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東浩紀に関するggg123のブックマーク (16)

  • ブログにコメント欄を用意しないのは「一般意志2.0」を実現するため - 太陽がまぶしかったから

    ブログのコメント欄を閉じている このブログではコメント欄を用意していない。ブログのコメントは「ブログのコンテンツ」としての責任範囲を持つので、スパムやネガティブコメントへの管理義務が発生すると個人的には考えている。するとスパムの除去やネガティブコメントへの対処義務が発生してきて面倒である。 「管理者承認をしてから表示させる機能を使えばよい」というコメントもあったが、そもそも検閲みたいな事をする作業自体が面倒。Twitterやブクマでのコメントはいくらでもできるし、それを制限するつもりはない。しかし、「ブログのコンテンツ」として織り込むかまでは別問題である。 相談と義務感 ブログのコメント欄に書かれると返信義務や行動義務が発生しやすい。誤読や脊髄反射の自由は認めるが、それに対する返答や行動反映は辛いという距離感。言った側にとっては、そのつもりがなかったとしても、当事者間での密なやりとりになる

    ブログにコメント欄を用意しないのは「一般意志2.0」を実現するため - 太陽がまぶしかったから
    ggg123
    ggg123 2013/08/06
    もうネットでダイレクトに議論とかごくクローズドな範囲でしか無理だと思う。それでは集合知がとか言い出す人はもう古い。ついったや部米でワンクッション置いた間接的な対話や気づきがもっとゆるく集合してゆくはず
  • 東浩紀親娘と上流の友達

    東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma 娘があまりに上昇志向がないので「いい中学にいくと上流の友達といっぱい出会えるぞ(グフフ」と言ったら、「上流でなくても友達友達だよ」と返された。いいやつには育ったが、これからの格差社会を生き抜けるのだろうか。。 2012-11-03 12:07:08 伊賀電 @herobridge イノセントな娘と穢れた魂の父親wRT @hazuma: 娘があまりに上昇志向がないので「いい中学にいくと上流の友達といっぱい出会えるぞ(グフフ」と言ったら、「上流でなくても友達友達だよ」と返された。いいやつには育ったが、これからの格差社会を生き抜けるのだろうか。。 2012-11-03 12:10:13

    東浩紀親娘と上流の友達
    ggg123
    ggg123 2012/11/10
    うーむ。途中までしか読んでないけど、みんな子供に何か言って聞かせたからって子供がその通りなる(のが当然)とでも思ってるの?
  • 「金を持った人に読ませる努力をしなければ、どんなにありがたい言論も続くわけがない」:日経ビジネスオンライン

    思想家で小説家である東浩紀さんが編集長として2010年末に創刊した『思想地図β』が売れている。発売20日で2万部を超え、勢いは衰えを見せていない。思想系の雑誌としては「事件」といっていいほどの売れ行きだ。 これだけでも驚異的なのだが、『思想地図β』は、思想誌としての特集内容、さらにその売り方や売れ方まで「業界初」と言っていい試みにあふれている。 前回に続く2回目のインタビューでは、東さんに『思想地図β』のテーマをなぜ「ショッピングモール」にしたのか、その理由を聞いた。(聞き手は、柳瀬博一) (その1から読む) ―― 『思想地図β』の創刊号の特集は「ショッピングモール」でした。従来の思想雑誌では考えられない特集タイトルですが、これはすんなりと決まったんですか? 東 ええ。最初はショッピングモールしかないと思っていましたよ。言論業界では、ショッピングモールというと、「ファスト風土化」の象徴とし

    「金を持った人に読ませる努力をしなければ、どんなにありがたい言論も続くわけがない」:日経ビジネスオンライン
    ggg123
    ggg123 2011/03/11
    あたしはショッピングモールっていうと、田舎のヤンキー(厨房)がたむろってる姿を思い出しますね。
  • いまさらながら、「朝まで生テレビ~若者不幸社会~」東浩紀 ”退席” に思う - 橋本治とナンシー関のいない世界で

    「上野駅から夜汽車に乗って」改題 とうとう橋治までなくなってしまった。 平成終わりの年にさらに改題してリスタート。 東浩紀が堀紘一と対立し、「もうやってらんないよ」と席を立つ騒動となった今回の朝生。ツイッターで、「退席」というつぶやきを見て、いったい何が!と思っていたが、夕べやっと、録画してた番組を見た。 かつての野坂昭如と大島渚の怒鳴り合いを知る世代としては、なんか久々の爽快感だった。東浩紀がガチで切れてたというのもあるが、この「退席」騒動で今回の放送、救われたみたいなもんだ。 パネリストはこんな感じ。 東浩紀(早稲田大学教授、批評家) 猪子寿之(チームラボ代表取締役社長) 河添誠(首都圏青年ユニオン書記長) 勝間和代(経済評論家) 清水康之(NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表) 城繁幸(Joe's Labo代表取締役、作家) 高橋亮平(NPO法人「Rights」副代

