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WW2の検索結果1 - 40 件 / 96件

WW2に関するエントリは96件あります。 戦争歴史軍事 などが関連タグです。 人気エントリには 『悠仁さまが秋篠宮家の「家庭教師」半藤一利に問うた難しい質問 | FRIDAYデジタル』などがあります。
  • 悠仁さまが秋篠宮家の「家庭教師」半藤一利に問うた難しい質問 | FRIDAYデジタル

    はんどう・かずとし/昭和5(1930)年生まれ。東大文学部を卒業後、文藝春秋入社。専務取締役を経て文筆業に。『日本のいちばん長い日』は終戦の日を描いたベストセラーとなり、映画化もされている。『ノモンハンの夏』『昭和史』『文士の遺言』など著書多数 「昨年、当時の天皇陛下の侍従から、『秋篠宮悠仁(ひさひと)殿下に、太平洋戦争はなぜ起こったのかを、わかりやすく話してください』という依頼があった。ですが、私は最初断ったんです。だって相手は小学校6年生の坊やですよ。そんな幼い子に単純明快に話せるようなことじゃない、無理です、と。だけど何度もお願いされて、じゃあさわりだけでも話しましょう、と出かけていったのが、8月15日でした」 秋篠宮悠仁親王は、まさに次代の天皇家を背負って立つ。その進講役として白羽の矢が立ったのが、昭和史研究家でもある作家・半藤一利氏(89)だ。秋篠宮家の”家庭教師”になったのが「

      悠仁さまが秋篠宮家の「家庭教師」半藤一利に問うた難しい質問 | FRIDAYデジタル
    • NスペPlus アウシュビッツ 死者たちの告白

      第二次世界大戦中、ユダヤ人の大量虐殺が行われたアウシュビッツ強制収容所。そのガス室跡の地中から発見された“謎のメモ”。書き残したのは、ユダヤ人でありながらナチスの大量虐殺に加担させられた「ゾンダーコマンド」と呼ばれた人たちだった。未だ多くの謎が残るホロコーストの実態。地中に埋もれていた「死者たちの告白」に迫る。 大量虐殺の実態に迫る鍵 第二次世界大戦中、ナチスドイツが組織的に行った「ユダヤ人の大量虐殺」。その犠牲者は、600万人に上るといわれている。中でもポーランド南部にあった「アウシュビッツ強制収容所」では、およそ110万人がガス室などで殺されたとされる。しかし、現場は終戦間際、証拠隠滅を図ったナチスによってほとんどが破壊された。アウシュビッツの跡地では、大量虐殺の実態の検証が今なお続けられている。 「犠牲者の遺品や資料から分かった事実を世界に伝えなければなりません。大量虐殺の実態は、未

        NスペPlus アウシュビッツ 死者たちの告白
      • 米国人に「日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか」と聞かれたら、どう説明しますか? | 日本とアメリカの終戦記念日は違う

        日本の終戦記念日は8月15日だが、アメリカでは日本が降伏文書に署名した9月2日を「戦勝記念日」としている。そのアメリカに住んでいると、日米開戦の引き金となった真珠湾攻撃について尋ねられることがある。ニューヨーク在住で日米中の歴史に詳しい作家の譚璐美氏は、つい先日もそんな質問を受けて……。 留学前に日本の歴史を学ぼう コロナ下の東京オリンピックが終わり、間もなく終戦記念日がやってくる。日本では8月15日、ラジオで昭和天皇が玉音放送を行い、「ポツダム宣言」を受諾したことを国民に告げた日を終戦記念日としている。これに対してアメリカでは、9月2日、東京湾に停泊した米戦艦ミズーリ号の甲板で、日本が連合国軍に対して降伏文書に署名した日を「戦勝記念日」としている。 私が長年アメリカに住んでいるせいか、日本の大学生からしばしば、「アメリカへ留学したいのですが、どんな準備をしたらよいですか?」と聞かれること

          米国人に「日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか」と聞かれたら、どう説明しますか? | 日本とアメリカの終戦記念日は違う 
        • これだけあった〝特攻隊員に覚醒剤〟外道の証拠 「チョコ包むの見た」証言から元教員が追跡 | 47NEWS

          Published 2021/08/15 07:00 (JST) Updated 2021/08/16 11:56 (JST) 太平洋戦争末期、米艦に零戦機などで突っ込み、時に〝軍神〟とあがめられたり、時に「無駄死にだった」と切り捨てられたりもした特攻作戦の悲劇。出撃前の特攻隊員には覚醒剤「ヒロポン」が与えられていた。この問題は真正面から研究された様子がないが、大阪の元中学教員の相可文代さん(71)は、勤労奉仕で覚醒剤入りのチョコレートを包む作業に従事した女学生の実体験を知ったことをきっかけに独自に調べ、このほど冊子にまとめた。 覚醒剤と知らされず服用し命を散らした若者らの悲哀と、上官や国家体制の無責任さ。志願制とは名ばかりの死への強制の中で、最後には薬物も使った特攻作戦はまさに「統率の外道」(大西滝治郎海軍中将)だ。「祖国に命をささげた美談のように語られるが、実際には覚醒剤による高揚感に

            これだけあった〝特攻隊員に覚醒剤〟外道の証拠 「チョコ包むの見た」証言から元教員が追跡 | 47NEWS
          • Dai Tamesue 爲末大 on Twitter: "第二次大戦について本をいくつか読むうちに自分が想像していたものと実際はずいぶん違っていたと思うようになりました。以前は、軍部に影響された政府が嫌がる国民や反対するメディアを押し切って戦争に引き摺り込んだというイメージをもっていました。"

