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高橋幸宏の検索結果1 - 40 件 / 463件

  • 小山田圭吾×荻上チキ 東京オリパラ騒動から2年…小山田圭吾は何を思い、考えたのか〜いじめ、メディア、キャンセル - wezzy|ウェジー

    東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が差し迫った2021年7月19日に、ミュージシャンの小山田圭吾さんが開会式の楽曲制作担当の辞任を発表した。これまでもインターネット上で言及されてきた、雑誌のインタビュー記事での「いじめ発言」が改めて問題視されたことを受けてのものだった。それから約二ヶ月後の9月17日には小山田さんの公式サイトに、いじめ発言が掲載された雑誌記事の背景や現在の心境、謝罪などが書かれた「【いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明】」が掲載され、2022年5月25日に活動再開が発表された。 本記事は、小山田さんと評論家・荻上チキさんとの対談である。小山田さんの当時の心境や出来事を伺うとともに、NPO「ストップいじめ!ナビ」の理事を務める荻上さんにいじめ問題の知見をお話しいただいている。またメディアやSNSを中心としたインターネット上での反応も含めた一連の

      小山田圭吾×荻上チキ 東京オリパラ騒動から2年…小山田圭吾は何を思い、考えたのか〜いじめ、メディア、キャンセル - wezzy|ウェジー
    • 追悼 2023年に亡くなった方々 | NHK | WEB特集

      鈴木邦男(すずき・くにお)さんは福島県出身で、大学在学中から民族主義運動に参加し、昭和47年に「一水会」を立ち上げ、「対米自立」などを主張して「新右翼」と呼ばれました。 また、幅広い人脈を生かしてイデオロギーの枠を越えて多くの討論番組で活躍したほか、作家としても数多くの作品を残して独自の言論活動を続けてきました。 「一水会」によりますと鈴木さんは4年ほど前から体調を崩して療養を続けてきましたが、1月11日、誤えん性肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。79歳でした。 (2023年1月11日死去) 高橋幸宏(たかはし・ゆきひろ)さんは東京出身で、1978年に、ミュージシャンの細野晴臣さんや坂本龍一さんとともに、音楽グループの「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」を結成しました。 YMOは、コンピューターやシンセサイザーといった当時最新の電子楽器を使った斬新な音楽性で“テクノポッ

        追悼 2023年に亡くなった方々 | NHK | WEB特集
      • YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

        1980年代にテクノブームを巻き起こした伝説のバンド「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーで日本を代表するドラマーの高橋幸宏(たかはし・ゆきひろ)さんが亡くなったことが14日、分かった。70歳。東京都出身。死因や日時は明らかになっていない。2020年8月に脳腫瘍の摘出手術を受け、闘病中だった。高橋さんはYMOの音楽面だけでなく、赤い人民服など独特のファッションを打ち出すことで世界に衝撃を与えた。 【写真】昨年6月の誕生日翌日のインスタで公開した軽井沢で療養中の自身の姿 関係者によると、高橋さんは静養先の長野県軽井沢町で年明けに肺炎を患い、容体が悪化した。亡くなったのは今週とみられ、仕事仲間や親しかった人たちへの報告が始まっている。 20年初夏から断続的な頭痛に悩まされ、同年8月のMRI検査で脳腫瘍と判明。摘出手術は成功し、入院治療の全工程終了を報告した同10月のツイッター

          YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
        • 高橋幸宏 音楽の歴史 | ele-king

          高橋幸宏は1952年6月6日、東京で生まれた。父は会社経営をしており、自宅は200坪の敷地に建ち(もともとは天皇の運転手が建てた家だそうだ)、軽井沢には別荘を持っていた。 後に音楽プロデューサーとなる兄に感化され、早くから音楽に親しみ、小学生のときにはドラムを始めている。このドラムという楽器を選んだ理由にはドラムの練習ができるほど広い家に住む子がなかなかいないからだったと後年明かしている。 中学生のときにはユーミンが参加することもあったバンドを組み、高校生のときにはもうセッション・ミュージシャンの仕事を始めていたのだから早熟と言うほかないだろう。ドラムのうまい高校生がいるという噂を聞きつけて大学生だった細野晴臣が会いに来たのも高橋幸宏の高校時代のこと。大学に入るとガロに一時在籍するなど、すでにプロのミュージシャンとしての道も歩き始めていた。 そんな高橋幸宏の転機となったのは、旧知の加藤和彦

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          • 2nd ALBUM「METAATEM」発売中止について | METAFIVE(高橋幸宏 × 小山田圭吾 × 砂原良徳 × TOWA TEI × ゴンドウトモヒコ × LEO今井) | Warner Music Japan

            8月11日に発売を予定しておりました2nd ALBUM「METAATEM」(以下2品番)について発売中止とさせていただきます。 【対象品番】 「METAATEM」(CD):WPCL-13260 「METAATEM」(ANALOG):WPJL-10136/7 これに伴いタワーレコード渋谷店で予定しておりました発売記念トークイベントについても同様に中止とさせていただきます。 また、InterFM897にて放送しておりますレギュラーラジオ番組「METAFM」については、バンド活動上の都合により放送終了とさせていただきます。 ​​​​​

              2nd ALBUM「METAATEM」発売中止について | METAFIVE(高橋幸宏 × 小山田圭吾 × 砂原良徳 × TOWA TEI × ゴンドウトモヒコ × LEO今井) | Warner Music Japan
            • 教授も愛した名シンセ「Prophet」を自作しちゃった現役大学生、福岡に現る|fabcross

