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記者に「プログラミングのスキル」って必要なの?ちなみにNHKニュースの画像生成も記者がコードを書いてます 新型コロナウイルスの新規感染者の数を示す日本地図に、毎日厳しい視線を送る男がいる。 コロナの感染拡大の今後が懸念されるが、地図がきちんと描画されているかも気になってしまう。 それはこの「新型コロナ感染者数マップ作画システム」をプログラミングしたのが彼だから。 ちなみに彼は技術部局のエンジニアではなく、いつもはテレビで解説している記者だったりする。 このシステム、記者が作りましたこんにちは、NHK解説委員の三輪誠司といいます。専門はITやサイバーセキュリティで、主に「シブ5時」や「くらし解説」などでニュースの解説を担当しています。 新型コロナウイルスの「感染者数マップ作画システム」は、1週間で作成しました。 言語はJava、地図はSVGで、ブラウザの画面をそのまま放送で使っています。SV
「来ていますよ、津波。来ている、来ている! 川を上って来ていますよ! 正面」 それまで冷静だったパイロットの緊張した声で、カメラを前方へと向けると、名取川を津波が遡上してくる様子が確認できた。 午後3時54分。ヘリの映像が、テレビで生中継され始める。 白波がザーッと川を上ってくる様子の撮影を続けていると、再び前方の席に座るパイロットと整備士の叫び声がした。 「海、海、海。もっと左、左、左」 カメラマンの座席は後部右側。真ん前や左側はよく見えない。指示された側にカメラを振ると、黒い津波が陸上にも押し寄せていた。 東日本大震災の津波の恐ろしさに、世界中の人が気づいた瞬間だった。 撮影できたのは「偶然」この映像を撮影したのは、当時入局1年目の鉾井喬だ。ヘリでの撮影は研修を含めてこの日が4回目。4回といっても、実際に放送に使われたのは、前日に撮影した海岸の不法投棄現場の映像が初めてだった。 NHK
東京の多摩川沿いの浸水リスクがある地域で、「なぜか人口が増えている」ことをデータ分析ソフトを使って明らかにして、その背景を探りました。 次にこんな記事も書きました。 南海トラフ巨大地震によって津波の浸水が想定されている区域で、高齢者の施設がすごく増えていることを示した記事です。 どちらの記事も、誰もが入手できる「オープンデータ」と、後述する「GIS」という分析システムを使って隠れた事実を浮き彫りにした、データジャーナリズムのお手本などと紹介されたこともあります。 そしてつい最近手がけたのがNHKスペシャル「〝津波浸水域〟の高齢者施設」。蓄積してきた分析のノウハウを注ぎ込んだ番組です。 「データ分析」というと専門的で、すごく難しく思う方もいるかもしれません。しかし最初に述べたように私は数年前までは、パソコンを満足に使えない、データ分析とは無縁の「ガラケー記者」だったのです。本当に。 そんな私
「入ったら15秒で死ぬビルがある」などといわれるのに「日本よりここがいい」と家族が話すヨハネスブルクで支局長が見た南ア社会の深い断絶 おととし(2022年)の末から南アフリカのヨハネスブルクに駐在している。去年からは妻とふたりの子どもたちも日本から合流した。 ネットで「ヨハネスブルク 治安」などと検索すると、「世界一治安が悪い」「最恐都市」「入ったら15秒で死ぬビルがある」などと物騒なタイトルの記事が表示される。確かに治安がよいとはとても言えないから正直、家族を呼ぶことはためらった。 それが今では妻も子どもも「日本に帰りたくない。ずっとヨハネスブルクがいい」などと話すほどになじんでいる。 そこに、ヨハネスブルクが抱える巨大な矛盾があるのだけど。 いつかはアフリカに先月(2月)11日、私は西アフリカのブルキナファソの首都・ワガドゥグに向かっていた。ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアがアフリ
