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#思考に関するtakamatumoto7のブックマーク (113)

  • よく心理戦で「相手は私の思考を読んでこうするから、それに対し私はこうする」みたいな読み合いがありますが、ずっと互いに読み合っていたら無限ループで切りが無いはずです。どこまで読むのが正解なのですか?

    回答 (6件中の1件目) 僕は商売ではそういう心理戦をしませんが、恋愛的なことだと行います。 こういう心理戦の攻防は拮抗する2名の実力者が戦うことがないのです、おそらく一方が長けてるので巧みに相手の心理を読んだりコントロールします。 場合によって相手がそういう意識を持ってると先回りして読まれる方に回ったりもします。 大人の世界では、特に男の子は策略によってやられても、策略でやっちゃっても結果はオーライなので攻防を考えたときに相手を導くか、導かれるかでゲームをメイクします、女性もたいがいは同様で自分でゲームを主導するかされるかを読み合います。 女性は合理的な理由や断れないながれを重ん...

    よく心理戦で「相手は私の思考を読んでこうするから、それに対し私はこうする」みたいな読み合いがありますが、ずっと互いに読み合っていたら無限ループで切りが無いはずです。どこまで読むのが正解なのですか?
  • 愚かさについて

    書くこととは原理的に、ひとつの「愚かさ」を引き受けるという選択だと思う。 そしてそれは悪いことではない。「愚かさを引き受ける」とはぼくにとって「生きる」ことと同義なので、けっしてシニカルに言っているのではない。逆に言えば、愚かさの反対の「賢明さ」とは、それを究極まで突き詰めれば、何も言わないことであり書かないことである。あるいはたとえ言ったり書いたりしたとしても、それを突き放してみることである。世界から自分を隔絶することだ。そうすることはいかにも賢くみえる。 たしかにそうした態度がいちばん賢明な生き方であることは自明なのだが、さらに言えば、生きることはそもそも賢明ではないかもしれない。「最善のことは生まれなかったこと、生まれてしまったら今すぐ死ぬこと」というギリシア的ペシミズムは、思春期からこれまでずっと真理だと考えてきた(と同時に、真理だからどう?とも思ってきた)。 真理はいつも目の前に

    takamatumoto7
    takamatumoto7 2020/03/14
    “感情の力を軽んじ、aesthetics(美学)を持たないことが、この時代の大きな病だと思うのである。”
  • 確率とともに生きる – sociologbook

    新型コロナウィルス、というものが流行っていて、この春はすべてのイベントが中止や延期になり、公的な施設には閉鎖されるところもでてきて、学校も全国で一斉に休校にするかどうかという話があり、そのわりには朝の満員電車はあいかわらずで、それからやっぱりデマもとびかっている。 ドラッグストアやコンビニの店頭からマスクが消え去り、さらにトイレットペーパーがマスクと同じ材料で、もう中国から入ってこなくなるので売り切れるだろうというデマがひろがって、トイレットペーパーも店頭からなくなった。コストコに長蛇の列ができたとか、対応していたドラッグストアの店長がになったとか、そういう記事をたくさん読んだ。 いったい誰がどういう意図で流すのか知らないけど、30度ぐらいのぬるま湯を飲むと熱に弱いコロナが死ぬ、というデマもかなり広がって、さすがにこれは笑った。体温より低いやん。 まあ、しかし笑えない。若年者の致死率は低

  • 40代は人生の最悪期|遠藤 直紀(ビービット 代表)

    中年と言えば、若い時と比べてちょっと収入が増え、苦労も重ねて人として少し成熟してくるのに余命はまだまだ残されていることで、人生を謳歌できる最高の時期だと考えることもできます。 しかし反対に、これは50年以上前になりますが、1965年にカナダの心理学者エリオット・ジャックは、30代後半から40代にかけて、うつ状態の人が多く発生することを発見し「中年の危機」と名付けました。 それから科学的には実証されていませんでしたが、最近実施された世界132カ国における幸福感と年齢の関係を調べた最新の論文によると、人生における幸福感が最も薄れるのは先進国で47.2歳となり、すべての国で中年層が最も強く憂を感じる傾向を示すことがわかったそうです。「中年の危機」は実在していました。 人生の幸福感、47~48歳が最低 米研究(日経済新聞 2020年1月20日) 40代で幸福感はなぜ減少していくのでしょうか。一