              自作の名アナログシンセサイザーを演奏する動画がTwitterやYouTubeで公開され、話題になっています。シンセサイザーの名前は「Prophet-4」(プロフェットフォー)。 約40年前に発表され、YMOはじめ多くのミュージシャンが愛用した「Prophet-5」をほぼ再現しています。その再現度の高さにSNSユーザーのみならず、シンセマニアや楽器業界の関係者も驚きの反応を示しています。 そこでProphet-4の作者に開発の経緯、そしてArduinoや3Dプリンターを活用して再現したという制作秘話を、自身もシンセマニアで1980年代の音楽に造詣の深いpolymoogさんが取材しました。 ※本取材はオンラインで実施しました。(編集部) Prophet-4とは何か 1978年発表のSequential Circuits(※1)「Prophet-5」は、ポリフォニック(※2)&プログラマブル(※

                教授も愛した名シンセ「Prophet」を自作しちゃった現役大学生、福岡に現る|fabcross
              • YMOが世界に拡散したオリエンタリズムと、テクノ先進国としての栄光と衰退。いま日本文化の選ぶべき道は | CINRA

                いまから45年前、1978年にデビューしたYellow Magic Orchestra(YMO)は、翌1979年にアメリカの大手レーベル「A&M Records」から1stアルバムをリリースした。このUS版1stアルバムには、国内版1stアルバム(1978年)とは異なるミックスが施されたことに加え、独自の、非常に象徴的なアートワークも作成された。 扇子を手に、顔の半分を覆うほど大きなサングラスをかけ、頭からはメデューサを想起させるカラフルなケーブルが伸びた芸者……ジャケットに描かれた鮮烈なモチーフ「エレクトロニック・ファン・ガール」(通称・電線芸者)とともに、YMOは世界に広まっていくことになる。 そのエレクトロニック・ファン・ガールがあしらわれた金屏風が今年3月、音楽レーベル「U/M/A/A Inc.」の設立20周年プロジェクト『TechnoByobu』の第1弾プロダクト「Electro

                  YMOが世界に拡散したオリエンタリズムと、テクノ先進国としての栄光と衰退。いま日本文化の選ぶべき道は | CINRA
                • おばちゃんにステキなクリスマスソング教えて!

                  やあ、みんな!もうすぐクリスマスだね! 増田はこの時期になると山下達郎氏の例の曲があちこちから聞こえてくるのが妙にシンドい、独り身のアラフィフおばちゃん でもクリスマスの行事自体は好きなので、自分用にクリスマスソングのプレイリストを作ってる だけどずっとリストを更新出来てないので元号も変わったし、新しく曲を追加したくなったんだ はてなには音楽好きさんも多いので、オススメのクリスマスソングがあったら教えて欲しいんだよ! 出来ればApple Musicにあると嬉しいなぁ 現状で登録してるのは以下の曲 (ZABADAKのはクリスマスソングちゃうけど雰囲気あってる気がするので入れてる) Miracle Play (On Christmas day) / dip in the pool Silent bells / 遊佐未森+古賀森男 聖夜 -二人のSilent Night- / THE ALFEE

                    おばちゃんにステキなクリスマスソング教えて!
                  • 若者にとってパタゴニアや短パンがダサい今、おじさんは何を着ればいいのか。 - 山田耕史のファッションブログ

                    少し前にツイッターで盛り上がっていた話題。 「職場の20代の子たちと話していた時に驚いたんですが、パタゴニアは「オシャレが好きなオジサンが来ているダサい服」らしいんですよ。 そのうちの一人は登山もするんですが、やはり「パタゴニアはイメージがダサいから着たくない」そうなんです。」https://t.co/Xa9TTkR7xS — 山田耕史 ファッション×歴史のnoteはじめました (@yamada0221) 2023年2月28日 キャンプやトレイルランニングなどのアウトドア系のブログにアップされた記事です。 ultratrail.hatenablog.com パタゴニアはオジサンが着ているダサブランド 主要な部分を引用します。(強調引用者以下同) 職場の20代の子たちと話していた時に驚いたんですが、パタゴニアは「オシャレが好きなオジサンが来ているダサい服」らしいんですよ。 そのうちの一人は登

                      若者にとってパタゴニアや短パンがダサい今、おじさんは何を着ればいいのか。 - 山田耕史のファッションブログ
                    • 第1回 はじめに――「坂本龍一」と私|「教授」と呼ばれた男――坂本龍一とその時代 |佐々木 敦|webちくま

                      比類なき輝きを放つ作品群を遺すとともに、「脱原発」など社会運動にも積極的に取り組んだ無二の音楽家、坂本龍一。その多面的な軌跡を「時代精神」とともに描き出す佐々木敦さんの新連載、始まります。 2023年4月2日日曜日の夜9時過ぎ、私は新宿某所で夕食を摂っていた。 ふとスマートフォンに目をやると、契約しているニュース・アプリから通知が届いていた。そこには「坂本龍一の死」が報じられていた。私はスマホから一瞬目を逸らし、小さく深呼吸をしてからもう一度、その画面を凝視した。 見間違いではなかった。坂本龍一が、坂本さんが、逝ってしまった。記事には数日前の3月28日に亡くなったとあった。享年71。がんとの闘病が伝えられていたとはいえ、早過ぎる死というほかない。私は突然の訃報に接した動揺と、ずいぶん前から覚悟していた時がいよいよ訪れたのだという、どこか穏やかでさえある気持ちの両方を感じていた。不思議なほど