            第二次大戦について本をいくつか読むうちに自分が想像していたものと実際はずいぶん違っていたと思うようになりました。以前は、軍部に影響された政府が嫌がる国民や反対するメディアを押し切って戦争に引き摺り込んだというイメージをもっていました。

              Dai Tamesue 爲末大 on Twitter: "第二次大戦について本をいくつか読むうちに自分が想像していたものと実際はずいぶん違っていたと思うようになりました。以前は、軍部に影響された政府が嫌がる国民や反対するメディアを押し切って戦争に引き摺り込んだというイメージをもっていました。"
            • 「日本に原爆を落とす必要なかった」米有力紙 異例の論説掲載 | NHKニュース

              75年前の広島と長崎への原爆投下についてアメリカでは「戦争を終わらせるために必要だった」とする意見が根強くありますが、有力紙ロサンゼルス・タイムズは「日本に原爆を落とす必要はなかった」などと主張する異例の論説を掲載しました。 この中では、当時のアメリカのトルーマン大統領は、ソビエトが参戦すれば日本の敗北が決定的になることを認識していたとしたうえで、「歴史的な資料は、原爆が使われなくても日本が降伏したであろうことを示している。それをトルーマン大統領や側近たちも知っていたことは、文書から明らかだ」として、日本に原爆を落とす必要はなかったと主張しています。 そして、アメリカで現在、人種差別が再び社会問題となっていることを踏まえ、「アメリカ人が自分たちの国の負の歴史を見直している今こそ、日本の都市に対する核兵器の使用について、国民の間で率直な対話をするのにふさわしい時だ」と指摘しています。 アメリ

                「日本に原爆を落とす必要なかった」米有力紙 異例の論説掲載 | NHKニュース
              • 原爆投下を「仕方なかった」と正当化&肯定する意見に反論する記事 - 日常にツベルクリン注射を‥

                もうすぐ76回目の終戦記念日、そして原爆投下の日を迎えます。コロナ禍の影響で去年に引き続き慰霊行事は縮小されてしまうかもしれませんが、例年8月になると、平和への想いを強くさせられます。 ところで、あなたは広島と長崎に落とされた原爆についてどのようにお考えですか? アメリカの調査機関であるピュー・リサーチ・センターが2015年1~2月に日米で同時に行った意識調査を見ると、アメリカ人全体の56%が原爆投下を「正当化される」と認識しているようです。 出典:原爆投下を正当化するのは、どんなアメリカ人なのか?|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト アメリカ人の中では未だに「原爆投下は仕方ない」「むしろ正しかった行為だ」という価値観を持つ人が過半数を占めます。そして、原爆を投下された側の日本人でさえ原爆投下を正当化している人が14%存在しているのです。7人に1人は原爆投下は「仕方なかった」とみな

                  原爆投下を「仕方なかった」と正当化&肯定する意見に反論する記事 - 日常にツベルクリン注射を‥
                • 山口二郎教授 菅政権のコロナ対策を見て「戦争に負けた理由がよく分かる」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

                  山口二郎法政大学教授が21日までにツイッターに投稿。菅政権の新型コロナウイルス対策を見ていると、日本が戦争に負けた理由が分かると記した。 山口教授は「菅政権のコロナ対策を見ていると、75年前になぜ戦争に負けたかよくわかる。オリンピック開催が国体護持と本土決戦、ワクチン開発が神風、竹槍戦術に代わってマスクしながらご飯を食べる方法を開発」当時の日本政府の対応と、現在の政権の対応を当てはめた。 さらに山口教授は「主観的願望を現実と思い込み、精神主義で問題解決ができると錯覚する。それを批判する者は非国民」と投稿した。

                    山口二郎教授 菅政権のコロナ対策を見て「戦争に負けた理由がよく分かる」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース
                  • 「原爆はなぜ日本に落とされたか」というテーマでマンガを描いてみた

                    2023年10月30日〜11月7日にかけてツイート連載(ポスト連載)したマンガのセルフまとめです。 多少詳しい方ならすでにご存知の話だと思いますが、自分の論点を整理する事とあえてマンガで語る事にも意義があると思い、書き起こしました。 なかせよしみ @11月3日の第23回いっせい配信「創作同人2023年11月」にて新刊の電子書籍を配信 @yosimin また少し、自分が物事をどう考えているかをまとめたマンガを作成しました。 今回のテーマは… 「原爆はなぜ日本に落とされたか」 その1 「ただの理由」と「正当な理由」(1/2) まずは、話の前提を少し整理 #漫画が読めるハッシュタグ #戦争 #哲学 pic.twitter.com/PwTZmECn3f 2023-10-30 08:24:38

                      「原爆はなぜ日本に落とされたか」というテーマでマンガを描いてみた
                    • 「インパール作戦」を強行した牟田口廉也中将 毎夜料亭で酒を飲み、芸者を自分の部屋に | 終戦、75年目の夏 | 文春オンライン

                      第二次世界大戦における旧日本軍のもっとも無謀な作戦であった「インパール作戦」惨敗の主因は、軍司令官の構想の愚劣と用兵の拙劣にあった。かつて陸軍航空本部映画報道班員として従軍したノンフィクション作家・高木俊朗氏は、戦争の実相を追求し、現代に多くのくみ取るべき教訓を与える執念のインパールシリーズを著した。 インパールを知らぬ世代、必読! シリーズ第3弾『全滅・憤死 インパール3』より、インパール盆地の湿地帯に投入された戦車支隊の悲劇を描く「全滅」の冒頭を一部紹介する。 (全3回の1回目。#2、#3を読む) ◆ ◆ ◆ 早々に過半の兵力を失う状況下で流れた噂 それまで勇将として畏敬されていた将軍が、暴将とか狂将といった評価に急変した。 ビルマ方面の日本軍を指揮した、第15軍司令官・牟田口廉也中将である。 昭和19年3月、多くの反対を押し切って、牟田口軍司令官がインパール作戦を強行した時は、一部で

