表参道の甲状腺専門病院に行って来た、7:30に受付して既に200番近く、病院を出る9:30頃には受付番号が680番を超えていた、まるで満員電車並みの混雑…毎日毎日この状況…福島を食べて応援とか福島の復興のために汚染水はただの処理水、とか言ってる人、一度この病院に行ってみるといいよ
表参道の甲状腺専門病院に行って来た、7:30に受付して既に200番近く、病院を出る9:30頃には受付番号が680番を超えていた、まるで満員電車並みの混雑…毎日毎日この状況…福島を食べて応援とか福島の復興のために汚染水はただの処理水、とか言ってる人、一度この病院に行ってみるといいよ
https://anond.hatelabo.jp/20170824003435 ・36歳未婚 ・左半身に麻痺のある70歳の父を自宅介護中 ・急に地元に戻ったため就職できず、コンビニ夜勤でアルバイト生活 ・頼れると思っていた兄弟からは助けがまるでない 全然将来の見通したたない。 泣きもした。 父共々死のうとも思った。 立ち上がれない日もあった。 父が死んだら俺も死のうと思ってたりもした。 でも生きてる今のトコ。 あと一歩だけでいいから、自分の気持ちが楽な方に向かうだけのチカラを出してみて。 あとは雪だるま式に心が軽くなる瞬間がくるから。 追記 コンビニ夜勤から帰ってきたら沢山コメントを頂いてたので出来る限り返事させてください。 ってコメント書いてくれた方が読んでくれるかはわかんないけど(笑) ・気楽な方って? 気の持ちようが楽になる考え方ですかね。 追い込まれてる時って視野狭窄度合いが半端
やあやあ、ホルスタインおじさんだよ。 今回はエンディングノートのお話。 エンディングノートって言われても、何かピンと来ない人いるかな? 念の為に解説から入るのね。 エンディングノートとは、人生の終末期に迎える死に備えて自身の希望を書き留めておくノートです。 一般的には、 ・病気になったときの延命措置の希望有無 ・介護が必要になった時の希望有無 ・財産、貴重品に関する情報 ・葬儀に対する希望 ・職場、友人、知人への連絡 ・家族、親族の情報 ・相続に対する考え方 ちなみにエンディングノートは、法的効力を有する遺言とは異なり、存命中や死後の家族の負担を減らすことを目的としてる。 人生何が起こるか分からない。 そして不足の事態に困るのは家族なのね。 右往左往する妻が目に浮かぶ・・・ という訳でエンディングノートを実際に書いてみようと思い立った訳です。 普通に書いてもつまらないので、お金に特化した内
小野田寛郎の話は最初からつじつまがあっていなかった。理由は帰国前から産経を中心とする右翼陣営の『大日本帝国陸軍将校小野田寛郎』という一大キャンペーンがはられたせいだ。 2年前の1972年にグアム島から帰国した残留日本兵の横井庄一軍曹の第一声は、『恥ずかしながら帰って参りました』、であって、28年間所持していた天皇陛下から賜ったはずの銃はすっかり錆びついていてとても使い物にならなかった。 これでは日本帝国陸軍の名がすたる、というので、これは横井庄一氏が単なる一兵卒、しかも市井の縫製屋出身であったからだ、ということであっさり片ずけられてしまった。 小野田氏にとって銃、刀は生存の手段であったということ、彼がとにかくも将校であった、という2つの事実を都合よく結びつけて、右翼陣営は小野田氏を最後の日本兵に祭り上げることに懸命となった。 この背景には小野田氏が帰国した1974年当時の社会情勢がある。
anond.hatelabo.jp 俺の婆ちゃんは95歳。(こないだ97歳で安らかに永眠) 婆ちゃんは自分から話すことは無いが、こちらから聞けば、子ども頃の話、戦争の話など教えてくれる。今は寝たきりで長い間話せないが、忘れないように今まで聞いた話をまとめておく。 日本兵最後の戦死者と同級生だった話 大好きな叔父さんが反戦者だった話 叔父さんが「はだしのゲン」作者の作品に取り上げられている話 図書館を作りたかった叔父さんの本が八王子大空襲で焼けてしまった話 日本兵最後の戦死者と同級生だった話 戦争後も長い間、日本兵として生きていた人物として「横井庄一」や「小野田寛郎」が有名だが、実は、日本兵として"最後に死んだ"兵士「小塚金七」はあまり知られていない。 婆ちゃんはその小塚金七と小中学校が同級生だった。 小塚金七は小野田さんの部下であり、約30年間、戦後もフィリピンのルバング島で日本兵として生
