相互理解と再読に関するnjamotaのブックマーク (8)

  • 平田オリザ氏炎上にみる、コミュニケーション教育は「他者と相互理解する能力」を害しているという現実|ヒラヤマ タカシ

    平田オリザ氏が炎上している。私はこのことを劇作家としての平田氏や、「演劇業界」の責任に帰する気はない。 芸術保護と国家の関係にもとりあえず足を踏み入れない。しかし、平田氏が活動してきた「コミュニケーション教育」業界は、致命的な欠陥、矛盾を孕んでおり、今回の炎上は、単なる個人のディスコミュニケーションを超え、その決定的な表出だと考える。のみならず、そもそもこの炎上の構造自体を作り出したのも、「コミュニケーション教育」自身であるとみなす。それゆえに、その観点からは、批判は免れ得ない。 結論から言おう。今回の炎上の原因は、日のコミュニケーション教育が、単なる「伝える力」技術論にとどまり、「相互理解」の非対称性と、「理解する力」をあまりにも軽視してきたことだ。その結果、「コミュニケーション能力」とされるものを高めれば高めるほど、むしろ他者との相互理解から遠ざかるという病的な構造を生み出した。「コ

    平田オリザ氏炎上にみる、コミュニケーション教育は「他者と相互理解する能力」を害しているという現実|ヒラヤマ タカシ
    njamota
    njamota 2020/05/11
    最近のコミュニケーション教育は伝える力偏重で理解する力の涵養を欠いている、そもそも聞き手に理解しようとする動機がなければ能力があっても相互理解は成立しない、教育どうする?という指摘。これは深いねぇ。
  • 五味馨 on Twitter: "仕事というのは、本質的に、他の誰かが必要とすることをその人になり替わってすることです。医療も同じ。全ての人が自分の罹った(罹りうる、罹ったかもしれない)疾病について詳しい知識と治療技術を持って診断し判断することは技術的に事実上不可能なので、それに替わって医師が診断し治療する。"

    njamota
    njamota 2016/03/19
    「仕事というのは、本質的に、他の誰かが必要とすることをその人になり替わってすること」その人がその専門家になり専門的体制を構築することで、各自がやるよりも効率化する。その結果として今の世界が出来ている。
  • 「なんでわかってくれないの」で思考を停止していませんか? 〜夫婦げんかの根っこにあるもの - スズコ、考える。

    白い犬先輩からの課題 ちょっと前に書いたエントリ、確かこれだったと思うのだけど suminotiger.hatenadiary.jp そのときに私がはてなの師を仰ぐ白い犬先輩から「この手の夫婦関係のネタ何回も見て来たしそろそろ総括的なエントリを書いたらどうだろうか」と助言を頂いておりまして、そのことが自分の中で一つの課題としてずっと残っていました。 きっかけとなったツイート 昨日、TLに並ぶツイートをチラホラと眺めながら、ふと考え始めたこと、それがその頂いた助言とリンクしてなんとなくまとまりそうなので今日はそれを書いてみたいと思います。 考えるきっかけになったツイートは、道ばたでいきなり我が子を触られたら怖いよねっていう話だったんだろうなと思うのだけど、その中で同年代の多いTwitterでは賛同が集まるけど年上が多いと思われるFacebookでは叩かれてるという、その中でなんでこんなに丁寧

    「なんでわかってくれないの」で思考を停止していませんか? 〜夫婦げんかの根っこにあるもの - スズコ、考える。
    njamota
    njamota 2015/07/15
    自分の”わかる”が他人から見ると違って見える、という可能性に思い至らないと、互いに理解し合うところまで行かれないのではないか。”わかる”それ自体に善悪等の評価がくっついてるので、それを削がないと。
  • 花火のあとで - 傘をひらいて、空を

    おねえちゃん、今日はなにができるの。家主が訊くとその日のシェフである彼女はひどく気前の良い笑顔で、なんでも、と言った。なあんでもできるよ。わあ、どうしよう、と家主は言って、うれしそうに笑った。私と同い年なのに、七つの子どもの母親なのに、その口調にあんまり邪気がないので、私は何だかどぎまぎした。 窓の外の花火が消えて、ホームパーティーの終わりに近づいたころ、隣に彼女がやってくる。私は料理のお礼を言い、とても美味しかったことを話して、それから、あのう、さっきの、と訊く。彼女は上機嫌でなあにと問う。この人がそこいらにいたらぜったい道とか訊いちゃうなと私は思う。さっきのせりふ、すてきですね、ほら、「なんでもできるよ」っていうやつ。ああ、あれは、と彼女は言う。もとは私たちの母のせりふなんです。父は帰宅するとしばしば台所を覗いて、今日はなにができるんだいと訊きました。すると母は言いました。なんでもでき

