書名を見て、自動車好きの人はフィアットの本だと思うかもしれない。ルパン三世の愛車、チンクエチェント(フィアット500)で知られる自動車メーカー。だが本書はフィアットと同じくイタリア北部の都市、トリノで生まれた出版社の興亡を描くノンフィクションである。とはいえ、フィアットが無関係というわけではない。1943年にムッソリーニが失脚すると、イタリアはナチス傀儡(かいらい)政権の北部と、連合軍に降伏し
(デコ・3240円) 作り手の愛情がこもった小宇宙 しおりの収集家がいたとは驚く。 しおり(栞、英語ではブックマーク、フランス語ではシニエ)。ふだんあまりに見慣れているためにかえって目にとめない。実際、切手や絵葉書、書票などの収集家はいても、しおりを集め、その歴史を研究する人は珍しい。 著者は長年、出版社で働いてきた。ある時、しおりに興味を持った。一般に本の付属品、消耗品と軽く扱われてしまうしおりだが、よく見るとどれも美しい。多種多様でどれにも作り手の愛情がこめられている。 そのことに気づいてから著者はしおりを意識的に集め始める。「細く長い紙製のもの」を見るとつい手が出てしまうほど、しおりの小宇宙にのめりこむ。
ある衝撃的な発見 船を住まいとした漂海民、山中に庵を結んだ箕づくり、放浪する芸人や修験者――日本列島の周縁には、つい数十年前までさまざまな漂泊民が生きてきた。かれらに心惹かれるのは私だけではないだろう。「私たちの知らぬところに、私たちとは別の世界が存在」してきたという民俗学者の宮本常一の言葉に、どれほど胸をときめかせたか。 かれらの漂泊性、呪能、芸能は、しばしば縄文と結びつけて語られてきた。はたしてそうなのか。縄文文化の終焉から二千年以上経つ。それは根拠の薄弱な、縄文に仮託されたロマンにすぎない。考古学の研究者である私はそう考えてきた。その私が今回、海辺、北海道、南島という列島の周縁や漂泊民のなかに縄文の思想が生き残ってきたという、『縄文の思想』(講談社現代新書)を上梓することになった。 本書の核をなすのは、周縁の人びとが共有してきた縄文神話の議論だ。数年前の私なら、縄文神話という言葉を聞
歴史叙述における「キマイラの原理」 ──カルロ・セヴェーリ『キマイラの原理』、ティム・インゴルド『メイキング』ほか カルロ・セヴェーリ『キマイラの原理 ──記憶の人類学』 (水野千依訳、白水社、2017) 『キマイラの原理──記憶の人類学』(水野千依訳、白水社、2017)で著者カルロ・セヴェーリは、病人を前に治療者としてのシャーマンが朗誦する歌の効果を分析するにあたり、それを一種の「図像」として解読している。それはすなわち、歌を構成する言葉の意味の次元ではなく、聴覚的な表現形式そのものに注目することである。セヴェーリがそこで依拠しているのは、エルンスト・H・ゴンブリッチの『芸術と幻影』におけるイメージの心理学であり、具体的には知覚プロセスがもとづく視覚的投射のメカニズムだった。たとえば、白い平面に4つの点が配置されているとき、われわれはそこに四角形を視覚的に投射する。物質的には存在せず、暗
著者:橋本 治出版社:集英社装丁:新書(248ページ)発売日:2015-11-17 ISBN-10:4087208109 ISBN-13:978-4087208108 内容紹介: 『古事記』や『源氏物語』など古典を読み解き、錦絵、浮世絵に描かれたセックスのリアリティに迫る。タブーはないがモラルはあるという、世界に類を見ない日本の性文化の豊饒に迫る、驚天動地の日本文化論。 エロスの匂いに惹かれ、本質に無関心日本人は色好みか? この問いの答えはイエスでありノーだ。たとえば日本のメディア空間はきわめて「性的」である。人は死ぬまで性交渉をすべきであると煽(あお)る週刊誌広告が三大紙に掲載される。隣には性的機能を高めるサプリメントの広告。欧米の一流紙ではあまり見かけない光景だ。しかしその一方で、若者の婚姻率や性交渉経験率は年々低下しているという。セックスレスなる現象も、日本に特有とされている。性犯罪
