハヤカワ文庫SF) 作者:メアリ ロビネット コワル発売日: 2020/08/20メディア: Kindle版この『宇宙(そら)へ』は、メアリ・ロビネット・コワルによる、1950年代の女性の計算者&パイロットの物語を描き出す、宇宙開発系のSFである。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞というアメリカの主要SF関連賞を総なめにした、SFにおける今年最大の話題作のひとつ。僕はそもそも、SFとしては現実的な科学に根ざして宇宙を舞台に展開する物語、宇宙開発系と言われるサブジャンル全般が特に好きだから、作にも大いに期待していたんだけど──いやーこれはおもしろかった! 主な舞台となっているのは先に書いたように1950年代のアメリカだが、この世界は我々の

    あり得たかもしれない宇宙開発史を描き出す、主要SF賞総なめの話題作──『宇宙へ』 - 基本読書
    axkotomum
    axkotomum 2020/08/21
  • ドイツと日本が世界の覇権を競っている西暦2600年を描き出す、1937年刊行のディストピアSFの古典──『鉤十字の夜』 - 基本読書

    【送料無料】 鉤十字の夜 / キャサリン・バーデキン 【】 価格: 2750 円楽天で詳細を見る『鉤十字の夜』は、キャサリン・バーデキンによって書かれたイギリスのディストピアSFである。刊行年は1937年で、ディストピア系の代表作のひとつオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』が1932年刊行だから、相当(ディストピア物としては)早い時期の作品になる。この、1月に刊行されていて認識はしていたのだけれども、水声社の方針としてAmazonに配しないので、買い忘れたままになっていた。 キャサリン・バーデキンという名前も『鉤十字の夜』も聞いたことがなかったのだけれども、訳者解説によると、どうも英語圏においてさえ著名な作家というわけではないらしい。というのも、もともと作もマリー・コンスタンティンという男性名として発表されたもので、長らくそれがキャサリン・バーデキンの変名であると明かされてい

    ドイツと日本が世界の覇権を競っている西暦2600年を描き出す、1937年刊行のディストピアSFの古典──『鉤十字の夜』 - 基本読書
  • 電子生命の生きる道はどこにあるのか──『キャサリンはどのように子供を産んだのか?』 - 基本読書

    キャサリンはどのように子供を産んだのか? How Did Catherine Cooper Have a Child ? (講談社タイガ) 作者:森 博嗣発売日: 2020/02/21メディア: 文庫講談社タイガで刊行中の、森博嗣によるWWシリーズ『それでもデミアンは一人なのか?』に次ぐ第三巻である。(今作に限らず)独立性の高い作品なので、どこから読み始めても問題はない。このシリーズでは、人工的に作られた有機生命体であるウォーカロンが存在し、人間はいくつかの事情から子供がほぼ生まれなくなった。その一方で寿命はのび、ひどい事故以外では死ななくなった未来の世界を描き出していく。 huyukiitoichi.hatenadiary.jp 世界観とか このシリーズの特徴は、ヴァーチャルの比重が増し、リアルが縮小していく世界を描き出している点にある。現代でも多くの人がVR機器を楽しんでいるが、このW

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  • 年収が上がれば上がるほど幸せになれるのか?──『幸福の意外な正体 ~なぜ私たちは「幸せ」を求めるのか』 - 基本読書

    幸福の意外な正体 ~なぜ私たちは「幸せ」を求めるのか 作者:ダニエル ネトル出版社/メーカー: きずな出版発売日: 2020/01/28メディア: 単行(ソフトカバー)幸福とはほとんどの人にとっての人生の目標なのではないだろうか。「いや、自分は不幸になる権利が欲しいです」という『すばらしい新世界』的な人もいなくはないだろうが、少なくとも僕は幸福でありたいと思う。自分の幸福ももちろんだが、近くにいる手の届く人たちも幸福でいてくれたらそれ以上はいうことはない。 だが、そもそも幸福とは何なのだろうか。ほしかったものを手に入れた時、おいしいものをべた時、僕は幸福を感じるが、どれほどの幸せでもすぐに慣れてしまうのはなぜなのか。年収の高い人は低い人よりも幸せなのか。幸福感と生活の質はどの程度関係しているのか、自分の幸せを維持するために、何をどうしたらいいのだろう。 書は、そうした数々の疑問につい