    40代は人生の最悪期|遠藤 直紀(ビービット 代表)
  • コロナウィルスと社会的共通資本 - 内田樹の研究室

    先週のAERAに寄稿したもの。それよりさらに数日前に書いたものなので、その点を勘案してお読みください。 コロナウィルスの感染はこの原稿が掲載される日(注:2月25日)にどうなっているか予測がつかない。たぶん事態は今以上に危機的になっているだろう。それにしても、今回の事件に日社会の質的な脆弱性が露呈されたと思っている人は少なくないだろう。 私が日社会の弱さと思うのは「社会的共通資」という概念が定着していないことである。 社会的共通資とは人間が集団として生きるためにそれなしでは生きてゆけないもののことである。海洋・森林・河川といった自然環境、上下水道・交通網・通信網・電力などの社会的インフラ、そして行政・司法・教育・医療などの制度資がこれに当たる。これらの制度設計・管理運営は専門家が専門的知見に基づいて、理性的かつ非情緒的に行うべきものであって、政治と市場はこれに関与してはならない

  • 図書館はイベント会場か? – 國學院大學

    図書館の役割は、年々変わりつつある。近年は単にを貸し借りする場としてだけではなく、より「滞在型」へとシフトし、多様なイベントを開催する図書館も増えてきた。たしかに開かれた図書館としての魅力はあるが、過剰なイベント開催には疑問符がつく――と語るのは、『図書館の日史』(勉誠出版)の著者である新藤透・文学部准教授だ。 これまでにない通史としての図書館史を概観したインタビュー前編に引き続き、この後編で語っていくのは、現在の図書館だ。私たちの暮らしのすぐ傍にあるからこそ、図書館の役割、そして未来の姿を、改めて見つめ直してみたい。 前編では私から見た図書館史の魅力をお伝えしましたが、後編では、現在の日で多機能化している図書館の姿について語ってみたいと思います。 図書館の役割は時代と共に変わってきておりまして、現代の図書館は無料でを貸し出す場所ではなく、「地域の情報拠点」としての役割が求められて

    図書館はイベント会場か? – 國學院大學
  • 男と女の釣り合い考──「女のつらさ」と「イージーモード」|琥珀色

    2/14追記 文を基的に無料で公開してるのはサービス精神なわけですが、論への批判ではなく、「無料部分が長すぎて疲れた」とかいうわけのわからんいちゃもんを見かけて不快になったので、以後有料にします。尚、かつての有料部分にあったおまけ文章は削除し、すでに購入していただいた方しか読めなくしました。購入された方は「購入した記事」からアーカイブを読むことができるのでご安心ください。  この記事が刺さりすぎてしまった当事者と思われる人の感想を置いておきます。稿は、ある種の人にとってはかなりのダメージを受ける可能性があります。心して読んでください。 これが刺さりすぎて、まんま今

    男と女の釣り合い考──「女のつらさ」と「イージーモード」|琥珀色
  • VRなどを装着し、亡くなった娘と仮想現実で涙の再会。倫理面から批判の声が出るも、本人たちには救いに - AUTOMATON

    仮想空間へのダイブおよび、そこでの疑似体験を可能とするVR技術。その活用分野はゲームや動画コンテンツにはじまり、今では医療や教育現場、ビジネスなど、あらゆる方面に伸びつつある(関連記事)。そして今回、VR技術は故人との再会でさえも実現させることになった。 韓国の放送局MBCは2月7日、ドキュメンタリー番組「あなたに会えて」を放送した。その内容は、亡くなった娘とその母親を仮想空間の中で再会させるといったもの。YouTube上で公開されている番組の映像にて、VR機器を被っている人物が母親のJang Ji-sung氏。そして仮想空間の中で話す少女が、今は亡きJang氏の娘Nayeonさんである。 Nayeonさんは2016年、わずか7歳という若さでこの世を去った。原因は難病だったという。大切な我が子を失ったJang氏の悲しみは計り知れない。実際に氏は、娘を亡くしてから月に一度は必ず納骨堂を訪れて