                        「インパール作戦」を強行した牟田口廉也中将 毎夜料亭で酒を飲み、芸者を自分の部屋に | 終戦、75年目の夏 | 文春オンライン
                      • 731部隊、朝鮮人虐殺…不都合な歴史を「なかったことにしたい人たち」に感じた“怖さ” | 文春オンライン

                        あったことを無かったことにしたい人たちがいる。そんな怖さを感じた記事がこの夏にいくつかありました。 まずは「731部隊」についての企画記事を紹介します。信濃毎日新聞の「戦後78年 731部隊の記憶」です(8月11日~17日)。 第1回の記事は『県内元少年隊員2人にネット上で中傷の声 命懸けの証言「嘘」呼ばわり』。 戦時中、満州で細菌兵器開発や人体実験などの残虐行為を実行した731部隊について元隊員が命懸けで証言したら、ネットで「このジジイ、嘘ついてやがる。か、実在しない人物だな」などの誹謗中傷が少なくなかったという。 国の姿勢に「まだ隠そうとするのか」と疑問 731部隊の「少年隊」に入隊した清水英男さん(93)は、人体実験で犠牲になった捕虜や、故郷から遠く離れた地で亡くなった仲間のために「命を懸けて証言している」と語る。 同じく元隊員の須永鬼久太さん(95)は部隊の撤退時に上官から「公職に

                          731部隊、朝鮮人虐殺…不都合な歴史を「なかったことにしたい人たち」に感じた“怖さ” | 文春オンライン
                        • 飴308@2㌔マン on Twitter: "先日お邪魔したご高齢のお客さん宅。色々な作業が終わって、お茶を頂いた時に、自分の出身を聞かれて、お客さんの出身も聞き返したら、ちょっと難しそうな顔になって、 「北海道だけど、今は無い。」 と。なので千島か樺太かと思い、 「樺太ですか?」 と答えると、少し嬉しそうな顔に。"

                          先日お邪魔したご高齢のお客さん宅。色々な作業が終わって、お茶を頂いた時に、自分の出身を聞かれて、お客さんの出身も聞き返したら、ちょっと難しそうな顔になって、 「北海道だけど、今は無い。」 と。なので千島か樺太かと思い、 「樺太ですか?」 と答えると、少し嬉しそうな顔に。

                            飴308@2㌔マン on Twitter: "先日お邪魔したご高齢のお客さん宅。色々な作業が終わって、お茶を頂いた時に、自分の出身を聞かれて、お客さんの出身も聞き返したら、ちょっと難しそうな顔になって、 「北海道だけど、今は無い。」 と。なので千島か樺太かと思い、 「樺太ですか?」 と答えると、少し嬉しそうな顔に。"
                          • 欅坂46も立憲民主党議員も…「ナチスをもてあそぶ日本人」にドイツ人がドン引きする理由 | 文春オンライン

                            日本では、なぜ「ナチスのモノマネを気軽にしてしまう人」が後を絶たないのでしょうか。 デリカシーのない日本人の発言の数々 筆者はドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、ミュンヘンで育ちました。日本に来てから約20年。思い返してみると、来たばかりの頃、「日本とドイツのハーフ」であることを伝えると、よくこうリアクションされたものです。 「日独ですか。日独といえば、日独伊三国同盟ですね!」と。その後、発言者の多くが決まって「わっはっは」と大爆笑するのでした。 「日独伊三国同盟」は筆者ももちろん知っています。しかしなぜ自己紹介の際、それを持ち出すのか不思議でなりませんでした。というのも、ドイツでは「ナチス政権時代に日本・ドイツ・イタリアが同盟を結んでいたことを喜ばしく思うような発言」はタブーだからです。 この発言者の多くは高齢者でした。現在では戦争や同盟のことをあまり知らない人が増えたせいか、同じ

                              欅坂46も立憲民主党議員も…「ナチスをもてあそぶ日本人」にドイツ人がドン引きする理由 | 文春オンライン
                            • 「原爆の脅威」を隠蔽しようとした米軍のウソを暴き、歴史を変えた黒人記者 | 米軍に科学とファクトで立ち向かったチャールズ・ローブ

                              戦後、米政府は原爆の放射線被害を否定し、名ばかりの調査団を広島へ送って隠ぺいに努めた。そんな大本営発表を全米各紙が鵜呑みにするなか、ひとりの黒人記者だけは科学とファクトで当局の嘘を暴いた。彼の名はチャールズ・ローブ。歴史に埋もれたスクープ記事とその功績を振り返る。 日本への原爆投下と人種の関係 「ローブが原爆投下地を考える」──。1945年10月5日付の「アトランタ・デイリー・ワールド」紙にそんな見出しの記事が載った。広島が焦土と化してから2ヵ月後のことである。 黒人新聞の世界ではローブという名前だけで読者を惹きつけるのに充分だった。 チャールズ・ローブは黒人の従軍記者だった。第二次世界大戦中に彼が書いた記事の数々は全米黒人新聞協会を通じて全米各地の新聞に配信されていた。 ローブが冒頭の記事で伝えたのは、原爆で放出された死の放射線が、いかに広島市民の身体を蝕み、殺したのか、ということだった

