朝鮮人虐殺「事実関係を把握できる記録ない」と松野官房長官が発言→誤り。防衛省も「文書保管」を認める国会答弁 関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺について、松野博一官房長官が「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と発言。ファクトチェックしました。
朝鮮人虐殺「事実関係を把握できる記録ない」と松野官房長官が発言→誤り。防衛省も「文書保管」を認める国会答弁 関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺について、松野博一官房長官が「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と発言。ファクトチェックしました。
“集団”と“個”はずっと描いてきた大きなテーマ ──福田村事件が起きたのは、関東大震災発生から5日後の1923年9月6日。香川県から福田村(現在の千葉県野田市)にやってきた薬売りの行商団9人が朝鮮人と間違われ、自警団を含む100人以上の村人たちに殺された事件です。2001年に小さな新聞記事を読んでこの事件を知ったそうですが、映画にしたいと思うほど惹きつけられた理由は? 僕の映画製作の原点は、オウム真理教の信者たちを被写体にした『A』(1997)です。あの映画を撮るときに感じた「なぜこんなに穏やかで純真な人たちが事件を起こしちゃったんだろう」という疑問は、僕の中で通奏低音みたいに今も響いています。 その問題提起に対してのひとつの答えは、“組織”、あるいは“集団”です。個人であれば決してできないことを、人は集団の一部になったときにやってしまう。虐殺や戦争が典型だけど、そういう歴史は世界中にいく
104歳の中野清香(なかの・きよか)さんは「地獄」を知っている。約80年前、そこにいたからだ。 水たまりに頭を突っ込んで倒れている兵士がいた。まだ生きているのに、誰も助け起こさない。 蛆(うじ)がわく死体の隣で眠っても、死臭が気にならなくなっていた――。 「戦争が終わった時、喜怒哀楽の感情がすっかり抜けていた。今考えると、とても恐ろしい」 子犬の肉球まで食った 太平洋戦争で最も悲惨な戦場の1つといわれる東部ニューギニア(現在のパプアニューギニア)の戦い。日本に戻ることができた兵士は1割もいないとされる。 「食い物のことしか頭にない。敵の攻撃も恐ろしくなかった」 イナゴを捕まえて羽をむしり、そのまま食べた。10センチぐらいのトカゲを火の中に放り込んで口にいれた。山中でちょろちょろと歩いてきた子犬を殺し、足裏の肉球まで食らいついた。 降伏は許されず、突入して潔く死ぬよう玉砕命令が出た時、銃1丁
「Believe in love and peace!」 金曜の昼前。ラジオからおなじみの声が流れてくる。 J-WAVEで1988年の開局時から看板ナビゲーターとして活躍するジョン・カビラだ。 今年7月、優秀な放送番組や出演者をたたえる「ギャラクシー賞」でカビラがナビゲーターを務めた特別番組がラジオ部門大賞を受賞した。 内容は、戦後の沖縄でアナウンサー第1号となった父・川平朝清(かびら・ちょうせい)さんへのインタビュー。 親子で向き合った時間を振り返り、カビラはこう言う。 「『数奇な人生』という表現が軽いくらいの父の人生。個人史をひもとくことで、おのずと時代背景が聴こえてくる」 国破れて山河なし ジョン・カビラは3兄弟の長男で、実業家として活躍する次男の謙慈は米国在住、末の弟は言わずと知れた俳優の川平慈英だ。 父の朝清さんによれば「ジョンは小さい頃から穏やかで礼儀正しい、謙慈は自己主張がで
「百田尚樹」という名前を聞いて、どんなイメージを抱きますか。 「『永遠の0』や『海賊とよばれた男』などの小説を読んで感動した」という人もいるでしょう。一方で「ネットでの過激な発言は許せない」「歴史観には同意できない」と批判的に見る人がいるのも事実です。彼の評価はなぜここまで分かれるのか。また、多くの批判があるのにベストセラーを連発できるのはなぜなのか。 この不思議な「現象」の正体を探ろうと挑んだのが、前半のインタビューで「夜の街」と名指しされた新宿・歌舞伎町の感染症対策に迫ったノンフィクションライターの石戸諭(いしど・さとる)さんです。昨年話題となった「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」に、大幅な加筆をした『ルポ 百田尚樹現象―愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)を刊行しました。5時間半にわたる百田氏への独占インタビューや関係者の証言などから「百田尚樹現象」の本質に迫っています
あの人は今、どう受け止めているだろう。オバマ米大統領の広島訪問が近づくなか、作家の塩野七生さんの考えを聞きたくなった。ローマの自宅に電話したずねると、「日本が謝罪を求めないのは大変に良い」という答えが返ってきた。塩野さんが思う、米大統領の広島訪問の迎え方、とは。 ――オバマ大統領が被爆地・広島を訪問することを知ったとき、まず、どう感じましたか。 「知ったのは、ローマの自宅でテレビを見ていた時です。画面の下を流れるテロップでのニュースだったけれど、それを目にしたとたんに、久方ぶりに日本外交にとってのうれしいニュースだと思いました」 「特に、日本側が『謝罪を求めない』といっているのが、大変に良い」 ――どうしてですか。 「謝罪を求めず、無言で静かに迎える方が、謝罪を声高に求めるよりも、断じて品位の高さを強く印象づけることになるのです」 「『米国大統領の広島訪問』だけなら、野球でいえばヒットにす
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