    VRなどを装着し、亡くなった娘と仮想現実で涙の再会。倫理面から批判の声が出るも、本人たちには救いに - AUTOMATON
  • 家事分担の偏り、女性政治家が少ないこと。ひろゆきさんと考えた“日本の現実”

    SNSや書籍類で目にする機会の増えた「フェミニズム」の言葉。その題材である男女格差(ジェンダーギャップ)の感じ方は、個人の経験や環境が大きく影響するため、フェミニズムは「一人一派」と言われるほどに多彩です。 その多彩なフェミニズムは、実際、どのような言葉で語られているのか。その実態を探るため、「 #私たちのフェミニズム をみんなで語ろう」という企画を始めます。

    家事分担の偏り、女性政治家が少ないこと。ひろゆきさんと考えた“日本の現実”
  • 女性が考える「男女対等」の発想の狭さ|ショーンKY

    従前からの読者はご存知の通り、筆者はジェンダーギャップ指数を改善することを目的として、仕事への没入がどうしても要求されるリーダー職に女性が進出することを促進するため、女性稼ぎ手モデルの積極導入を提唱している。 リーダー職の滅私奉公性 私が女性稼ぎ手モデルを勧めるのは、ジェンダーギャップ指数の計測対象である社会的リーダー=政治家や管理職は、どうしても仕事への没入を求められがちだからである。 リーダー職は多くの人にとって重要な方針を決める権限を預かっているがゆえにリーダー職なのであり、職業倫理として「滅私奉公」(※ここでの「公」は有権者や部下)が求められ、私事を優先すればどうしても「身勝手」との誹りを受けやすい。例えば、直近では伝染病の流行が危機的状況にあり、厚生労働大臣ともなれば多くの人の命を預かっている状態だが、ここで大臣がゴルフにでも出ていれば政治的スキャンダルになるだろう。最近環境相が

    女性が考える「男女対等」の発想の狭さ|ショーンKY
  • きたにひと

    大学ノートが研究の基礎作業には使いづらいものであることは、私のように実証的研究から研究をスタートさせた者にとっては明々白々であった。平行して資料を読むのに向いていないし、統計を作るのにも向いていなかった。執筆するときにノートを探し、必要箇所を発見するのも煩雑であった。ゼッロクスコピーが登場したのはずっと後だったし、湿式コピーがあったが、不鮮明な上、高価であった。あの頃湿式でコピーした文献はいま見るともう判読すら不可能なくらいに変化してしまっているものもある。要するに、書き溜める以外に方法はなかったのである。痛むペンだこと手首の疲労を気にしながら、資料を要約し、書き写す、これが毎日の作業であった。 大学院生の頃の私のノートづくりに大きな影響を与えたのは、レーニンが『帝国主義論』その他執筆準備のために作った21冊のノート、いわゆる『帝国主義論ノート』であった。ドイツ語訳が1957年に出版され、

    takamatumoto7
    takamatumoto7 2020/01/30
    “文献から必要部分をコピーしファイルすればそれだけで仕事が進んでいると勘違いし、コピーした文献に蛍光ペンで線を引けば理解した気になる。これでは知的能力が低下するのは当たり前ではないか。”
  • クソリプマンもどきは小さい頃から始まってる..."てにをは"や"接続詞"を読み飛ばすせいで「どこにも書いていないことを読む」人たち

    小林幸子(。◕ ∀ ◕。)凡夫 @sateco 頭の良くない人って、テキスト読ませると「書いてないことを読み上げる」んだよね。てにをは、接続詞、助詞など細かいところまで丁寧に拾って読めないの。雰囲気で読んでるの。だから私は家庭教師や塾講師、知人の子の勉強を見る時はまず一番最初に「教科書声に出して読んでみて」って学力チェックする 2020-01-28 20:36:00 小林幸子(。◕ ∀ ◕。)凡夫 @sateco そうするとやっぱり「うわー、全く書いてないことを読み上げてるわー…」というケースが必ずある。「書いてある通り、そのまんま、ただ読めばいいだけ」なのに、それができない。「どこにも書いてないことを読む」って、ツイッタランドのクソリパーだけじゃなく「小さい頃から」始まってるみたいだよ 2020-01-28 20:39:29 小林幸子(。◕ ∀ ◕。)凡夫 @sateco そんで人に指摘