分析を身につけるには実際に「手を動かす」ことが一番の近道です。 分析ソフトと自治体のオープンデータを使った分析の進め方をとことん詳しく、マニュアル風にご説明します。やってみたいけど難しそう、わからない!という方の参考になればうれしいです。 (※あくまでもイメージをつかむためのものですので、詳しくはネットや参考書など他の情報もご覧ください) 今回のゴール地震による津波で浸水が想定されている区域に、子どもが通う施設がどのくらいあるのか。公開データから分析、可視化する。 以前、私が分析に携わったこの記事では、津波によって浸水が想定されている区域に、高齢者施設がどのくらいあるかを調べました。 このときのデータは、県や自治体などから取材で提供を受けたものがベースになっていました。そのままオープンにすることはできないので、今回は高齢者と同じく避難に手助けが必要な、「子どもの施設」に津波のリスクがあるか
ウォーターゲート事件の内幕を描いた映画「大統領の陰謀」(1976)の一場面に、ワシントン・ポストの記者と、「ディープ・スロート」と呼ばれる情報提供者との印象的なやりとりがあります。 互いの表情もはっきりしない薄暗い駐車場で、事件の核心に早くたどり着きたいと焦る記者に、ディープ・スロートは短くこう告げます。 “Follow the money.”(カネの流れを追え) 「大統領の陰謀」「カネ」が政治権力の重要な資源であり、その流れを追うことが政治的現象の理解に資することは、昔も今も変わりません。 現在、政治資金パーティを巡る不透明な「カネ」のやりとりが問題になっていますが、私が政治にまつわる「カネ」を調べるきっかけになったのは、島根県議会の「政務活動費」の取材でした。 県議会のベテラン議員が不正な工作によって140万円を受け取っていたことを明らかにし、報道の翌日に議員が辞職という事態になりまし
ここは「うどん県」香川。 ランチには1杯200円でおいしい讃岐うどんが食べられるし、飲んだ後も〆にはカレーうどんが定番です。 NHKに入ってから、函館、福岡、東京ときて、香川県の高松放送局で4か所目の勤務。未踏の地だったけど、瀬戸内海に面した風光明媚な土地だし、いい場所に来たなあ。 高松から東南アジアに進出するうどん店の経営者を追って、小型カメラ片手にシンガポールに出張したこともありました。カメラマン人生、満喫! そんな時、ある怪しい話を聞いてしまったのです。 「秋に高松で開かれる国際学会に、アフリカからおかしな参加申請が相次いでいる」 これは匂います、事件の匂いが…。 その暑い夏の日から、私の調査報道が始まったのでした。 楽しい高松生活、それが…高松に赴任して2年が経った、2015年夏のこと。 現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」が開かれ、街中で外国人観光客の姿をよく目にするようになって
国の「不都合な真実」を暴いた報道の裏側を公開します!記者たちが3年かけて厚労省の壁に挑んだ「作戦」とは? こんにちは。 NHKでデスクをやっている熊田といいます。(こんな人です) テレビのニュースって、1分半ほどの短い時間でいわば要点を伝えているだけなので「それって何を根拠に言っているの?」という声を最近よく聞きます。「どうせ当局のリークでしょ」と言われて、いやいや違いますよと、ガックリすることもしばしば。 ならばと、この「NHK取材ノート」で、私たちがどんな取材をして、何を根拠にどう発信しているのか、報道の裏側を公開するシリーズを始めることにしました。 第1回目に登場するのはこちら、木村真也デスクです。 彼がリーダーとなって報じた「戦没者遺骨取り違え問題」は、国にとっての不都合な真実を暴き、再発防止策を打ち出させるなど国を動かした報道として、ことしの新聞協会賞を受賞しました。 木村くん、
