タグ

ブックマーク / finalvent.cocolog-nifty.com (7)

  • 中国軍事パレードで気になったこと: 極東ブログ

    昨日、北京では6年ぶりに行われた大規模軍事パレードで、西欧諸国を除く各国から多くの首脳が参加したが、なかでも注目されたのは、国際刑事裁判所(ICC)から、人道に対する罪および戦争犯罪の容疑で逮捕状の出ているスーダンのオマール・アル・バシル大統領が参加したことだった(参照)。以下、バシル容疑者と記す。 バシル容疑者が中国共産党政府からどのような扱いになるのかは気になることでもあったので、NHKの7時のニュースで記念写真を取る様子を見たところ、小柄ながら中央に目立つ韓国の朴槿恵大統領からずいぶん離れ、正面から見て右の端のほうにオマール・アル・バシル容疑者が映っていた。 バシル容疑者への人道に対する罪および戦争犯罪の容疑は、20万人とも30万人以上が殺害され、数千人がレイプされ、数百万人が避難民となった2003年以降のダルフール紛争についてである。具体的には次のようにまとめられている。2009年

    khiimao
    khiimao 2015/09/05
  • スコットランド! フリーダーム! SCOOOOTLAND FREEDOOOM!: 極東ブログ

    9月18日に独立の是非を巡ってスコットランドで住民投票が実施される。目下、独立賛成派が急進してきたようにも見えるので、いろいろと話題になっている。 これにはいろんな議論があるが、私は、スコットランドの独立はないだろうと見ている。理由はスコットランド社会が緩やかな変化を求めるだろうと思うからだ。逆にいえば、今後は緩やかに独立していくだろうし、日などから見ると、すでにかなり独立している。 もう一つ理由がある。たわいない理由だが、もしかすると、重要な理由かもしれないと思うのは、スコットランド人の自虐ユーモアセンスである。それが示す豊かな心がよい選択をするだろうと期待する。 ネットとかでいろんな他者からの反応に接して思うのだけど、「テラワロスw」みたいに侮蔑の笑いを投げかける人は、どっか心が病んでいるように思える。じゃあ、健康な心はなにか、というと、きちんと自虐ギャグで笑えることじゃないかな。そ

    khiimao
    khiimao 2014/09/13
  • 米国モルモン教徒とリアリティショーのこと: 極東ブログ

    書こうか書くまいか気になっていたけど、簡単に書いておこう。そしてこの話題、ごく簡単に最近流行の3行で言え的に言うと、タイトルは、「米国におけるモルモン教徒とリアリティショーの関係について」だ。 米国のリアリティショーでモルモン教徒が目立つようになった。リアリティショーというのは、実録物で、「サバイバー」(参照)などがある。日でも以前、似たようなのがあったし今でもあるのかもしれない。 モルモン教徒とリアリティショーというと、たぶん、普通の米人なら、「ああ、あれか」、「そうだよね」というふうに普通にわかることで、しかし、だからといって日人が知っておくべきことでもないような、ちょっと微妙な話題だ。ただ、この話題の根には日社会の今後の変化に関係する何かがありそうな感じはする。 気になっていたきっかけは、日版ニューズウィーク日版5・28の記事”元気印のモルモン教徒”というコラムだ。副題は「

    khiimao
    khiimao 2008/06/30
    アレのことか。
  • ミャンマー暴動メモ: 極東ブログ

    ミャンマー情勢は率直なところまるでわからない。なので、この件についてはノイズのようなものをブログで流すのはよくないのではないかとも思っていたが、これだけの騒ぎになるのだから、時代のログとして少しメモを残しておきたい。 まずミャンマーの政治状況についてなのだが、このブログでは3年前こ「極東ブログ: ミャンマーの政変、複雑な印象とちょっと気になること」(参照)で触れたことがある。この構図が今回の情勢の背景にもつながっているだろう(つまり軍内部の問題があるだろう)と思われるのだが、そうした背景まで含めた報道は、今回の騒ぎを報道するメディアではあまり見当たらないように思える。 全体構図からこの騒動を見て、誰が利して誰が困惑するかとだけ問えば、英国が利して、中国が困惑するとなるだろう。つまり大筋としてこれは中国潰しということだろうか。困惑の度合いは、毎日新聞記事「ミャンマー:中国、対応に苦慮 資源確

  • ミャンマーの政変、複雑な印象とちょっと気になること: 極東ブログ

    昨日ミャンマーの政変が報道された。クーデターと言ってもいいようだ。キン・ニュン首相は軍によって拘束された。隣国タイの首相府報道官は、駐ミャンマー大使からの報告として、キン・ニュン首相は汚職容疑で解任され自宅軟禁に置かれていると発表。ミャンマー国営テレビは代わってソーウィン第1書記の首相昇格を発表した。 キン・ニュン首相はミャンマー軍政内の序列三位にあり、軍主導ではあっても民主化にも理解を示す穏健派と見られていた。スー・チー氏とも対話し、国際社会との窓口役も務めていた。しかし、その成果を軍政トップのタン・シュエ議長を好ましく思っておらず、タン・シュエ議長はキン・ニュン首相を冷遇しているとの情報がすでにタイ経由で報道されていた。今回の政変はさらにそれを推し進めものなのだろう。 私の憶測なのだが、タン・シュエ議長は、外国勢力であるタイが序列四位のトゥラ・シュエ・マン大将を擁立してその地位を奪うと

  • キルクークを併合してクルディスタンが独立するまであと二歩くらい: 極東ブログ

    不安を煽るようなエントリもどうかと思うが、これは刻々とやばい道に進み出していると思えるので今の時点で簡単にエントリを起こしておこう。イラク問題だが、朝日新聞のように大義だけを他人事のように暢気に論じて済ませるわけにはいかない難問、つまり、クルド問題だ。 例によって日では報道されているのかよくわからないし、事態はそれほど問題でもないという判断なのか、このニュースをブロックする要素でもあるのか。話は、イラク北部キルクーク域内のアラブ人が補償金を得て帰還するということ。なぜそれがやばいのかは順を追って説明するが、まず事実から。27日付AFP”Thousands of Iraqi Arabs paid to leave Kirkuk”(参照)より。 Thousands of Iraqi Arabs have accepted financial compensation to leave the

  • ヴェトミンに参加した日本兵: 極東ブログ

    先日朝のラジオでヴェトミン(参照)の軍事指導に当たった残留日兵の話をしていた。今頃なんでこんな話が出てくるのだろうと奇妙に思ったのだが、クヮンガイ省に出来た士官学校の六十周年記念ということだった。この士官学校は現在はなく、軍敷地内に記念碑を残すだけだが、この機にもっと立派な記念碑を建てる計画があるそうだ。 この話は秘史ということではない。ウィキペディアのベトナム(参照)にも記されている。 戦後、フランスが再び進駐してくると、それに対するベトナム国民の抵抗戦争(第一次インドシナ戦争)が始まったが、この戦争には日軍兵士が多数参加した。当時、ベトナムには766人の日兵がとどまっており、1954年のジュネーブ協定成立までに47人が戦病死した。なかには、陸軍士官学校を創設して、約200人のベトミン士官を養成した者もおり、1986年には8人の元日兵がベトナム政府から表彰を受けた。なお、ジュネー

    khiimao
    khiimao 2006/08/06
    カモちゃん(鴨志田穣)の本にベトナムで偽日系人に会った話があるが、関係あるのか?
  • 1