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野尻抱介に関するmk16のブックマーク (4)

  • 『南極点のピアピア動画』著者解説 - 野尻抱介blog

    南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA) 作者: 野尻抱介,KEI出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2012/02/23メディア: 文庫購入: 19人 クリック: 626回この商品を含むブログ (120件) を見る 5年ぶりに私のが出た。なぜ5年間も出なかったといえば、5年前、2007年は初音ミク元年であり、またMake日語版が刊行された年であって、両者から大きな刺激をうけ、その実践にいそしんでいたからである。 だがこの5年間、小説を書いていなかったわけではない。表題作『南極点のピアピア動画』は初音ミク元年のうちに書かれた。執筆開始は2007年12月で、「みくみくJASRAC事件」「メルトショック」「鏡音リンレン発売」の頃だ。入稿してゲラ直しが終わったのが2008年の2月中旬で、MikuMikuDanceが発表される直前になる。 そんな時期に書いた作品だから、当時CGM/UGCに

    『南極点のピアピア動画』著者解説 - 野尻抱介blog
  • 東北紀行(1) ガイガーカウンターを持って福島へ - 野尻blog

    4月14日〜18日、車に寝泊まりしながら福島と宮城を巡ってきた。きっかけはTwitterで震災後の自粛ブームについて語らっていたとき、宮城県白石市在住のしっとマスクさんに「船岡城址公園の花見に来てください」と誘われたことだ。現地の人がそう言うのなら自粛することはないだろう。あわせて福島の放射能汚染を自分なりに調べることにしたのだった。 個人取材のつもりではあるが、ボランティアとして働くわけでもなく、他人から見れば野次馬にすぎない。気安く被災地に行くべきでないのは百も承知だ。 しかし表現者のはしくれとして、今回の被災地はぜひこの目で見ておきたかった。阪神淡路大震災のときは、日帰りできる距離なのに、現地に入ったのは三年後だった。それでよかったのかもしれないが、ずっと後悔している。被災地を早期に見ていれば、その後の復興にもっと積極的になれたかもしれない。 震から一か月以上がすぎて、内陸部のイン

  • はやぶさ帰還ニコ生中継・観測編 - 野尻抱介blog

    ニコ生中継班はnecovideo氏、その助手(通称“奴隷”)のボクネコ氏、三才ブックスの斎藤氏と私の4名になった。necovideo氏が航空券、レンタカー、ホテル宿泊を手配してくれた。空路でアリススプリングスに入り、そこからレンタカーで680km走ってクーバーペディに行く。ここを拠点に観測地をロケハンすることになった。 さらに心強いことに、宇宙開発ジャーナリストの松浦晋也氏と、はやぶさ理学チームの先生方二名がプライベートで現地を訪れるというので、アリススプリングスから合流することになった。 6月10日夜に成田を発ち、11日朝に乗り継ぎのケアンズに着く。そこからボーイング717で大陸中央のアリススプリングスへ、2時間半ほど飛ぶ。 アリススプリングスはアウトバック(outback、オーストラリア内陸部)の中心地として、以前からあこがれていた場所だ。初冬の澄みきった青空と酸化鉄で赤く染まった大

  • 初音ミクを金星に送る意味 - 野尻抱介blog

    初音ミクの絵を金星探査機に貼りませんか?というキャンペーン(以下、金星ミクキャンペーン)が始まっている。(署名直行リンク) これはSOMESATプロジェクトの臨時企画で、仕掛けたのは超電磁Pだ。 探査機や人工衛星に名前やメッセージを搭載することで応援を喚起しようとする試みは以前から行われている、いわば定番の行事だ。集まったメッセージはCD-ROMに焼いたり、金属プレートに縮小印刷して搭載する。 今回の金星探査機「あかつき」は「個人ならメッセージのみ。100人以上の団体なら絵が送れます」という方式だ。超電磁Pはここに着目して、署名を100人集めて初音ミク/はちゅねミクの絵を送ろうと考えた。権利者には事前に許諾を得ている。 100人の場合の原稿はセルを10×10に配置したイメージだ。セルごとに独自の絵を描いてもいいが、意思統一のうえでここに大きな絵を描いてもいい。絵はアルミプレートに特殊な方法

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