    年収が上がれば上がるほど幸せになれるのか?──『幸福の意外な正体 ~なぜ私たちは「幸せ」を求めるのか』 - 基本読書
  • 自由は国家の成立過程の中で、どのように獲得されるのか──『自由の命運:国家、社会、そして狭い回廊』 - 基本読書

    自由の命運 上: 国家、社会、そして狭い回廊 作者:ダロン アセモグル,ジェイムズ A ロビンソン,Daron Acemoglu,James A. Robinson出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2020/01/23メディア: 単行自由の命運 下: 国家、社会、そして狭い回廊 作者:ダロン アセモグル,ジェイムズ A ロビンソン,Daron Acemoglu,James A. Robinson出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2020/01/23メディア: 単行この『自由の命運 : 国家、社会、そして狭い回廊』は、『国家はなぜ衰退するのか』で、豊かな国と貧しい国の分かれ目となるのは、国の中にある政治・経済上の「制度」なのだ、と膨大な国の歴史・発展過程を計量的な実証研究を通して導き出していったダロン・アセモグルアンドジェイムズ・A・ロビンソンによる最新作である。 作においてテ

    自由は国家の成立過程の中で、どのように獲得されるのか──『自由の命運:国家、社会、そして狭い回廊』 - 基本読書
  • 政策立案は生物学の一分野である──『社会はどう進化するのか:進化生物学が拓く新しい世界観』 - 基本読書

    社会はどう進化するのか——進化生物学が拓く新しい世界観 作者:デイヴィッド・スローン・ウィルソン出版社/メーカー: 亜紀書房発売日: 2020/01/24メディア: 単行人間個人も、人間社会も、進化による大きな影響を受けている。ゆえに、現代の諸問題を解決し、政策を立案するにあたっては進化論を前提とした確かな知識が必要とされる。単純化してしまえば、それがこの『社会はどう進化するのか』の主張である。 進化の仕組みが我々を現状の機能と特徴を持つ個体にしたのはそうだろうけど、現代の問題を解決するためにその知識が必要だというのはなんか違くない? と思うかもしれない。が、実はそこには深い繋がりがあり、進化論を無視して問題を解決しようとしてもうまくいかないのだ──ということが一冊かけて訴えかけられていくのだ。 書の課題は、政策立案が生物学の一分野であることを示す点にある。政策の標準的な定義は、「政府

    政策立案は生物学の一分野である──『社会はどう進化するのか:進化生物学が拓く新しい世界観』 - 基本読書
  • 『三体』の劉慈欣が「近未来SF小説の頂点」とまで言った、ページをめくる手が止まらない圧巻の中国SF──『荒潮』 - 基本読書

    荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) 作者:陳 楸帆発売日: 2020/01/23メディア: 新書この『荒潮』は中国のSF作家を代表する一人と言われる陳楸帆による初の(そして今のところ唯一の)長篇SF小説である。陳楸帆の小説は、日でも刊行された現代中国SFアンソロジーである『折りたたみ北京』にも短篇「鼠年」が載っている。 この「鼠年」は、中国で遺伝子改造されたラットの逃亡と、その駆除隊に入った底辺層の駆除隊の青年を通して中国社会の苦境と世界を支配するゲーム・ルールを描き出していく、ローカル性とグローバル性が適度にブレンドされ、そこからさらにSFならではの情景に繋がっていく圧巻の短篇で、アンソロジー全体の中でも群を抜いておもしろかった。また、この『荒潮』は英語や、原語で読んだ人の評判もずば抜けて高く、最初から期待していたのだが──、実際読んでみたらこれがもうめちゃくちゃおもしろい! 久し

    『三体』の劉慈欣が「近未来SF小説の頂点」とまで言った、ページをめくる手が止まらない圧巻の中国SF──『荒潮』 - 基本読書
    axkotomum
    axkotomum 2020/02/01
    三体もまだ読んでないのに…
  • 存在しない書物についての書評集にして、レムの代表作の一つ──『完全な真空』 - 基本読書

