カレイドスコープさんより リンク その最大の秘密が、1985年8月12日に起きた日航123便の墜落事故だ。 中曽根内閣がしつらえた事故調は、整備不良による圧力隔壁の損傷で旧減圧したことが原因とした。 いっぽうで、相模湾の海底から123便の垂直尾翼の一部が発見された。 しかし、それは報道されなかった。 中曽根官邸からマスコミに対して国家機密を理由に報道管制が敷かれたためである。 このQ&Aにあるように、その垂直尾翼は、実は相模湾から引き上げられたものの、すぐに日航の施設に収納されてマスコミの目から遠ざけられた。事故の真相が一目で分かってしまう痕跡があったからだ。 メディアは、事故後30年経って機体の一部が相模湾の海底で見つかったと報じているが、これはスピン報道である。 このニュースに出て「これだけでは分からない」と言っている調査官は、もちろん真相を知っている。 有力な分析が出てきたのは、事故