現実時間の1分がゲーム内の1年。生まれてから60年(1時間)の中でしか生きられないキャラクターを操作し、木を切ったりして道具を作り、文明を育てるサバイバルクラフトゲーム『One Hour One Life(以下、OHOL)』が面白い。 このゲームでは1時間しか生きられないから、その中で必死に生きて、道具を作って、育てた子供(これも他のプレイヤー)に与えて文明を受け継いでいく『俺の屍を越えてゆけ』(※最大限に褒める言葉を選びました)のだが……何をするにもスーパーハード。一種のクソゲー。
私の母は私がゲームをプレイしているときに死んだ。部屋でコンピュータに向かっているとき、階下がやけにざわついているものだから、様子を見に降りた。すると私の母は、私たち家族が20年間食事をともにした台所机のそばに石のように転がっており、そのまわりに数名の水色の服を着た男たちがいて、さかんに彼女の身体に「蘇生」を行っていた。そのうち担架が搬入され、彼女の身体が運ばれていった。しばらくして電話が掛かってきた。救急車に同乗した父だった。「お母さんは死んだ」と彼は言った。「そうか」と私は答えた。それから私はいったん家の外に出て、なぜか大学に電話をかけた。「しばらくのあいだ顔を出せないと思います」私は最も懇意にしていた事務員の女性にそう告げた。 どうして、と彼女は言った。 「母が死にました」と私は答えた。 どうして、と彼女は言った。 「頸を吊ったんです」と私は答えた。 彼女は言った。「いまは自分のことだ
ある作品についての紹介を始めるとき、私たちはこんな定型文をよく使う。「『○○○○』は、ナントカ島に降り立った主人公がナントカカントカを用いて生き延びるサバイバルアクションホラーゲームである。」これはその作品が属していると思われるジャンルと、作品がそのジャンルのなかでどのような特徴があるのかを短く表すことができる文章だ。この定型文のなかで言われていることは間違いではないが、それだけで作品の十全な説明となる万能なものではない。 ある作品をあるジャンルに分類する行為は、本質的に無意味な行為だ。地球から打ち上げられた宇宙船のなかで殺人が起こり、元探偵の宇宙飛行士が捜査を始めれば、その作品はSFミステリとなる。その元探偵が乗組員のひとりと恋愛に落ちるものの、いきなり作者が現れてふたりを誘拐し、ほかの惑星の文化のなかでドラゴンと戦わせ、美青年が太陽のなかで愛し合えば、SFミステリラブロマンスメタフィク
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