    花火のあとで - 傘をひらいて、空を
    njamota
    njamota 2013/08/20
    「再就職して亭主取り替えたら、きれいさっぱり治っちゃって、もうあんまり覚えてないくらいなんですよ。私は彼女をながめまわして、基礎体力、と思う。愛情に関して育ちの良い人は、基礎体力がちがう」抑圧と回復
  • EXPERTISE ET GESTION DES RISQUES EN MATIÈRE NUCLÉAIRE

    EXPERTISE ET GESTION DES RISQUES EN MATIÈRE NUCLÉAIRE         共有ログインお使いのブラウザのバージョンはサポートが終了しました。 サポートされているブラウザにアップグレードしてください。閉じる ファイル編集表示ツールヘルプユーザー補助機能デバッグ

    EXPERTISE ET GESTION DES RISQUES EN MATIÈRE NUCLÉAIRE
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    njamota 2012/09/18
    専門家が住民と協同するために「自らの限界を認めること、謙虚に務めを果たすこと…」その理由と具体的に何が必要なのかについての専門知が共有されたら良いと思う。知は人がもたらす以上、独立ではあり得ないと。
  • 「リスクをめぐる専門家たちの"神話"」(2002.10.14) - STS News & Remarks in September & October 2002

    科学・技術と社会に関わるトピックを中心に、ニュースの紹介や寸評、思いつき、覚書きを綴るコーナーです。内容について御意見、ご教示、情報の御提供、お問い合わせがありましたら、ぜひメールをお寄せください。 「リスクをめぐる専門家たちの"神話"」(2002.10.14) 先々週末(10月5日)、原子力安全委員会が開いたパネル討論会「リスク社会で安全を得る−原子力は特別なのか−」に行ってきた。会場は自宅からチャリで10分ちょっとの京都リサーチパーク。7月に東京で開かれたパネル討論会「リスクと、どうつきあうか−原子力安全委員会は語りあいたい」に続く二回目の討論会だ。ファシリテーター役の小林傳司さん(南山大学)からの誘いで、会場からの質疑応答でいろいろツッコミしてくれという半分「サクラ」としての参加だった。 討論会の中身だが、午前中は統計学者の竹内啓先生(明治学院大学国際学部教授)の講演。1時間ちょっと

    njamota
    njamota 2011/04/19
    専門家と一般の間でリスクという言葉の意味や評価軸が共有されていない、専門家側にも神話がある(一般市民は「ゼロリスク」を要求している、とか)、死に加え心的社会的被害に遭う一般が決定に参画する意味、など。
  • 熊森批判と餌付け容認の風潮 - 一本足の蛸

    熊森協会だけが特別に批判されるべきと思えないのだが - 法華狼の日記と熊森だけじゃないほかも問題だ!・・・それで?誰に向けてるの? - ならなしとりを続けて読んで「うーん」と唸ってしまった。 前者の主要な論点は次の段落から読み取ることができる。 つまるところ、野生動物への餌付けに問題性があるという考えが共通理解されてないだけではないのか。猿に餌をやっては駄目だという報道や、その結果として猿が人の餌を狙うという報道は単発的に存在しても、たとえば日常風景で野鳥に餌をやったりする姿は好意的に報じられるだけで慎重さを注意されることはない。 見出しだけを見れば、日熊森協会擁護と受け止められかねないが、文をきちんと読めばそれが誤解だとわかるように書かれている*1。たとえば、 熊森協会も、とりあえず熊の折り紙でも折ってみたらどうだろうと思う。紙がもったいないなら不要なチラシでも使えばいい。 これなど

    熊森批判と餌付け容認の風潮 - 一本足の蛸
    njamota
    njamota 2011/01/01
    どうしてこうなった?法華狼氏の記事は協会の受容者の問題を指摘していて、梨氏が協会の問題を指摘するのとは交差しない視点だと思う。米欄注目。批判vs批判批判。記事のタイトルに反応したということ?
  • たとえそこがどこであっても – ひびのの主張/テキスト作品

    「バイセクシュアル」の主張と、パレスチナの国際連帯運動(ISM/International Solidarity Movement)の非暴力直接行動への参加、イスラエルで「No Pride in the Occupation」と掲げる反占領の立場のQueerグループのこと、セクシュアリティーの話と反戦運動について、総合的にまとめて書いた文章です。ここ数年のわたしの活動のまとめのような文章になっています。超長文。英語版もあり。 (2003年9月 イタリアの雑誌「DeriveApprodi」に寄稿したもの) ●日語版 ●English version ひびのまこと こんにちは。ひびのまことといいます。まずは簡単に自己紹介と、私が活動の中で考えてきたことから始めます。 私は、クイア系の活動家です。単純化して言うなら、「バイセクシュアル」で、最近は「MtXトランスジェンダー」である、と名乗ってい

    njamota
    njamota 2010/07/02
    まいった。世界がなかなか変わっていかない理由が書かれている。すべての人は無意識のうちに共犯者なんだよ。
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