文学の危機、なのか? 池澤夏樹 文学の危機というテーマを貰って、実際にはそれは何を指しているのか、改めて考えてみた。文芸書が売れなくなった、書店がどんどん減ってゆく。電車の中では誰もがスマホかタブレットを見ていて、たまに本らしきものを開いていれば実用書の類ばかり。 しかしこれは日本における商業的な文芸出版の衰退の姿ではあっても文学の危機ではないだろう。本が手頃な娯楽だった時期があり、国民の教養指向のおかげで文学全集が着実に売れた時期があった。そういうものは社会の変化に応じて盛期もあれば凋落の時期もある。 それでもトータルで一定量の読者はいるのだ。今でもあざとくメガヒットを仕掛ける出版社はそれなりの成果を挙げているし、地道に少部数の本を出し続ける版元も苦境とはいえまだまだ残っている。売れ行きがピークだった時期から見ればこんなに減ってしまったとなるが、ピークまでの道は登り坂だったはずで、つまり