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経験則に関するmasabossaのブックマーク (2)

  • PDCA サイクルはどこかおかしい気がする

    PDCA PDCA とみんな言いますが、僕はこれずっと何かおかしいと思っているのです。 ウィキペディアによれば PDCA とは、 Plan(計画):従来の実績や将来の予測などをもとにして業務計画を作成するDo(実施・実行):計画に沿って業務を行うCheck(点検・評価):業務の実施が計画に沿っているかどうかを確認するAct(処置・改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて処置をするであって、これをサイクリックに繰り返すとのこと。 これの何がおかしいと感じるかというと、最後の Act のところです。 まず計画を立てて、それを実行してみて、その結果を評価する。ここまではいい。 けれど、その次に評価の結果を見て改善処置をする Act というフェーズが、他の Plan Do Check と並列になっているのはおかしい。 もしこれがサイクルではなくて、ウォーターフォールとしてはじまりと終わりがはっ

    PDCA サイクルはどこかおかしい気がする
    masabossa
    masabossa 2014/05/03
    PDCAが回ってる時、開発フェーズはActですよ?開発を終えて、リリース計画や製品の見せ方、利用促進を計画するのがPlan、そのPlanに基づきリリースしてサービス提供するフェーズがDo、そしてCheckし、再び開発=Actですよ?
  • 東日本大震災:先人は知っていた 「歴史街道」浸水せず - 毎日jp(毎日新聞)

    東日大震災に伴う津波で大きな被害を受けた仙台平野で、浸水域の先端が、江戸時代の街道と宿場町の手前に沿って止まっていることが、東北大の平川新教授(江戸時代史)の調査で確認された。仙台平野は400~500年おきに大津波に見舞われており、街道は過去の浸水域を避けて整備された可能性が高いという。平川教授は「先人は災害の歴史に極めて謙虚だった」と話し、今後の復旧計画にも教訓を生かすべきだと提言する。 国土地理院が作製した東日大震災の浸水図に、平野を縦断する奥州街道と浜街道を重ねたところ、道筋の大部分と宿場町が浸水域の先端部からわずかに外れていたことが分かった。宿場町の整備後に仙台平野を襲った慶長津波(1611年)では、伊達領で1783人が死亡したとの記録が残る。平川教授は「慶長津波を受けて宿場町を今の位置に移したとも推察できるが、今回の浸水域と比べると見事なほどに被害を免れる場所を選んでいる。津

    masabossa
    masabossa 2011/04/19
    安全ギリギリの何百kmものラインを引いた御先祖様を誇りに思います!!
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