私はフーコー主義者ではないが、それゆえにフーコーの可能性をつぶすさまざまな言説が気になる。 1)初期のフーコーは完全にメルロ=ポンティの「コピー」とでもいうべき立場であった(ビンスワンガー序文、ゲシュタルトクライス、精神医学とパーソナリティ。。)。ただし心理学の利用を放棄し、歴史性の問題へと足早に移行したこと、それはダイレクトに「制度論」へと向かうことを可能にした(「狂気の歴史」)。だがそれを可能にしたのはフッサールの「幾何学の起源」のメルロ=ポンティ的読解である。デリダ的読解ではない。 2)狂気の歴史の「序文」はほとんどメルロ=ポンティだが、デリダの不毛な介入ゆえ、フーコーは構造主義者やエピステモロジーへと近づく身振りをせざるをえなかった。サルトルがジュネを殺したように、デリダはフーコーを殺しかけたのである。彼は多くの点でサルトル的殺人を反復している。 とくに狂気の歴史が反精神医学と混同