発見直後の横井庄一さん(c)朝日新聞社 終戦を知らないまま、グアム島に28年間も潜伏し、奇跡的な生還を果たした元日本兵・横井庄一さん(享年82)が生誕して100年。週刊朝日では、現地で横井さんを発見した男性を07年8月に取材している。その際にこの男性は、これまで語られなかった“新事実”を明かしていた。年老いた証言者が見た光景とは--。(週刊朝日2007年8月24日号に掲載した記事をニュースサイト「dot.」編集部が再編集しました。年齢は07年8月当時) 「恥ずかしながら生きながらえて帰って参りました」 1972年、28年ぶりに祖国の土を踏んだ元日本兵・横井庄一さんが発した第一声は、あまりにも有名である。 太平洋戦争の記憶が薄らぎつつあった時代に、日本社会に衝撃を与えた奇跡の生還劇。横井さんが亡くなって10年目の7月末、本誌は横井さんの発見者であるマニュエル・デグラシア氏(74)をグアム島に
国立がん研究センターは9日、がんと診断された人を、治療によってどの程度救えるかを示す「5年相対生存率」について、がん治療拠点の約半数にあたる全国188の病院別データを初めて公表した。肝臓、肺がんの生存率はばらつきが大きい一方、乳がんは比較的小さかった。同センターは「病院ごとの特徴を読み取り、受診の参考にしてほしい」と話している。 【グラフ 肺がんと乳がんのステージ別の5年生存率】 2008年にがんと診断された人で、全国の「がん診療連携拠点病院」など425病院のうち、患者の生死を90%以上把握している209病院の21万4469症例を分析した。このうち、188病院が個別データの公表に応じた。 病院別に、患者の多い主要5部位のがん(胃、大腸、肝臓、肺、乳房)の5年生存率をはじめ、患者の年代、がんの進行度を示す病期(ステージ)ごとの患者数などが公表されている。ただし生存率は、治療開始時のがんの
この国会質疑は必見だと思います。今話題の教育勅語の本質が理解でき、歴史を振り返ると共に浮かび上がってくるのは、安倍政権が取り戻そうとしている方向性が、15回もの出兵と4回の戦争を起こした戦前の70年であると、自ずと理解できます。安倍政権が排除されなければならない大きな理由がそこにあると思います。その手段として、森友学園を巡る嘘が暴かれ、政権ごと崩壊すれば良いと思います。 横路孝弘議員の質疑は、問題教師を諭すような校長先生のようで、稲田大臣を救うために改心を促しているようにさえ見えます。これで何かしら変化が起こらなければ、自滅していくしかないと思います。 横路議員:今日は稲田大臣にですね、あなたの歴史観とか、或いは教育観とか、そういうことを主に質問をしますので、自分の言葉でお答えを、考えを率直に言っていただければというように思います。 1つは籠池前理事長が、テレビで発言するのを見たんですが、
安倍晋三は最近、憲法9条の1項2項は残したまま、3項を新設して自衛隊保持を書き込むという、従来の自民党改憲草案とも異なる奇妙な案を主張しだしている。一見、既成事実を追認するだけで大したことではないように見えるこの改憲案がどれほど危険か、福島雅典氏(京大名誉教授)の指摘が重要なポイントを突いていたのでメモ。 東京新聞(7/30): (略) 事実上の軍隊である自衛隊を明記すると、国に憲法上の義務が生ずる。すなわち、国は紛争を抑止するに足る兵力と装備に責任を持たねばならない。自衛隊はすでに集団的自衛と称し、海外で米軍と行動を共にしている。9条に自衛隊を明記することで、この先、どれだけの兵力・装備が要るようになるのだろうか。そもそも自衛隊の人員は足りるのか。それどころか、志願者はほとんどいなくなることが想定される。 となれば、憲法13条の「公共の福祉」に基づいて国民に応分の負担が求められることにな
おれはリバタリアンだけどそういう息苦しい社会は持続可能ではないと思う。 増田が挙げているのは自己責任論というより、自分のもつ特定の思想に反した振る舞いをする人間を罵倒するお墨付きが与えられる社会って感じだ。 本当の自由主義社会は、どんな行いも基本的に(迷惑を掛けない限り)許容され、 それによるどんな類の失敗であっても、ある程度社会がフェイルセーフしようとすることが肯定される社会だ。 増田のと真逆なんだよ。増田モデルは全体主義やファシズムに近い。 そして、自己責任論と結びつけられやすいリバタリアニズムだけれども、 非リバタリアンが想像するリバタリアンは「個人は自分のやることを理性的に判断して行動できる合理的個人である」 と主張して暗に「賢くなれ、さもなきゃ死んで当然」と言わんばかりのマッチョだと捉えられがち。 でもリバタリアンと言われる人の多くはそんなに凝り固まっていない。賢くなることは重要