毎日めまぐるしく変わる新型コロナウイルスのデータを、24時間いつでも、誰にでも、わかりやすく伝えることは簡単ではありません。 NHKの新型コロナウイルス特設サイトの担当エンジニアとして奮闘しているのがこの「ジャージ男」。テクニカルディレクターの斉藤一成くんです。サッカー好きの彼のことをここでは「カズ」と呼ばせてもらいます。 NHKのエンジニアのほとんどは「放送」に関わる仕事をしていますが、そのなかでカズはウェブ周りのシステムの設計から開発、運用までを手がけるいわゆる「フルスタック」のエンジニアとして異彩を放ちまくっています。 「できるものはすべてオープンにしたい」というカズの提案で去年12月に始まったのが、NHKのサイトにある新型コロナ感染者のデータを誰でも自由にダウンロードできる取り組みです。 下のページにアクセスするとグラフの下に「データーのダウンロードはこちら」というリンクがあるのが
やりたいことがあっても、 壁にぶつかり、突き返されてしまう。 そんな悩みを抱えたことは、誰しも、一度や二度ではないと思う。 記者歴30年超の私もしかり。2015年から4年かけて調べていた、スティーブ・ジョブズと「新版画しんはんが」との結びつきについて、アメリカ取材を目指して番組提案をするも、採用されなかった。 しかも、次なる機会をうかがっているうちに、世界はコロナ禍に突入。齢よわい五十六。定年まであと3年半、もう残された時間は多くない。でも、あきらめてたまるもんですか。 前編はこちら アップル初期のメンバーも知らない2020年3月11日、WHO・世界保健機関は世界のコロナ感染症の流行を「パンデミック」と認定。ニュースもコロナ関連一色になりつつあった。アメリカ取材に行ける状況ではなかったが、何もしないわけにはいかなかった。 関係者の連絡先を見つけては、「ジョブズ」と「新版画」との結びつきを問
ジョブズよ、なぜ、語ってくれていなかったのか・・・ ジョブズは、2011年に亡くなっている。私が取材してきた「新版画」とのつながりについて、本人が直接話したり、書き残したりしたものは見つかっていなかった。 「ジョブズが直接、新版画に言及しているカギカッコがないことが最大の弱点でしたね」 これは、英語番組を一緒に制作した同僚の言葉だった。マッキントッシュの開発チームのメンバーやアップル社の幹部でさえ、誰も知らない。そう思わざるをえないほど、新版画とジョブズとのつながりは極めてプライベートで、ベールに包まれていた。 けれど、“状況証拠”はある。ならば、それを積み上げていくしかない。アメリカ取材に必ず行く。ビル・フェルナンデスさんがいるニューメキシコ州のアルバカーキがロケの最終目的地だ。50分の日本語番組は、きっとできる。 前年のリポートから番組まで一緒に仕事をしてきた荒木真登あらきまさとディレ
まずい、間に合わない。どうしよう。 その日、私は初めて訪れたシベリアで、荒野の中をとばす車の中にいた。 7月なのに、寒い。登山用の防寒着を着ているのに、肌にまで寒さがしみこんでくるようだ。でも、それはまだいい。 車がとんでもなく揺れる。道があったとしても、舗装されていないのだ。1つ数キロある撮影用の機材が、幾度となく跳ね上がる。まるで体全体に強い重力がかかっているようで、特にお尻が痛い。もうだめ。ワゴン車の座席に寝転がってしまった。 これまでの記者人生、岡山でサツ回りをしていた時も、東京に上がって夜中の張り番を繰り返していた時も、体力的にきついと思ったことはなかったのに…事前にあれだけ調べたのに、4時間かけて最初に訪ねた村が目的地と違っていたというショックも、拍車をかけているのだろうか。 ボーッと窓越しに、シベリアの原野を見る。こんなところに、しかも真冬に抑留されていた人たちは、いまの私に