(左右社・4860円) 思索と創造の原動力に 「歩くこと」の精神史を網羅的に論じた大作である。 猿人が直立歩行を始めて以来、数百万年の時を経て、歩行はサバイバルのための生物的戦略から、思索と創造の原動力、推進力へと変わっていった。欧州において文化的歩行の原点には、思索する散歩者ルソーがいる。 第一部「思索の足取り」は、身体を通じた歩行と思考の連動を論ずる。なぜ近現代人は歩くと考えられるのだろう? ひとつには、ディストラクション(気を散らすもの・こと)という抵抗要素があるのではないか。キェルケゴールは、街の喧騒(けんそう)から離れるより、騒乱に抗して思考するからこそ、無限に湧きでる想念を受け止められる、と言う。 一方、歩行は祈りや信仰の発露でもある。その巡礼の精神は、古来の聖地参りから、患者の支援金集めの「エイズ・ウォーク」にも見られるだろう。身体を使って一歩一歩移動していく真摯(しんし)さ
無文字社会における記憶の実践は、口承的でしかないのか? レヴィ=ストロースの衣鉢を継ぐ人類学者の主著 文字なき社会において「記憶」はいかに継承されるのか。 西洋文化のかなたに息づく「記憶術」から人間の「思考形式の人類学」へと未踏の領域を切り拓くレヴィ゠ストロースの衣鉢を継ぐ人類学者による記念碑的著作。【本邦初紹介】 埋もれたヴァールブルクの遺産 来たるべき《イメージ人類学》へ オセアニアの装飾、ホピ族の壺絵、アメリカ先住民やクナ族の絵文字、アパッチ族の蛇=十字架、スペイン系入植者末裔のドニャ・セバスティアーナ――言葉とイメージのはざまに記憶のキマイラが結晶する。 「これまで「口承的」と呼ばれてきた無文字社会において、「記憶」はいかに生み出され、継承されるのか。記憶、コミュニケーション、そして人間の思考そのものに、言葉とイメージはいかなる役割を果たしているのか。記憶が社会的に共有される「儀礼
日本西洋古典学会の公式ホームページです。学会や学会誌の情報を始め、西洋古典学に関する様々な情報を掲載しています。 バルバラ・グラツィオージ『オリュンポスの神々の歴史』を訳し終えて おかげさまでこのたび白水社より『オリュンポスの神々の歴史』の邦訳を上梓することができました。著者のBarbara Graziosiの名前は、ホメロスを勉強している方なら一度は目にされたことがあるのではないかと思います。なかなかおもしろい本を書く研究者です。 翻訳のきっかけは、The Gods of Olympus: A Historyが白水社から送られてきたことでした。これを日本語に訳するだけの価値があるかどうか判断してほしいと依頼されたのでした。2013年10月、原著がイギリスで発刊される直前のことでした。大急ぎで通読してみるととてもおもしろかったので、翻訳に値すると思いますというお返事を出したところ、ではどこ
■「理科」と「経世済民」で照らす 著者大塚英志はアニメやサブカルチャー論で知られているが、大学では民俗学を千葉徳爾の下で学び、その後もその問題を考えてきた人である。千葉は柳田国男の弟子であった。著者にとって、柳田について考えることと、千葉について考えることは切り離せない。そして、千葉を通して考えることは、通常考えられているのとは違った柳田を見いだすことになる。 民俗学はもともとロマン派文学的であり、それはドイツではナチズムにつながり、柳田の弟子たちもその影響を受けて「日本民俗学」を作りあげた。柳田はそれを退けた。そして、そのような柳田の側面を受け継いだのが千葉である。二人には、共通する面がある。その一つは、彼らがいわば「理科」的であったことだ。千葉徳爾は自らを地理学者と呼び、民俗学者であることを否定した。柳田も自分の学問を民俗学と呼ぶのを拒み、「実験の史学」と呼んだ。この「実験」という言葉