    いまさらながら、「朝まで生テレビ~若者不幸社会~」東浩紀 ”退席” に思う - 橋本治とナンシー関のいない世界で
    ggg123
    ggg123 2010/08/01
    退席直後から生で見た。文化に自信を持って発信とか、金の話じゃ幸せになる方法はもう見つからないつまりカネ方向で勝つのはもう日本には無理とか参考になった。息子(21)も同じような意見だったので見直した。
  • 10/24放送の朝生にかかわる話のまとめ。(当方は途中から視聴)

    Twitterのつぶやきで「朝まで生テレビ」が盛り上がっていると知り、大体2時ごろから視聴開始。 増田は初めてなので至らない点があったらすみません。 テーマはずばり「激論!若者に未来はあるか?!」 議論は全体的に 若者代世代 対 大人(年配)世代という"世代間の見解の相違"といった様相。 パネリストの個々の細かい話は省略して、議論された論点について重要だと思ったものを整理。 この問題点の整理によって議論が活発になればと思います。 また、抜けている点、間違っている点などありましたらご指摘ください。 ○労働者より雇用が少ない →  財政政策では一時しのぎ →  「ベンチャー(雇用)を増やすべき」 ←→ しかしベンチャーは安定雇用ではない ○若者の考える社会的な問題・不満は何か? →  生活不安、将来不安 →  子供の養育も金銭的に困難なため少子化に歯止めが掛からず →  雇用減少、ワーキングプ

    10/24放送の朝生にかかわる話のまとめ。(当方は途中から視聴)
    ggg123
    ggg123 2009/10/26
    息子に直接民主制の話を聞いて、それってポピュリズムにならないのかと言ったら、「そんなの今だって同じじゃん」と言われた。確かに。
  • 批評について - hazumaのブログ

    ぼくはなにが専門というわけではないけれど、批評とはなにかについてだけは、ここ15年ほどえらく真剣に考えてきたという自負があります。 そんなぼくにとって、批評という行為については、もはやなにを論じているか、その対象やメッセージはどうでもよくなってしまう傾向があります。言いかえれば、ぼくは批評をメタ作品というよりも、ベタにひとつの作品として読んでしまうところがある。したがって、その社会的な影響力や「正確さ」なんてものは、究極的にはどうでもいい。むろん、多くのひとが批評を逆にそういう点でだけ読んでいるのは知っていますし、その受容は尊重しますが。 それは、シネフィルにとっての映画、アニオタにとってのアニメと同じだと考えればいいかもしれません。いかにひどい物語を語っていても、いい映画、いいアニメはありうる。ぼくはそれと同じように批評を読みます。ぼくにとって批評の魅力は、たとえば、文章の構成、問題設定

    批評について - hazumaのブログ
    ggg123
    ggg123 2009/03/26
    このひとの仕事にときおり慧眼を感じるのは、批評に愛を持っているからなんだな。愛とは自分ごとぶつかるもの。この人にはこの人の立つ地平のすべてが立ち上がってくるような視点をもった批評があると思う。
  • バカの身振り - kom’s log

    問題は、情報社会の発展により「言論の自由市場」が淘汰の場としては失効しているということ。東氏が島宇宙という(用語自体は宮台真司に由来。ただし、東氏においては若者文化論ではなくこれが全面化した状態が想定されている)のはそういう状態。それが、東氏における世界認識であり、かつ、ポストモダニズム系リベラルとして擁護する社会の姿でもある。 歴史認識問題じゃないんだよね http://blog.sakichan.org/ja/2008/12/15/not_issues_on_the_interpretation_of_hist ”「言論の自由市場」が淘汰の場としては失効している”のかもしらんが選択の場としては有効。選択のしかたにそれぞれの個人の”実感”が大きなファクターになるので、これが当の”大きな物語”の終焉、島宇宙の始まり、ってなことになるわけだけど、これまたよくできたお話ですな、と私は思う。参

    バカの身振り - kom’s log
    ggg123
    ggg123 2008/12/17
    援交を煽ったともいえるけど、時代はそう流れてたんじゃないかと思う。そういうのをうまくなぞって行くのが得意な人たちなんだ。だから、もしかしたら。。皆がどっちでもいいって思い始めてるのかもしれないんだ。
  • http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080821dde018040068000c.html

    ggg123
    ggg123 2008/08/22
    社会学のヒトって、分析はばっちりな感じはするのに、処方箋がいまいちはっきりしないのはどうしてなのかな。たぶん、この問題のある部分は安定雇用と一定水準の賃金に普通の努力で到達できれば解決するだろうけど。
  • http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080820dde018040052000c.html

    ggg123
    ggg123 2008/08/22
    今は、「おれは誰でもいいんだ感」や「おれは何にでもなれるんだぞ感」が広く醸成されている
  • http://www.hirokiazuma.com/archives/000395.html

    ggg123
    ggg123 2008/04/21
    前提としている世界認識みたいのが違う感じ。人が殺すのか国家が殺すのかとか。もちろん人が殺すんだけど、人は国家という幻想に動かされてそうするんだし。
  • デイジーチェイン・アラウンド・ザ・ワールド - 自然主義的リアリズムとまんが・アニメ的リアリズム - 宇野常寛が見落としているもの