「ご覧いただいている映像は、地震が起きたときの神戸放送局の放送部の様子です」 画面全体が激しく揺れている。机も椅子も棚も波打つようにスライドしていく。 「大きな揺れが繰り返し襲っているようです。いろいろなものが棚から落ちたり机から落ちたりしています」 放送局の泊まり当番で仮眠中の記者に向かって本棚が倒れてくる。 記者が間一髪に飛び起きると、次の瞬間、周りが真っ暗になる。停電だ。 直後、記者は電話へと飛びついた。 1995年1月17日午前7時に放送された、朝の全国ニュース「おはよう日本」。 震度7を観測した阪神・淡路大震災の揺れのすさまじさが初めてテレビで全国に伝えられた瞬間だった。 地震発生からすでに1時間あまりが経っていた。あの日、いったい現場で何が起きていたのだろうか。 錯綜する情報 混乱する現場午前5時46分。阪神・淡路大震災が発生。 NHK大阪放送局がテレビとラジオで放送を開始した
しかし、これは、 どう考えたって、変な組み合わせだ- 1984年1月24日。 スティーブ・ジョブズはステージの上にいた。 「これがあれば、なんでも思い通りに表現できる」 と、自信たっぷりに聴衆に訴えている。それは、アップル社が「マッキントッシュ」を世界にデビューさせた瞬間をうつした、過去の映像だった。 ただ、私の視線は、ジョブズではなく、マッキントッシュの画面に集中していた。そこに映っていたのは、1枚の絵。描かれていたのは、流れるような黒髪をくしでとかす妖艶な日本人女性だ。 「マッキントッシュ」に映し出された日本人女性の絵その絵は「新版画しんはんが」と呼ばれる日本の木版画だった。 ジョブズは、会社の命運を賭けた場に、なぜ、この絵を使ったのだろうか? このネタに私が出会ったのは、2015年のこと。以来8年間、ジョブズの知られざる素顔に迫ろうと、WEBの特集記事を書き続けた。日本語だけで7本。
沖縄は暑い。暑いのは嫌いだ。 汗、くさい。夜回りの車の中では、なおさら匂う。 どうして俺はこんなところにいるんだろう。 この思い、いま内ポケットに辞表を入れている君らにも聞いてもらいたい。 1年生記者が辞表を書くまでNHKに入ってから1か月の研修を終え、配属先を決めるとき、俺は沖縄放送局なんて希望していなかった。同期たちには一番人気だったようだが、本土復帰の経緯もよく知らず、米軍基地問題についても勉強不足だった。当時の人事は、なまじ知識があるよりはいいと考えたようだ。 大学時代はひたすら「文学」に浸って、学生に人気の学者や評論家のことばを振りかざしていた。政治を嘲弄し、経済を嗤い、メディアなんて俺が変えてやると思っていた。 入局の際の面接では「NHKに文化部を設立する」なんてことを言っていた。 それが…3か月で辞表を懐に入れていた。 もうやめる。やめるしかない。 サツ回りで「かわいがり」1
大学時代に書いた自分の卒業論文が、記者として初めての調査報道につながった。 森林の保全や活用に欠かせない、法律が定める自治体の「森林整備計画書」について大量の公開文書を調べたら、多くの自治体がどこかの文書を丸写ししていたことがわかったというもの。 日本の森林を守るための大事な行政の文書が「コピペ」…あらためて思った、 「日本の森林ってこのままでいいの?」 コロナ禍で見つけた卒論テーマNHK前橋放送局記者の田村華子です。 私がこの「森のネタ」を見つけたのは3年前、大学4年生のころでした。 学生生活で最後の新学期が始まったばかりの4月、新型コロナの「緊急事態宣言」が出て大学の授業も中止になり、困ったのが「卒業論文」です。 私の専攻は「森林環境資源科学科専修」といって、実際に森林に出て植物や動物の分布などを調べる「フィールドワーク」が主体でした。 北海道の実習先ででもフィールドワークはおろか外出
「東日本大震災を思い出してください!」 「命を守るため、一刻も早く逃げてください!」 「周りの人にも避難を呼びかけながら逃げてください!」 平日の午後、東京・渋谷のNHKのニューススタジオに、この日もアナウンサーの緊迫した声が響きました。 地震と津波が発生したことを想定した緊急報道訓練。大津波警報や津波警報などさまざまな想定で、頻繁に行われています。 この日もアナウンサーは、目の前のモニターに次々に表示される地震や津波のデータを読み上げながら、とるべき行動や注意点などを呼びかけていきます。 災害の危険が迫っているときに、NHKのアナウンサーがスタジオからみなさんに呼びかける、 「一刻も早く逃げてください!」 「川の近くには近づかないでください!」 といったことばのもとになるハンドブックがこちら。 「命を守る呼びかけ」という冊子です。 地震や津波、豪雨などさまざまな災害に対応した100以上の
