2015年の年始に、友達との新年会で、親との関係の話になった。私は親と、特別仲が悪いわけではないし、年に1~2回は帰省している。が、帰省して泊まるのは祖母の家で、自分が家を出てから、実家に泊まったことは一度もない。主な理由は、父だった。 私と父の関係が微妙になったのは、もとをただせば、本当にくだらない話だ。まず、うちの父は厳しかった。娘を公務員にしたがっていて、九州大学に入れたがっていた。そして品行方正になってほしかったのか、単に心配だったのか「日が暮れたら外出禁止」という門限が課せられていた。そんなのは、私の世代でも、田舎の話であっても、ありえないくらい厳しい門限だった。 私は中学生の頃から、音楽を聴くことが好きになった。まず爆発的にハマってしまったのが、なんとB'zである。しかしこんな門限でライブなんか行けるはずもない。お金もない。私は知恵を絞り、土日だけ梅ヶ枝餅屋で時給500円のバイ
全米ライフル協会(NRA)の銃見本市で展示される拳銃(2013年5月4日撮影、資料写真)。(c)AFP/KAREN BLEIER 【11月10日 AFP】米国では、銃で撃たれて死亡する人の数が、1日平均24人強にも上っているが、この日々の大きな犠牲に関しては、テキサス(Texas)州で今月起きた銃乱射事件のようなものでない限り、あまり注目されることがない。銃による暴力をめぐっては、こうした知られざる側面がいくつも存在している。 以下、米国での銃撃事件に関する5つの誤った認識を挙げてみる。 1. 銃が関係する殺人事件の発生件数は過去最高 これは間違いだ。ロードアイランド(Rhode Island)州ブライアント大学(Bryant University)の社会学教授グレッグ・リー・カーター(Gregg Lee Carter)氏によると、「銃乱射事件の発生件数は大きく増加しているが、銃関連の殺人
移民に開放的だと自負するヨーロッパ人すら「イスラム系移民はそのアイデンティティを捨てて、ヨーロッパの習慣を身につけるべきだ」と考えている。いまや極右勢力は、リベラルな秩序の擁護者と自らを位置づけた。http://t.co/RwsnqHaes1
ボスニア・ヘルツェゴビナでは最近、イスラム教徒がこの国の町スレブレニツァで発生した虐殺事件18周年に際して、その犠牲者を悼み、追悼式典を行いました。毎年7月11日には、同国各地から数万人のボスニア人が、ヨーロッパ、ひいては世界最大の虐殺の犠牲者を偲ぶために、スレブレニツァに集まります。この衝撃的な大惨事から18年経ったにも拘らず、未だに多くの犠牲者は遺体の発見や身元の判明ができていません。毎年、セルビア人の犯罪者が引き起こしたこの虐殺の犠牲者の追悼集会と同時に、身元の判明した遺体が埋葬されます。今年も身元の判明した420人の遺体が埋葬されました。 セルビア人によるボスニア人イスラム教徒の虐殺は1992年から1995年にかけて発生し、多くの悲痛な記憶が詰まっています。ボスニアのセルビア人の犯罪者は、3年半の間、10万人以上のボスニア・ヘルツェゴビナのイスラム教徒を、可能な限りの残酷な方法で殺
20世紀のアメリカを代表するジャーナリスト、ウォルター・リップマンはユダヤ系の出自だった。 だが、彼はアメリカのエスタブリッシュメントに加わることに力を注ぎ、自らがユダヤ系の生まれであることにこだわりは見せなかった。むろん、それは個人の生き方の選択なので、そのことで非難されるいわれはない。出自に関わらず、自己がどのように生きるべきかを選択する自由はあっていいとぼくは思う。 しかし、アメリカにおけるユダヤ人への差別について、リップマンの考え方には明らかな誤りがあった。このエントリでは、リップマンの間違いについて考えることで、差別の問題について改めて述べてみたい。 19世紀末から20世紀前半にかけて、東欧からのユダヤ移民が増えたこともあり、アメリカではユダヤ人に対する差別が社会全体で強まっていた。たとえば、ハーバード大学などの私立大学はユダヤ人の入学を制限する動きに出ている。 そうした状況のな
French Muslim women in Paris. (Photo: Reuters, Gonzalo Fuentes) Despite all medical efforts, a pregnant Muslim woman who was attacked by two Islamophobic men in the Paris suburb of Argenteuil on Thursday suffered a miscarriage and lost her baby, her lawyer said on Tuesday. The 21-year-old Muslim woman, who was four months pregnant, was physically attacked by two men. The attackers first tried tak
よく、「辛い経験をしたことがある人間ほど人に優しくなれる」だの言われる事があるけどアレは大嘘。 実は嫌な経験や理不尽な経験をした人間ほど人にもそれを強いる。 児童虐待を受けた経験がある人ほど自分も児童虐待をする傾向にあるという「世代間伝達」なんてまさにそれを表してるんだよね。 http://contest.thinkquest.jp/tqj1999/20144/untitled2.htm http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%90%E7%AB%A5%E8%99%90%E5%BE%85 もっと卑近な例で言えば、一昔前の日本企業(今もまだそういうとこあるけど)の上司が部下に無茶な宴会芸を強いたりするのもそうだよね。 「俺の若い頃はこんな苦労もした……」みたいなDQNエピソードで無茶なこと要求されたりとか。 フィクションの世界では、恵まれて育った金持ちのボンボン
病気で会社を辞めることになった。 「お前技術もなんも中途半端なんだからさっさと地元帰って専業主婦にでもなれば(pgr」 って言われたり、 「なんでそんなこともできねえんだよ」 って詰められたり。 限界まで耐えに耐えて上司に訴えたらチーム異動させてもらえたけど、 よくよく話を聞いてみたらそいつは後輩潰しの常習犯だった。 そういう奴だとわかっていたくせに見て見ぬフリをされていたらしい。 異動した先は炎上中のプロジェクト。 2年前の夏、私が駅で行き倒れたのとほぼ同じタイミングで同チームの先輩も病気で休職した。 先輩は復職したらしいが、私はまだ復職できるまで回復できていない。 何度か電車に乗る練習をしただけで帯状疱疹が出た。 少し集中して作業をすると翌日ぐったりと寝込んでしまう。 とうとう休職の期限が近づき、会社から連絡が来たので退社したい旨を伝えた。 会社側の人はとても優しく丁寧に手続きをすすめ
人と関わると、恥をかいたり、傷付いたり、自己嫌悪に陥るから、人とは関わらないという短絡は、非常に幼稚で尚且つ危険な事だよ。孤独に堪えかねて、自分から人を求める頃には、誰も自分に関わってはくれず、より一層の孤独が待っているから。引きこもっても、人生の苦しみから逃げる道は結局は無い。
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