                                「原爆の脅威」を隠蔽しようとした米軍のウソを暴き、歴史を変えた黒人記者 | 米軍に科学とファクトで立ち向かったチャールズ・ローブ
                              • 731部隊の元少年兵が激白…「残虐な人体実験が我々の日常だった」(現代ビジネス編集部) @gendai_biz

                                731部隊にいた10代の少年兵たち 「任務が終わった夜に同期の友人と会うと、お互いの業務内容を話していました。『今日は人体解剖をした』『軍用犬に細菌兵器を運ばせる訓練をしている』なんて人もいましたね。まだ10代でしたけど、当然施設内で生物兵器を作っていることも知ってましたよ」 たった14歳で731部隊に入隊した元少年兵の須永鬼久太氏(92)はこう語る。 関東軍防疫給水部本部、通称「731部隊」。満州のハルビン市近郊に拠点を構え、表向きには兵士の感染症予防や安全な給水システムに関する研究を行っていた。しかし秘密裏に非人道的な人体実験を繰り返し、実戦での使用を目指して生物兵器を開発していたとされる。 14歳から17歳という多感な青春時代を、須永は「日本陸軍史上もっとも残虐」とされる部隊で過ごした。戦後75年が経ち、731部隊の実情を証言できる元隊員は少ない。満州の地で、彼はいったい何を見たのだ

                                  731部隊の元少年兵が激白…「残虐な人体実験が我々の日常だった」(現代ビジネス編集部) @gendai_biz
                                • 「日本の戦争犯罪に時効なし」 ロシア外相、歴史でけん制:時事ドットコム

                                  「日本の戦争犯罪に時効なし」 ロシア外相、歴史でけん制 2022年09月28日18時49分 ロシアのラブロフ外相=24日、ニューヨーク(EPA時事) タス通信によると、ロシアのラブロフ外相は28日、第2次大戦の歴史をめぐり「日本の軍国主義の犯罪は時効がないものであり、忘れてはならない」と表明した。モスクワの外務省外交アカデミーで「軍国主義日本の犯罪」と題して開かれた国際会議にメッセージを寄せた。 予備役動員と住民投票が生む危険なエスカレーション プーチン氏の頭をよぎる「悪魔の選択」【解説委員室から】 ロシアによるウクライナ侵攻開始後、欧米と協調してロシア制裁を強化する日本に対し、歴史問題を持ち出してけん制したとみられる。ロシア軍の「戦争犯罪」の疑いが広く伝えられる中、ロシアの国内世論や学界の動揺を抑えようと、批判の矛先を日本に向けさせる狙いもありそうだ。 日ロ関係をめぐっては、ロシア側が2

                                    「日本の戦争犯罪に時効なし」 ロシア外相、歴史でけん制:時事ドットコム
                                  • 「不都合な真実」を暴くため、彼女はシベリアに飛んだ。疾走600キロ、ついに遺体が埋められた場所に…|NHK取材ノート

                                    まずい、間に合わない。どうしよう。 その日、私は初めて訪れたシベリアで、荒野の中をとばす車の中にいた。 7月なのに、寒い。登山用の防寒着を着ているのに、肌にまで寒さがしみこんでくるようだ。でも、それはまだいい。 車がとんでもなく揺れる。道があったとしても、舗装されていないのだ。1つ数キロある撮影用の機材が、幾度となく跳ね上がる。まるで体全体に強い重力がかかっているようで、特にお尻が痛い。もうだめ。ワゴン車の座席に寝転がってしまった。 これまでの記者人生、岡山でサツ回りをしていた時も、東京に上がって夜中の張り番を繰り返していた時も、体力的にきついと思ったことはなかったのに…事前にあれだけ調べたのに、4時間かけて最初に訪ねた村が目的地と違っていたというショックも、拍車をかけているのだろうか。 ボーッと窓越しに、シベリアの原野を見る。こんなところに、しかも真冬に抑留されていた人たちは、いまの私に

                                      「不都合な真実」を暴くため、彼女はシベリアに飛んだ。疾走600キロ、ついに遺体が埋められた場所に…|NHK取材ノート
                                    • 開戦 太平洋戦争 ~日中米英 知られざる攻防~(後編) - NHKスペシャル

                                      私たちは本当にこの世界を知っているでしょうか。激変する社会、生きる人々のリアル、そして大自然のスペクタクル。地を這う取材と圧倒的な映像、想像を超えたストーリー体験があなたの生き方をも変えるはずです。

                                        開戦 太平洋戦争 ~日中米英 知られざる攻防~(後編) - NHKスペシャル
                                      • なぜ「北方領土返還デモ」がウクライナで行われるのか……日本は思いにどう応えるべきか

                                        【編集部より】世界史に特筆されるであろう、ロシアによるウクライナ侵攻は、長らく平和を享受してきた日本人の外交・安全保障観にも大きな波紋を広げてきた。前ウクライナ大使の倉井高志氏に聞く「ウクライナ問題」。最終回は、問題が長期化する中で日本がどう向き合っていくべきなのかを論じます。(2022年9月14日取材:3回シリーズの3回目) 「同じ境遇に置かれている」 ――倉井さんの新著『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』(PHP出版)を読んでいて、実は最も驚いたのは、ウクライナの若者が北方領土の日に当たる2月7日に、ロシアに対する「北方領土返還要求デモ」を行っているという事実でした。 【倉井】私もウクライナに赴任して初めて知り、大変驚きました。

                                          なぜ「北方領土返還デモ」がウクライナで行われるのか……日本は思いにどう応えるべきか
                                        • 東京五輪の影響で…?NHKから8月6日の「原爆特番」がなくなる。地上波で43年ぶり【コメント更新】

                                          Search, watch, and cook every single Tasty recipe and video ever - all in one place! News, Politics, Culture, Life, Entertainment, and more. Stories that matter to you.

