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sociologyとdeblogに関するcontractioのブックマーク (5)

  • 涜書:ポール・ヴェーヌ『歴史をどう書くか』 - 呂律 / a mode distinction

    ネタをひっぱるだけのために読み始めたのだが、面白くてつい全部再読読んでしまったわけです。 歴史をどう書くか―歴史認識論についての試論 (叢書・ウニベルシタス) 作者: ポールヴェーヌ,Paul Veyne,大津真作出版社/メーカー: 法政大学出版局発売日: 1982/12メディア: 単行この商品を含むブログ (3件) を見るかつて このを読んだとき、私はまだパーソンズ大先生は読んでいなかった。てことは、登場するギャグのほとんどを理解できていなかったわけだ。もったいない。 あくまで社会学は歴史とは別のものであろうとしている。この野心の結果は、社会学に喋ることがなくなるということである。要するに虚空にむかって喋るか、別のことを喋るか、どちらかなのである。結局、社会学の看板をかかげて出版されるはすべて、三つの項目のいずれかに属することになる。 [1]ひとつは、政治哲学である。これは自分でそ

    涜書:ポール・ヴェーヌ『歴史をどう書くか』 - 呂律 / a mode distinction
    contractio
    contractio 2010/01/25
    社会学とはなんでしょう。
  • ドレイファス『世界内存在』と社会学 - 2005-08-31 - 呂律 / a mode distinction

    。ニクラス・ルーマンの相互行為論──への佐藤俊樹氏による批判 in『「社会」への知/現代社会学の理論と方法〈上〉理論知の現在』──をめぐる、旅の途中。 ドレイファスによるハイデガー『存在と時間』のコメンタリー。 世界内存在―『存在と時間』における日常性の解釈学 作者: ヒューバート・L.ドレイファス,Hubert L. Dreyfus,門脇俊介,貫成人,轟孝夫,榊原哲也,森一郎出版社/メーカー: 産業図書発売日: 2000/09/01メディア: 単行購入: 1人 クリック: 18回この商品を含むブログ (13件) を見る読了。発売当時にぜんぜん買う気もないままに──ドレイファスの既刊書は面白く読めた試しがなかったから──立ち読みですませていたんだけど。Anwesen とか Mitsein とかに関わる論点を確認したくて、あらためて購入して読んでみた。ら、なかなかよいであったことを発

    ドレイファス『世界内存在』と社会学 - 2005-08-31 - 呂律 / a mode distinction
  • 実証主義について:北田「〈構築されざるもの〉の権利をめぐって」(上野編『構築主義とは何か』) - 2005-12-31 - 呂律 / a mode distinction

    遅い夕。俺がいちからコチーク(・∀・)シュギ!を勉強するスレ。俺コチ。 構築主義とは何か 作者: 上野千鶴子出版社/メーカー: 勁草書房発売日: 2001/02/01メディア: 単行購入: 2人 クリック: 24回この商品を含むブログ (37件) を見るカトシュー論考4周目。北田論考3周目。どっちもむつかし杉。 「実証主義」は奇特な思潮である。 一方では。特定の科学論的議論の思潮全体が、その理論的主張内容の「真/偽」によって決せられ(さらには打ち倒され)るなどということはめったにないことなのに、実証主義の歴史においてはそれが生じた。しかも、実証主義が瓦解したのは──関係者に律儀な方々が多かった、ということなのだろうが──おおむね実証主義のサークル内での自己批判によって、だった。これは珍しいことではないかとおもう。 「実証主義」というのは、「扱う範囲を〈ポジティヴなもの〉に限定しましょう

    実証主義について:北田「〈構築されざるもの〉の権利をめぐって」(上野編『構築主義とは何か』) - 2005-12-31 - 呂律 / a mode distinction
    contractio
    contractio 2010/01/03
    id:karpa なるほど。かくして そうした(実証主義者の)判断様式自体は方法論的反省から零れ落ちることになるわけですね。
  • 言語と生命1:あるいは哲学と社会(学)の狭間 - Doctor’s Left Eye 文系科学技術研究者の備忘録

    新幹線移動にかこつけて購入した二冊。 言説分析の可能性―社会学的方法の迷宮から (シリーズ 社会学のアクチュアリティ:批判と創造) 生と権力の哲学 (ちくま新書) 両者ともに理論的軸としてM.フーコーを位置づけながらも、その展開において明確な違いが見られるのが興味深い。ともに専門外の領域なので断定的なことは何も言えないが、問題の配置としては色々と参考になると思われる。特に両者の間に横たわる容易には埋めがたいと見える距離に焦点を当ててみたい。 ともに専門外の領域なので断定的なことは何も言えないが、問題の配置としては色々と参考になると思われるので簡単にレヴューする。 まず前者について。 言説分析の可能性―社会学的方法の迷宮から (シリーズ 社会学のアクチュアリティ:批判と創造) 作者: 佐藤俊樹,友枝敏雄出版社/メーカー: 東信堂発売日: 2006/04/01メディア: 単行購入: 1人 ク

    言語と生命1:あるいは哲学と社会(学)の狭間 - Doctor’s Left Eye 文系科学技術研究者の備忘録
    contractio
    contractio 2008/12/25
    『言説分析の可能性』評/「遠藤の言う「闘争」が有意味なのは社会の全域性という前提を放棄しない限りである」 だよねー。
  • 2007-10-28

    via 門前コミュ@mixi 原文:http://techon.nikkeibp.co.jp/english/NEWS_EN/20071015/140661/ 企業における民族誌学の研究に関するイベント「Ethnographic Praxis in Industry Conference(EPIC2007)」では,欧米企業だけでなく日企業の事例も参加者の注目を集めた。富士通や博報堂,リコーの関連会社の米 Ricoh Innovations, Inc.の事例に関する発表があった。 例えば,米Palo Alto Research Center Inc.(PARC)は,「Teaching Organizational Ethnography」と題して,同社が富士通のソフトウエア事業部の開発プロセスを対象に2004年に始めた研究を紹介した。この研究の目的の一つは,富士通社内で民族誌学に関する知識

    2007-10-28
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