壬生カズヲ @mibukazuwo @Americanmasaki こちらも隣の清瀬に3年住んでいて、たまに秋津を使っていたものの、知らなかったなあ。秋津ー新秋津の微妙な距離に萎える時もあったけど(笑) 2019-01-28 00:46:06
TigerPプレイヤー @TigerPPlayer 大阪駅ってもともと梅田駅らしいね。 私鉄との連絡道が限られてるから乗り換え不便らしいし。やっぱ乗客取られたくないんやね 2017-05-01 19:22:11 ニコニコ星 @nikonikoboshi 「なぜJRの大阪駅と難波駅は直通でいけないんですか?顧客のニーズにあってないと思います。」に対し罵詈雑言で答える大阪民。「顧客のニーズじゃなくてお前のニーズだろうが」「歩いて行けばいいですよ。40分もあれば着きますし、一本道ですし」 detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_de… 2017-05-07 13:42:04 リンク Yahoo!知恵袋 毎回不便に思うんですが、なぜJRの大阪駅と難波駅は直通でいけないんですか?天王寺あたりで乗り継ぎしないといけないし、地下鉄・私鉄は割高になるし。 毎回不
10/1~2の土日、臨海副都心の青海(あおみ)ではなく多摩地区の青梅(おうめ)に向かってしまったアイドルが続出。どちらも東京都内にあり、以前から間違える人は少なくなかったのですが、ただの見間違いだけではなさそう……?
JR東日本は7月6日、新宿駅新南改札前の広場を「Suicaのペンギン広場」と名付け、ICカード「Suica」のペンギンのブロンズ像を設置すると発表した。16日に除幕式を行う予定。 2016年3月にJR新宿ミライナタワーと同時オープンした同広場に、高さ約2.5メートルのブロンズ像を「新たな待ち合わせスポット」として設置する。ブロンズ像は「未来へ向かって歩んでいく姿」を表現し、「新宿エリアの未来を創造していきたい」との思いを込めたという。台座裏面には、Suicaの歴史を記載したカードパネルも設ける。 関連記事 シール貼った「痛Suica」、使って大丈夫? JR東「機器トラブルの恐れも」 「Suica」にシールを貼った“痛Suica”が一部ユーザーの間で利用されているが、JR東日本は「お客様にはシールを貼らないようご案内している」という。 東京の路線図を基板に描いたICカードケース 改札タッチで
北海道新幹線が開業し、並行在来線だった江差線が道南いさりび鉄道として新たなスタートを切った。地域情報発信列車「ながまれ号」は好評で、5月から運行開始する観光列車「ながまれ海峡号」の予約も順調だ。 その道南いさりび鉄道にはもうひとつ、ロマンチックなエピソードがある。なんと、路線の形が「北斗七星」そっくりだという。 いくらなんでも、それはできすぎ、言いすぎではないか。道南いさりび鉄道は五稜郭駅から渡島当別駅まで北斗市にあり、次の釜谷駅から木古内駅までは上磯郡木古内町にある。北斗市を通るからって北斗七星に似ているなんて、まさか……! では、確認してみよう。地図を元に道南いさりび鉄道の路線を描いてみた。
知っていますか?あの街に鉄道が走っていたこと 覚えていますか?あなたの街に駅があったこと 廃線・施設廃止になり変貌した風景・街並み ひと昔前の空中写真であの頃が蘇ります web otchee/From the air ここでは国土交通省の国土情報ウェブマッピングシステムで公開していた(国土地理院とやってることが被ってるので無駄と判定されたようです。非常に残念。)空中写真を使って、今は廃線や廃止となって地図から消えてしまった駅や施設等を追ってみました。 まだまだローカル線達が生き残っていた1974(昭和49)年度、1981(昭和56)年度の空中写真を用いています。画像内に記した記号、cku-81=1981年度、cku-74=1974年度の写真となります。また、画像サイズ上、上が北向きではないものもあります。方角は特に表記しておりません。また、画像内の黄色矢印は駅を示しますが、正確な位置を示し
普段はタクシーを使わない人にもオススメ 通勤や仕事関係での移動に、普段からタクシーを愛用しているという人はそれほど多くないだろうが、突然タクシーを探さなければならなくなることは珍しくない。人身事故で電車が止まってしまった、自家用車が出先で故障してしまった、という時にはとりあえず取引先へ迅速に移動するためにタクシーを使うこともあるだろう。また、体調を崩した時は普段歩ける距離でも辛く感じてタクシーに乗りたくなるかもしれない。 しかし、普段タクシーを使っていないとうまく拾えないということも多い。土地鑑のない場所や、駅など大きな施設のある場所でない時にはいつまで待っても拾えないという状態にもなりかねない。また、ホテルの入口や駅などタクシーが客待ちをすると考えられるところで待っているのになぜか来ないということもあるだろう。 そういう時には迎車を頼めばよいのだが、タクシー会社の連絡先を調べて電話し、今