                        第1回 はじめに――「坂本龍一」と私|「教授」と呼ばれた男――坂本龍一とその時代 |佐々木 敦|webちくま
                      • YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え - スポニチ Sponichi Annex 芸能

                        YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え

                          YMO高橋幸宏さん死去 70歳 20年脳腫瘍摘出 懸命リハビリも 伝説のテクノサウンド ドラムで支え - スポニチ Sponichi Annex 芸能
                        • 【同窓生シリーズ】坂本龍一

                          坂本龍一(さかもとりゅういち):22回生 1952年東京生まれ。東京藝術大学音楽学部作曲家卒、同大学院修士課程修了。 78年「千のナイフ」でソロデビュー。同年、 細野晴臣、高橋幸宏とイエロー・マジック・オーケストラを結成、日本発のテクノポップサウンドで世界を席巻。84年、映画「戦場のメリークリスマス」で英国アカデミー賞作曲賞を、88年には「ラストエンペラー」で米国アカデミー賞作曲賞を日本人として初めて受賞。音楽活動の傍ら平和問題・環境問題に関わる社会への提言も多く、地雷撤去運動、脱原発運動を始め、森林保全団体「モア・トゥリーズ」、東日本大震災で被災した学校を支援する「こども音楽再生基金」の設立に携わるなど、数多くの運動を率いている。 ―新宿高校と聞いて最初に思い出すのは? 昔の古い校舎ですね、もう跡形もないんでしょうねえ。何とかの鐘ってのがあって、鐘の塔が残っていましたね。そう、戦艦三笠の

                          • YMOに欠かせない存在 高橋幸宏さん、ゴム草履だった坂本龍一の服装変えた 奇才と天才つなぐ緩衝材 - スポニチ Sponichi Annex 芸能

                            YMOに欠かせない存在 高橋幸宏さん、ゴム草履だった坂本龍一の服装変えた 奇才と天才つなぐ緩衝材

                              YMOに欠かせない存在 高橋幸宏さん、ゴム草履だった坂本龍一の服装変えた 奇才と天才つなぐ緩衝材 - スポニチ Sponichi Annex 芸能
                            • 坂本龍一さん死去、71歳 「YMO」「世界のサカモト」がん闘病力尽く ラストエンペラーで日本人初快挙(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

                              「世界のサカモト」と評された音楽家の坂本龍一(さかもと・りゅういち)さんが3月28日、死去した。71歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで営まれた。 【写真】1979年ワールドツアーを行っていた頃のYMO(左から)坂本龍一さん、高橋幸宏さん、細野晴臣 スポニチ本紙の取材では都内の病院で亡くなった。日本における坂本さんのマネジメント会社「キャブ」も「坂本龍一が去る2023年3月28日71歳にて永眠いたしましたした」と発表した。20年6月に直腸がんと診断され、両肺などにも転移しステージ4と公表していた。「キャブ」は「がんの治療を受けながらも、体調の良い日は自宅内のスタジオで創作活動をつづけ、最期まで音楽と共にある日々でした」とした。 1980年代に3人組バンド「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO)で世界的ヒット曲を生み出した。映画音楽でも知られ、88年には米映画「ラストエンペラー」で米アカ

                                坂本龍一さん死去、71歳 「YMO」「世界のサカモト」がん闘病力尽く ラストエンペラーで日本人初快挙(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
                              • 幸宏さんについて私が思っている二、三の事柄|佐々木敦|note

                                初出は「ユリイカ」。『批評王』に収録されているテクストです。 私は音楽ライター稼業が長かったので、YMOのお三方とは過去何度かお話させていただいたことがある。それぞれのソロ活動にかんして折々の機会にインタビューすることもあったし、YMOとして、あるいはまだそう名乗ることをしていなかった、まだYMOとは名乗れなかった頃に(最初にそう名乗っていた頃には勿論会っていない。私はまだ高校生だった)、三人全員に取材ということもあった。それは比較的最近のことだが(それでも五、六年くらい昔だ)、そのときの話をしたいと思う。でもまずは別のことから始める。 編集部からの依頼はニューアルバムをきっかけに、ということだった。『LIFE ANEW』だ。とても素敵な作品で、入手してから何度も聴いた。この作品のレコーディングに当たって、幸宏さんは Yukihiro Takahashi with In Phaseというバ

                                  幸宏さんについて私が思っている二、三の事柄|佐々木敦|note
                                • 坂本龍一さん追悼番組のお知らせ

                                  NHKでは、3月28日に逝去された音楽家の坂本龍一さんをしのんで、追悼番組を放送します。 現在の時点で放送が決まっている番組を以下にお知らせいたします。 スコラ 坂本龍一 音楽の学校 『ドラムズ&ベース編(1)~(4)』 4月10日(月)午前1:32 ~ 午前3:28 ※日曜深夜 坂本龍一が講師となり、独自の解釈で音楽の魅力を解き明かす「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」。2010年~2014年にかけて放送したシリーズの中から、ゲスト講師に細野晴臣と高橋幸宏を招いた「ドラムズ&ベース編」をアンコール放送する。 ※初回放送 2010年5月~6月 100年インタビュー 坂本龍一 4月8日(土)午後10:00 ~ 午後11:30 21世紀の今、時代を作り上げる人々の声に耳を傾け、彼らの思いと夢に迫る「100年インタビュー」。坂本龍一の音楽はどのような背景の中から生まれているのか。幼少期から現在にいた