教育無償化政策の哲学 教育の無償化ないしは投資増加が日本政治において注目を集めています。5月3日に発せられた安倍総理のビデオメッセージでは憲法改正のテーマとして挙げられました。維新は独自の憲法改正案を発表していますし、課題となる財源について、民進党は子ども国債を、自民党若手はこども保険を提案しています。政府の経済運営の指針となる骨太の方針においても間接的に言及が為されるなど、永田町の一つの流行になっているようです。結果として、財源論や制度論の詳細ばかりが先行して、政策の根っこにある哲学について十分に国民的な合意が得られているとは言い難い状況なのではないか。本稿の第一の問題意識は、この点にあります。 思うに、教育の無償化に代表される投資増加策の根本にある発想は大きく二つでしょう。一つは、21世紀という時代が知識や情報が人々の生活に直結する時代であるということ。この時代には、教育にこそ投資をし
安倍首相の突然の辞任表明で始まった自民党総裁選も明日が投票日。麻生派以外の全ての派閥の支持を受けた福田康夫氏が優勢という流れは変わっておらず、サプライズがなければこのまま自民党総裁、総理大臣になるでしょう。 ただ、この福田康夫という人物は、これまで首相候補とされていたにもかかわらず、あまりその人物像を伝える情報がなく、評価に困るところがありました。 そう思っていたところ、SAKAKIさんの「湖北庵通信(旧 浦安タウンの経済学)」*1より、「途転の力学」*2というブログを紹介してもらいました。このブログは福田康夫論を非常に詳細に論じられているのですが、その結論部分で次のようにまとめられています。 <まとめ:福田政権誕生は本当に「悪夢」なのか> というわけで、 ようやく本題の答えを出して締めくくりたいと思うのですが、 果たして「福田政権」誕生は本当に「悪夢」なのでしょうか。 それに対する私の答
日本を動かしているのは政治家ではなく官僚ですよ。 強力な「官僚機構」が政治家に働きかけて、 様々な政策を自身の望む形で成立させてきたのが「日本政治」であり、 そんな中でも「財務省」は官僚ヒエラルキーの頂点。 国家予算を掌握する財務省を蔑ろにする内閣は過去に一度だってありません。 ・・・よくこんな風に言われます。 まあ考えてみればそうでしょう。 国民からどのように「税金」を巻き上げるかを決める「主税局」。 そしてその税金をどのように配分するかを決める「主計局」。 国家の「サイフ」をガッチリと握って、誰にいくら配ろうか・・・。 このいわゆる「予算編成」の権限は非常にデカすぎ。 「一省独裁」とまで呼ばれる財務省は、まさにキングオブ省庁。 「政治家」も他の「省庁」も少しでも多くのお金を分けてもらおうと必死。 みんなで財務省にペコペコと頭を下げる姿は滑稽ですらあります。 どれだけ財務省からお金(予算
安倍晋三首相と加計孝太郎・加計学園理事長の関係を巡り、加計学園が職員を派遣して安倍氏の選挙を応援し、公職選挙法に違反した疑いのあることが、週刊文春の取材でわかった。 複数の加計学園関係者の証言によれば、2009年の衆院選を前に、山口県の安倍氏の選挙応援に職員が派遣されたという。 「若い職員が、受験生確保などの名目で出張していたと聞いています。ただ、学園と組合との団体交渉でこのことが問題になり、職員が有給休暇で“自主的に”選挙運動を手伝った形になったそうです」(組合関係者) 週刊文春が入手した、2009年7月28日付の組合の「要求書」には次のように記述されている。 〈岡山理科大学、倉敷芸術科学大学および千葉科学大学に所属する事務職員が2009年8月末投票予定の衆院議員選挙において、実質強制的に特定政党の選挙運動に動員されていると聞き及んでいる。職場の上下関係において上位にある者が行えば、強要
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く