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                                          • 東京大空襲の証言ビデオ 20年以上放置 300人超の証言が封印の恐れ 都平和祈念館計画凍結で:東京新聞 TOKYO Web

                                            東京都が記録した東京大空襲など戦争体験の証言ビデオ300本以上が倉庫に放置され、活用されない状態が20年以上続いている。当初展示予定だった「都平和祈念館(仮称)」の建設計画は凍結。都は別の方法での公開には「本人同意が必要」とする一方、意向確認は進めていない。10日で大空襲から76年。証言者が高齢化する中、「無責任」と批判の声が上がる。(岡本太)

                                              東京大空襲の証言ビデオ 20年以上放置 300人超の証言が封印の恐れ 都平和祈念館計画凍結で:東京新聞 TOKYO Web
                                            • 「あしたのジョー」勝ったやつだけが勝者じゃない | NHKニュース

                                              物心ついたときには父も母も行方不明だった少年がボクシングを覚えて困難を乗り越えていく。漫画家・ちばてつやさんは代表作『あしたのジョー』に人間の弱さと強さ、そして人生の敗者はいないというメッセージを込めていました。井上二郎アナウンサーが聞きました。 (アナウンス室 聞き手 井上二郎 取材 網秀一郎 塚原泰介) ジョーはどうしてこんなに頑張れるのだろう 『あしたのジョー』(原作/高森朝雄 漫画/ちばてつや)は、ドヤ街に流れ着いた不良少年・矢吹丈がボクサーとして成長する姿を描いた作品です。昭和40年代に連載され、ジョーのライバル・力石徹が亡くなった時には、現実の世界で葬儀が開かれるほど大きな人気を集めました。これまで何度もテレビアニメや映画になってきました。 (井上) 実は、私、『あしたのジョー2』という映画が、生まれて初めて見た映画なんですよ。これだけ時代が変わって、人々の気質が変わっても、な

                                                「あしたのジョー」勝ったやつだけが勝者じゃない | NHKニュース
                                              • 米国は第3の原爆投下を計画していた

                                                テニアン島に到着した巨大なプルトニウム爆弾「ファットマン」。1945年8月9日に長崎へ投下された。(UNIVERSAL HISTORY ARCHIVE/GETTY IMAGES) 1945年の夏、米国が世界で最初の原子爆弾を投下したとき、戦争は永久に変わった。たった1個の爆弾が、都市とその住民を丸ごと消し去ってしまう時代が訪れたのだ。 米国は、7月にニューメキシコ州の砂漠で原子爆弾の爆発実験を行った後、8月に日本の広島と長崎に原爆を投下した。だが、長崎への投下から日本が降伏するまでの6日間、米国はこれで終わりとはまだ考えていなかった。次の原爆投下は間近に迫っていた。 長崎への投下で米国は原爆を使い果たしており、降伏しなければさらに原爆を落とすというのはハリー・トルーマン大統領の脅しだったとする主張が根強くある。しかし、それは決して単なる脅しではなかった。 第二次世界大戦末期、米国はできる限

                                                  米国は第3の原爆投下を計画していた
                                                • 祖父の遺品整理をしていたら出てきた“戦争終了まで部外秘”の資料→ものすごく貴重な物だという意見が一斉に寄せられる展開に「山本長官!」

                                                  Charlotte @sakura_MIU0604 そういえば先週、祖父の遺品整理をしていたら こんなのが出てきたんです。 戦争終了まで部外秘ってなってるけど、終わってるからいいよね?(´・ω・`) 日記には秋水っていう戦闘機の開発をしてて、エンジン等の図面が細かく手書きで書いてありました。 おじいちゃん頭良かったんだなぁ 山本長官もいた! pic.twitter.com/eHpk1mc03O 2020-07-22 21:12:32

                                                    祖父の遺品整理をしていたら出てきた“戦争終了まで部外秘”の資料→ものすごく貴重な物だという意見が一斉に寄せられる展開に「山本長官!」
                                                  • アメリカ人捕虜を殺してその肉を食べた…… “狂気の宴会”が行われた「父島事件」とは | 終戦、75年目の夏 | 文春オンライン

                                                    前年12月から日本軍によるアジア全域での残虐行為の立証が集中的に進められ、年明けからは捕虜虐待事件が広範に取り上げられていた。「父島事件」もその1つだったようだ。記事の見出しは「會(会)食に米飛行士の人肉試食 的場少佐の『父島の残虐』尋問書」。的場少佐とは、父島駐屯の独立混成第一旅団に所属する独立歩兵第308大隊長・的場末勇陸軍少佐のことだ。 記事の見出しには「人肉試食」とある 1947年1月14日東京朝日新聞より 問 同島(小笠原父島)最初の人肉試食事件は? 答(=的場末勇陸軍少佐) 昭和20(1945)年2月23日、米飛行士処刑の報告を橘将軍(陸軍少将)に行った際、私のための宴会で初めて飛行士の人肉が試食された。それは、橘将軍が第307大隊司令部に電話で甘藷(イモ)酒1斗と肉を届けるよう命じた。肉は加藤大佐の部屋で料理された 問 人肉であることを知っていたか? 答 そうだ 問 どのくら

