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トンデモとスポーツに関するpongepongeのブックマーク (4)

  • 甲子園監督「今の若い子はすぐ逃げ出す。練習は5〜23時で携帯は解約させる。そしたらみんな辞めていく」 : 痛いニュース(ノ∀`)

    甲子園監督「今の若い子はすぐ逃げ出す。練習は5〜23時で携帯は解約させる。そしたらみんな辞めていく」 1 名前:名無しさん@涙目です。(愛媛県)@\(^o^)/ [EU]:2017/08/12(土) 17:06:46.81 ID:kFeVs0VS0f 「文武両道あり得ない」下関国際・坂原監督が野球論語る 13日に登場する下関国際(山口)は、創部52年で春夏通じて初の甲子園。高校野球の指導者を目指していた坂原秀尚監督(40)は、教員免許取得のために東亜大に通いながら、05年、大学近くの下関国際の監督に就任した。就任前に部員の集団万引が発覚、山口大会の抽選会直前で出場停止処分になるなど荒れ放題だった野球部を立て直した坂原監督の野球論とは――。 ■荒れ放題だった野球部を甲子園に ――野球部はかなり荒れていたと聞きますが。 「僕が来た当初はそうですね。突然、厳しい監督が来たとなって、(部員が)みん

    甲子園監督「今の若い子はすぐ逃げ出す。練習は5〜23時で携帯は解約させる。そしたらみんな辞めていく」 : 痛いニュース(ノ∀`)
    pongeponge
    pongeponge 2017/08/13
    好きで居るんなら別にいいけど、携帯の解約って何の権利があって強要できるんだ?/逃げ出すのが普通に見える。
  • 【西論】「気概」なき国は滅ぶ 大人の「事なかれ主義」なら問題…組み体操見直し(1/3ページ) - 産経WEST

    ガツン-。鈍い音が聞こえた気がした。前半終了間際、五郎丸歩選手が見せたタックル。トップスピードで駆けるスコットランドの選手を、トライ寸前でタッチラインの外にはじき飛ばした。ラグビーのワールドカップで印象に残ったシーンの一つだ。 激しい肉弾戦。倒れてもすぐ起き上がり、また突っ込んでいく。にわかファンからすれば、防具もつけずに怖くないのかと不思議で、その勇気はいったいどこからくるのかと思った。 大西鐵之祐が著した「闘争の倫理」(鉄筆文庫)を読んだ。大西は早稲田大学ラグビー部、ラグビー日本代表の監督を務めた。体格差で劣る日が欧米に勝つための理論を構築し、実践した。1968年のニュージーランド遠征でオールブラックス・ジュニアを破った快挙で知られる伝説の名将だ。 書で、ラグビーには命にかかわる危険と恐怖があることを前提に「だから全身全霊で打ち込む」と述べている。そのうえでスポーツとは、問題解決の

    【西論】「気概」なき国は滅ぶ 大人の「事なかれ主義」なら問題…組み体操見直し(1/3ページ) - 産経WEST
    pongeponge
    pongeponge 2015/11/14
    『痛いこと、しんどいことに耐える。自分がつぶれたら、みんなに迷惑をかける。がまんして達成したときの喜びを仲間と分かち合う。』それは本人達が自主的にやる場合だろう。やらされてるならただの苦痛だよ。
  • 竹田恒泰の発言がブーメランとなって飛び交っていてこれが五輪の競技だったら金メダルだったのではと思わせる事態に - 今日も得る物なしZ

    複合銀の暁斗らに「メダルかむな」指令 - 複合 - ソチ五輪2014 : nikkansports.com メダルをかむ行為については、日オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長の長男で、歌手の華原朋美への好意を公言している恒泰氏(慶大講師)がツイッターで「メダルを取る可能性のある日選手へ。(1)メダルは嚙むな。品がない上にメダルを屈辱することになる(2)国歌君が代は聴くのではなく歌え。国歌も歌えないのは国際人として恥ずかしい。また、日には国歌斉唱時に胸に手を当てる文化はない。直立不動で歌うこと」(原文のまま)などとつぶやいていた。 「歌手の華原朋美への好意を公言している恒泰氏」という文章にとても愉快な気持ちになったけどそれはそれとして、さすが明治天皇の玄孫とかJOC会長の息子という人の品格とは全く関係ない表現で扱われていることに何の疑問を持たないレベルの人物だなあと思わせる話で

    竹田恒泰の発言がブーメランとなって飛び交っていてこれが五輪の競技だったら金メダルだったのではと思わせる事態に - 今日も得る物なしZ
    pongeponge
    pongeponge 2014/02/16
    別に噛みたければ噛めばいいと思うけど、唾液がついたら拭いておいて欲しいとは思う
  • 【末代までの教育論】五輪で金メダル獲っても噛むな - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

    「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿もちも美味しうございました」 こう始まる遺書を残して円谷幸吉選手は自らの命を絶った。 1964(昭和39)年の東京五輪。マラソン(当時は男子のみ)で銅メダルを獲得、日中を沸かせた男である。 国立競技場に、先頭のアベベに続いて入ってきた円谷選手はトラック内でドイツのヒートリーに抜かれ銅メダルに終わる。最後の最後に抜かれたが、彼は一度も後ろを振り向かなかった。父親から「男は後ろを振り向くな!!」と言われ続けてきたからだという。 東京五輪最終日に展開されたこの劇的なドラマは、中学1年生であった私に鮮明な記憶として残っている。特別に華々しいパフォーマンスをすることもなく淡々と表彰台に登り、少し照れ臭そうに優しく手を挙げて大観衆に応えていた。開催国日の陸上界唯一のメダルであった。 そして、期待と重圧の中で迎えた4年後のメキシコ五輪、68(昭和

    pongeponge
    pongeponge 2012/08/03
    『斉唱中に体をゆすったり首を回したりするなかれ!』なんかこいつだけ他のから浮いてて笑った/全然共感できないな
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