大塚久雄といえば、戦後日本の進歩的文化人の代表格で、西洋経済史の権威で、日本の封建性を口を極めて批判した人として知られていますが、その彼が戦時中に極めて反ユダヤ的な言辞を弄していたことは、中野敏男が暴露するまで知られていませんでした。 このことを詳細に検証したのが恒木健太郎の『「思想」としての大塚史学』です。 それは1943年に『経済学論集』に掲載された「マックス・ウェーバーと資本主義の精神-近代社会における経済倫理と近代工業力」の一節で、 ユダヤ人のうちに、かの「寄生的」(非生産力的)な営利「慾」が純粋培養に近い姿で見出されることは、ヒットラーを待つまでもなく、すでにウェーバーが、むしろ彼こそが、強調してやまなかったところである。 と、露骨にナチス賛美、ユダヤ人排撃をあらわにしていますが、戦後こういう表現はすべて温和化されて繰り返し刊行され、戦後日本における経済史学の中心に居続けました。