                                                      アメリカ人捕虜を殺してその肉を食べた…… “狂気の宴会”が行われた「父島事件」とは | 終戦、75年目の夏 | 文春オンライン
                                                    • ポーランド、ドイツに戦争賠償180兆円請求 独政府は応じず

                                                      ポーランド与党「法と正義」のヤロスワフ・カチンスキ党首(2019年10月13日撮影、資料写真)。(c)Wojtek RADWANSKI / AFP 【9月2日 AFP】ポーランドは1日、第2次世界大戦(World War II)に同国が受けた損害は6兆2000億ズロチ(約180兆円)に上ると推定する報告書を発表し、賠償請求をめぐる交渉をドイツに求める方針を示した。 この日は、1939年のナチス・ドイツ(Nazi)によるポーランド侵攻からちょうど83年に当たる。ポーランドの事実上の指導者とされる与党「法と正義(PiS)」のヤロスワフ・カチンスキ(Jaroslaw Kaczynski)党首は報告書を発表した会議で、賠償金の大部分は「520万人以上のポーランド国民の死に対する」ものだと説明。人的損失の額は、各個人が生涯収入として国内総生産(GDP)に寄与できたはずだった額に基づき算出された。物的

                                                        ポーランド、ドイツに戦争賠償180兆円請求 独政府は応じず
                                                      • 『日本のいちばん長い日』-- 名作と言われるこの映画も、改めて見直してみたら愚かな茶番劇でしかなかった。 - 読む・考える・書く

                                                        半藤一利の原作をほぼ忠実に映画化した、岡本喜八監督の映画『日本のいちばん長い日』(1967年)。日本の降伏に至る最後の数日間、とりわけ8月15日の「玉音放送」までの24時間を、息詰まるような緊張感で描いた名作と評価されている。 以前見たときは確かに私もそう感じたのだが、最近改めて見直してみたところ、もう、この映画はただの茶番劇にしか見えなくなっていた。 脚本や演出が悪いのではない。役者の演技が大根というわけでもない。実際、この映画では、錚々たる名優たちがそれぞれの役を熱演していた。 鈴木貫太郎首相 - 笠智衆 阿南惟幾陸相 - 三船敏郎 米内光政海相 - 山村聡 天皇裕仁 - 松本幸四郎 下村宏情報局総裁 - 志村喬 井田正孝中佐 - 高橋悦史 畑中健二少佐 - 黒沢年男 徳川義寛侍従 - 小林桂樹 ダメだったのは、彼らが演じた人物たちそのものだ。 号泣する男たち この映画では、いい大人の

                                                          『日本のいちばん長い日』-- 名作と言われるこの映画も、改めて見直してみたら愚かな茶番劇でしかなかった。 - 読む・考える・書く
                                                        • 東京大空襲は熟慮なき「即興的破壊」だった 米側の内幕を描いたマルコム・グラッドウェルさんに聞く:東京新聞 TOKYO Web

                                                          第2次世界大戦中、10万人を超す死者を出しながら、海外ではあまり目を向けられない東京大空襲を取り上げたノンフィクションが、米国でベストセラーになった。「ボマーマフィアと東京大空襲」(光文社、桜井祐子訳)。著者で人気作家のマルコム・グラッドウェルさん(58)はなぜ、大空襲を主題にしたのか。何を学ぶべきだと考えているのか。オンラインでインタビューした。(北川成史) Malcolm Gladwell ノンフィクション作家・ジャーナリスト。英国生まれで、カナダで育ち、米ニューヨーク在住。ワシントン・ポスト紙の記者を経て『第1感』『天才!』などの国際的ベストセラーを著した。米誌タイムの「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれている。

                                                            東京大空襲は熟慮なき「即興的破壊」だった 米側の内幕を描いたマルコム・グラッドウェルさんに聞く:東京新聞 TOKYO Web
                                                          • 【太平洋戦争】ポツダム宣言受諾後も降伏しなかった日本兵 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

                                                            太平洋戦争が終結した後もジャングルに残った残留日本兵 残留日本兵と聞いて、パッと思い浮かべるのはおそらく、28年間グアムに居残った横井庄一さんと、29年間フィリピン・ルバング島に居残った小野田寛郎さんではないでしょうか。 敗戦の報を聞いて、大部分の人は悔しく思うと同時に「やっと国に帰れるぞ」と思ったはずなのですが、横井庄一さんの「恥ずかしながら帰ってまいりました」という印象深い言葉が示すように、当時の軍人には敗けてノコノコ帰るくらいなら死んだ方がマシというメンタリティを持っていた人が少なくありませんでした。横井さんや小野田さん以外にも大勢、居残って戦う道を選んだ日本軍人がいました。 ほんの一部ではありますが、あまり名の知られていない残留日本軍人をピックアップしていきます。 1. 大場栄 「あまり知られてない」と言っておいて、のっけから有名な方を紹介してしまいます。すいません。 大場栄さんの

                                                              【太平洋戦争】ポツダム宣言受諾後も降伏しなかった日本兵 - 歴ログ -世界史専門ブログ-
                                                            • とよ田みのる on Twitter: "クリスタの練習がてらに父から聞いた東京大空襲の日の話を漫画にしました。 1/2 https://t.co/37BaUx1Gkn"

                                                              クリスタの練習がてらに父から聞いた東京大空襲の日の話を漫画にしました。 1/2 https://t.co/37BaUx1Gkn

                                                                とよ田みのる on Twitter: "クリスタの練習がてらに父から聞いた東京大空襲の日の話を漫画にしました。 1/2 https://t.co/37BaUx1Gkn"
                                                              • “戦後日本人第一号”~真珠湾攻撃の捕虜・酒巻和男の生涯 | NHK | WEB特集