    完全な真空 (河出文庫) 作者:スタニスワフ・レム出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2020/01/07メディア: 文庫この『完全な真空』は『ソラリス』のスタニスワフ・レムの代表作のひとつにして、存在しない書物についての書評集である。もともと単行として国書刊行会から1989年に出ていたのだが、今回それがはじめて(河出から)文庫化とあいなった。 僕は数あるレムの著作の中でも書と、存在しない書物への序文だけで構成されている『虚数』を最も愛している。だから、今回『完全な真空』が文庫になったと知った時は大変に嬉しかったものだ。もちろんすでに単行で読んでいるが、この広大な想像力を一冊の中に閉じ込めた、人生の中でも特別な位置を占めるこのような傑作が文庫の形で棚に鎮座している事実は、ひっそりと僕に勇気を与えてくれる。 レムの作品をたとえひとつも読んだことがなかったとしても、このを読めば

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  • 『暴力の人類史』のピンカーが語る、理性と共感によって未来がより豊かになっていく根拠──『21世紀の啓蒙:理性、科学、ヒューマニズム、進歩』 - 基本読書

    21世紀の啓蒙 上: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩 作者:スティーブン ピンカー出版社/メーカー: 草思社発売日: 2019/12/18メディア: 単行この『21世紀の啓蒙』は、『暴力の人類史』で一躍その名を轟かせたスティーヴン・ピンカーによる啓蒙の啓蒙の書である。ピンカーのいうところの啓蒙主義は、『わたしたちは理性と共感によって人類の繁栄を促すことができる』ことに原則をおく。 そして、書でピンカーは、これまで世界は一時的な停滞や後退こそあれど、全体的には理性や共感、科学にヒューマニズムで進歩してきたし、これからもするだろうという「啓蒙主義」が間違っていないのだと擁護・主張する(だから啓蒙の啓蒙の書なのだ)。だが、ピンカー自身が『二〇一〇年代後半は、進歩の歴史とその要因についてを出すのにいい時期だとは思えない。わたしがこのを書いている今、わが国、アメリカ合衆国はこの時代を否定的

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  • 《天冥の標》から『息吹』まで、多数の傑作SFが刊行された2019年を振り返る - 基本読書

    息吹 作者:テッド・チャン出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2019/12/04メディア: 単行 傑作揃いの短篇集 今年のSFでまず中心的に語っておきたいのは*1、素晴らしい短篇集が多数出たことだ。たとえばテッド・チャン『息吹』は著者一七年ぶりのSF短篇集で、『メッセージ』の題名で映画化された短篇を含む前作『あなたの人生の物語』を上回る密度を誇る傑作ぞろい。中でも表題作「息吹」は我々の世界とは仕組みが異なる異世界の生活や原理を緻密に描き出しながら、一人の科学者の脳科学・物理学の追求を通して世界の真実に至ろうとする物語で、三〇ページほどの中に世界を探求することの喜びが緻密に織り込まれている。この一〇年で読んだ中で最上の一篇である。 ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF) 作者:グレッグ イーガン出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2019/03/31メディア: Kindle版他、外

    《天冥の標》から『息吹』まで、多数の傑作SFが刊行された2019年を振り返る - 基本読書
    axkotomum
    axkotomum 2020/01/10
  • 今年も早川書房が海外SF作品の電子書籍セールをはじめたので、新刊を中心におすすめをピックアップ! 2019年版 - 基本読書

    ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF) 作者:ウィリアム ギブスン出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2017/04/30メディア: Kindle版この数年は毎年の恒例となっている早川書房の海外SF作品電子書籍セールが今年も(2019年)このぎりぎりの年の瀬に始まったので、SFマガジンの海外SF書評欄の連載担当として今年もおすすめをピックアップいたします。全体は下記参照。 www.hayakawabooks.com 毎年セールの顔ぶれが違うのでおすすめする作品もがらっと変わってくるのだけれども、今年ありがたいのはウィリアム・ギブスンによるサイバーパンクの金字塔『ニューロマンサー』や『クローム襲撃』や『ディファレンス・エンジン』が入っていることかな。他、アシモフのファウンデーションシリーズや、ヴォネガットやクラークやディックの諸作品など、有名どころが勢揃い。 特にギブスンの作品はどちらかと

