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映画に関するiaskellのブックマーク (25)

  • 「女たちの映画」としても観た『風立ちぬ』 - ピアノ・ファイア

    ブロガーの伊藤悠さん(漫画家の伊藤悠さんとは別人)と先日配信した『風立ちぬ』感想Ustから、「女たちの映画」として語った部分の書き起こしです。 全体では三時間ほど喋った内容のうち30分くらいを抜き出しています。 『風立ちぬ』という映画は「男(男の子)の映画」として解釈されやすくて、「女たちの映画」という視点は見過ごされがちだと思うんですが、むしろそういう風にも半分観ていた、という話をしています。 伊藤悠さんとの『風立ちぬ』感想Ustream - ピアノ・ファイア この録画の最初から30分ほどに該当 泉:泉信行 伊:伊藤悠(指輪世界/Twitter) 泉「町山智浩さんの感想の書き起こしがまとめられていて、それが男の話……ホントに男と男の子の映画として『風立ちぬ』を読んで、もの凄く明快に、いい映画だって風に語ってて。まぁぼくは、これに付け加えることは特にないなあ、くらい納得だったんですけど。町

    「女たちの映画」としても観た『風立ちぬ』 - ピアノ・ファイア
  • 「ラストが完璧だと思う映画を外国人が紹介していくスレ」海外のまとめ : 暇は無味無臭の劇薬

    Comment by W_A_Brozart 「完璧」なエンディングだと君たちが思う映画って何? reddit.com/r/AskReddit/comments/1iz9fr/what_movie_in_your_opinion_had_the_perfect_ending/ ※ネタバレになりそうなコメントはすべて省略しています。 Comment by cmjohnson7799 182 ポイント プレステージ これすごく良い映画だからすぐ見直した。 2人の天才マジシャン、アンジャー(ヒュー・ジャックマン)とボーデン(クリスチャン・ベール)はライバルとしてしのぎを削りあう2人だったが、ある舞台でのマジック中、アンジャーが水槽からの脱出に失敗し、ボーデンの目の前で溺死する。 翌日、ボーデンは殺人の罪で逮捕され、死刑を宣告される。ボーデンはそこに恐るべきトリックの存在を感じる。これはアンジャー

    「ラストが完璧だと思う映画を外国人が紹介していくスレ」海外のまとめ : 暇は無味無臭の劇薬
  • 映画「風立ちぬ」を批判する - 紙屋研究所

    宮崎駿監督の『風立ちぬ』を観た。お盆で帰省し、子どもを見てもらっている間に夫婦で。 ちょっと長くなると思うので、最初に結論書いておこうか。 恋愛要素は男目線で気持ちがノッた。 飛行機にかける夢についてはロジックがまったく詰め切れられておらず、面白くなかった。 零戦をつくった責任について無邪気すぎるという点が最大の批判点。 えーっとネタバレもありますから、読む人は承知して読んでほしい。 あらすじを知らない人はここを読まないだろうけど、一応。零戦(零式戦闘機)の設計者として有名な堀越二郎という実在の人物の半生を描き、それに堀辰雄の小説『風立ちぬ』のラブストーリーをまじえ、菜穂子という少女との恋愛をからめて虚構化した作品。 ジブリの公式のあらすじ解説はこちら。 http://kazetachinu.jp/story.html 恋愛要素は男目線で気持ちがノッた 菜穂子との恋愛は、(;゚∀゚)=3ム

    映画「風立ちぬ」を批判する - 紙屋研究所
  • パヤオ勃ちぬ:『風立ちぬ』 - 冒険野郎マクガイヤー

    かつて庵野秀明は『紅の豚』について「全裸の振りして、お前、パンツ履いてるじゃないか!」「おまけに、立派なパンツ履きやがって!」と評した。その庵野秀明が主演声優として参加した『風立ちぬ』を観たのだが、宮崎駿の最高傑作ではないかと感じた。宮崎駿がパンツを脱いでいるところが良い。パヤオの立派なパンツに隠されていたチンコは、意外にもデカかったのだ。 『風立ちぬ』はとにかくエロい映画だ。「右手がメカで左手は美少女、そして口からは説教」*1が宮崎アニメの特徴であるが、作のメカニックと美少女はとにかくエロい。単にキスシーンが多くて初夜のときめきが描かれているからとか、飛行シーンが美しいからという理由からだけではない。ヒューマンビートボックスすれすれのとんでもない手法で作られたSEが単なるメカニックである飛行機や自然現象である地震を生き物のように描いているという理由もあるが、どちらのエロさも死と結びつい

