ウチの伯母は創価学会の学会員であった。 死んで初めて信仰を知るとはよく言ったものである・・・。 片田舎にひっそりと住んでいるから、他に打ち込める趣味もない老人の慰みというか 私が知るところの伯母からは想像もできない程度には活動をしていたようだ。 息子兄弟曰く、痴呆も進行し、やっと施設に入ってやれやれと一息ついた矢先の死であったらしい。 ボケの始まった老人を相手にしたコミュニケーションはやはり親といっても負担は大きく、 親不孝をしたかもしれないと語る息子さんの言葉が印象的であった。 葬儀には当然地域の学会員が出席する。 身内だけならせいぜいニ十人程度の所が来るわ来るわで60人ぐらいは居たであろうか。 彼らは挨拶や読経など大勢ありながら律儀にこなし、式が終わると嵐のように去っていった。 私は思った。寺檀家とも縁遠く、社交性を保てる程に心身頑健でもない田舎の老人にとって、 形だけとは言えども大勢