「命を救うため、決して破ってはならない規則を破った」10年以上前の告白を確かめに行った記者、彼が聞いた真相とは 「命を救うため、私はルールを破った」 その話を彼から聞いたのは、記者になって4年半が過ぎたころ、仙台でのことだった。誰よりも空の安全を守ってきたはずの男の告白。ただ「本当は墓場まで持って行くつもりだった」という話を、私はどう扱っていいか分からず、書くことができなかった。 それから11年余り。外務省担当の記者になった私は、「極秘」の指定が解けて公開された「天安門事件」に関する外交文書を見て、驚いた。 これはあの時、彼から聞いた話ではないのか…。 私は意を決して、すでに引退していた彼に、会いに行くことにした。 その人は、空を守るその人の名を、赤木徹也さんという。 初めて出会ったのは、2008年11月1日。北海道を拠点にする航空会社エア・ドゥが、新千歳空港と仙台空港を結ぶ路線を開設した
「匿名記者に取材してみようか」 私たち「NHK取材ノート」編集部の定例ミーティングで、ある日「匿名記者」のことが話題になった。 ツイッターのプロフィール欄に「記者」と書いてある匿名のアカウントがこのところ増えていて、仕事の「あるある」ネタやメディア業界の話題などを発信している。 でもどうして「匿名」なんだろう? この「取材ノート」はもともと、取材の内幕やノウハウ、仕事の悩みなどを伝えていこう、取材者の「顔と名前」を発信していこうと始まったものだけど、「匿名」で発信したいという事情もありそうだ。 だから今回は対象をちょっと広げて、編集部が「匿名記者」のみなさんに直接話を聞いてみようということになった。 「匿名記者」とは?「匿名記者」に明確な定義はないし、辞書にも載っていない。 今回はこう定義した。 「プロフィール欄などに『記者』と書いていて、本名や所属する会社名などは伏せているアカウント。主
ネットにはときどき極端な意見の人と、それに追随する人たちがいます。私はこれまで「排外主義的な言論」を主張したり、時には行動で訴えたりする人たちについての取材を多く手がけてきました。 例えば4年前、弁護士に全国から13万件もの懲戒請求が送られた問題です。 2018年10月に「クローズアップ現代+」で放送しました。 そしてあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の内容を巡って大量の苦情や問い合わせなどの電話、いわゆる“電凸”が寄せられ、展示が一時中止に追い込まれた問題や、慰安婦問題を扱った映画「主戦場」の上映について映画祭がこちらも“電凸”を懸念して一時中止にした問題。 去年はテレビ朝日の情報番組「羽鳥慎一 モーニングショー」のコメンテーターの大谷医師が、PCR検査を巡る発言で炎上して一時出演できなくなった問題も取材し、7月に朝の ニュース番組で放送しました。 どれもこれも、いわゆる「
「東日本大震災を思い出してください!」津波警報のときに使われるこの呼びかけを初めて実践したのが、高瀬耕造アナウンサーだった。 それは震災から1年9か月後の2012年12月7日。三陸沖を震源とするマグニチュード7.3の地震で「津波警報」が発表された。 スタジオに駆け込んだ高瀬はキャスター席に座り、その横にベテランの武田がついた。手元のモニターには「東日本大震災を思い出してください」という呼びかけ文が表示されていた。 訓練では何度も読み上げてきたが、本番となるとためらいがあった。 (本当にこのとおり呼びかけていいのか。つらい記憶を呼び起こして傷つけたりしないか) 迷う高瀬の背中を押すように、隣の武田がその呼びかけを「読むんだ」というように指差した。武田の指も震えていたという。 (ためらいに飲み込まれちゃいけない) 高瀬は何度も強く呼びかけた。 「東日本大震災を思い出して下さい。命を守るために一