    パヤオ勃ちぬ:『風立ちぬ』 - 冒険野郎マクガイヤー
  • 「風立ちぬ」のせいでこれからサバを食べる度にときめいてしまう気がする - インターネットもぐもぐ

    「風立ちぬ」観た。 都心から離れた映画館の平日の遅い時間、今日も明日も同じような日々が続くってみんなわかってる気怠さとでも今ここにいる2時間はちょっと特別でしょっていう淡い甘さがあってガラガラでスカスカで活気がなくて大変好きです。最高。 なんか…わからん……すごくよかった気もするし全然面白くなかった気もするし終始ぼんやり見てた気もするし細かいところまで脳裏に残る気もするしまた見たくなる気もするし別に1回見たら満足な気もするしめっちゃいろいろ考えた気もするしなんにも揺さぶられない退屈な時間だった気もする— もぐもぐ (@haruna26) July 31, 2013 出てきた直後。数日経ったけど相変わらずよくわからない(よくわからないのにブログエントリ書かなくてもいい気もしてきた)。 ネットでうろうろしてたら熱量感じる感想が多かったから、どこでロリコン全開シーンがあるのかなあ、泣かせにかかっ

    「風立ちぬ」のせいでこれからサバを食べる度にときめいてしまう気がする - インターネットもぐもぐ
  • 眼鏡と二枚目の融合/菜穂子は都合のいいヒロインなのか - ぼんやり上手

  • 飛行機と恋をつかさどる悪魔の手下(宮崎駿『風立ちぬ』感想) - ぼんやり上手

    『風立ちぬ』を観て一晩たっても、なんだか地に足が着かないような感じでふわふわしている。とんでもないものを観てしまった。 飛行機のエンジン音にはお経の唸り声のような人間の声が使われていて、ぞっとした。二郎という主人公は、人間には許されざる怪物造りに手を染めていると思った。 墜落した飛行機の機体の前に二郎が立ち尽くす場面は、天から落ちてきたロボットの前に立つムスカの姿と重なる。飛行機とラピュタ、人間には許されない夢を見た男のバリエーションである。二郎の幻影や現実の中で何度も何度も墜落を繰り返す飛行機は、ドロドロになって腐り果てる巨神兵だ。 恋愛の場面にはすごく驚いた。 これまでの宮崎映画だと、異性から好意を寄せられても気づきもしないであっさりスルーするとか、少年か少女にほっぺをチュッとされてボッとなるとか、そういうのを描いてお茶を濁して、恋愛面でのロマンチックな部分はひたすら隠し通してきた。そ

  • 風立ちぬ は宮崎駿のいつもの自伝的理想と言い訳のネタバレ感想その2 - 玖足手帖-アニメブログ-

  • #風立ちぬ は実在の人物を被った宮崎駿の自伝的理想との感想その1 - 玖足手帖-アニメブログ-

    日公開のスタジオジブリ最新作「風立ちぬ」を見てきた。 いささか肩透かしをらったような作品だった。 空中アニメーションを描く天才としての宮崎駿の空間アニメーター技術、自分で原画を描かないとしても絵コンテワークの浮遊感は日で卓越した才能だと思う。なので、そのようなアニメーションサーカスショーを期待していった。そもそも飛行機がテーマの作品なので、たくさん飛行機が飛んでるところが見れると思った。 でも、あんまり飛行機が飛んでなくて残念だった。いや、飛んでるシーンも所々ではあるんだが、飛翔感の気持ちよさを感じ始めるかな?と思ったら飛行シーンが終わってしまい、不完全燃焼な感覚を感じた。主人公がパイロットではなく設計技師で飛行シーンより飛行を見上げてるシーンばかりなので宮崎アニメって感じがしなかった。 ナウシカ〜紅の豚をリバイバル上映した方がまだエンターテインメントとして楽しめたと思う! 紅の豚

    #風立ちぬ は実在の人物を被った宮崎駿の自伝的理想との感想その1 - 玖足手帖-アニメブログ-
  • 『風立ちぬ』を見て驚いたこと - sombrero-records.note

    宮崎駿の『風立ちぬ』を見ました。かなり驚いたので、感想を書きたいと思います。いわゆる”ネタバレ”がありますので、まだ見てない方は読まれない方が良いと思います。映画を見たこと前提に書きますので、まだの方には意味がわかりにくいかもしれません。 「えっ、当に?」というのが、『風立ちぬ』を見た僕の最初の感想でした。なんとなく美しい話として見てしまう物語の基底が、圧倒的に残酷で、これまでの宮崎映画とは次元がまったく異なっています。 そして、たぶんこの残酷さが宮崎駿の音なのだと思います。今回、宮崎駿は今までよりも正直に映画を作りました。それは長い付き合いで、今回主人公の声を担当した庵野秀明も言っていることなので間違いありません。何より、庵野秀明が主人公役に抜擢されたこと自体が「正直に作った」という意思表示です。庵野さんに対する宮崎監督の評価は始終一環して「正直」というものだからです。今回も「庵野は

