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東日本大震災と復興院に関するext3のブックマーク (1)

  • 【東日本大震災】88年前の復興院、後藤新平が主導 問われるトップの力量+(1/3ページ) - MSN産経ニュース

    東日大震災からの復興に向け与野党で「復興庁」や「復興院」を創設する構想が浮上している。モデルは88年前の関東大震災で復興計画を立案した「帝都復興院」。総裁は後藤新平(1857~1929)だ。ただ復興院が機能したのは、組織もさることながら、力量ある後藤という政治家の存在があったからのようだ。 大正12(1923)年9月1日昼の関東大震災で東京には焼け野原が広がった。死者・行方不明者は10万5千人以上。震災被害も収まらない2日夜に山権兵衛内閣が発足し、救援と復興の責任者となったのが内務相の後藤だ。 教訓に富むのは、後藤がすぐに明確な方針を打ち出したことだ。内相就任の2日夜、帰宅した後藤はただちに机に向かって復興根策を書き上げた。そこには「遷都はしない」「復興費は30億円」の項目とともに東京の改造が宣言されていた。 「区画整理を伴う新都市計画実施のため地主に断固たる態度をとる」。復興のため

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