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unixとBSDに関するmoritataのブックマーク (5)

  • リーナスがLinuxを開発したというのは、どれほど「技術的に」すごい偉業だったのでしょうか?

    回答 (10件中の1件目) なんか呼ばれてる気がした。 「技術的に」はどうってことないものです。別の回答で私の書いた記事が引用されているので、その辺の歴史的なことはそっちを読めばわかると思います。「やればできる」範囲のことです。実際、あの記事には書きませんでしたが、そのちょっと前くらいに私の知人(日人)がフルスクラッチのUNIX互換マイクロカーネルOSを独力で書いてます。これも彼に言わせれば、「教科書通りに実装しただけ」とのことです。なお、UNIX系OSの実装は、いくつか教科書が出ています。また、「NET2」という4.3BSDのフリー(ってことになっていた)な部分のコードも公開された...

    リーナスがLinuxを開発したというのは、どれほど「技術的に」すごい偉業だったのでしょうか?
  • NetBSDを手探りで移植したときの話 - Qiita

    この記事は自作OS Advent Calendar 2020 7日目の記事となります。 はじめに 現在のオープンソースOSは、たとえばLinux開発ボードであればボードベンダーから移植済みのLinux環境が提供されたり、たとえばNetBSDであればクロスコンパイル環境が整備済みでドキュメントも用意されていて、最低限の移植作業で移植が完了したりします。 ぼくがNetBSDを移植した当時(1993年)はそうではありませんでした。ドキュメントもなくいろいろ手探りで、それも一人でやらざるを得ませんでした。苦労話のことは置いておいて、技術的にどういう物が用意され何を調べてどういう手順で移植していったかを記録に残せればと思います。(って前置きした割に苦労話が多いような気がします、すみません) かなり昔の話なので、けっこう忘れてることも多く、微妙に記憶が間違っていたりすることも、順番が前後していることも

    NetBSDを手探りで移植したときの話 - Qiita
  • 岸田孝一、Σを語る

    Interview with Kouichi KISHIDA by Steve Wright 岸田孝一、Σを語る 通産省の主導のもとに展開されているΣ計画には賛否両論の声がある。ここでは、このプロジェクト、ひいては日のソフトウエア産業がかかえる問題点について岸田孝一氏が語っている。聞き手であるSteve Wrightの紹介文(末尾に掲載)にもあるように、Σ計画の立案に重要な役割をはたした岸田氏は、最近その方向性に対するもっとも辛辣な批判者となった。その"軌道変更"の理由はどこにあるのか。岸田氏自身の言葉に耳を傾けてみよう。 UNIXとの出会い REVIEW:岸田さんは、日で最初にUNIXの商業的利用(つまり研究開発以外の実際のソフトウェア・ビジネスでの利用)を図った人物として有名ですが、UNIXに出会ったそもそものきっかけは何だったのでしょうか。このシステムのどこに意かれたのですか。

  • ZFS - FreeBSD Wiki

    Warning: this page is outdated. Instead, please see Chapter 9 of Frequently Asked Questions for FreeBSD … and Chapter 20 of the FreeBSD Handbook. General SUN's ZFS file system became part of FreeBSD on 6th April 2007. More about ZFS and OpenZFS: https://openzfs.org/ http://en.wikipedia.org/wiki/ZFS http://www.illumos.org/ More about the ZFS port to FreeBSD (the work was first presented on AsiaBSDC

  • BSD MAG

    The Power of Shell is in Your Hands

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