                                    坂本龍一さん追悼番組のお知らせ
                                  • 音楽家 坂本龍一さん死去 71歳 YMOなどで世界的に活躍 | NHK

                                    大学院を修了後、1978年にミュージシャンの細野晴臣さん、高橋幸宏さんとともに「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」としてアルバムを発表し、当時の最新の電子楽器を使った斬新な音楽性で“テクノポップ”という新たなジャンルを築きました。 1983年にYMOが解散したあと、坂本さんは、同じ年に公開された映画「戦場のメリークリスマス」に俳優として出演し、坂本さんが手がけた映画のテーマ曲は、長年にわたって聞き続けられる代表曲の一つとなりました。 そして1988年には、映画「ラストエンペラー」の音楽でアカデミー賞作曲賞を受賞したほか、グラミー賞など数々の賞を受賞して国際的な評価を高めました。 また、東日本大震災の被災者支援の音楽活動にも力を注いだほか、脱原発と非核を訴える活動を行うなど、社会的な活動にも力を入れてきました。

                                      音楽家 坂本龍一さん死去 71歳 YMOなどで世界的に活躍 | NHK
                                    • YMOファンもガッカリ…坂本龍一さん追悼報道に「ライディーン」を流すテレビ局のずさん|日刊ゲンダイDIGITAL

                                      先月28日、世界的な音楽家の坂本龍一さんが亡くなった。71歳だった。坂本氏は映画「ラストエンペラー」の音楽で日本人初のアカデミー賞を受賞。今年1月に70歳で亡くなった高橋幸宏氏、細野晴臣(75)とともに音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーとしても活躍した。数多の名曲を世に出したが、坂本氏の代表曲といえば、「テクノポリス」「東風」「千のナイフ」「戦場のメリークリスマス」などが知られる。 しかし、坂本氏の訃報を伝える各局のニュース番組で流れたBGMをめぐって、SNSではファンの落胆の声が広がっている。多くの番組で流れたのが、高橋氏が作曲した名曲「ライディーン」だったためだ。 《坂本龍一さんのニュースで代表曲に「ライディーン」を挙げるニュース番組やワイドショーが多過ぎてほんとうにがっかり。「ライディーン」は高橋幸宏さんの作曲なんだよ。ほんの2か月前にお前ら散々報道

                                        YMOファンもガッカリ…坂本龍一さん追悼報道に「ライディーン」を流すテレビ局のずさん|日刊ゲンダイDIGITAL
                                      • 【追悼・高橋幸宏】坂本龍一/スティーヴ・ジャンセン/808ステイト/スパークス/矢野顕子らがSNSに投稿 - amass

                                        高橋幸宏の訃報を受け、坂本龍一はグレー、スティーヴ・ジャンセンは黒の画像をSNSに投稿。哀悼の意を表したとみられます。また、海外では、808ステイト、スパークス、マウス・オン・マーズ、アヴァランチーズ、エロル・アルカン、ジュニア・ボーイズらがSNSに追悼コメントを発表しています。矢野顕子は「YMO Goes Forever」と投稿しています。 pic.twitter.com/LjiZy3K4n0 — ryuichi sakamoto (@ryuichisakamoto) January 14, 2023 「高橋幸宏の訃報を聞いて悲しいです。シンセ界の基礎を築いた並外れた才能を持つ3人組、Yellow Magic Orchestraの創設メンバーの一人です。私のお気に入りのコラボレーションは、高橋のグループ、The Beatniksの“Le Sang De Poet”です。これはどこにもあり

                                          【追悼・高橋幸宏】坂本龍一/スティーヴ・ジャンセン/808ステイト/スパークス/矢野顕子らがSNSに投稿 - amass
                                        • “スカした伊武雅刀”“いつもいない高橋幸宏”…小林克也(82)が振り返るYMOともコラボした伝説のラジオ番組「スネークマンショー」舞台ウラ | 文春オンライン

                                          御年82歳。“ラジオ界のゴッドファーザー”と慕われるDJは、デビューから半世紀以上たった今もレギュラー番組を4本抱える売れっ子だ。衰えぬ情熱の源、社会現象を呼び起こした「スネークマンショー」、そして人気ミュージシャンと過ごした日々を振り返る。 ◆◆◆ 「しゃべり屋ではない」劣等感がずっとある ――克也さんは3月27日に82歳を迎えられました。おめでとうございます。

                                            “スカした伊武雅刀”“いつもいない高橋幸宏”…小林克也(82)が振り返るYMOともコラボした伝説のラジオ番組「スネークマンショー」舞台ウラ | 文春オンライン
                                          • ちょっと泣きそう…【高橋幸宏2枚組ベスト】選曲が鈴木慶一でリマスタリングは砂原良徳

                                            高橋幸宏がどんなふうに時代と向き合い、あるいは時代の先を行ったか 2023年は、本来なら「YMO結成45周年& “散開” 40周年」のメモリアルイヤーになるはずだった。まさか「高橋幸宏と坂本龍一が共に逝った年」になってしまうとは……。その2023年も終わりに向かう11月15日、幸宏のソロ作品を集めたベスト盤がリリースされた。『THE BEST OF YUKIHIRO TAKAHASHI[EMI YEARS 1988-2013]』(ユニバーサル・ミュージック)。タイトルどおり、EMI在籍時の1988年から2013年までの26年間に、幸宏がどんなふうに時代と向き合い、あるいは時代の先を行ったかがよくわかるベスト盤だ。 ただ幸宏の場合、存命中に創りあげた音楽は本当に幅が広く、ベスト盤の選曲が困難なアーティストだ。誰がどう選ぼうが「なんであの曲が入ってないんだ?」と横ヤリが入ることは確実だからだ。