    クソリプマンもどきは小さい頃から始まってる..."てにをは"や"接続詞"を読み飛ばすせいで「どこにも書いていないことを読む」人たち
  • 嫌いなものに美点を見出す - steps to phantasien

    自分は Twitter や Facebook などのソーシャルメディアが好きではないが、これらが発明した良いアイデアには目を向けたほうが良いと最近は心を改めた。 Twitter の良さ: 文章は可能なら短い方が良いと示したこと。そして短い文章を映えさせるためにコンテンツ体以外の装飾を取り払ったこと。 Twitter 以前は、文章は長い方がエラかった。これは単純化しすぎた主張だが、長い文章を書いたり読んだりする方が偉い風潮は少なくとも一部にはあった。今やオンラインでそういう立場を取る人はマイノリティになった。これは Twitter だけの功績ではないかもしれないけれど、果たした役割は大きいと思う。 長い文章はしばしば読むよりも書くほうがラクなので、短い文章は書き手の負担が大きい。コンテンツが希少な時代は書き手に権威があったので長文を書き散らすことができたが、コンテンツ過剰な現代は書き手がエ

  • 差別Aを差別Bと優劣をつけてはいけない 『私は本屋が好きでした』への問い|よはく舎/小林えみ|note

    『私は屋が好きでした あふれるヘイト、つくって売るまでの舞台裏』については発売前から楽しみにしていた1冊でした。 永江朗さんは出版関係者が一度は記事やを目にしている出版関連の著名なライターのひとりですし、私は版元の太郎次郎社エディタスさんとも親しくしています。 まず私もレイシズムの流れには抗するべきだと考えています。 そして永江さん・版元にも同様の気持ちをもってこのを出されたことは大事なこととして受け止めています。 ただ、このを実際に読み、いくつかの違和感を感じました。特に下記の1点「ヘイトとポルノは違う」は看過しがたいものとして受け止めています。 はじめに、私はポルノ=悪、排除すべきものと思っておりません。 下記は「差別Aを差別Bと優劣をつけてはいけない」という指摘です。 また、なぜそのことを先に書くか、というと、稿は公開前に何名かの方に見て頂いたのですが(最終文責は私にあ

    差別Aを差別Bと優劣をつけてはいけない 『私は本屋が好きでした』への問い|よはく舎/小林えみ|note
  • テクノロジーをどう捉えるか | 地政学を英国で学んだ

    数カ月ぶりの更新となってしまいましたが、まずは明けましておめでとうございます。年も引き続きよろしくお願いします。 さて、久しぶりに要約を行ってみましょう。これは私がいま最も関心を持っているテクノロジーのとらえかたに関するものですが、英エコノミスト誌のクリスマス増刊号に掲載されていたものです。

    テクノロジーをどう捉えるか | 地政学を英国で学んだ
  • ネット言説における「合理性」信奉 - 道徳的動物日記

    もしかしたらこのブログの読者ならご存知かもしれないが、私にはインターネット中毒の傾向がある。 特に、Twitterはてなブックマークはついつい見てしまう。 会社でフルタイムで働きだすようになってからはを読める時間が減った一方で、インターネットを見る時間は増えてしまった(仕事の合間にもブラウジングしてしまうことは可能なためだ)。 だが、中毒であるということは、なにも好きこのんで意欲的にネットを見ている訳ではないということだ。 むしろ、Twitterはてなブックマークで見れるような人々の意見やコメントにはうんざりさせられることが多い。 ところで、ここ数ヶ月は、生活習慣や生活環境を変えたことで、学生時代ほどではないが多少は読書をする時間を取り戻すことができた。 そして、しばらくネットの海にひたった後に改めて読書を再開すると、ネットに書かれていることとに書かれていることとの傾向の違いを以前

