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人とこれはすごいに関するnamawakariのブックマーク (5)

  • 人生を変える“言葉” 韓国で出会った茨木のり子 | NHK | WEB特集

    生き方に迷う時。自信が持てない時。大きなものに流されてしまいそうになった時。 多くの人の背中を押してきた詩があるのをご存じですか? その詩人のことばは、韓国でも愛され、広がっています。その理由とは? (ソウル支局 ディレクター 長野圭吾) 11月中旬。 韓国の観光名所、ソウルタワーのふもとにある小さな書店で、日を代表する詩人・茨木のり子の朗読会が行われました。 今年で没後15年となった彼女の詩は、日で世代を超えて愛されてきました。 実は茨木の詩は、数年前からハングルにも翻訳されるようになっています。 この日も、20代から30代の若者たちが集まり、自分の好きな詩を選んで朗読し、感想を語り合っていました。

    人生を変える“言葉” 韓国で出会った茨木のり子 | NHK | WEB特集
  • お別れの時がきてしまいました。 - 蠅の女王

    これをアップされてるということは、私は乳ガン転移性の肝臓のガンによって、もう永眠して荼毘にふされてることになるでしょうか。 2019年12月23日の時点で、治療方法はもうなく、かなりの確立であと2〜3ヶ月の命だろうと宣告されていました。聞いたときは意外な話に呆気に取られました。だって、まだ元気なんですもん。これが徐々に下降していき最後は昏睡したまま亡くなるですって。んなことピンときますか。しかし、だんだん字もかけなくなるかもしれないらしいので、正月にこれを書いております。セカンドオピニオンを頼ってなんとか寿命を伸ばしてもらえないか、年末正月明けも動いてますが、今こんな発表をしているということは、病気の進度が早すぎて間に合わなかった、ということになります。 基今の私には、死ぬことはもう怖くありません。マッカーサーシリーズと二月革命シリーズをやり遂げたから。まあ、このあと、性風俗と法シリーズ

    お別れの時がきてしまいました。 - 蠅の女王
  • とてつもなく複雑な心の内奥に触れる―ダムタイプ古橋悌二が語るアートの役割 - webDICE

    Teiji Furuhashi portrait (photo by Tony Fong) 京都を拠点に世界のアートシーンに大きな影響を与えた、マルチメディア・アーティスト集団「ダムタイプ」の中心的メンバーで、1995年にHIV感染による敗血症のため死去した古橋悌二。彼の生誕記念日である7月13日(土)に京都メトロにてパーティ『"LOVERS 59" Teiji Lovers Birthday Bash』が開催される。 webDICEでは、1995年2月にアップリンクが発行した雑誌『骰子/DICE』に掲載のインタビューを再掲する。24年前に行ったこのインタビューの後、95年10月29日に古橋さんは亡くなった。アップリンク的には、前年の94年2月にデレク・ジャーマンがエイズで亡くなっている。当時、エイズは不治の病だった。 このインタビューは、改めて今読み返しても、1ミリも古さを感じることなく

    とてつもなく複雑な心の内奥に触れる―ダムタイプ古橋悌二が語るアートの役割 - webDICE
    namawakari
    namawakari 2019/12/03
    今更だけど。/“でもね、当事者達にとって〈悲劇〉の記号にされることほど恐ろしいことはない。自分の人生は人を泣かせるためにあるのかってね”
  • 『ファンを亡くした気持ち』

    アーティストとファンの関係ってなんなんですかね 十年間思えば毎日のように会っていたのに 家族よりも顔を合わせていて 振返れば電話番号も知らないんです。 思えばいつも会いに来てくれていましたね。 十年前の初めて私の予約出来て来てくれたのは渋谷の歌姫乱舞というイベントで 同じ事務所の違う子のファンだと思っていたのに「二週間ごとにローテーションしてる」なんてふざけて笑って じゃあ今だけ私のターンなんだね、なんて言って それから殆ど全部のライブに来てくれましたね。十年間。 一緒に青森も行ったし、クソみたいな箱も大きな会場も お花見、ストリート、ワンマンも具合が悪い時以外ほぼ全部来てくれたよね 顔を合わせることが当然のようで いつもそこに居るのが当然で だから手術後来なくなってSNSの更新が止まった時から みんなで心配して最悪の事態を想像しては打ち消して ひょっこり顔を出してくれるのを待っていたよ

    『ファンを亡くした気持ち』
  • 脳梗塞で入院しました。 - delta-G

    ご無沙汰してますこんにちは。半年以上ぶりの更新です。唐突ですが、2010年12月14日、某国にて卒倒し、1週間後に目覚めました。目覚めたときには右手右足は動かず呂律も回らず、ショックを受けるより夢半分うつつ半分でぼーっとしてました。またちょっと不便な事態にぶつかると、パスポートとトランクを持っているのをいいことに、「わたしはまだまだ旅行中よ! この星のエトランゼにちがいないわ!だってほらこんなに身体が言うことを利かないなんて!ああ不慣れな星にうんざり!」と都合よく逃避思考に陥るとは。人間て自己保存にたけた卑怯な利口だわ。 25日に病院の許可が降り、ようやく日に帰って参りました。機内の乗客はどいつもこいつも真っ赤な衣装のサンタだらけで脱力。オムツつけても排尿できず膀胱は限界ギリギリmaxで、付き添いのNsが尿バッグにシフトするという羞恥プレイで新天地が拓けました。 翌日、帰国すると病院へ直

    脳梗塞で入院しました。 - delta-G
    namawakari
    namawakari 2011/07/28
    前向きというか太いというか。ともかく退院を祝いたい。
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