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インタビューに関するALBNo273のブックマーク (9)

  • kz(livetune)が考える、VTuber文化ならではの魅力「僕らが10年かけたことを、わずか2年でやってる」

    kz(livetune)が考える、VTuber文化ならではの魅力「僕らが10年かけたことを、わずか2年でやってる」 2017年12月にある種のブレイクポイントを迎え、以降急速に発展してきたバーチャルYouTuber(VTuber)シーン。勢力図が次々に変化し、企業が積極的に介入するなど、何かと騒がしいこの界隈を、リアルサウンドテックでは様々な方向から取り上げてきた。 活動の場もYouTubeのみならず、さまざまなプラットフォームへと変化し、もはや“バーチャルタレント”と呼ぶべき存在となった。そんな彼ら彼女らについて、もう少し違った角度から掘り下げてみるべく、シーンを様々な視点から見ているクリエイター・文化人に話を聞く連載『Talk About Virtual Talent』がスタート。第一回は、J-POP・アニメシーンで幅広く活躍しつつ、キズナアイやYuNi、にじさんじなどに楽曲提供も行っ

    kz(livetune)が考える、VTuber文化ならではの魅力「僕らが10年かけたことを、わずか2年でやってる」
    ALBNo273
    ALBNo273 2019/12/09
    配信者が1万人に近づきつつある業界で、(主にマネジメントの差で)淘汰が始まっているという印象。あと数年の輝きかもしれないけど、今は最高に輝いてるし、そのくらい昨日の両国で希望が見れた
  • 最近は“僕の京都”を壊しにかかっているんです――小説家・森見登美彦さん【ここから生み出す私たち】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 杉恭子 写真:浜田智則 創作しながら暮らす場所として、あえて「東京」以外の場所を選んだクリエイターたち。その土地は彼・彼女らにとってどんな場所で、どのように作品とかかわってきたのでしょうか? クリエイター自身が「場所」と「創作」の関係について語る企画「ここから生み出す私たち」をお届けします。 ◆◆◆ 第1回目の「ここから生み出す私たち」に登場いただくのは、奈良出身の小説家・森見登美彦さんです。 京都での学生時代に小説家デビューし、一時は東京に拠点を移した森見さん*1。現在は地元の奈良に戻って執筆活動をしながら、もう一つの仕事場がある京都との間を行き来されています。デビュー作以来書き続けている京都のこと、原風景としての奈良郊外の街への思い、そして「住むこと」と「書くこと」のかかわりについて伺いました。 京都を舞台にしたきっかけは「やけくそ」だった ――森見さんは奈良県

    最近は“僕の京都”を壊しにかかっているんです――小説家・森見登美彦さん【ここから生み出す私たち】 - SUUMOタウン
  • 松岡修造「根拠や理論に裏打ちされていない根性論が一番嫌い」【滝川クリステル対談】

    常に気の姿勢でアスリートの内面を伝える松岡修造さん。常にポジティブな挑戦の裏には、いつも弱さがあったという。人の心を一歩前に導く生き方とは? 滝川 松岡さんとは全仏オープンで何度もお会いしていますが、こうしてお話をうかがうのは初めてですね。今日はテニスやオリンピックのことなど、いろいろ聞かせてください。 松岡 僕は質問されることに向いていないんです。だから今日は僕が質問します。テニスはいつからやっているんですか? 滝川 ええ(笑)? 小さい頃から家族で……。 松岡 フランスは日々の生活のなかにテニスが溶けこんでいますよね。全仏オープンの見方も日とは違って、お祭り的な要素が強いというか。そういう文化を肌で知っている滝川さんが全仏をレポートしてくれるのは、日テニス界にとっても当にいいことなんですよ。 滝川 ありがとうございます……ってそうではなくて、私に質問させてください。 松岡 僕の

    松岡修造「根拠や理論に裏打ちされていない根性論が一番嫌い」【滝川クリステル対談】
    ALBNo273
    ALBNo273 2019/05/15
    “具体的な方法論がないまま「がんばれ」と言うだけで、できるわけない。根拠や理論に裏打ちされていない根性論は一番嫌いです”
  • お金を稼ぐより、楽しい仕事をするよりも「なんもしたくない」──レンタルなんもしない人が語るお金の話 | マネ会 by Ameba