「これで言い渡しを終わります」 裁判長の事務的な判決が言い終わるやいなや、傍聴席から 「頑張れ!」「いつまでも応援するよ!」の大合唱。 ガラスのパネルで仕切られた向こう側の席にいた被告たちが 「民主を我らに!」「みんながんばろう!」などと言って拳を挙げ、刑務官に引っ張られ法廷をあとにしていく。 何度、こんな光景を見たことだろう。私はもう1年半以上、香港で裁判所通いを続けている。今やここだけが、市民の心の叫びを直接見聞きできる唯一と言っていい場所になっているから。 忘れないために書いておく私は2018年7月に香港に赴任した。2019年夏から本格化した大規模デモは年を越しても続いた。それを最初から現場で見続けてきた。 時に香港の未来を熱く語る若者たちに胸が熱くなったり、過激化するデモで混乱していく街の様子に心を痛めたりしてきた。 香港の抗議デモ(2019年)そして2020年、香港国家安全維持法
はじめまして、「NHK 取材ノート編集部」です。 ご覧いただきありがとうございます! このたびNHKの報道の記者を中心に「公式note」を立ち上げることになりました。 キャッチコピーは「取材ノート、ひろげます」 この記事は「NHK 取材ノート編集部」の最初のページです。 まず私たちがなぜ「note」を立ち上げたのか、どんな場所にしていきたいのか。「取材ノート、ひろげます」というコンセプトに込めた思いとともに、お話します。 どうしてNHKの記者たちが「note」を?編集部は全員が「報道記者」としてキャリアを重ねてきました。20代、30代が多く、行政や医療、災害、デジタルなど、専門分野はさまざま。全員に共通しているのは「テレビ」というメディアを主な場所として「ニュース」を伝えてきた経験です。 「テレビ」 このメディアが持つ影響力の大きさや魅力を私たちは実感し、信じ、誇りを持ってニュースを伝えて
NHKと「コード・フォー・ジャパン」と共催で去年10月に「教育」×「シビックテック」×「ニュース」をテーマに「ハッカソン」を開催したので、そこで得たこと感じたことを共有します。 約50人に参加していただき、2日間にわたってネットで議論を交わし、手を動かして、8つのアイデアが形になりました。 ちなみにトップの画像は、作業の合間にみんなで体操をしているところです。いやーおもしろかった! なぜハッカソン開いた? NHKでテクニカルディレクター(TD)をしている斉藤一成です。 前回noteに、新型コロナの取材データをオープンデータでご提供した経緯を書かせていただきましたが、 コロナ以外にもNHKが取材を通じて集めたデータはたくさんあります。日々のニュース以外に過去の番組で集めたデータも含めると、それはもう膨大な量です。 ハッカソンを開いたのは、こうしたNHKが集めたデータが、 ・社会でカタチを変え
「一票の格差」「夫婦別姓」などの大事な問題に判断を下す最高裁判所。 その裁判官にふさわしいかどうかを「私たち」が審査するのが、国民審査。 大事な一票なのに、衆院選に比べていまいちどころか相当影が薄かった国民審査について、今回初めて特集するサイトを作ったNHK記者たちの思いとは。 (サイトはこちらです) 記者にも「秘密のベール」に包まれた最高裁判所社会部で最高裁判所の取材を担当している私、田中常隆。記者として11年目で、最初の水戸放送局では主に原発と行政の取材を担当して社会部に異動してからは、政治家の汚職事件などを捜査する東京地検特捜部を担当(業界では“P担”と呼ばれる)。2018年からは裁判を担当(こちらは“J担”)し、去年の夏から最高裁を担当している。 最高裁の裁判官ってどんな人たちなんだろう。担当になって初めて挨拶した裁判官たちの印象は、「物腰が柔らかく」「偉そうな印象はまるでない」、
