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思想と本と中国に関するlaislanopiraのブックマーク (8)

  • 『日本漢籍受容史: 日本文化の基層』(八木書店出版部) - 著者:髙田 宗平 - 髙田 宗平による自著解説 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS

    著者:髙田 宗平出版社:八木書店出版部装丁:単行(698ページ)発売日:2022-12-01 ISBN-10:4840622604 ISBN-13:978-4840622608 清朝以前に中国人が漢文(漢語)で撰した書物=漢籍。日は前近代において、多くの漢籍が舶載・将来され、漢籍の書写・校合・講読・引用・印刷などの学問営為が行われた。あらゆる知識・情報の根源となった漢籍は、どのように受容され、日文化に根付いたのか。 漢籍の伝来古来、日人にとって、漢籍は中国文化を知り、これを学ぶ上で重要な道具であり手段であったことは周知の事実である。前近代において日人は、漢籍を読むことによって知識を取得できたのであり、あらゆる文化は漢籍から読み解く知識がベースとなって生み出された、といっても過言ではない。漢籍はいかにして日にもたらされたのか。古代から近世に至るまで、日が漢籍を受容した歴史を概観

    『日本漢籍受容史: 日本文化の基層』(八木書店出版部) - 著者:髙田 宗平 - 髙田 宗平による自著解説 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
  • 焦点:中国の学校で一斉に「有害図書」処分、若者の思想統制へ

    アイテム 1 の 2  7月9日、中国の学校で、政治的に不適切と見なされた書籍を処分する動きが一斉に進んでいる。教育システムに愛国主義と純度の高いイデオロギーを深く浸透させようという、習近平国家主席の意向を強める動きだ。写真は上海で開かれた国際展示会で、習主席の著作を紹介するブース。2018年11月撮影(2020年 ロイター/Aly Song) [1/2] 7月9日、中国の学校で、政治的に不適切と見なされた書籍を処分する動きが一斉に進んでいる。教育システムに愛国主義と純度の高いイデオロギーを深く浸透させようという、習近平国家主席の意向を強める動きだ。写真は上海で開かれた国際展示会で、習主席の著作を紹介するブース。2018年11月撮影(2020年 ロイター/Aly Song)

    焦点:中国の学校で一斉に「有害図書」処分、若者の思想統制へ
  • タグ : 私たちの気付かない漫画のこと 一覧ページ|Zing!

    情報コンテンツサービス終了のお知らせ 2020年9月30日(水)をもちまして、以下コンテンツを終了いたしました。 【終了するコンテンツ】 Zing! 長らくご愛顧いただきました皆さまに感謝を申し上げますとともに、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。 トップページ - サイトマップ - お問い合わせ

  • 「桃源郷――中国の楽園思想」川合 康三 著

    苦しみの無い世界=理想郷の希求は人類誕生以来の、いかなる時代も地域も国も人種も超えた普遍的な願いであった。キリスト教的なパラダイス(楽園)の概念は、十六世紀英国の作家トマス・モアによって名付けられたユートピアの誕生によって、苦しみの無い世界の社会・共同体のあり方がどのようなものかを描くことに軸足が移る。「ユートピア」の希求は清教徒革命、アメリカ独立、フランス革命と産業革命を通じて社会的平等と公正を重視した理想社会を浮かび上がらせて社会主義を胚胎し、やがて近代社会に大きな影響を与えた。 一方、日にも大きな影響を及ぼしてきた中国では、楽園はどのような描かれ方をしてきただろうか。書で描かれるのは、桃源郷を始めとする様々な中国の楽土=楽園思想である。 現実ではないもう一つの世界として、古代から不老長生を実現できる「神仙界」がどこかにあると考えられた。秦の始皇帝を始めとする帝王たちは不老長生の薬

    「桃源郷――中国の楽園思想」川合 康三 著
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
    laislanopira
    laislanopira 2014/01/23
    "慕夏主義、水土論、中朝論"/ 正統性をもつために早く中国みたいになりたい→いやむしろ日本が中華ではないか→天皇こそ正統→その天皇が武家に政権を握られているのは実は不徳があったのでは…
  • 儒教に関する身も蓋もない、しかし決して間違っているわけでない簡単な解説。(岩波新書・浅野裕一) - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

    …孔子は、魯の都・曲阜でにわかに礼学の師匠を名乗って門人を集め、自分は夏、殷、周三代の王朝儀礼について完璧な知識を持っていると豪語したのである。 孔子の礼学は、彼がかき集めた一知半解の断片的知識を、自分の想像力でつなぎ合わせただけの、空想の産物でしかなかった。このように孔子の思想活動の出発点そのものが、極めて詐欺的な性格の強いものであった。しかも孔子は、魯に周に代わる新王朝を樹立して自ら王者となり、わが手で復元した周初の礼制を地上に復活させようという誇大妄想に取り付かれる。 孔子はこの狂気を帯びた妄想を引っさげて諸国を流浪し、各国の君主にその採用を求めたが、どこの君主からも全く相手にされず、もとより実現はしなかった。 だが孔子の夢想が現実世界に阻まれて挫折したとの怨念は、孔子の後学たちの間に広く浸透し、以後儒教の中に深い陰翳を刻むことになる。 古代中国の文明観―儒家・墨家・道家の論争 (岩

  • 「中国論」の論じ方 - 梶ピエールのブログ

    人は中国をどう語ってきたか 作者: 子安宣邦出版社/メーカー: 青土社発売日: 2012/11/21メディア: 単行購入: 1人 クリック: 2回この商品を含むブログ (5件) を見る 子安宣邦氏の『日人は中国をどう語ってきたか』は、日思想史研究の重鎮が、明治以来の日の知識人による中国論の丹念な読み直しを通じて、「日思想にとっての中国」とはどういったものか、そしてそれが欠落させてきたものは何か、をあぶり出そうとする力作である。著者が中国研究の「外部」の人間であるだけに、「内部」にいる中国研究者にとってはむしろ盲点になるような、鋭い問題提起を展開したものとして読んだ。 こので批判されている中国論は、二つの類型にわけることができるだろう。一つ目は内藤湖南に代表されるもので、中国をスタティックな文化論の観点から「他者」として語るものである。この議論は、その「冷たさ」の面、中国の動

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  • 「普遍性」をいかに追求するか、という課題 - 梶ピエールのブログ

    人は中国をどう語ってきたか 作者: 子安宣邦出版社/メーカー: 青土社発売日: 2012/11/21メディア: 単行購入: 1人 クリック: 2回この商品を含むブログ (5件) を見る 前回のブログ記事の最後に、このについて「書に感じた「ちょっと待てよ」という違和感の由来を整理してみたい」と書いた。同時に、「日中に通底する普遍的な(ぶれない)価値判断の軸を持つこと」および、「その価値判断の軸に照らして、それと大きくずれた現象が生じたときは、社会に対して何らかのアクションを起こす」ことをよしとする著者の姿勢に共感する、ということも述べた。 実は、僕が書に感じる第一の違和感も、後者にあげた日中間に通底する「普遍的な価値判断の軸」にかかわる。書の記述からは、それが大事だということはわかっても、普遍性を具体的に練り上げていくための、道筋が示されていないように思うのだ。例えば、書の尾

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