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本と歴史と食に関するrichard_rawのブックマーク (2)

  • 私たちが食べている植物はいったいどこから来たのか - 夜食日記

    現在、栽培されている植物(作物)には、それぞれ“故郷”ともいえると土地がある。栽培植物の起源の地は、世界中に散らばっているのか、それともある程度の土地に集約されるのか。植物のルーツを探ることは、人類史にも関連することであり、これまでたくさんの論文や著書が発表されている。 スイスの植物学者であったド・カンドルは、1883年に『栽培植物の起源』というを書き、多くの栽培植物の起源地を論じている。個別の作物について現在からみると間違いもあるが、今でも通用するところも多い。ド・カンドルに続いて、旧ソ連の植物学者ニコライ・ヴァヴィロフ(1887〜1943)は、栽培植物の変異の地域差や栽培種とそれに関連する野生種との比較などによって栽培植物を分析することで、栽培植物起源の研究に大きな発展をもたらした。 ヴァヴィロフは、徹底的なフィールドワーカーとして知られ、栽培植物の起源地を探し歩いた。彼はそれまでの

    私たちが食べている植物はいったいどこから来たのか - 夜食日記
    richard_raw
    richard_raw 2020/08/19
    “日本が原産地と考えられているのは、うど、ふき、せり、みつば、みょうが、わさびなどわずか10数種類” へー。
  • 現代日本人の体型は江戸時代の日本人とは大きく異なる - ウェブ1丁目図書館

    現代日人の体型を欧米人と比較すると、身長は低いものの、さほど体型に差がないように見えます。 「同じ人間なのだから、同じような体型をしていて当たり前」と思うかもしれませんが、現代日人の体型は、過去の日人の体形とは異なっていたようです。 現代日人の体型の特徴は、小顔で顎が細い、脚が長い、足が大きい、そして、身長が異常に高いといったものです。しかし、日人が、このような体型になったのは、戦後以降ですから、つい最近のことです。 江戸時代の日人の体型 先史人類学、骨考古学を専門とする片山一道さんは、著書の「骨が語る日人の歴史」の中で、現代日人の身体特徴は日列島人の歴史のなかでは「異形である」と述べています。 日人の成人男性の平均身長は、弥生時代から古墳時代までは160cmを超えていましたが、鎌倉時代には159cm、江戸時代から明治時代が158cmと低くなり、1940年代に165cm

    richard_raw
    richard_raw 2019/04/15
    体型は寄生虫も関係しているだろうし女性の平均余命が短いのは死産が多かったからだろうし江戸時代の和食と現代の和食はかなり違うだろうしうーん。
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