                                              ちょっと泣きそう…【高橋幸宏2枚組ベスト】選曲が鈴木慶一でリマスタリングは砂原良徳
                                            • 高橋幸宏さん死去 YMO代表曲「ライディーン」 鼻歌、日本産ロボットアニメ…“誕生秘話”伝説化 - スポニチ Sponichi Annex 芸能

                                              高橋幸宏さん死去 YMO代表曲「ライディーン」 鼻歌、日本産ロボットアニメ…“誕生秘話”伝説化

                                                高橋幸宏さん死去 YMO代表曲「ライディーン」 鼻歌、日本産ロボットアニメ…“誕生秘話”伝説化 - スポニチ Sponichi Annex 芸能
                                              • 高橋幸宏の未発表曲が40年の時を経て完成、盟友スティーヴ・ジャンセンが命日に合わせて公開(音源あり)

                                                Japan解散後の1986年にコラボ曲「STAY CLOSE」を発表したりと、高橋とは長年にわたって親交が深かったスティーヴ。2022年9月には東京・NHKホールで行われた高橋の音楽活動50周年記念ライブイベント「LOVE TOGETHER 愛こそすべて」にも出演した。未発表曲のタイトルは「Impossible Until It Happens」。1982年に録音された未完成のインストゥルメンタルデモに新たな録音を加え、ボーカル楽曲として仕上げている。 高橋が録音したコードとシンセから始まったこの曲は、当時ドラムをスティーヴ、ベースを細野晴臣、ギターを土屋昌巳、サックスを立花ハジメが担当した。もともとはテレビCM用に録音されたものだったが、なんらかの理由で楽曲は放棄されることに。スティーヴはいつか懐かしむために楽曲を共有しようと話していたが、ミックスはまだ完成しておらず、ボーカルパートもな

                                                  高橋幸宏の未発表曲が40年の時を経て完成、盟友スティーヴ・ジャンセンが命日に合わせて公開(音源あり)
                                                • 追悼・坂本龍一 YMO、映画音楽、ヒップホップへの影響…その軌跡を振り返る | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

                                                  3月28日に亡くなった坂本龍一の訃報は、海外メディアでも大きく報じられている。米ローリングストーン誌が故人のキャリアを振り返った追悼記事を翻訳した。 日本におけるエレクトロニック・ミュージックの先駆的バンド、イエロー・マジック・オーケストラのキーボーディストであり、映画『ラストエンペラー』『レヴェナント:蘇えりし者』などのオスカー受賞作曲家である坂本龍一が71歳で死去した。 坂本のTwitterは4月2日の夜に彼の死を発表し、彼が3月28日に亡くなったことを伝えた。死因は明らかにされていないが、坂本は過去10年間に2種類のがんと闘い、2021年にステージ4の直腸がんと診断されたことを発表している。 pic.twitter.com/mYLMEN6HrZ — ryuichi sakamoto (@ryuichisakamoto) April 2, 2023 坂本が設立したレコードレーベル、Co

                                                    追悼・坂本龍一 YMO、映画音楽、ヒップホップへの影響…その軌跡を振り返る | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
                                                  • 「もっと孤独に」…… 大貫妙子が坂本龍一に語ったこと | AERA dot. (アエラドット)

                                                    坂本龍一さん 3月28日、音楽家・坂本龍一さんが永眠した。享年71。がんを公表しながら最期まで音楽をつくり続けていた。 1952年東京生まれの坂本さんは78年「千のナイフ」でデビュー。細野晴臣さん、高橋幸宏さんとYMOでも活動。83年に映画「戦場のメリークリスマス」のテーマ曲がヒット、87年の映画「ラストエンペラー」の音楽では米アカデミー賞とグラミー賞を受賞した。 平和や地球環境の保全への思いは強く、亡くなる直前には明治神宮外苑地区再開発の見直しを求める手紙を小池百合子都知事らに送っている。 坂本さんを初めてインタビューさせていただいたのは2001年。モザンビークの地雷を除去するチャリティー「ZERO LANDMINE」後で、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲を録音した「CASA」発表前。 ジョビンの家でジョビンのピアノを弾いた坂本さんは、ジョビンの魂が降りてきたと話された。故人が好んだ音

                                                      「もっと孤独に」…… 大貫妙子が坂本龍一に語ったこと | AERA dot. (アエラドット)
                                                    • R.I.P. 鮎川誠 | ele-king

                                                      連日レジェンド級のアーティストたちの訃報が続き、堪えるなと思っていたところへまたひとり……シーナ&ロケッツの、そして日本を代表するロックンロール・ギタリストの鮎川誠が1月29日午前5時47分(シーナ!)に亡くなった。享年74歳。日本中のロックンロール・ファンがいま、悲しみに暮れている。 昨年5月に膵臓がんで余命5ヶ月を宣告されてからも「一本でも多くライヴをしたい」とツアーを続け、近年ではもっともライヴの多い一年になったという。最後までロックとライヴにこだわった生涯だった。 11月にはシーナ&ロケッツ45周年ワンマンを新宿ロフトで行った。ライヴ中にウィルコ・ジョンソンの訃報が入り、「ウィルコの分までロックするぜぃ!」と叫ぶ姿がYouTubeに投稿されている。 そんなウィルコ・ジョンソンやイギー・ポップといった鮎川とも交流のあったアーティストたちと同様に、鮎川はパンク以前とパンク以後、メジャー