    『風立ちぬ』を見て驚いたこと - sombrero-records.note
  • 『風立ちぬ』の感想とか飛行機とか計算尺とか:野尻抱介(尻P)のブロマガ - ブロマガ

    「『風立ちぬ』はポニョではない。安心しろ、ポニョではない」 そんなツイートを読んで、久しぶりにジブリ作品を映画館で観てきた。 その通りだった。『風立ちぬ』は、幻想が交錯したり飛躍があったりするのに、きちんと始まってきちんと終わる、折り目正しい映画だった。こういうのはトトロ以来ではなかろうか。脳天気な娯楽映画になるはずが考えすぎてバランスを失した『紅の豚』の失敗点をきれいに回収していて、宮崎監督の集大成的な作品になったと思う。 この映画は、1930年代の航空機設計者を描いている。 飛行機の設計は難しい。どんな飛行機も調和と妥協の産物で、どこかの性能を伸ばすと別のどこかが悪くなる。映画の主人公、堀越二郎は厳しい制約のもとで、脳裏に描く理想の飛行機に少しでも近いものを作ろうとしている。 二郎は秀才肌で、目配りが細かく、日常で目にするあらゆる事柄が飛行機の設計に結びついていく。煮魚の骨に翼型を見い

    『風立ちぬ』の感想とか飛行機とか計算尺とか:野尻抱介(尻P)のブロマガ - ブロマガ
  • 宮崎ヒロインは背負い、受け入れるーー宮崎駿『風立ちぬ』 | 新刊書籍・新作映画を語る

    宮崎駿の新作『風立ちぬ』を見た。 初見の感想では、もうほんとに宮崎駿は最低であり、最高であると思った。この映画は宮崎駿の「俺は他人にこう見られたいし、こうありたい。そしてこうなりたい!」という我欲がぶちまけられている。同時にそれって、紛れもない「作家」の「作品」であるということだ。人間としてどうなのかはよく判らないが、作家としては極めて正しい。 その我欲が何かを説明する前に、ヒロインの菜穂子について。彼女は言うまでもなくロリコン受けする美少女なのは置いておいて、結核を罹患しており死の淵にいる。来は高原のサナトリウムで安静にしていなければならないのだが、主人公の二郎のそばにいたいと地上まで降りてきて、二郎の飛行機作りを支え続ける。 宮崎駿はヒロインに荷重を背負わせるのが好きだ。いや、背負ってるヒロインが好きというべきか。世界の命運を一身に背負ったナウシカはその代表格だが、シータはあまりにも

    宮崎ヒロインは背負い、受け入れるーー宮崎駿『風立ちぬ』 | 新刊書籍・新作映画を語る
  • nix in desertis:アレクサンドリア(映画)

    4世紀末,キリスト教徒が増加するアレクサンドリアで,大図書館(ムセイオン)が破壊され,科学が殺されていく経過を描いた作品……と書くと作品評としてダメだと思う。正確にはこうである。キリスト教徒が増加するアレクサンドリアで,古典古代の宗教が破壊されていく過程を描き,ついでに古代の科学も破壊される作品。これは実は見事で,単純な宗教VS科学にしなかったところは好感が持てる。 これに伴って,作の悪役は言うまでもなくヴァンダリズムにいそしむキリスト教徒なのだが,一方的な悪役にしないことに注意が払われている。そもそもキリスト教が広まったのは古代ローマ社会の貧困層や奴隷から支持を集めた点であることが冒頭で描写される。しかも,大図書館が破壊される直接の契機となった乱闘は,多神教徒の側からの不意打ちである。多神教徒(裕福な層である)は,自分たちのほうが多数派であると勘違いしていた。だから,マジョリティの暴力

    iaskell
    iaskell 2013/06/25
    面白そう/"...そう,これだけ横暴をほこったアレクサンドリアのキリスト教徒たちも,映画の時代から約250年後には,あっさりとムスリムに塗り替えられていくのであった。"
  • 「言の葉の庭」が送る「秒速5センチメートル」への返信――反射する輪郭は手紙となって - subculic