『黒髪と美女の日本史』(平松隆円/水曜社) 髪は女の命。艶々としたキレイな髪の毛は、いつの時代でも変わらない女性の美徳だ。『黒髪と美女の日本史』(平松隆円/水曜社)は、日本における髪型史を、女性を中心にまとめ、黒髪と美女の関係を明らかにした異色の一冊である。 平安時代の女性の髪型である垂髪(垂らした髪の毛)は、長ければ長いほど美しいとされていた。背丈より長く、扇のように広がる黒髪が魅力であったのだ。もちろん、長いだけではなく、艶やかな髪であることも必須条件だ。そのために、一日に何度も髪を梳(す)き、泔 (ゆする)という米のとぎ汁や美男葛(びなんかずら)という実葛(さねかずら)の蔓の粘液などが洗髪・整髪のために用いられていた。 率直に「そんな長い髪の毛で邪魔じゃないの?」「歩けなくない?」と疑問に思うが、床に広がるような長い髪の毛は支配階級の公家層のもの。労働に従事している女性たちは髪を短く
トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書評 > 記事一覧 > 記事 【書評】 化粧の日本史 山村博美 著 Tweet 2016年7月24日 ◆文化を映して移ろう [評者]和田博文=東洋大教授 日本人の化粧はどのような文化的特性を持ち、どのように変化してきたのだろうか。化粧の範囲は広いが、本書は中心をメイクアップにしぼることで、通史を描き出すことに成功している。 歴史は以下の三期に分けられる。(1)大陸風の化粧が流通する平安前期まで(2)日本の伝統的な化粧が成熟する江戸時代まで(3)欧米風の化粧が一般化する現在まで。日本の伝統的な化粧は、白・赤・黒の三色である。このうち中国や朝鮮半島になかったのはお歯黒。化粧したのは女性だけではない。平安後期には公家の男性に、やがて身分の高い武士に、化粧が広まっていく。戦国時代の島津家ではお歯黒が日常の身だしなみになっていた。 化粧
大名行列を前にした庶民はウンチング・スタイルだった ◆『「おじぎ」の日本文化』神崎宣武・著(角川ソフィア文庫/税抜き880円) 日本人はおじぎが好きである。握手し合って、その上でおじぎをしている。電話の相手にも、おじぎをする。「起立、礼!」わが学んだ中学校では、毎時間ごと、おじぎで授業が始まった。高校野球は、おじぎで始まって、おじぎで終わる。開店時刻のデパートやスーパーは、店員こぞっておじぎで迎えてくれる。 江戸時代には、小笠原流、伊勢流二つの礼儀作法の権威があって、実践のコーチ役を高家(こうけ)といった。時と場合につきものの坐(すわ)る、立つ、歩く、おじぎの仕方をコーチする。吉良(きら)というコーチにいびられたと言って、レッキとした五万石の大名が刃傷に及んだ。まこと日本は礼の国である。
十九世紀末から二十世紀にかけて、澎湃として反ユダヤ主義の嵐が巻き起こるが、他方においてプルーストの小説におけるスワンのように、裕福なユダヤ人が上流社交界において目覚ましい活躍を見せるということがある。ここには何か重要な関係があるのであろうか? 反ユダヤ主義ついて、詳しい労作(『全体主義の諸起源』第一部反ユダヤ主義)をものしたアレントを導きの糸にしながら、この問題に肉薄しよう。 絶対王政下では、ユダヤ人は宮廷の金貸しとして重要な役割を果たしている。しかし彼らは、国家事業(軍需、徴税、貨幣鋳造、鉱山、塩など)とだけ関係した。製造業はユダヤ人の関心の対象ではなかったのだ。技術開発など産業資本主義に適応するエトスがユダヤ人には希薄だったからである。 以後、長い間ユダヤ人金融家は、国家の側からは財政を支えながら(社会的異分子であるため)政治的野心は持たず、またユダヤ人同士の国際的ネットワークを持つこ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く