                                                        R.I.P. 鮎川誠 | ele-king
                                                      • [インタビュー]ディレクター・中村勇吾氏とゲームクリエイター・水口哲也氏に聞く。「HUMANITY」開発のきっかけや柴犬を採用した理由など

                                                        [インタビュー]ディレクター・中村勇吾氏とゲームクリエイター・水口哲也氏に聞く。「HUMANITY」開発のきっかけや柴犬を採用した理由など ライター:内藤ハサミ エンハンスが2023年5月16日に発売を予定している「HUMANITY」(PS5 / PS4 / PC)は,1匹の柴犬を操り,自我を失った人間たちを導いていくアクションパズルゲームだ。 PS VRやPS VR2, PC VRでのプレイにも対応する本作は,NHK教育のテレビ番組「デザインあ」(現在は,デザインあneo)の映像監修や,ユニクロのTVCMやデジタルサイネージなどのディレクション,スマートフォン「INFOBAR」のUIデザインなどを手掛けた中村勇吾氏がクリエイティブディレクター,アートディレクター,デザイナー、ストーリー制作を務め,氏が率いるデザインスタジオ「tha ltd.」が開発。エグゼクティブ・プロデューサーは,「R

                                                          [インタビュー]ディレクター・中村勇吾氏とゲームクリエイター・水口哲也氏に聞く。「HUMANITY」開発のきっかけや柴犬を採用した理由など
                                                        • YMOやユーミンを手がけたプロデューサー・川添象郎氏と,ゲームミュージックの父・小尾一介氏が登壇した「黒川塾 八十九(89)」聴講レポート

                                                          YMOやユーミンを手がけたプロデューサー・川添象郎氏と,ゲームミュージックの父・小尾一介氏が登壇した「黒川塾 八十九(89)」聴講レポート ライター:大陸新秩序 トークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 八十九(89)」が,2023年2月24日に東京都内で開催された。このイベントは,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏がゲストを招いて,ゲームを含むエンターテイメントのあるべき姿をポジティブに考えるというものである。 黒川文雄氏 今回の黒川塾のテーマは,「異端の肖像〜ユーミン,YMO,そして,ゲーム・ミュージックまで」。アルファレコードを設立し,荒井由実さん(松任谷由実さん)やイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)などをプロデュースした川添象郎氏と,同社でゲームミュージックの制作を手がけた小尾一介氏をゲストに迎え,過去・現在・未来のプロデュースとエンターテイメントのある

                                                            YMOやユーミンを手がけたプロデューサー・川添象郎氏と,ゲームミュージックの父・小尾一介氏が登壇した「黒川塾 八十九(89)」聴講レポート
                                                          • TESTSETが「バンド」という肉体を手にするまで。砂原&LEOがMETAFIVEとの連続性と差異とともに語る | CINRA

                                                            砂原良徳、LEO今井、白根賢一、永井聖一によるTESTSETが1stアルバム『1STST』を完成させた。もともと2021年の『FUJI ROCK FESTIVAL』にMETAFIVEの特別編成として出演したことからスタートしたこのバンドは、その後のライブオファーを受けてTESTSETとして再始動。これまでメディアへの露出はごく限られたものだったが、ライブを観た人からは絶賛の声が寄せられていたバンドの全貌がついに明らかになった。 METAFIVEからの連続性も感じられつつ、白根と永井もソングライティングに関与し、よりフィジカルに進化を果たした『1STST』はTESTSETとしての記名性が強く感じられる作品に。そして本作は、生演奏とプログラミングを織り交ぜたサウンドデザインで、SNSに端を発する現代の諸問題を歌い、アートワークも含めて自然と文明の対比を描きながら、その複雑さを見つめ、「リアルの

                                                              TESTSETが「バンド」という肉体を手にするまで。砂原&LEOがMETAFIVEとの連続性と差異とともに語る | CINRA
                                                            • 「ぼくと細野さんは仲が悪かったんだ」それでも坂本龍一・細野晴臣・高橋幸宏の3人が「史上最高に仲良く」なれたワケ | 文春オンライン

                                                              「80年代はぼくと細野さんは仲が悪かったんだ。そう打ち明けたら、彼はそんなことは100年前から知ってる、ファンはみんなわかっている、だって(笑)」 一時は微妙な関係だった、YMOの3人が史上最高に仲良くなれた理由とは? 編集者でライターの吉村栄一さんの著書『YMO1978-2043』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む) YMOという強迫観念の消失 2009年はいよいよHASYMOからYMOへの変身、あるいは移行、もしくは偏移の年となった。 HASYMO最後の活動はなんと携帯電話とのコラボレーション。2009年1月、NTTドコモは第三世代携帯電話(FOMA)の新機種としてNA-04Aを発売した。 著名な家電デザイン企業amadanaのデザインによるデザイン重視のこの携帯電話にはHASYMOが協力し、着うたフルとしてHASYMOの3人による共作のインスト曲「グッド・モーニ

                                                                「ぼくと細野さんは仲が悪かったんだ」それでも坂本龍一・細野晴臣・高橋幸宏の3人が「史上最高に仲良く」なれたワケ | 文春オンライン
                                                              • 『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』で世界中で人気沸騰中の音楽を再発見する | ブルータス| BRUTUS.jp