    S-Fマガジン 2007年 09月号 [雑誌] 出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2007/07/25メディア: 雑誌 クリック: 6回この商品を含むブログ (32件) を見るようやくというか何と言うべきか。1ヶ月近く遅れてしまったが『ゼロ年代の想像力』第3回を読んだので言及しておこうと思う。今回の要旨をまとめると次のようになる。 90年代前半までを支配したジャンプ的なトーナメントシステムとは、社会が用意したルールの中で戦うことを意味している(筆者註:これは大きな物語を指していると思われる) そのシステムの崩壊は、震災+地下鉄サリン事件エヴァが象徴的な1995年に起こった。同年、ジャンプの人気を支えていた『ドラゴンボール』と『幽遊白書』の連載が終了、トーナメントシステムの時代が終わりに向かう。ここから時代は決断主義/サヴァイブ感の準備期間に入る 9.11、ネオ・リベラリズムの登場。引

    デイジーチェイン・アラウンド・ザ・ワールド - 自然主義的リアリズムとまんが・アニメ的リアリズム - 宇野常寛が見落としているもの
    ggg123
    ggg123 2008/03/12
    まあ現実逃避?例えば「鬼平犯科帳」なんか見てて、「ああ江戸時代っていいなあ」とか「鬼平のなかにいる自分」とか想像しちゃうのと同じ地平ってことかな。ってそんなキモチワルイこと考えてるの私だけか。orz
  • 『ゼロ年代の想像力』が用意した90年代とゼロ年代の対立軸 - デイジーチェイン・アラウンド・ザ・ワールド

    S-Fマガジン 2007年 10月号 [雑誌] 出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2007/08/25メディア: 雑誌 クリック: 7回この商品を含むブログ (15件) を見る相変わらずの周回遅れだが、第4回を読んだので言及しておこう。 『ゼロ年代の想像力』に関しては、第3回までを読んで『自然主義的リアリズムとまんが・アニメ的リアリズム - 宇野常寛の見落としているもの』というエントリで東浩紀、宇野常寛両氏の噛み合っていない部分を指摘した。第4回もあまり進歩的な内容ではなかったので当ブログの基的なスタンスも変わらない。両氏は相変わらず噛み合っているようには見えない。というか、宇野氏は東氏に上手く噛みつけていない。これが今のところの結論だ。 ただ、逆の視線を用意することは意外と簡単にできる。すなわち、どこに軸を置けば彼らの対立構造を素直に読み込むことができるのか、ということだ。今回はそ

    『ゼロ年代の想像力』が用意した90年代とゼロ年代の対立軸 - デイジーチェイン・アラウンド・ザ・ワールド
  • 『ゼロ年代の想像力』を読んだ僕たちにできること、あるいはできないこと - デイジーチェイン・アラウンド・ザ・ワールド

    遅ればせながらSFマガジン7月号に掲載された宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』を読んだ。第1回ということであまり詳しい内容ではなかったけれど、この連載は「いつまでも東浩紀や、彼に影響を受けた言説に支配されているようではどうしようもない。もっと多様性に富んだ批評がなければ、ゼロ年代以降の想像力が衰弱してしまう」ということを主張したいのだろう、つまりそれが宇野常寛の危惧していることなんだろうと考えている。俺はこれを正しいと思っていて、つまりは新しい作品群にもっと光を当てなければ新しい想像力が認められないまま、それこそ失われてしまうのではないかとは感じる。 だからこそ、彼はあえて挑発的な言葉を使ってこちら側に語りかけてきているんだろう。宇野常寛は、読者が動くことを期待している。ムーヴ、ムーヴ、ムーヴ。もちろん『ゼロ年代の想像力』をそのまま肯定しても構わないのだろうけれど、彼の意図としては、この疑問の

    『ゼロ年代の想像力』を読んだ僕たちにできること、あるいはできないこと - デイジーチェイン・アラウンド・ザ・ワールド
  • Hatena ID

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    ggg123
    ggg123 2008/03/12
    よるべなさみたいなのが炸裂する理由。
  • https://www.hirokiazuma.com/archives/000089.html

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    ggg123
    ggg123 2008/01/19
    慧眼なり。ガチなゲンジツにはもう感情をドライヴする力はないのか。もう少し大きいお兄さんたちは自己実現教みたいなのに萌えているのかもしれない。
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