    レンタルなんもしない人さんは、2019年4月現在、他に仕事をしておらず、なんもしない活動1で生活しているそう。子との3人暮らしですが、「世帯収入はほぼない」と言います。 そんなレンタルなんもしない人さんは“お金”というモノをどう捉え、そもそもどうやって生活しているのか。貯金が尽きたときはどうするか──? 気になるお話を伺い、淡々と答えていただきました。 「なんもしたくない」という気持ちに忠実になってみた ──レンタルさんはそもそも、「レンタルなんもしない人」というサービスをどのようなきっかけで思いついたんですか? レンタルなんもしない人さん(以下、レンタル):直接的なきっかけを挙げるなら、プロ奢ラレヤーさん(※「奢られる」を生業にし、奢りたい人をTwitterで集め奢られて生活する人[@taichinakaj])ですね。 2018年5月、プロ奢ラレヤーさんが出演していたAbemaTVの

    お金を稼ぐより、楽しい仕事をするよりも「なんもしたくない」──レンタルなんもしない人が語るお金の話 | マネ会 by Ameba
  • 15年以上アイドルを続けられたのは、新潟と新潟のみなさんのおかげ――Negicco Kaedeさん - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 小沢あや 写真:きくちよしみ 2003年の結成から、新潟県を拠点に活動を続けているアイドル・Negicco。現在は「にいがた観光特使」を務める、地域の顔です。 結成後、なかなか芽が出ず、苦しい時期が長かった彼女たち。2014年に『光のシュプール』で悲願のオリコンチャート5位を獲得して以来、順調に動員を伸ばしています。 今回は、4月23日にソロシングル『クラウドナイン』をリリースした最年少メンバー・Kaedeさんをお迎えし、全国区のアイドルとなってからも上京しない理由や、地元愛について聞きました。 「新潟でアイドル?」最初は冷ややかだった地域の目 ――Negiccoは3人とも、新潟生まれ新潟育ちですね。Kaedeさんが暮らしているのは、新潟のどんな街ですか。 Kaedeさん(以下、Kaede):新潟の中心地から離れた田舎です。もともと両親が「自然があるところで子育てをし

    15年以上アイドルを続けられたのは、新潟と新潟のみなさんのおかげ――Negicco Kaedeさん - SUUMOタウン
    ALBNo273
    ALBNo273 2019/04/23
    Negicco は地元愛がこれでもかってくらいあるし、作曲陣も強くて渋谷系の最先端を往く曲多数だから、いつまでも応援したいし、もっとみんなに見て聴いてほしい
  • あのとき僕は移籍を我慢すべきだった……本田拓也を涙ながらに引き留めた監督と運命の分かれ道 - ぐるなび みんなのごはん

    北京オリンピックでは田圭佑、香川真司、長友佑都らのチームメイト アルベルト・ザッケローニ監督からは日本代表にも選ばれた 2011年カタールのアジアカップでは優勝メンバーとなり 田拓也の前途は洋々と見えた ところがアジアカップから戻ると田はピッチから遠ざかる 善意の行動が田の順調な歩みを遮ることになった ピッチに戻る日はなかなかやってこず、 その後は日本代表のユニフォームを着ることはなかった その後もいろいろな苦労を重ねながら 田の現役生活は続いている 今年は5年ぶりに体調もよくなったそうだ 今回の話はきっと田の第一章ということになるはずだ 近くにいて凄さがわかる、伊東テルさんのプレー 2011年のアジアカップ、懐かしいですね。暑かったなぁ。結構厳しい試合やったけど、優勝できてよかったですね。僕はグループリーグ第3戦のサウジアラビア戦で先発の出番が来て。5点も入ったの、あれも不思