                                                                現在、日本のシティポップが世界中で話題沸騰している。具体的な例を挙げると、2021年にレーベルが公式に発表した竹内まりや「Plastic Love」(1984年)のフルバージョン動画の総再生回数は、瞬く間に200万回を記録し、コメント欄には英語からロシア語、アジア各国の言葉など、世界中から感想が溢れている。 また、カナダ出身のシンガーソングライター、ザ・ウィークエンドは、亜蘭知子「Midnight Pretenders」(1983年)をサンプリングした新曲「Out Of Time」を発表。原曲のリズムを活かしたメロウなグルーヴで、リリース直後に各サブスクリプションのチャートで急上昇した。 2022年入ってから3ヵ月で起きた事柄を見ただけでも、かなり異様な盛り上がり方をしているのがわかる。こうした現象を日本の国営放送がニュース番組でも紹介し、日本の相変わらずな逆輸入好きには苦笑を隠せないが、

                                                                  『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』で世界中で人気沸騰中の音楽を再発見する | ブルータス| BRUTUS.jp
                                                                • 高橋幸宏さんへの思いをつづった、細野晴臣さんの追悼文 (全文)|yhd56:坂本龍一&YMO NEWS|note

                                                                  喉(のど)に引っ掛かってのみ込めない違和感とともに、自分の生死に向き合うことになる。それが友の死だ。感情は死を拒絶し理性は受け入れる。この悲痛な葛藤から逃げることはできない。 人の一生は一冊の本のようだ。いま「高橋幸宏」という本を読み終え、多くのファンがあとがきを書こうとしている。物語は終わったが本は消えず、ずっとそこにある。 幸宏の死は世界に反響を及ぼした。彼が海外のミュージシャンに与えた影響の大きさを今更ながら知り、高橋幸宏が実は大スターであることが判明した。 初めて幸宏と出会った時の彼は16歳、ぼくは21歳だった。それから半世紀の付き合いになる。軽井沢で知りあい、軽井沢でお別れしたのは不思議な縁だと思う。 高橋幸宏にとって自分はどんな存在だったのか。多分それは縁戚の「変な伯父さん」だろう。彼の厳しい審美眼はぼくをずっと観察していたに違いない。ある時期から少しずつ認めてくれたようだ。そ

                                                                    高橋幸宏さんへの思いをつづった、細野晴臣さんの追悼文 (全文)|yhd56:坂本龍一&YMO NEWS|note
                                                                  • 長い呪いのあとで小山田圭吾と出会いなおす|小山田圭吾は21世紀のカラヴァッジョなのか|片岡大右|コロナの時代の想像力

                                                                    2021年7月15日、ミュージシャンの小山田圭吾氏が「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」開会式の作曲メンバーであることが発表されました。その後、氏の過去のインタビュー記事についてネットで「炎上」が発生。大手紙にも取り上げられ、19日には氏の辞任が報じられることとなります。新型コロナ感染症の流行が拡大する緊急事態宣言下でありながら、各地の街頭やメディアはスポーツの祭典に色塗られ、多くの人が波立つ心ですごした夏。それから数か月を経て、五輪は遠のく過去になりつつあり、氏に関しても五輪をめぐる不適切な出来事のひとつとして曖昧に記憶されようとしています。しかし、燃えひろがった情報の炎の中にいたのは、ひとりのアーティストであり、そして人です。彼はそれほどまでに焼かれる必要があったのでしょうか。 この出来事が、パンデミックのもとで起きた、誤情報を多く含む「インフォデミック」であったことを

                                                                      長い呪いのあとで小山田圭吾と出会いなおす|小山田圭吾は21世紀のカラヴァッジョなのか|片岡大右|コロナの時代の想像力
                                                                    • 邦楽ロックの名盤ベスト100

                                                                      以前お送りした、ロックに限定したオールタイムベストアルバムの邦楽版企画です。 基本的にはレギュレーションは前と同じですが、地域を限定したことで、前回のロックの名盤ベスト100では取りこぼした範疇のものも入っていたりします。 一方、たとえ代表作であっても、ロックよりは他のジャンルに入れたほうがふさわしかろうというものは除外しました。 たとえばコーネリアスは代表作の『ファンタズマ』や『Point』ではなく『69/96』を選出しています。 YMO、電気グルーヴなどのテクノポップ、エレクトロニカ勢も入っていないし、やや極端な例ですが、たまもロックという狭い枠組みに入れてしまってよいのかということで除外しています。 ということで前回のおさらいもかねて選出基準です。 ・ギターを中心としたバンドミュージックを中心に選出しました。よってシンセなどの電子楽器や打ち込みなどの割合が多いものは除外しています。

                                                                        邦楽ロックの名盤ベスト100
                                                                      • 坂本龍一さんの自伝刊行 編集者が明かす最後の日々は | NHK

                                                                        ことし3月に亡くなった世界的な音楽家、坂本龍一さんの自伝が刊行されることとなり、坂本さんに代わってあとがきを寄せた編集者が坂本さんの最後の日々を明かしました。 坂本龍一さんは音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」をはじめ、世界の音楽の第一線で長年活躍してきましたが、ことし3月28日、71歳で亡くなりました。 坂本さんが、がんの闘病を続けながら去年、雑誌に連載した自伝「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」をまとめた単行本が21日に刊行されることになりました。 この中では、連載でインタビュアーを務めた編集者の鈴木正文さんが坂本さんに代わってあとがきを寄せ、遺族から手渡されたという坂本さんの日記を交えて最後の日々を明かしました。 坂本さんはことし1月、「YMO」で共に活躍した高橋幸宏さんが亡くなった際に「僕はもうちょっとがんばるから」と話していたということです。 およそ1か月