    「ねえ、秒速5センチなんだって」〈『秒速』から入り、結果的に『秒速』とは違う場所に出る〉パンフレットに寄せられた言葉は説得力を帯びていた。いまや有名なフレーズとなった台詞から始まる初恋の物語は、ゆっくりと水たまりに桜の花びらが落ちて、広がる小さな波紋をさえずるように開く。映画におけるファーストカット――ラストカットと同様に大切な意味を持つ作品のキーカットだが、振り返ってみれば、新宿御苑の池に広がる雨の波紋を映すカットから始まる『言の葉の庭』は、意図的に『秒速』を反射させていたのだと気付く。ふたたび『秒速』的な世界へ回帰したと、既視感あるファーストカットの重ね方をしておきながら、タカオとユキノの「雨宿り」を最後まで見届けたとき、ああ、たしかに違う出口へ辿り着いた物語だったと切ないダイアローグが反響する。そう、「手紙」というダイアローグによって。『秒速5センチメートル』における「手紙」は断絶と

  • CinemaScape/ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア(1997/独)

    余命短し男、マーティン(ティル・シュバイガー)と女、ルディ(ヤン・ヨーゼフ・リーファース)は病院で偶然出会った。マーティンは「天国じゃ誰もが海の話をするんだ。」とルディに聞かせる。だが、ルディは一度も海を見たことがない。するとマーティンは「みんなの話を指を加えて聞いてるだけだな。」と、からかう。しかし、ルディの表情を見て、このままでは可哀想だと思ったのだろうか?のち、二人は病院を抜け出し、駐車場からベンツを盗み出す。今の二人にはこれぐらいの犯罪はどうって事ないさ!だが、盗んだ車はギャングの車であった。二人を追うギャング、更なる犯罪、二人の命、そして海は見られるのか・・・。 (かっきー)

    iaskell
    iaskell 2013/04/27
    見たい
  • 我孫子武丸先生の「おすすめ時間SF」

    あびこ @sukiyapotes ぼくはSFマニアではないけれど、なんだか昔っから時間ものには厳しいというか、「おかしいところ」にすぐ気がついてしまう方らしい(時かけの矛盾に気づいたのは最近だけど)。BTTFをどうしても手放しでは褒める気になれないのも、余りにもおかしいところだらけだからだ。→ 2012-07-25 21:17:10 あびこ @sukiyapotes →そんなわけで、自分でも書きたいと思いつつ、なかなか「これなら書ける」というふうにアイデアがまとまらない。多分、「改変もの」は一生書けないと思う(思想的にも無理)。「改変」じゃない腹案はいくつかあるのでそのうち書きたい、とは思っている。いつになるやら。 2012-07-25 21:20:03 あびこ @sukiyapotes イシイさんがおすすめ時間SFを挙げてたので、ぼくもいくつか思いつく範囲で。『タイム・アフター・タイム』

    我孫子武丸先生の「おすすめ時間SF」
    iaskell
    iaskell 2012/07/27
    小説じゃなくて映画かー
  • 田園に死す - Wikipedia

    『田園に死す』(でんえんにしす)は1965年刊行の寺山修司の歌集、及び寺山修司監督・脚による1974年公開の日映画。1989年「大アンケートによる日映画ベスト150」(文藝春秋発表)では第112位にランキングされている。また、1984年には寺山の歌集を基に三善晃が混声合唱曲として発表している。 第三歌集。第二歌集『血と麦』(1962年)でうたった土俗的なテーマをさらに深めた。きわめて自伝性が強く、作者の生い立ち、故郷、肉親への怨恨に満ちた100首を所収。 「恐山」「母殺し」「家出」など寺山特有のテーマが多く取り上げられており、自伝的要素が見られるが、劇中劇が用いられるなど虚構の性格が強い作品である。先行して刊行された同名の歌集からの短歌が、映画の中でも朗読される。 菅貫太郎唯一の映画主演作である。ラストシーンは『幕末太陽傳』(の実現しなかった結末案)から影響を受けたといわれる[要出典

    iaskell
    iaskell 2012/04/20
    一度見てみたいものである
  • オーロラの彼方へ - Wikipedia

    『オーロラの彼方へ』(原題: Frequency)は、タイムパラドックスを題材とした2000年のアメリカ合衆国の映画。 30年の時を越えた「声のタイムトラベル」で結ばれる親子の絆を描いたSFファンタジー・サスペンス。 2016年には作の脚を担当したトビー・エメリッヒが製作総指揮を務めたテレビドラマ版リメイク(原題同じ。邦題『シグナル/時空を越えた捜査線』)が制作・放映された。なお、テレビドラマ版は主人公が女性刑事に、父親の職業も同じ刑事になるなど、設定が改編されている。 ストーリー[編集] 1969年、太陽フレアの活発化(太陽嵐)の影響により、ニューヨークでは異常気象によるオーロラが観測されていた。深夜、ニューヨーク市の消防士フランク・サリバン(デニス・クエイド)は地下変電所で起きた火災で中に閉じ込められた作業員を救出するために出動した。炎と煙に巻かれた地下変電所から作業員を大爆発寸前

  • VIPPERな俺 : 映画好き達が大好きな映画をオススメするスレ

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