    あのとき僕は移籍を我慢すべきだった……本田拓也を涙ながらに引き留めた監督と運命の分かれ道 - ぐるなび みんなのごはん
    ALBNo273
    ALBNo273 2019/04/23
    “その年までは、妻と一緒にご飯を食べに行ってたんです。そうしたら知らない人が急に近づいてきて「今日のつまんない試合ありがとうね」と言ってきたことがありました”清水サポ怖すぎ
  • 「大きくなったら、ジョイマンになりたい」――パパは一発屋、娘に明かせない高木に迫る時限爆弾 - Yahoo!ニュース

    筆者の職業は、漫才師。コンビ名を髭男爵という。10年ほど前の2008年に、“まあまあ”売れたが、現状はさっぱりの一発屋。と同時に、この春、小学校に上がった一人娘の父親でもある。 今のところ、僕は彼女に自分の当の職業を教えていない。基的には、“とんでもなくフレキシブルに働くサラリーマン”で通している。理由は一発屋。 別に恥じているわけではない。一発屋という言葉に含まれる「負け」や「失敗」といった苦み成分に、娘を触れさせたくないだけである。親の仕事を知らぬまま成長するのは、教育上どうなのかとの不安もある。 他の “一発屋”たちはどう対処しているのだろうか。 (取材・文:山田ルイ53世/撮影:石橋俊治/Yahoo!ニュース 特集編集部) お笑いコンビ・ジョイマン。高木晋哉(写真)と池谷和志のお笑いコンビ。NSC東京校の卒業生で、2003年4月に結成。現在、ルミネtheよしもとや大宮ラクーンよ

    「大きくなったら、ジョイマンになりたい」――パパは一発屋、娘に明かせない高木に迫る時限爆弾 - Yahoo!ニュース
  • 「食べられるポップコーン緩衝材」大ヒットで考える、地方の中小企業が生き残るためのヒント - メシ通 | ホットペッパーグルメ

    通販でチョコレートを買ったら、中に緩衝材として「ポップコーン」が入っていた。 Twitterで話題になり「#プチプチはポップコーン」のハッシュタグまで出現した「ポップコーン緩衝材」。 twitter.com 普段はゴミとして捨てられる緩衝材を、美味しくべられるなんて素晴らしいじゃないか。しかもこのパッケージデザイン。そりゃ写真を撮ってSNSにアップしたくなるって。 このアイデア商品を作ったのはどんな会社なんだ? 興味がわいたので直接行ってお話を伺ってきた。ある意味で、地方の零細企業が生き残るためのヒントを得る取材となった。 「まさかこれほど話題になるとは」 ポップコーン緩衝材を作っている「あぜち品」は四国の高知市にある。 着いた、ここだ。 ▲会社のシャッターにはPOPなイラストが 対応してくださったのは代表の和田しほこ社長である。 ──日はよろしくお願いします。ポップコーン緩衝材、ネ

    「食べられるポップコーン緩衝材」大ヒットで考える、地方の中小企業が生き残るためのヒント - メシ通 | ホットペッパーグルメ
  • 後悔したくない。だから南極に行くーー「悪魔のおにぎり」を生んだ調理隊員・渡貫淳子さん - りっすん by イーアイデム

    第57次南極地域観測隊の調理隊員として2015年12月から約1年4カ月、南極・昭和基地で生活した渡貫淳子さん。調理専門学校を卒業後、同校の日料理技術職員としてキャリアをスタートさせ、退職後もさまざまな飲店で料理仕事を続けてきました。 出産後は家事と育児に勤しんでいたところ、新聞記事がきっかけで調理隊員という仕事に焦がれるように。粘り強く挑戦を重ね、40歳のとき*1、ついに選考に合格。女性としては2人目、お子さんがいる女性では史上初の調理隊員となります。 氷点下45.3℃、日からの距離1万4,000kmという南極・昭和基地での単身赴任を選んだ理由、南極での生活、隊員の心とお腹を満たした「悪魔のおにぎり」誕生の背景などについて教えてもらいました。 「私、この人たちにご飯を作りたい」という思いでの挑戦 渡貫さんは南極地域観測隊の調理隊員として、41歳で南極に派遣されたそうですね。2009

    後悔したくない。だから南極に行くーー「悪魔のおにぎり」を生んだ調理隊員・渡貫淳子さん - りっすん by イーアイデム
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