                                                                          坂本龍一さんの自伝刊行 編集者が明かす最後の日々は | NHK
                                                                        • YMO 高橋幸宏さん死去 70歳 「ライディーン」の作曲手がける | NHK

                                                                          世界的に人気を集めた音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」などで活躍した、ミュージシャンの高橋幸宏さんが今月11日に誤えん性肺炎のため亡くなりました。70歳でした。 高橋幸宏さんは東京出身で、1978年に、ミュージシャンの細野晴臣さん、坂本龍一さんとともに音楽グループの「イエロー・マジック・オーケストラ」=「YMO」を結成しました。 YMOは、コンピューターやシンセサイザーといった当時最新の電子楽器を使った斬新な音楽性で“テクノポップ”という新しい音楽のジャンルを築き、高橋さんはドラマーとして活躍して大ヒット曲の「ライディーン」の作曲も手がけました。 YMOは1983年に解散するまで海外でもコンサートを重ねて人気を集め、高橋さんのドラムは、正確なリズムとシンプル、かつ多彩な表現で演奏の土台を担いました。 また、YMOがコンサートなどで着用し、グループの象徴的なファッシ

                                                                            YMO 高橋幸宏さん死去 70歳 「ライディーン」の作曲手がける | NHK
                                                                          • 高橋幸宏さん死去 海外から“逆輸入”YMO シンセサイザー駆使、ゲームの「ピコピコ音」取り入れ - スポニチ Sponichi Annex 芸能

                                                                            高橋幸宏さん死去 海外から“逆輸入”YMO シンセサイザー駆使、ゲームの「ピコピコ音」取り入れ

                                                                              高橋幸宏さん死去 海外から“逆輸入”YMO シンセサイザー駆使、ゲームの「ピコピコ音」取り入れ - スポニチ Sponichi Annex 芸能
                                                                            • NHK MUSIC SPECIAL 高橋幸宏 創造の軌跡

                                                                              本放送 2023年2月16日(木) 午後10:00 ~ 午後10:45 再放送 2023年2月21日(火) 午前1:25 ~ 午前2:10 ※月曜深夜 惜しまれつつ亡くなった高橋幸宏の足跡を辿る特番が放送決定 闘病中だった高橋幸宏が1月11日に逝去した。各界の著名人、そして世界中のファンから哀悼の意と共にその素晴らしい功績を讃える声が寄せられた。そうした高橋幸宏の創造の軌跡を辿る特番の放送が決定。音楽のみならず幅広いジャンルでその才能を発揮したアーティストの世界を改めて体感していただきたい。 ソロ、そしてYMOやサディスティック・ミカ・バンドをはじめ様々なユニットで活躍した高橋幸宏。ドラマー、ボーカリスト、プロデューサー、作詞・作曲家といった音楽面だけでなく、ファッションやコメディーの世界でも才能を披露したアーティストである。日本のみならず世界から高い評価を受け、海外でも多くのファンを虜に

                                                                                NHK MUSIC SPECIAL 高橋幸宏 創造の軌跡
                                                                              • 高橋幸宏が後世に与えた多大な影響 高野寛が証言する、70年代から現代に至るイノベーターとしての真価

                                                                                日本のロック黎明期である1970年代から現在に至るまで、およそ50年の長きに渡って第一線で活躍し続けてきた音楽界のリビング・レジェンド、高橋幸宏。サディスティック・ミカ・バンドやYellow Magic Orchestraをはじめ、THE BEATNIKS、SKETCH SHOW、pupa、METAFIVEなど様々なバンドやユニットで彼が作り上げてきたレガシーについては改めて言うまでもないだろう。 そんな彼の1980年代前半のソロワークに光を当てるリイシューシリーズ「ユキヒロ×幸宏 EARLY 80s」の一環として、4作目『WHAT, ME WORRY?』(1982年)と5作目『薔薇色の明日』(1983年)が再発されることになった。いずれもファンの間では元より人気の高い作品だが、近年のシティポップリバイバルの流れの中で再評価の気運が高まっている名作である。 リマスターを手掛けたのは、昨年リ

                                                                                  高橋幸宏が後世に与えた多大な影響 高野寛が証言する、70年代から現代に至るイノベーターとしての真価
                                                                                • 細野晴臣とニューウェイブ | 細野ゼミ 7コマ目(前編)

                                                                                  活動50周年を経た今なお、日本のみならず海外でも熱烈な支持を集め、改めてその音楽が注目されている細野晴臣。音楽ナタリーでは、彼が生み出してきた作品やリスナー遍歴を通じてそのキャリアを改めて掘り下げるべく、さまざまなジャンルについて探求する連載企画「細野ゼミ」を展開中だ。 ゼミ生として参加しているのは、氏を敬愛してやまない安部勇磨(never young beach)とハマ・オカモト(OKAMOTO'S)という同世代アーティスト2人。第7回ではニューウェイブおよび80’sの音楽をピックアップする。Yellow Magic Orchestraで多忙を極めていた時代、国内外で流行っていた音楽を細野はどう捉えていたのか。前編ではその印象について語ってもらった。 取材 / 加藤一陽 文 / 望月哲 題字 / 細野晴臣 イラスト / 死後くん 記憶が抜けている80's──今回のテーマは、ニューウェイブ

                                                                                    細野晴臣とニューウェイブ | 細野ゼミ 7コマ目(前編)