彼は愉快そうな声音になり、覚えてないんだ、と言った。私は以前、彼から自転車をもらった。遠くまで乗れる、丈夫な自転車だ。悪くない製品だよと彼は言った。でも僕は自転車がとても楽しくなって、もっと速く走れるやつを買ったんだ。だからこれはあげる。 彼はその自転車に乗って私の家の最寄りの駅まで来て、電車で帰った。それからしばらく話をする機会がなく、一年ぶりに電話がかかってきたので、あのときはびっくりしたよと私は言った。だって相当な距離だものね、自力で走るなんてどうかしてると思った。そうしたら彼はちょっと笑ったような声で、覚えていないと言う。 私が適切なことばを見つけられないでいると、その日をふくむ二週間が僕の人生から抜け落ちたんだ、と彼は言った。今年の夏休みは海に行くんだというような口調で。 その夜、彼が携帯電話を見ると、「今日」と認識していた日から二週間が経っていた。彼は外してあった腕時計を手にと