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ナンバガに関するtgtgncのブックマーク (1)

  • 向井秀徳の当事者性による二重性批判

    「俺がそこにいた!」 初期ナンバガの歌詞を振り返るとこういう文体が多い 『omoide in my head』の「17歳の俺がいた」もそうだ これは一人称の文に見えるが、実は三人称だ 俺“は”ではなく俺“が”と書くためには 「俺」という登場人物を第三者視点から見る必要がある つまり三人称視点で登場人物としての「俺」を描写していることになる だが、この三人称の語り手は客観的ではない いた、ではなくいた“!”と主観をむき出しにする 語り手もまた“俺”であることを忘れてはいない まとめると語り手「俺」が登場人物「俺」を主観的に記述した三人称、となる 自分自身を物語内の登場人物として捉え直すのは、メタ的だ 向井は映画監督を目指していたそうだが、 カメラのファインダーという隔たり越しに登場人物を描写する手法もうなづける だが、メタ視点から正確に写そうとすればするほど、対象からは離れてしまう その対象

    向井秀徳の当事者性による二重性批判
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