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ブックマーク / kamiyakenkyujo.hatenablog.com (3)

  • 大きな枠組みに目を向けさせないようにする - 紙屋研究所

    なぜ「自分のできること」の範囲に限定するのか 娘(中1)が「環境新聞」というのを学校の宿題で作っていて、横から眺めていた。 温暖化について書いている。 「結論は自分ができることを書かないといけないんだ」と言って、ムダな電気を消すとかそういうことを書いていた。 その後授業参観で、クラスの壁に貼られた、クラスの生徒たちがそれぞれつくった「新聞」を見る機会があったが、温暖化だけでなく、ごみの減量とか、プラスチックごみの縮減とか、さまざまな環境問題についてまさに「自分ができること」で締めくくられていた。例外なく全て。徹底した指示・指導なのであろう。 なぜ「自分のできること」の範囲に限定するのだろうか。どうして「2030年に8%という低すぎる福岡市の再生可能エネルギー普及率の戦略を引き上げる」とか「プラスチック全般に拡大生産者責任を徹底する」とか、そういう「大きな話」を書いてはいけないのだろうか。*

    大きな枠組みに目を向けさせないようにする - 紙屋研究所
    zzteralin
    zzteralin 2020/11/14
    体制は悪なので学生はヘルメット被って大学と戦おう
  • 戦争とコロナは同じか。「新しい生活様式」は吐き気がするか。 - 紙屋研究所

    大塚英志のこの記事を読んで思ったこと。 www.webchikuma.jp 戦争とコロナは同じか 第一に、戦争と感染症(ペストとかコロナ)は同じだろうかという問題。 大塚が「同じ」と言っているかどうかは後で触れる。 まずぼくはマルキストであるから、人間が起こしたものである戦争は人間の手で止められるというナイーブな楽観を持っている。別にマルキストでなくても戦争と感染症は違う、という出発点になるだろう。 しかし、例えば山崎豊子の小説を見ればわかるけども、戦争のような巨大な歴史の流れの前に、人間の良心的な行動や反抗はひとたまりもない、ということはしばしばある。大河の中に流されていく幼児のようなものに思える。 ペスト(新潮文庫) 作者:カミュ 発売日: 2017/03/10 メディア: Kindle版 この点でカミュが『ペスト』で表明した戦争とペストを「天災」と一括りにする感覚はリアルなものである

    戦争とコロナは同じか。「新しい生活様式」は吐き気がするか。 - 紙屋研究所
    zzteralin
    zzteralin 2020/11/13
    よくわかんないから武力蜂起でもするか
  • 『この世界の片隅に』の原作とアニメの距離――もしくは戦争についての創作はどう描くのが「成功」なのか - 紙屋研究所

    書いていたら長くなった。 先に要旨をまとめておく。 マンガ『この世界の片隅に』は前半が戦前・戦時の日常の描写、後半が主人公の心象であり「記憶」と「想像力」をめぐる物語である。他方、アニメ「この世界の片隅に」は、戦前・戦時の日常をそのまま再現・保存することにしぼられた作品であり、原作のもつ後半部分は後景に退いている。両者は別々の作品(別個の価値をもつ作品)である。 戦争小説戦争をめぐる創作(マンガ・アニメ・映画・ドラマ・演劇…)は手法と題材を選ぶことで、何かを強調し、何かを切り捨てるので、どんな作品であっても批判は呼び起こされる。多様な書き手が多様に描くことでしかこのジレンマは解決されないのではないか。 以下は、映画・原作のネタバレが含まれている。 「暗い」「つらいから読みたくない」と「楽しくて何度も読み返したくなる」 「女性のひろば」という雑誌(共産党発行)の2017年1月号に「『この世

    『この世界の片隅に』の原作とアニメの距離――もしくは戦争についての創作はどう描くのが「成功」なのか - 紙屋研究所
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