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ネットと思想に関するBigHopeClasicのブックマーク (6)

  • 「不自由展」をめぐるネット右派の論理と背理――アートとサブカルとの対立をめぐって/伊藤昌亮 - SYNODOS

    2019年8月、「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が右派からの抗議を受け、中止に追い込まれるなか、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のキャラクターデザインなどで知られるクリエーターの貞義行が発したツイートが物議をかもし、炎上するという一幕があった。 「キッタネー少女像。/天皇の写真を燃やした後、足でふみつけるムービー。/かの国のプロパガンダ風習/まるパク!」などというその発言には、リベラル派からの激しい批判を中心に、千件を超えるリプライが付けられる一方で、右派からは続々と賛意が寄せられ、2万件近くもの「いいね」が付けられた。そうしたなか、貞は釈明のツイートを投じていったが、するとそれに受けて5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)には関連するスレッドが立てられ、その援護が試みられた。 「不自由展」の検証委員会によれば今回の騒動は、「電凸」などによる抗議が「祭り」に転

    「不自由展」をめぐるネット右派の論理と背理――アートとサブカルとの対立をめぐって/伊藤昌亮 - SYNODOS
    BigHopeClasic
    BigHopeClasic 2022/05/31
    ネトウヨとオタクがいかに結びつきいかに弱体化したかに関する鋭い指摘
  • ネトウヨは、卒業することを知らない

    今の日は、保守化、右派の影響力が高まっている。その背景には、韓国中国への感情悪化だけでなく、リベラル、左派の魅力のなさ、ストーリーのなさがある。今の日リベラルに、欠けているものは何か、どうすれば国民の心をつかむことができるのか。社会活動家として最前線で戦ってきた湯浅誠氏が、論客との対談を通じて、「真のリベラル」の姿を探る。3人目の今回は、「純粋なる保守主義者」であり、ネット上の最強の論客として知られる、やまもといちろう氏との異色対談。 集合知で解答にたどり着く可能性を探った 湯浅:やまもとさんは、どうして「2ちゃんねる」をつくったのですか。 やまもと:えっ、湯浅さん、そ、そこの話からですか? 湯浅:だめ?(笑) やまもと:いや、いいですよ。(笑)。あれはね、もともと西村(西村博之氏)が作ったもので、私はそれに乗っかっていただけです。彼は頭の回転の速い、非常に優秀な男です。だけど当時

    ネトウヨは、卒業することを知らない
    BigHopeClasic
    BigHopeClasic 2014/07/28
    寂聴尼、加藤紘一と来て最後が元隊長とかこのオチは予想できなかったw湯浅氏も大変だな。/ネトウヨ平均年齢42-46って、それ、コヴァがそのまま年取った?/
  • 「承認欲求」をめぐる混乱はなぜ生じたのか?:「承認」概念の三つの起源 - 長椅子と本棚2

    「承認」の起源という問題 以前に、日のインターネットでよく言及される「承認欲求」という言葉がかなり多義的に用いられているということを、実際の使用例を見ながら論じました。 ホッテントリで振り返る、「承認欲求」論の歴史(06~08年) - 長椅子と棚 上の記事では実際のネットスラングとしての使用例だけをまとめましたが、「承認」という言葉はネットでの用法にとどまらない背景を背負っています。そこで、今回は少し切り口を変えて、「承認」という概念の出自から、この概念がなぜこんなにも混乱した仕方で用いられているのかを考えてみます。 さて、「承認」という言葉の出自はどこに求められるでしょうか。現代の日で最もよく知られているのはA. マズローが用いたesteemという概念でしょう。「承認」についてまとまった連載記事を最近投稿していた「シロクマの屑籠」のid:p_shirokuma氏は、次のように書いて

    「承認欲求」をめぐる混乱はなぜ生じたのか?:「承認」概念の三つの起源 - 長椅子と本棚2
  • Ohnoblog 2

    BigHopeClasic
    BigHopeClasic 2010/03/17
    携帯で読んだから、大野さんだと気付かなかった。
  • 「一億総クリエイター」という勘違いに至る道のり

    先週、「コンテンツ学会」の記念講演シリーズの一部として、「変質するContent Play」というタイトルで講演してきた。コンテンツを娯楽として楽しむという行為が、受動的な体系から消費者参加型の「Play」に変質してきた課程で、来は商行為の権利保護ルールであった著作権が、クリエイティブとは無関係な「利用」部分にまで関係してきた課程を整理したものである。 講演のあと参加者とのディスカッションで、またもう一歩深い議論となるタネをいくつかいただいた。ただ、なにぶん筆者は考えるのに時間がかかるタイプなので、ディスカッションの中で丁々発止やり合いながら、打てば響くような答えがなかなか出せない。会議などでも話題が尽きそうになったとき、突然、変な事を言い出して議論の方向性を混ぜっ返してしまうようなタイプなので、歯がゆい思いをされた方も多かったことだろう。 そこでこのコラムの場を借りて、もう一度ユーザー

    「一億総クリエイター」という勘違いに至る道のり
  • 想像力資本主義 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    昔、SANYO(三陽商会)の広告で「想像力資主義」というコピーがありました。最近、なぜかそのコピーのことばかり考えてしまいます。たぶん、ウェブの分野で言えば、それはほんのわずかな世界だとは思うけど、なかばそういう想像力資主義的な世界が実現されつつあって、それはきっと来の資主義の概念(おおまかに言えば、資家が生産施設をつくり、つまり、生産能力を独占し、使用人=労働者が労働力を資家に提供する、みたいなシステム)を覆すものなのだろうと思います。 私がブログというメディアがすごいな、と思うのは、まさにそういう想像力資主義的な部分で、ほんの少し前までは、個人が何かしらの情報発信をする時には、まあ書き物に限定して話せば、原稿をつくって、それをもとに写植を打って、版下をつくって、製版して、それを印刷して製して、そのあと何かしらの流通に乗せないといけなかった。それが、いまやパソコン立ち上げ

    想像力資本主義 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
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