    今年も早川書房が海外SF作品の電子書籍セールをはじめたので、新刊を中心におすすめをピックアップ! 2019年版 - 基本読書
  • ネットワークという観点から近年の歴史を語り直す──『スクエア・アンド・タワー:ネットワークが創り変えた世界』 - 基本読書

    スクエア・アンド・タワー(上): ネットワークが創り変えた世界 作者:ニーアル ファーガソン出版社/メーカー: 東洋経済新報社発売日: 2019/12/06メディア: 単行スクエア・アンド・タワー(下): 権力と革命 500年の興亡史 作者:ニーアル ファーガソン出版社/メーカー: 東洋経済新報社発売日: 2019/12/06メディア: 単行「スクエア・アンド・タワー」、直訳すると「広場と塔」というのは不思議な書名だが、これはそれぞれネットワーク型と階層型の社会や人間関係全般をさしている。 たとえば、人間の暮らしはこれまで多くの場面において階層型の構造が支配的であった。上に立つ人間が下の人間に情報や命令を伝え、それが下の人間へと広がっていく「塔」の構造。一方近年はネットワーク優位な時代といわれる。単純に階級に応じて力の強さが決まる階層型に対して、水平に広がった集団の中での力関係は、複数

    ネットワークという観点から近年の歴史を語り直す──『スクエア・アンド・タワー:ネットワークが創り変えた世界』 - 基本読書
  • すべての車が自動運転車になった時、社会の形は激変している──『ドライバーレスの衝撃—自動運転車が社会を支配する』 - 基本読書

    ドライバーレスの衝撃—自動運転車が社会を支配する 作者:サミュエル・I・シュウォルツ出版社/メーカー: 白揚社発売日: 2019/12/07メディア: 単行この『ドライバーレスの衝撃』は、日々その支配を増しつつある自動運転車について語られた一冊である。自動運転車といっても、今まで人間が運転していた車が一部自動運転に変わるだけで、社会なんて変わらないでしょう、ましてや支配とは、と思うかもしれないが、書を読めばその意味するところはすぐ理解できるだろう。 実際、車の多くが自動運転者に置き換わっていく過程で、道路の形がかわり、人々の生活がかわり、文化もかわると想定され、さらにはその選択いかんによっては人命が失われたり環境破壊がより進展したりといった悪影響も想定されるのである。たとえば、米国の全雇用の七分の一が輸送に関わっているというが、もし仮にこれがすべて自動運転車に置き換わったら、その分の雇

    すべての車が自動運転車になった時、社会の形は激変している──『ドライバーレスの衝撃—自動運転車が社会を支配する』 - 基本読書
  • 月から飛来したウィルスが船橋を恐怖に叩き落とす、圧巻のディザスター・ミステリ──『月の落とし子』 - 基本読書

    月の落とし子 作者: 穂波了,Kanehira K出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2019/11/20メディア: 単行この商品を含むブログを見るこの『月の落とし子』は穂波了のデビュー作(ただし別名義でのデビュー作あり)にして、第9回アガサ・クリスティ賞の大賞受賞作である。刊行前からどうやら最初の舞台は月面からはじまるSFライクなミステリィであると聞いていて期待していたんだけど、実際に読んでみたらいやあこれは凄い! 「新人のデビュー作としては凄い」とかいう限定や留保なしに、単純に滅茶苦茶おもしろいエンターテイメント小説だ! ざっとあらすじを紹介する。 特に宇宙飛行士の月面探査中にウィルスの感染・発症が発覚する前半100ページは今年読んだ小説の中でもトップクラスの引き込み力で、そこで慣性をつけられてそのまま読み切ってしまった。物語冒頭はまず、栄光に満ちた人類のミッションから始まる。月面

    月から飛来したウィルスが船橋を恐怖に叩き落とす、圧巻のディザスター・ミステリ──『月の落とし子』 - 基本読書
  • 技術がもたらした価値観の変容が事件へと密接に関わってくるSFミステリ短篇集──『ベーシックインカム』 - 基本読書

