批評に関するtoshitiruのブックマーク (1)

  • 批評家という特定分野の情報のプロが厳しいわけ|りんがる aka 大原ケイ

    先日、フェースブックで柳瀬さんがフランス人とミシュランについて書いていた疑問によって、以前からあれこれ考えていたことがあちこち繋がった気がしたので書き留めてみる。まぁ要するに「西欧でいうcriticism(批評)の文化が重んじられていない日は、情報の信用度というものさしがなくて色々とヤバイんじゃないか」って話になると思うんだけど。 元々「バズフィード」に出ていたこの記事について、 フェースブックに書かれてましたが、友だち限定公開のようなので、全文は載せません。 いちばん自分の仕事に近い例でいうと、日の「書評」とアメリカのそれとじゃ、だいぶ扱いが違うなぁ、とこれは以前から友人と意見交換したことがある。 アメリカのマスコミで、映画評を書いたり、書評を書いたりするCritic(批評家)というのは、その道のプロでなければ務まらない。究極の「目利き」だ。ある特定分野における情報のプロであるがゆえ

    批評家という特定分野の情報のプロが厳しいわけ|りんがる aka 大原ケイ
    toshitiru
    toshitiru 2016/02/11
    「批評家ってなんのためにいるんだろう?」って友人の言葉を思い出した。欧米のことは詳しく分からないけど、確かにそうした批評が出来る土壌があればこう言われてしまう現状も少しは変わるのかなって。
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