「僕らはこうして“不正”を⾒つけた」地方局の若い記者たちは、どうやって重鎮議員のカネの問題を明らかにしたのか 調査報道の裏側を紹介するシリーズ、前回は、多くの記者を動員しての「政治とカネ」の取材手法をご紹介しました。でも、それって大手メディアしかできないのでは? いえいえ、地方で、少数精鋭でもできます! 今回は、その実例。私たちが調査報道の手法を紹介するきっかけになった記事をご紹介します。 書いたのは、松江放送局(当時)の安井俊樹記者。彼はもともと、報道局の科学文化部で文化やサブカルの取材を専門としている記者でした。それが松江放送局への異動をきっかけに、地元の有力議員の「カネ」をめぐる問題に興味を抱くようになりました。 このスクープのあと、彼は異動した長崎放送局や、現在いる岡山放送局でも「政治とカネ」をめぐる独自の報道を続け、いまや調査報道「界隈」では知られる存在に。NHK内での研修や、ジ
番記者、それは特定の取材対象者に密着して取材を行う記者のこと。 スポーツ取材の分野では、プロ野球の球団ごと、サッカーのチームごと、それぞれ“番記者”がいる。政治の世界にも総理番、大臣番・・・、経済や社会の分野にも。 でも、独自の路線を歩む記者もいる。それがこの私。「プロレスラー番」だ。 もちろん、NHKは専属の「プロレスラー番」を置いていないし、あくまで自称。これまでの取材の中で、何かとプロレスラー議員に縁があったことが、そう名乗るようになったゆえんだ。 こんな運命をたどっているNHK記者は、たぶん私だけなんじゃないか。 なんで私がプロレスを・・・そもそも私は女子校出身で、毎日「ごきげんよう」と挨拶して育った。趣味は“推し”の韓国アイドルの動画鑑賞で、プロレスとは無縁の環境で生きてきた。「新日」と「全日」の違いもわからなかった。 最初の接点は、東京の政治部に配属された時、たまたまプロレスラ
いろんな感想を持つ人がいると思いますけど、私は揺さぶられました。ちゃんと答えなきゃ、と思いました。 この記事が書かれたきっかけとなったのが、私が書いたこちらです。 この記事の趣旨は、調査報道の価値を訴えるものです。発信後、大きな反響をいただきました。調査報道をやっている仲間たちはもちろん、読んでもらいたいと思っていた地方の若い記者たちや、霞ヶ関の最前線で取材している記者たちから、数多くのメールやメッセージをいただきました。何年も前に一緒に番組を作ったディレクター、沖縄時代の友人・知人からも。ありがたいことです。 ただ、前出の「やめたくなかったんだ」という記事を目にして、当初の趣旨とは少しずれるテーマではあるものの、心に突き刺さるものを感じました。これはちゃんとアンサー記事を書かなければ、と思いました。(獅子まいこさんとも直接、個人的にやりとりをさせていただきました。ありがとうございます)
東日本大震災の発生直後に、凄惨な被害を撮影したNHK仙台の報道ヘリ。搭乗した鉾井カメラマンと小嶋カメラマンの体験を、3月に「取材ノート」に掲載したところ、多くのメッセージをいただきました。 ネットでは報道ヘリについて厳しい意見を目にすることもあり、正直、記事を書く前は賛否が分かれると思っていました。しかし報道ヘリの役割について考えるきっかけになったというコメントが多く寄せられ、撮影した2人に届けさせていただきました。コメントを送っていただいた方、記事を読んでいただいた方に、改めて感謝申し上げます。 さて、記事にはたくさんの質問も寄せられました。 「報道ヘリって救助の妨げになっているのでは?」 「救助を求めている人の様子をテレビで伝えて、それで終わりなの?」 「NHKの報道ヘリ態勢ってどうなっているの?」 確かに、災害報道の際「報道のヘリの音で、現場で救助を求める人の声が聞こえなくなるのでは
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