    ベーシックインカム 作者: 井上真偽出版社/メーカー: 集英社発売日: 2019/10/04メディア: 単行この商品を含むブログを見るベーシックインカムと言うと、普通は全国民に一律3万なり10万なりといった一定額を定期的に振り込み続ける、最低給付保障をさす言葉である。僕もつい先日これについての記事を書いたばかりだが、記事で取り扱う『ベーシックインカム』は、森博嗣、西尾維新、清涼院流水ラインの最先端ミステリ『その可能性はすでに考えた』などで知られる井上真偽の最新作にして、SFミステリ連作短篇集である。 huyukiitoichi.hatenadiary.jp 僕もこの作品は圧倒的なキャラの強さ、推理における演出のトンデモさとそれを支えるロジックの鮮やかさで大いに楽しませてもらった。そうはいっても、SFミステリはどうじゃろか……と思いながら読んだけれども、これがきちんとおもしろい。短篇はど

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  • 科学的で現代的な「人を動かす」──『事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学』 - 基本読書

    事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学 作者: ターリシャーロット,上原直子出版社/メーカー: 白揚社発売日: 2019/08/11メディア: 単行この商品を含むブログを見る事実では人の行動は変わらないという。議論をしたときに「これこれこういう事実がある」という主張をしても相手の意見が変えられなかった、ということは多かれ少なかれみな体験しているものではないだろうか。たとえば、アメリカではワクチンを摂取することで知的障害などが発生するリスクがあるというデマが拡散して、そのせいで百日咳やおたふく風邪が今更蔓延するというアホくさい状況が発生している。 ワクチンによって知的障害リスクが上がるのは完全にデマなので、科学的な事実の啓蒙を行えばいいでしょ、と思うかもしれないが、実はこれには全然効果がないのである。ある実験では反ワクチン思想を持つ親を集め、麻疹にかかった子どもの痛まし

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  • 日本の新本格ミステリに傾倒した著者による、もう二度と戻ってくることのない青春が蘇るような本格学園華文ミステリ──『雪が白いとき、かつその時に限り』 - 基本読書

    雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ) 作者: 陸秋槎,中村至宏,稲村文吾出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2019/10/03メディア: 新書この商品を含むブログを見る前漢時代の百合ミステリで(僕の)度肝をぬいた『元年春之祭』の陸秋槎による学園ミステリがこの『雪が白い時、かつその時に限り』である。陸さんは北京生まれの中国作家ではあるものの現在は金沢在住。日語も当然のように使いこなし、日のアニメ・格ミステリに対する造詣と愛情が深い(のでTwitterアイコンがラブライブ)という強烈な存在で『元年春之祭』の時から注目していたが、今作も当に凄い。 『元年春之祭』はいろいろなフックを構えて、技巧的に構成しながらそこに自身の趣味を詰め込んでいくある種の抑制を感じる作品だったが、それと比べるとこの『雪が白い時、かつその時に限り』は完全無欠に趣味大暴れというか、好きな要素

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  • 最先端物理理論の提唱者が語る、時間の実態──『時間は存在しない』 - 基本読書

    時間は存在しない 作者: カルロ・ロヴェッリ,冨永星出版社/メーカー: NHK出版発売日: 2019/08/29メディア: 単行(ソフトカバー)この商品を含むブログを見る時間は存在しない、といきなり言われても、いやそうは言ったってこうやって呼吸をしている間にもカチッカチッカチッと時計の針は動いているんだから──とつい否定したくなるが、これを言っているのは、一般相対性理論と量子力学を統合する、量子重力理論の専門家である、職のちゃんとした(念押し)理論物理学者なのである。 名をカルロ・ロヴェッリ。彼が提唱者の一人である「ループ量子重力理論」の解説をした『すごい物理学講義』は日でもよく売れているようだが、書はそのループ量子重力理論から必然的に導き出せる帰結から、「時間は存在しない」ということをわかりやすく語る、時間についての一冊である。マハーバーラタやブッタ、シェイクスピア、『オイディプ

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