                                                                真珠湾攻撃から80年。 『特殊潜航艇』と呼ばれる小型の潜水艦で出撃し、ただ1人生き残って“太平洋戦争の捕虜第一号”となった日本海軍の軍人がいました。 過酷な環境の中を果敢に生き抜き、帰国後は日本の戦後復興を支えた男性の軌跡は今の私たちに何を示しているのでしょうか。 (名古屋放送局・徳島放送局・ネットワーク報道部)

                                                                  “戦後日本人第一号”~真珠湾攻撃の捕虜・酒巻和男の生涯 | NHK | WEB特集
                                                                • 志村けん「変なおじさん」と沖縄戦 傷を引き受け生き抜いた人たち - 琉球新報デジタル

                                                                  志村けんさん=2006年、群馬県 「このおじさん、変なんです」「そうです、私が変なおじさんです」―。新型コロナウイルス感染による肺炎で死去した志村けんさんが生み出したキャラの一つ、「変なおじさん」。有名なこのコントのオチで使われていた歌「変なおじさん、だから変なおじさん♪」は沖縄のミュージシャン・喜納昌吉さんの代表曲「ハイサイおじさん」が原曲だ。明るく踊り出したくなるようなメロディーで高校野球では沖縄代表の応援歌としてアルプススタンドでも響くこの歌を掘り下げると、過酷な沖縄戦、戦後を生き抜いた沖縄の悲しさ、強さが刻まれていた。 「ハイサイおじさん」は喜納さんが中学生の時に作り、1969年、21歳の時に、沖縄民謡の大家だった父親、喜納昌永さんのレコードに収録したもの。「ハイサイ」とは沖縄の言葉で「こんにちは」。歌詞の内容は、酔っ払いのおじさんと少年の会話で、「おじさんのはげは大きいね」「おじ

                                                                    志村けん「変なおじさん」と沖縄戦 傷を引き受け生き抜いた人たち - 琉球新報デジタル
                                                                  • 松浦晋也 on Twitter: "これ本当に不思議で「戦ったら石油も鉄も止められる」に決まってる。だから備蓄でできる短期決戦だといっても、そんなこと相手も分かりきっているから引っ張るに決まっている。つまり敗北は最初っから決定していた。そして各種シミュレーションでそ… https://t.co/USLY0MYdUB"

                                                                    これ本当に不思議で「戦ったら石油も鉄も止められる」に決まってる。だから備蓄でできる短期決戦だといっても、そんなこと相手も分かりきっているから引っ張るに決まっている。つまり敗北は最初っから決定していた。そして各種シミュレーションでそ… https://t.co/USLY0MYdUB

                                                                      松浦晋也 on Twitter: "これ本当に不思議で「戦ったら石油も鉄も止められる」に決まってる。だから備蓄でできる短期決戦だといっても、そんなこと相手も分かりきっているから引っ張るに決まっている。つまり敗北は最初っから決定していた。そして各種シミュレーションでそ… https://t.co/USLY0MYdUB"
                                                                    • 旧日本軍開発「風船爆弾」 基地についての調査資料見つかる | NHK

                                                                      太平洋戦争末期に旧日本軍が開発した「風船爆弾」の攻撃拠点となった基地について、旧厚生省が調査した資料が残されていたことが分かりました。基地の詳細な設置計画などのほか、戦後、基地があった土地の原状回復を求めて地元の住民らが国に陳情を行っていた経緯などが明らかになりました。 「風船爆弾」は、戦況が悪化する中、旧日本軍がアメリカ本土を直接攻撃しようと開発した兵器で、3か所の基地から放たれたおよそ9000個のうち300個ほどがアメリカに到達し民間人が犠牲になったとされています。 作戦に関連する資料は終戦時に処分が命じられたため、詳細な記録は残されていないとされていましたが、明治学院大学国際平和研究所の松野誠也研究員が国立公文書館に保管されていた文書を調査したところ、茨城県の大津基地について旧厚生省が調査した資料が見つかりました。 資料は、基地があった土地がどのように使用されてきたかをまとめたもので

                                                                        旧日本軍開発「風船爆弾」 基地についての調査資料見つかる | NHK
                                                                      • SIVA on Twitter: "50年ほど前はこれが日常風景だったんですなあ。1967年のTBSドラマ。ちなみに”傷痍軍人”が援助を乞うも人々に無視されてるシーン。 https://t.co/a9sdUZjXK9"

                                                                        50年ほど前はこれが日常風景だったんですなあ。1967年のTBSドラマ。ちなみに”傷痍軍人”が援助を乞うも人々に無視されてるシーン。 https://t.co/a9sdUZjXK9

                                                                          SIVA on Twitter: "50年ほど前はこれが日常風景だったんですなあ。1967年のTBSドラマ。ちなみに”傷痍軍人”が援助を乞うも人々に無視されてるシーン。 https://t.co/a9sdUZjXK9"
                                                                        • 「ゼロ戦」発見場所から人骨か パイロットの可能性も 千葉 | NHKニュース