    ネット言説における「合理性」信奉 - 道徳的動物日記
  • 生きる苦しみよ、こんにちは。『現代思想 2019年11月号 反出生主義を考える』読書会|江永泉

    2019年12月8日、闇の自己啓発読書会は都内某所で、『現代思想 2019年11月号 特集=反出生主義を考える―「生まれてこないほうが良かった」という思想』読書会を開催しました。書に寄稿している木澤佐登志さんを囲み、関連する思想家について、生まれてきてしまった苦しみとどう向き合うかなどについても話し合いました。(12月25日一部修正) ※これまでの活動については、こちらをご覧ください! ■参加者一覧 役所【暁】 編集者。生きづらさを常に感じている。最近よく聴く曲(CD)は、アリスソフト「アリステーマソングコレクション」。 【江永】泉 のさ者。やっていき感に常に餓えている。最近よく聴く曲(MV)は、CQ CREW「Drunken Forest / Moon」。 【ひで】シス。不眠で悩んでいる。最近よく聞く曲はSuper Bell”Zの「'18」。 【木澤】佐登志。無職。 ■まずは、全体の

    生きる苦しみよ、こんにちは。『現代思想 2019年11月号 反出生主義を考える』読書会|江永泉
  • トロッコ問題のバカらしさを、頭の悪いひとにもわかるように解説します反社会学講座ブログ

    こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。『教職研修』1月号掲載の連載記事で、トロッコ問題の問題点を指摘しました。ことの経緯は、ある小中学校で、授業を担当したスクールカウンセラーがいわゆるトロッコ問題を取りあげたところ、親から苦情が来て、学校側が謝罪したというもの。 ネットを見ますと、トロッコ問題そのもののバカバカしさに気づかない論理思考力欠乏症のひとたちが、苦情をいった親をモンペと決めつけたり、謝罪した学校の態度を批判したりと、お粗末な感情論ばかり。そんなひとたちのために、トロッコ問題のどこがヘンなのか、解説します。 まずは、トロッコ問題をご存じないかたのために説明を。手書きのきたない絵ですいません。ブレーキが壊れたトロッコが暴走し、こちらに向かってきます。線路の先には5人の作業員がいて、このままだと轢かれて死にます。あなたが手動でポイントを切り替えればトロッコの進路を変えられますが、そち

  • 哲学対話とマジョリティについて - はれ ときどき てつがく

    いつからか、「自分には見えないものがたくさんある」と思うようになった。 例えば差別を受けてきた人や、様々な困難とともにある人から聞く体験が、表面上は理解できても、リアルに感じられないことがある。自分の何気ない発言が、知らずのうちに誰かを傷つけてしまうことがある。様々な話し合いの場に参加するなかで、自分には全く見落としてしまっていたり、存在すら感じられないものがある、ということに徐々に気づいてきた。 はじめはこれらの「見えなさ」の原因を社会に求め、その構造を探究しようとしていた。「当事者」の声を隠蔽するシステムが何かあるのだろう、それはどういうものだろう、と。しかしあるとき、この疑問は「自分にはなぜそれらが見えないのだろう?」という問いに変換しないと意味がない、とふと気づいた。そして出てきた答えはシンプルだった。 なんのことはない、それは自分がマジョリティだからである。 自分は日人であり、

    哲学対話とマジョリティについて - はれ ときどき てつがく
  • 読み書き指向言語としての日本語 | legal alien blog

    の外国語教育は読み書き偏重で実践的ではなく、もっと会話教育を重視すべき、という物言いは腐る程溢れているが、日常的に日語以外の言語を読み書きしている立場からすると、この手の物言いには全く首肯できない。読み書きは(チャットとかでない限り)自分のペースで読み書きできるが、会話は基的に相手と時を同じくするので時間的制約が厳しい。読み書きすら覚束無い奴が会話を特訓したところで、ペラペラ喋られるようになるというよりは、ペラペラな内容しか喋られない。それに、そもそも日人が母語としている日語そのものが、実は会話向きではなく、読み書き指向が強い。 日語は、音の種類が少ない。母音はアイウエオの5つ、基的な子音はK・G・S・Z・T・D・N・H・B・P・M・Rの12、しかも、基的に子音には母音が付き、子音が連続したり単語が子音で終ったりしないので、子音と母音の組み合わせの種類も、世界の諸言語の中

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