JR東日本は12月2日、東京駅構内で目的地までのルートを案内するiPhoneアプリ「東京駅構内ナビ」を18日にApp Storeで公開すると発表した。無線ビーコンを活用し、現在地から目的地までのルートを分かりやすく案内してくれるという。 ナビゲーションサービスを検証するための実証実験で、利用は来年2月28日まで。利用状況の調査やユーザーアンケートなどを経て実用化を目指す。 東京駅の1階・地下1階・改札内コンコースが対象。ビーコンを約160カ所に設置し、アプリがビーコンの電波を受信して構内の地図上に現在位置を表示する。目的地を設定するとルートを表示する。構内の案内サインを目印にして進む方向を知らせるガイダンス機能や、現在地周辺のショップなど施設の情報から方角を特定する機能なども備えている。 iPhoneの内蔵コンパスと連動し、歩く方向に応じて地図が回転する機能も搭載。駅構内の施設の情報を地図
大江戸線は全線が地下区間、しかも深いことから「ゆめもぐら」なんていう路線名も一時は候補となっていたという。そんな大江戸線に月島駅から乗ろうとしたら意外と浅く、地下1階の改札階の真下だった。大江戸線は車体が小さくトンネルも小さいため、月島駅の場合は改札階からホームまでの階段は短く、浅い印象がさらに強くなる。一方、東京メトロ有楽町線の月島駅は大江戸線よりずっと深い。エレベーターやエスカレーターがあるので不便ではないが、大江戸線より深い位置にある。 実はこれ、とても珍しいパターンである。「地下鉄は新しい路線のほうが深い」という法則とは逆で、新しい大江戸線のほうが浅い位置にあるからだ。 鉄道に限らず、あらゆる陸上交通設備には「後から作られたものが地上より遠い」という法則がある。新幹線はほとんどの区間で在来線の上を走るし、大抵の高速道路は一般道路より高いところを通る。地下鉄も同じで、古い路線は地表に
老若男女もすなるブログといふものを、今更三十路もしてみむとてするなり。おでかけの時の写真をまとめるページ。
東京には、ちょう低いことで有名なガード下が何カ所かあるときいたので、見に行ってきた。ものずきな人たちといっしょに。今回はその様子をご覧いただこう。 実際に見てみたら、それはそれはうわさにたがわぬ低さだった。 そしてみなさんも、うわさにたがわぬものずき揃いだった。 (大山 顕) 都内4か所の名所 せんじつ、すてきな女性と品川で食事をしたあと、「泉岳寺のほうにちょう低いガードがある」という話になった。で、その足で行ってみた。そしたらほんとうに低くて、楽しかった。 このエピソードで重要なのは、大人になると妙齢の女性と低いガードに行って楽しむ、というすっとんきょな行動が許されるという事実だ。 かんちがいですかね。 ともあれ、中学生のときの自分に言ってやりたい。いまは耐えろ、そのうち女の子と低いガードくぐったりできる日が来るぞ、と。ただし20年以上先の話だが。 なんのはなしだっけ。 そうそう、で、各
by Gane 2015年に開業予定の北海道新幹線は青函トンネルを通りますが、青函トンネルは旅客、貨物のいずれにとっても輸送の要であることから、新幹線に貨物列車を搭載する「貨物新幹線」の運行が計画されています。かつて全国に鉄道網が張り巡らされていた時代、輸送の中心は鉄道でしたが、その後の道路整備によってトラックが取って代わりました。その後、1991年からは再びトラックから鉄道へ戻すモーダルシフトが推進されています。コロコロと事情が変わっていますが、なぜまた鉄道輸送に注目が集まっているのでしょうか。 ◆鉄道輸送になることで消費者が得られるメリット メリットその1:スケジュールが確実 メリットその2:中距離以上ではコストが下がる 鉄道のメリットの一つは定時運行が可能でスケジュールが読めるという点。決められたレールの上を走るため、交通が集中して渋滞する恐れはなく、人身事故や天災が起きない限りダイ
長野県伊那地方と岐阜県木曽地方結ぶ鉄道として計画されました。計画当時、飯田と名古屋までは、飯田線豊橋経由で約4時間かかり、中津川線が開通すると約半分の2時間で結ばれる構想でした。全線単線で、延長約37km、途中6駅と2箇所の信号所が予定されて、路線の半分がトンネルをしめる路線でした。 昭和42年着工で、飯田市内から工事が始まり、伊那中村駅~伊那山本駅付近から着工し、この付近では路盤やトンネルが完成していました。昭和49年開通を目指していましたが、山岳路線の為工事が難航し、神坂~昼神間の県境付近を貫く最長の神坂トンネル(延長約13km)の着工が昭和49年になってしまい、工事の遅れが中津川線の開通にブレーキをかけてしまいました。 当時の国鉄経営は危機的状況で、建設中の路線の工事凍結が叫ばれるようになりました。昭和55年に国鉄再建法が公布され、中津川線も工事が凍結され、後に廃止となってしまいまし
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