                                                                          旧日本海軍の戦闘機「ゼロ戦」のものとみられる機関銃やエンジンが見つかった千葉県大多喜町の水田から、新たに骨の一部のようなものが見つかりました。付近では終戦の当日、ゼロ戦が墜落してパイロットが亡くなったと見られていて、今後DNA鑑定が行われる予定です。 終戦の当日大多喜町の水田付近では、ゼロ戦が墜落したという目撃証言などが複数残されています。 ゼロ戦のパイロットの遺族からの依頼を受け、幸治昌秀さん(77)は、機体が墜落した場所を探す活動を続けてきましたが、先月、地元の人などの協力を得て重機を使って水田を掘り起こしたところ、ゼロ戦に装備されていたと見られる機関銃やエンジンが見つかりました。 さらにその後調査を進めたところ、付近から数センチ四方の大きさの骨の一部のようなものが発見されました。 見つかった場所がいずれも非常に近いことから、亡くなったパイロットの遺骨の可能性があるとして、今後DNA鑑

                                                                            「ゼロ戦」発見場所から人骨か パイロットの可能性も 千葉 | NHKニュース
                                                                          • 祈りと異質な巨大芸術 平和祈念像 法王は今回も立ち寄らず | 西日本新聞me

                                                                            10月初旬、秋晴れの長崎市・平和公園は、さながら修学旅行生ラッシュの様相だった。平和祈念像前で写真撮影を終えた小学生たちに、女性ガイドが像の由来を説明していた。 台座と合わせ高さ約13メートル。青銅製の巨大な祈念像は南島原市出身の彫刻の大家、故北村西望が長崎市から制作の委託を受け、被爆10周年に当たる1955年8月に完成させた。以後、8月9日の平和祈念式典は毎年、祈念像前で開催。像は被爆地「祈りのナガサキ」の代表的なイメージとして世界的にも知られる。 ただ、11月に長崎を訪問するローマ法王フランシスコは、81年2月に来崎した当時の法王ヨハネ・パウロ2世に続き、祈念像には立ち寄らない。 偶像崇拝禁止? ヨハネ・パウロ2世の来崎時の長崎市長でカトリック信徒でもあった故本島等氏は、キリスト教が偶像崇拝を禁止していることなどを根拠に、法王が平和公園を訪問しなかった原因は祈念像にあるとの見方を示して

                                                                              祈りと異質な巨大芸術 平和祈念像 法王は今回も立ち寄らず | 西日本新聞me
                                                                            • 【論考紹介】咀嚼できるものを噛みちぎる:消耗戦環境を理解しているウクライナ(by Robert Rose)|Panzergraf

                                                                              本記事は、「咀嚼できるものを噛みちぎる:消耗戦環境を理解しているウクライナ」(Robert Rose, “BITING OFF WHAT IT CAN CHEW: UKRAINE UNDERSTANDS ITS ATTRITIONAL CONTEXT”, War on the Rocks, 26.09.2023)の紹介記事になります。著者のロバート・ローズ氏は米陸軍少佐で、訓練機関での勤務、アフガニスタンでの戦闘経験がある人物です。 2023年6月から始まったウクライナ軍の反転攻勢作戦に関して、その戦い方の拙さを指摘する声があります。そのような見解を指摘する人々はしばしば、ウクライナ軍がNATO流の(米軍流の)戦闘様式に習熟していない、ウクライナ軍はNATO軍や米軍のような戦い方ができていないと述べますが、ローズ氏はそのような指摘を否定的に捉えています。 以下、この論考の流れに沿って、内容

                                                                                【論考紹介】咀嚼できるものを噛みちぎる:消耗戦環境を理解しているウクライナ(by Robert Rose)|Panzergraf
                                                                              • 終戦記念日。「弔意の強制」概念を念頭に、甲子園の黙祷を見よう。 - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

                                                                                ともに、昨年の記事。 76回目の終戦記念日を迎え、甲子園にサイレンが鳴り響いた。 正午となった第1試合の5回裏、ノースアジア大明桜の攻撃が始まる前に試合を一時中断。ベンチの選手はベンチ前に整列し、審判は一塁側ベンチ横の通路前に整列。グラウンドの選手たちはポジションで脱帽して1分間、戦没者追悼のための黙とうが行われた。 聖地から、戦争の犠牲者に祈りをささげた。甲子園で終戦の日の黙とうは、63年の第45回全国選手権大会から行われている。 www.nikkansports.com 76回目の終戦記念日を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれた。天皇、皇后両陛下や戦没者遺族ら185人が参列し、日中戦争と第二次世界大戦で犠牲になった約310万人を悼んだ。(略) 天皇陛下は正午に黙とうをささげ、約2分間にわたり追悼のおことばを述べた。先の大戦に関連し、昨年に続き「

                                                                                  終戦記念日。「弔意の強制」概念を念頭に、甲子園の黙祷を見よう。 - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
                                                                                • 民間人に対する機銃掃射についての体験談(第二次世界大戦、日本)

                                                                                  発端となったのは、「田舎の風景に佇む白いワンピースの少女にノスタルジーを感る」という話題でした。 「夏の葬列」(青空文庫より) これについて、教育出版刊行の中学生向け国語科の教科書に掲載されております山川方夫「夏の葬列」の影響がかねて指摘されている旨の発言をさせていただきましたところ、「民間人の、それも子供を米軍の戦闘機がわざわざ機銃で射撃するなんてことがあったのだろうか」(概要)という、否定というよりも今ひとつピンとこないという反応を数件見かけました。次のTweetは、そうした反応を受けての発言となります。 森瀬 繚@びょういんぐらし @Molice 「夏の葬列」に描かれる、民間人の子供に機銃を撃ち込んでくる米軍機の存在を疑問視する向きがあるようですが、佐藤さとる氏の実体験がベースだという『だれも知らない小さな国』の戦時中エピソードにもあって、こちらは子供達が鬼ごっこのような感覚でそれを

                                                                                    民間人に対する機銃掃射についての体験談(第二次世界大戦、日本)

                                                                                  新着記事