実母(右)とおばとの再会を果たした当時の写真を掲げる元中国残留孤児の中島幼八さん。東京の自宅で(2015年7月14日撮影)。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO 【8月14日 AFP】東京に住む元中国残留孤児の中島幼八(Yohachi Nakajima)さん(73)は、中国人の養母や、かつて故郷と呼んだ農村に思いをはせ、涙をこらえる──。 第2次世界大戦(World War II)が終結した1945年8月15日、中島さんは当時3歳だった。終戦で、満州(現在の中国東北部)には約150万人の日本人が取り残されたといわれている。 日本がアジアにおける勢力拡大を図るなか、1930年代初頭から農業従事者や労働者、若い予備兵が国策の一環として満州へと渡った。中島さんの父親も満州に移住した日本人の一人。しかし、開拓団としての生活は悲惨なもので、敗戦直前に軍隊に召集され、その後の消息は分かっていな